赤井陽:第十一話 死亡フラグもへし折って
腕がへし折れました。
原因は、自分自身……つまり、自業自得だ。
「……はぁ」
カップ麺すら食べるのが億劫だ。でも食べなくてはお腹が空いてしまう。
両親には『捻ってた程度よん』と嘘をついている為、二人とも引っ越す前の家から仕事場へ向かっている。
「俺は両利き、俺は本当は両利き……」
思いこみの力を胸に、俺は左手に箸を持たせる。
「っと……やべ」
左手で食べようとして、食卓の醤油をこぼす。それを立て直して拭いていると今度は塩を倒してしまう。
「……くそう所詮右利きは右利きなのか」
テーブルの上を綺麗にして食べようとする。
ぴんぽーん
今度はチャイムが鳴った。
「はーい…って、赤井か」
「ごめん! あたしが本当っ、馬鹿だったよ!」
俺の腕を見た瞬間、玄関に土下座する狼娘。
俺はその肩に手を置く。勿論、折れていないほうの手で触っている。
「いや、気にするな。あの状態の赤井にあほな事を言った俺が悪いんだ」
腕がもがれなかった。つまり、赤井はそれなりに手加減してくれていたんだろう。
ギブスを巻いた立派な右手では指が動かせない。
「でも、不便でしょ?」
「まぁな」
「あのさ、治るまであたしが日常生活の色んなお手伝いをするよ」
「大丈夫だ」
「でも、あたしのせいだし……」
本当、酷い結果だ。赤井が俺に怪我させたと思っているからどうしようもない。
全く関係ない相手に罪悪感を持たせているのだ。
「お前さんの責任じゃないよ」
「だったらお願い! 手伝わせて! 手伝わせてくれたならもう頭も下げないからさ」
「……わかった」
駄目だと言っても何度でも来るんだろうな。
それならこっちが折れたほうがよさそうだ。既に右手は折れてますがね。
家の中に上げると、すでにカップ麺が伸びきっていた。
「これ食べてたの?」
「ああ」
「伸びてるけど、食べる?」
「もったいないお化けにたたられたくないからな。頼むわ」
「うん」
器用にお箸で掬って俺の口へと運んでくれる。
「はい、あーん」
「……あーん」
「美味しい?」
「まずい」
伸びたカップ麺は普通にまずかった。
「本当、俺は馬鹿だよなぁ……狼状態の赤井に腕相撲で本気を出してくれだなんてさ」
「もっと手加減しなきゃいけなかったのはあたしだよ」
「それを制したのは俺だ……っと、この話はやめよう、どうせ赤井も譲る気はないんだろう?」
「うん、ちょっと無理だよ」
伸びたカップ麺を食べ終わり、二人で家を出る。
「……」
「赤井?どうかしたか?」
「あ、ちょっと考え事」
ぼーっとしていた。二人ならいつでもうるさいぐらいなのに黙りこんでいる。
それから五分後、赤井は急に足をとめた。
隣羽津市を一望できる場所だ。
「あのさ、やっぱり……あの状態だとあたしって危ないよね? もし、もしもさぁ…他の人にばれて、冬治君みたいに怪我させちゃったらどうしよう。ここ最近さ、そう思っちゃうんだ。骨折した時の事ばかり考えちゃう」
「赤井」
そんなくだらない事を考えていたのか……てっきり俺は、この一望できる場所ってお気に入り何だよって青春のワンシーンをやるのかと思ったぞ。
「またさ、冬治君と一緒に居たらいつか怪我をさせちゃうんじゃないかって……不安でさ、本当に……不安で仕方ないんだ。下手したら押しつぶしちゃうかもしれない」
「おい赤井」
「普段は大丈夫なんだよ。でもね、寝る前とか、朝起きてすぐに本当に不安なんだ。夢の中じゃ冬治君が動かなくなって、あたしが、狼でさ……両手が真っ赤に……」
自分の肩を抱いて真っ青になっている赤井へ俺は鉄槌を下した。
「陽っ。喰らえギブスチョップ!」
「痛いっ!」
人の話を聞かないやつには罰が当たる。
痛そうに頭を押さえる赤井を見て思う事はたったひとつだ。
正直、俺のほうが痛かったぜ。
「もうっ! 痛いじゃん!」
「……じーん」
「あ、あれ?泣いてるし」
「泣いてねぇよ」
くっ、この程度の痛み……俺の臭い話が終わるまで我慢してやるさ。
「お前に考えている姿なんて似合わない」
「馬鹿にしてる? 叩くよ?」
「おう、勝手にしろ。狼状態になったほうがいいぜ?」
「そんなの……無理だよ、怖い」
これまた顔が曇ってしまう」
「狼状態のお前でも俺には、勝てないよ」
「……そんなわけないじゃん。冬治君はただの人間だよ? 下手したら一瞬のうちに血まみれだよ、瞬殺だよ」
「陽はそんな事出来ないビビりだって俺は知ってる」
図星のようで陽は黙りこんだ。
「出来るもん」
「お? 言ったな? じゃあ今すぐここで変身してみろよ。俺が勝ったら全身もふってやるから」
一向に目の前の女の子は狼に変身しなかった。
顔を下に向けて、何かを必死に抑えているようだ。
「やーい、臆病者―」
「い、いい加減にしてよっ。何で好きな男の子を、傷つけなくちゃいけないの!? 冬治君の馬鹿っ!」
