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赤井陽:第五話 赤井ではない第三者

 運動会も過ぎ、学園生達にいつもの日常が戻ってくる。

 そう、勉強の日々だ。

「……中間もそろそろ始まるのか」

 白取冬治もそんな学園生の一人だ。彼も前回よりはマシな点数をとろうと授業を一生懸命聞いている。

 顔は悪くないのだから黙って運動や、勉強に身を入れていれば彼女の一人はすぐにできただろうに……と言われている人物だ。

「ねぇねぇ」

 授業を受ける冬治に話しかけるのは赤井陽だ。

「…えっと、ここはこうか」

「ねぇってば」

「…なんだよ、授業中だろ?」

「ご、ごめん」

 そんな陽に対して冬治はうんざりしてしまう。

 冬治と陽が運動会で参加した障害物競走は男子が女子に告白したりするための余興みたいなものだった……冬治がそれを知ったのは運動会が終わって少し経った日の事だ。

 その事を知らなかった冬治は赤井陽に振られた人物だとクラス中で噂になって居たのだった。

 そして、それから冬治は男子生徒から『一方的に赤井陽を参加させふられた悲しい男』として馬鹿にされまくりであった。おかげで、他の女の子のルート開拓も出来ずじまいだ。

 彼が運動会で得た物は不名誉と怪我ぐらいなものだ。

 しかし、それはあくまで冬治の週間の話だ。

 全ての元凶である陽の考えは違うのだ。障害物競走に冬治と共に名を連ねていた彼女は、運動会が終わったら遊ぼうと計画を立てていた。

 しかし、彼女は優勝した余韻に浸ったまま当初の計画を忘れ、打ち上げに行ってしまったのである。

 それから冬治に謝ろうと思っても、空回りばかりだ。

 高感度で言うと最低レベル。大ピンチだと彼女は考えていた。

「はぁ……」

 授業が終わった後に空き教室にうまく呼び出したかと思えば女子が着替え中で冬治は職員室へ連行された。

 それなら放課後、校舎裏に呼び出して謝ろうと思えば男子生徒が冬治の事を告白してきた相手だと勘違いし、そこへ本命の女子生徒が登場……陽がやってきたときはややこしい状態になって謝るどころではなかったのだ。

 まだそれからもちゃんとチャンスはあった。休日にデートへ誘う事に成功したのだ。大喜びした陽は前日、何を着て行こうかと悩んだり、謝った後、いい雰囲気になるかもしれないと明け方まで妄想していたら根過ごした。目を覚ましたのは午後二時。当然、待ち合わせ場所に冬治はいなかった。

 その後も、陽にとっても冬治にとっても不遇な出来事が重なり、挙句、冬治から見たら陽が全部仕組んでやっているのではないかと思いたくなる事ばかり続いたのだ。

 それ以降、冬治は陽の事を比較的親しい友人から、実際はこけにしまくっていた相手としか見ていない。

 このままではいけないと陽は自然体のやり取りを心がけようと考えた。

「そんなに真面目くさって勉強してもどうせ、あまり良くない点数なんじゃないの?」

 陽のその言葉に少しカチンと来る冬治……彼からしてみれば、おちょくられてるんじゃないかと思えて仕方がないのだ。

「やってみなきゃ、わからないだろ」

「無理だと思うよ~」

「ふんっ」

 陽からすれば久しぶりに冬治と話せたので、ついつい調子に乗っていたりする。

 からかったりしてもこれまでは呆れる程度で済んでいたのだ。

 大丈夫だろうと陽は考えている。

「おーい、白取くーん?」

「……」

 それっきり、無視されるのでちょっかいを出そうとすると何者かに頭を叩かれた。

「いたっ」

「こら、遊んでないでしっかりと授業を聞け」

「……はーい」

 隣から笑われているのではないかと陽は冬治を見る。しかし、まるで陽が居ないものかのように扱われているようだった。

 お昼も、冬治はさっさと何処かへ行ってしまう。

 これまでは逃げられていたので両手を大にし、陽は冬治を逃がさないようにするのであった。

 それでも脇を抜けようとする冬治の腰にひっついて、陽は頑張った。

「……何だ、何か用があるのかよ?」

 うんざりとした口調で額を押される。

「一緒に食べよう」

「はぁ? 何でだ」

 嫌そうな顔をされた。沸点の低い陽は早速冬治に噛みつく。

「……あのさ、何を怒っているのか知らないけど」

「あんたの色々なからかいにこっちはあたまにきてんだよ」

 初めて見る怒った表情にちょっとだけ怯えるが、ぐっと歯を食いしばる。

 なけなしの勇気だ。次は無い。

「あ、あんたじゃないよ、赤井陽だよ!」

「うるせぇ、ほら、離れろよ」」

「嫌だね」

 べーっと舌を出した陽に冬治はため息をつくしかなかった。

「……赤井さん、実は今狼の姿になってるんだぜ?」

「え? う、嘘っ!」

 慌てて頭やお尻を抑える友人を冬治は無視して足早に去っていく。

 教室で話していれば周りが『振られてるのにまだがんばってらぁ』『ざまぁないね』『ほーんと、倉庫でやらしいことしてた罰だわ』と喜ぶのだ。冬治としては、歯ぎしりしたくなるので陽と話すのは控えている。

 お弁当だって屋上お一人様だ。周りのカップルども別れればいい等と思って食べている。

 そして、そんな二人の不仲が続いて中間テストまで残り一週間となった。

「……やばい」

 陽は頭を抱え込んでいる。帰ってマンガを読んだりごろごろしたりと自堕落に過ごした結果だ。隣の席の冬治はそれなりに勉強している為か、焦りは見えない。

「ああ、誰か優しい隣人が助けてくれないかなーっと……」

 ちらりと隣を見ると、冬治がクラスメートの七色に勉強を教えているところだった。

「いやーさすが冬治君だね。僕だったらこんなにすぐ解けないよ」

「そんなことねぇよ」

「またわからなかったら冬治君のところに持ってくるね」

「ああ、俺がその問題わかれば教えるよ」

 そんなやり取りをジト目で見る。

「……ふーん、七色さんと仲が、いーんだ?」

「……さてと、次は移動教室だな」

 運動会までは一緒に行っていたはずなのに、無視された挙句、置いて行かれている。陽は運動会で仲良くなるつもりだったので完全に肩透かしを食らっていた。

「……はぁ」

 陽は八方ふさがりだった。

「冬治くーん、一緒に行かない?」

「ああ、いいぜ」

 そして、とどめとばかりに人懐っこい笑みで冬治と一緒に教室から出て行った。

「あの二人、最近仲がいいよねー」

「ほんと。僕とか七色さんが言っていたけど普通に女の子だもんねー」

 クラスメートの声が聞こえてきて冷静になろうとしていた陽の心の中に黒々とした感情が渦巻いてきた。

「なぁにが、冬治くーんだ。あたしなんて、白取君に秘密を…」

 そこで陽はひらめいた。

 この秘密を使って、冬治に感謝……せめて、元の仲に戻るくらいに出来るかもしれない。

 そうと決まれば行動あるのみ……口元を歪めながら陽は先を急ぐのであった。

「最近、赤井さんおかしいよね」

「うん、きっと冬治君が凄い事をしたからだろうね」

 勿論、今の彼女にはそんな言葉も届かない。


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