赤井陽:第二話 狼のお話
赤井さんが狼人間だと言う事を知って二日経った。
考えることは尻尾のトリートメントの事と、尻尾をふわふわにするにはどうしたらいいのかという事だ。
勿論、赤井さん自体が何故狼人間になってしまうのかも興味がある。
昼休み、お弁当を突く隣人に聞いてみることにした。
「あのさ、何でそんななの?」
「そんなって何? お弁当の事?」
「違う。狼にんげ……」
「わーっ」
いきなり騒げば注目もされるわけで、近くのクラスメートたちがぎょっと俺たちを見ている。
「逆に注目集めてどうするのさ」
「ううー……御免。ねぇ、それ、言わなきゃダメ?」
困った赤井さんが上目遣いで見てきた。心の優しい俺はにこやかに笑う。
「別に駄目じゃないよ」
「いい人でよかったよー」
ほっと胸をなでおろした赤井さんに俺は意地悪く笑って見せる。
「うん、問題無いねぇ……でもさ、赤井さんだって『ああ、あの時ちゃんと教えておけばよかったぁ』って後悔するかもよ?」
これで、多分大抵の人は渋々ながら教えてくれるだろう。別に俺は脅したわけじゃないもんね。言葉をどう取るのかは相手によるし。
内心ほくそ笑みながら赤井さんを見るときょとんとしていた。
「…何であたしが困るの?」
俺に対しての切り替えしかと考えてみるが、その純真そうな表情からは考え会っての事のようには思えない。
首をかしげて本当に不思議そうにする姿は実年齢よりも幼く見える。
「それを素で返すと言う事は……勉強、苦手?」
「苦手じゃないよ。嫌いなだけだよ」
凹凸の無いボディーを自慢げに俺に見せる。
どうやら脅しちゃうぞと直接言わないとわからないタイプのようだな。しかも、そうなったら多分変身されて俺がやっつけられる事だろう。
これまた八つ裂きルートが手薬煉引いて待ってるぜ。
こうなってしまったら仕方がない。手を変え品を変え聞くしかないな。
「……じゃあさ、何か奢るから教えてくれない?」
「本当に? 男に二言はないね?」
「うん、ないぜ」
泣きごとはあるかもしれないがね。
その日の放課後、約束をするのだった。
放課後、約束通り俺は喫茶店へと連れて行かれた。
「じゃ、いっただきまーすっ」
「どんどん食べてちょ」
お金でこんな珍しい話を聞けるのなら安いものだ。
「ありがとー、こんな高いパフェなんて食べた事が無いよー」
「……え」
改めてメニューを見る。
「マジか」
目の前には三千円近くのパフェが……あれ? 脅している側の人間が逆に無駄金払ってる?
ま、まぁ…周りに狼人間なんていないし、ネタには成るよな。三千円払っても知りたくなるような内容だよな。
そうそう、それに可愛い女の子と一緒にパフェを食べに喫茶店へとやってきている。可愛いとか言うよりかは元気百倍が先に来ちゃいそうな人だ。
そして食べ方も豪快だ。貪り食うという表現が一番合っている気がする。
「はむはむはむはむ……ちょっと、まってね。すぐ食べ終えるから」
「味わいながらでいいさ。ま、ゆっくり話してくれれば構わないよ」
「そうだね、この体質を簡単に言うのなら……子供のころに神社でいたずらしてたら呪われちゃったの」
「誰に?」
「お犬様って言う神様? かなぁ……夢に出てきて『わしの骨っ子を蹴散らかすとは何事かっ! かーっ!』って怒られちゃった。それから、満月見たり、興奮しちゃうと狼人間になるの」
にわかには信じられない話だ。
頭の中がメルヘン臭い雰囲気はするけれど、確かにあの狼人間の姿を見ていれば信じるしかない。
しかし、そんなくだらない事で狼人間になれるのかと疑問も持つわけで、俺は想像していた事をぶつけてみた。
「本当は家系とかじゃないの?」
「ううん」
「両親は知ってる?」
「うん。初めて見たときはお父さんもお母さんも驚いていたよ」
「そうなんだ」
あっという間にパフェを食べ終わり、またメニュー表に手を伸ばそうとしている。
「もう駄目」
「えーっ。いいじゃん。乙女の秘密を教えてあげたからさ」
けち、と短く言った狼少女に俺はうんざりした顔を向ける。
「……正直、聞いて後悔してる。これで三千円は高かったぜ」
代々狼の血を引く気高い一族……そういった凄い家系なのかと思っていた。脚色してくれればそれなりに面白く……なったのかな。でも、ありのまま、非日常な話ながらも現実みたいだし、現実にある非日常的な話ってこんなしょぼいものなのか?
