赤井陽:第九話 陽から見て
興奮したり満月を見て狼になる人間はそうそういないだろう。
家族以外にばれていないのは日ごろの行いがいいからだって神様は言ってくれるはず。
最初は白取君に追及されて焦った。でも、彼はあたしの思った通りの人で、正体を喋ったりしない。優しくていい人なのだ。
あたしの友達は『白取君? うーん、微妙』という評価を出す。でも、あたしは違う。出会った時に柄にも無く完全に惹かれてしまった。
「一目ぼれなんてありえないよ。ぷっ、ありえないねー」
ドラマの女性主人公に何度も言った事のある言葉だ。幾度も主人公を馬鹿にしながら、あたしは主人公が誰かに一目ぼれしてしまう話は好きだ、同じものを何度も見ちゃう。
みんな一途で、行動力があるもん。見ていて元気がもらえる。
ドラマの主人公が好きになる男の子は浮気性って言うか、結構周りに女の子がいる。
結構、ちょっかいを出したり主人公を無視したりする。でも、最終的には主役の女の子に素敵な告白をしてくれているのだ。だから、好きなのかもしれない。
「あたしだったらちゃんとすぐに好きだって伝えるね!」
「へー陽ちゃん凄いね」
「ふふんっ凄いでしょ」
友達と話していた事を思い出す。
あたしが今一つ勇気が無いと言うのを知った。ついでに言うのなら白取君は察しが悪く、鈍い。
偶然を装ってお弁当を渡そうと作ってみた事もあった。でも、何度作ってもまずいものしかできない。本当にまずいのだ。
出会ったばかりの頃、あたしにさん付けしていた時の白取君ならうまいよとごまかしてくれると思う。でも、今なら遠慮なくまずいと文句を言ってきそうだ。それでも、きっと完食してくれると思う。
あたしが白鳥君の事を考えて行動すると、必ず空回りだ。運動会だって、誘うまでは良かった。説明不足がきっかけで、ちょっとだけすれ違った。
あたしからの一方通行、空回りして、間違いなくクラッシュした。
屋根に隠れたあたしを見つけ……呆れた白取君の顔は未だに忘れられない。
正直、あたしが男子生徒からストーカーまがいの事をされたら一発で警察に駆け込むところだ。
「それでも許してくれたんだもん。あんなにいい人は他に居ないよ」
あれから、あたしと白取君は間違いなく仲良くなった。
期末テストだって教えてくれて、励ましてくれた。生まれて初めて学年二位をとる事が出来たし、お母さんも褒めてくれた。お父さんなんて特別ボーナスだーって二カ月分のお小遣いをくれたんだ。
夏休みになっても、今日みたいに遊びに行った。
プールに誘った時は二つ返事だったし、水着姿も褒めてくれた。誘うまで来てくれるか不安だったのに今では一緒にどこへ行こうかと悩んでいたりする。
トイレに連れ込まれた時は心臓がはじけそうで、苦しかった。自分の尻尾に視線が釘付けになっていたのはちょっと寂しかったけど。
そんな事を考えながら白鳥君の家へとやってきた。
チャイムを押して勝手に玄関を開ける。いつも通りだ。
「白取君! 迎えに来たよ」
「おー、浴衣か……似合ってるぜ。色のイメージがばっちりだ」
彼は廊下に出てあたしを見つけるなり、そう言ってくれた。
あたしが好きな、緋色の浴衣だ。
ありがとう、白鳥君に言われると凄く嬉しいよ……そう素直に言えたらどれだけいいか。
「そうだよねー、あたし、何を着ても似合うから!」
正直、『綺麗な浴衣だな』と浴衣を褒められたらどうしようかと思ってしまった。
「さ、行こう?ほらほら」
自然な様子で手をとって握りしめる事が出来た。心の中で密かにガッツポーズをしてしまう。
「はいはい、その前に落ちつこうな?尻尾と耳が出てるぞ」
「あう……」
最近じゃ、ちょっと褒められたりドキドキするとこの様だ。自分では気づく事が出来ず、こうして指摘されてようやく引っ込める。
折角繋いだ手も反射的に頭へと持っていってしまう。
近くに誰かがいても最初に気づくのは白鳥君だ。何ですぐに気付けるのかと聞いたら『ずっとお前の事を見ているからだよ』とびっくりするような事を言ってくる。
「なかなか引っこまないよー」
「でも今日は祭りだからコスプレって思うかもしれないぜ」