「んがっ」
普通の陽にちょっと押された程度でよろけてしまった。右手が使える状態ならいざ知らず、今は右手が使えないのでバランスもとり辛かった。
そして、場所も悪かった。
一望できる場所。つまり、崖みたいな場所なのだ。
俺はガードレールからはみ出て、そのまま落ちた。
一瞬のうちに心の奥では後悔が鎌首を擡げている。
「悪い、陽……またアホな事を……」
ああ、非常にくだらない事で死ぬ……と思ったら浮遊感が無くなる。
「と、冬治君っ」
俺の脚を辛うじて掴んでくれているのは……陽だった。
「何で、何でこんな時に限って……狼になれないのっ」
足に伝わってくる陽の腕の力……それが徐々に弱くなっている。無理もない、女の子に六十キロを支えるのは無理だろう。
「待ってて、すぐに引っ張り上げるから」
頭に血が昇りつつある……ぼーっとした頭でも陽の真っ赤な顔は見えていた。
「無理だ。さっさと離せ下手したら陽まで……全く、俺は馬鹿だよなぁ。陽を挑発したって、いい事は無いのにな」
すーっと一度だけ息を吸う。もしかしたらこれで最後の吸いこみかもしれんね。
「あのさ、さっきのは本当は励ますつもりだったんだぜ? 俺、ちょっとひねくれた性格しているんだ。陽をよくからかって悪かった」
「今はそんな事を言わないで!」
「二年からこっちの学園に通えて……陽に出会えてよかったよ。楽しかった」
「やめて! やめて…やめてよっ!」
俺はもう目を閉じた。
最後は煩悩を垂れ流して陽に俺が少し変態だったと言う事を教えておこうと思う。
「……こんなことになるのなら狼状態ですっぽんぽんにして思う存分、もふってから腕相撲を挑めば良かっ……ぎゃああああああああ」
あっという間に引き上げられる。足が千切れたんじゃないかと思った。
「冬治君、大丈夫?」
俺の事をみているのは一人の狼人間だった。
「……ああ、助かったぜ」
「冬治君っ」
「痛いっ、肋がっ……痛い痛いってばよ」
抱きしめられる。痛かった。とても、痛い。
何度も背中を叩いても放してもらえず、途中から俺はぐったり状態。
半分魂が口から抜けてようやく介抱してもらえた。
「大丈夫?」
「ああ、おかげさまで肋が痛い」
「ごめん」
「いや、今のは俺が悪かった。助けてくれたんだ、気にしないでくれ」
冗談を言うにしてももうちょっと軽い奴がいいだろう。
俺は首をすくめてみせる。
「しかし……惜しかったな、陽。俺が女の子だったら助けたお礼にファーストキッスをプレゼントしてたのになぁ……んもっ!」
狼顔でキスをされた。
「っぷはっ、お、おい、やめ…」
そのまま押し倒されて好きなだけぺろぺろされまくった。大型犬に押し倒されて好き勝手されまくっている子供みたいだ。
ようやく落ち着いたのか、それから三十分後……この時点で遅刻確定。陽は人間に戻った。
「キス……しちゃった」
顔を真っ赤にして犬耳と尻尾を出す陽。
「こ、告白もしてないのに……先に、身体を、冬治君の身体を……求めちゃったよ」
いや、まだ身体は奪われてないから。
「本当はあたしの想いを伝えて……キスをしようって思ってたのに」
「それは大丈夫だろう。お前、俺に告白してたぞ?」
「え?」
「好きな男の子って言ってたぜ」
にやにやして笑うと顔を真っ赤にして陽は顔を隠した。
「まさか、陽が俺の事を好きだったなんてなぁ……」
人差し指でつつくと払われた。半獣でも凄い力を持っているようだ。
「悪い? ああ、そうですよ。あたしは、冬治君の事が、好きなのっ……そんなに、駄目でおかしい? 一目ぼれだよ。信じられる? 一目ぼれなんてありえないですよねぇっ」
顔を真っ赤にしてそう言う陽に俺は笑うしかなかった。
「いいや、嬉しいよ」
「本当? おかしく……ない?」
「全然」
「釣り合わないかも。あたし、馬鹿だし、単純だし、半分狼だし……がさつで、へたれで、臆病者だもん」
自分で言ってどんどん沼にはまっていく俺の事を好きな女の子。好きだって言われてちょっとだけ雰囲気に流されたのかもしれない。
「……俺の好きな女の子のタイプ、知ってるか?」
「ううん」
「馬鹿で、がさつで、へたれで、臆病者の……半分狼の女の子がタイプだ。まさしく、お前だよ、陽」
「……それって憐れみ?」
「死ぬ間際にお前の事をすっぽんぽんにして思う存分もふりたいなんて言わないだろ?」
「……す、すっぽんぽ……ん」
今再び、俺の目の前に狼が姿を現した。
狼さんは人差し指をつんつん突いて照れている。尻尾とかちぎれんばかりに振っていた。
「あ、え、えっと……あたしなんかで、いいの?」
「むしろお前以外いないだろう?」
「……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
「これはご丁寧にどうも」
道路で狼と頭を下げ合うなんてこれから一生、無いだろうなぁ。