これなら『春先に男子生徒が隣の女の子の事が気になって一緒に居る』方がまだ面白かったかだろうな。
「ねぇ、もっと奢ってくれてもいいじゃーん」
ごねる赤井さんは可愛いと言えば可愛い……しかも、店員さんも微笑ましそうに俺達の事を見ている。
「……うるさいな、わかったよ。その代わり、俺の質問にもうちょっと答えてよ」
「いいよー……あ、スリーサイズとか聞くつもりだね? えっち」
「それはない」
改めて知りたくなるほどぼんきゅぼんな身体でもないしな。
「え、何だか今馬鹿にしたような目をしなかった?」
怒らせると変身してしまうかもしれない。早く話をそらそう。
「そんな事より、変身したらどんな感じ?」
「着た事ないけど、パワードスーツを着た感じだね。身体中に力がみなぎってくるんだよっ」
両腕で力瘤を作る真似をする。力瘤よりもせりあがるはずの胸に行くのは男の性……そして、胸を張っても今一つふくらみがわかり辛い事に俺はため息をついた。
勿論、気付かれないように心の中でついておいた。
「あれ? 何だか残念そう?」
「気のせいだ。えーと、それでどんな事が出来るの?」
「地面を割ったり、コンクリぶち壊したりは楽勝だよっ。おじいちゃんおばあちゃんの介護も楽になるよ」
変身したら怒らせないようにしよう。そして、俺が介護してもらいたくなったら頼もうかな。
その後もいくつか質問をする。
ノートに書き込んでいるとクリームをほっぺにくっつけた状態で覗きこんできた。
「あのさ、その情報何に使うの?」
「ほら、クリーム付いてる」
「ん……」
紙ナプキンでぬぐってやると眼があった。
「えへへ、何だか恋人みたいだね」
「もぉ、陽ちゃんは手がかかる娘ねぇ……こんなんじゃいつまで経ってもお嫁にいけないわよ?」
「おかぁあさん?」
隣でコーヒーを飲んでいた女子高生が噴いていた。絶妙な『おかぁあさん』発言だったようだ。
「ま、それはさておき……何で俺が狼人間の事を聞いたのかというとだな……」
「それは?」
「……単なる好奇心?」
「え? あ、あたしの事がもっと知りたい…とか?そ、それなら…趣味とか、好きな物とか…好きな場所とか教えてあげるよ?」
ちょっと照れたようにそんな事を聞いてくる。
「うーん……思ったより狼人間になった理由がしょぼかったから……もうぶっちゃけどうでもいい」
財布の中身が凄く減ってしまった……。
好奇心が猫を殺すってのは聞いた事があるけれどなぁ……ネタにもなりそうにないぜこりゃあ。
「別に好きで狼人間になったわけじゃないもん……」
項垂れた赤井さんを見て俺は配慮に欠けていた事に気づかされる。
「ご、ごめん。そう言うつもりで言ったわけじゃないから。えっとさ、学園で狼人間に変身する事を知っている人っている?」
「うーん、殆どいない」
そりゃあ、そうだろう。あんな……もふりたくなるような獣人に変身すると知って居たら襲うだろう。
「じゃあ俺は黙っておくよ。その代わり、もし、俺が危機的状況になったら助けてくれよ」
面倒くさそうな顔をされた。
「どういう時に助けに来いって?」
「……それも思いつかないなぁ……試験勉強のとき?」
「こっちが助けて欲しいぐらいだよっ」
意外とこの人は役に立たないのかもしれない。
体育で満点とれても、人前で狼人間になるわけにはいかないだろうし……本当、可哀想な人だ。
発端を作ったのは彼女だから、それはそれで仕方のない自業自得の物語だ。