「コスプレ……男の子って、本当、そういうの好きだよねー」
ちょっと呆れてしまう。
あたしの頭とお尻を確認して引っ込んだのを確認すると手を引かれる。放していた手をまた掴んでくれた事が嬉しかった。
「好きじゃないよ」
「なんだ、良かったぁ」
好きだったら毎日頼まれるんだろうかと考えて顔が赤くなりそうになってしまう。
「大好きだ」
「え……っと」
自分に向かって言われたのかと錯覚してしまった。
落ちついて、答える。
「ふ、ふーん、そうなんだ。当ては、あるの?」
「当て?」
「うん、そういったコスプレしてくれる……女の子がいるのかなーって」
すぐにいないよと言ってほしかった。
そう言う事を頼める相手は比較的下椎相手だけのはずだ。あたしが知っている中にそこまで仲の良い相手はいないと思う。
「いるぜ」
「え?」
しかし、あたしの予想を簡単に裏切って冬治君は自信満々に頷くのだった。
「赤井ならしてくれそうだ」
真顔でそんな事を言われる。
「……こ、困るよー」
「はは、そうだよな。悪い、忘れてくれ」
受け答えがちゃんとできているようで、多分、二人の間には決定的な誤解があると思う。
もっと別の話をしながら来ればよかったのに、もう夏祭りの会場についてしまった。
花火大会もまた別の日にあるからその時も誘おうかな。
「どこから周る?」
「こういうときは、男の子が決めちゃっていい……」
よ、そう言おうとしてお腹の虫がなった。
恥ずかしくってお腹押さえてそっぽを向くと腕を引かれる。
「腹が減っては戦が出来ぬか。吸血鬼とかフランケンとかと闘うのか? ま、いいや。腹減っているのなら何か食おうぜ」
「う、うん」
喧騒で聞こえなかったのか? 多分、聞いたけど無視してくれたんだろう。
それから白鳥君に手を引かれて、色々な屋台を楽しんだ。
当たらない射的や、景品がしょぼいくじ屋、それにインチキっぽい占い……去年とあまり変わり映えのない屋台がひしめいていたけれど、楽しかった。
隣にいるのが白取君だから楽しいのだ。
途中、クラスメートを見つけたり、あたしが警戒してる七色さんを見つけたりもした。
前者はともかく、後者は一人だったのでお節介焼きの白取君なら多分、一緒に周ろうとか言うはずだ。
七色さんには悪いけれど、それは嫌だ。
「そろそろ帰るか」
「えー」
「でも三時間近く経ってるぜ?」
「え?」
時計を確認する。
白取君の言った通りだ。楽しい時間なんてあっという間に経ってしまう。
「そ、そうだね。帰ろうか」
「ああ、んじゃ帰るか」
まだ手をつないでいた事に今更気付く。何だか酷く勿体ない気がした。
本当に楽しい時間なんてあっという間だ。
「あ、あのさ白鳥君」
「うん?」
「あー……たこやき、おいしかったね」
「あ、ああ……おいしかったな」
貴方の事が好きです、不意打ちで言おうとして、言えなかった。
それからも何度か話しかけてみる。
しかし、言おうとしても結局言えなかった。家がだんだん近づいてくるにつれて気持ちが落ち込んで行くのを感じてしまう。
「おい、ついたぞ」
「え……あ、うん」
白取君は未だに手を離さない。このまま、ずっと繋いで居たらどうなるんだろう。
でも、それすら出来ない。
「じゃ、じゃあね。夜道は気をつけないと、駄目だよ? 襲われちゃうから」
努めていつも通りのあたしだ。
告白なんて、出来っこない。
「はは、大丈夫だよ。ほら、さっさと家に入ったほうがいいぜ?家に入るまで油断しないようにしろよ、お前こそ襲われるぞ」
「大丈夫、あたしは強いから」
心は、弱いけど。
ダメなあたしは、その日、告白出来ずに扉を閉めてしまった。
メールで楽しかったと送るぐらいが精いっぱいだ。
「ふー……お風呂入って寝よっと」
寝ればテンションも回復するだろう。
そう思っていたら白鳥君専用のメロディーが流れだす。
自分でも信じられないぐらいの速さで文面を確認する。
『俺もだよ。またな』
「いよっしゃーっ」
たったそれだけの短いメールだ。
さっきまでの不安な気持ちが吹き飛ぶくらい、あたしはどうしようもなくなっている。




