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赤井陽:第一話 気になるあの子をもふりたい

 気になる娘がいる。

 気になるとは言っても、別に好意的な感情から気になっているわけではない。どちらかというと奇妙だから気になる人なのだ。

 勿論、一目見たときから奇妙だと感じていたわけじゃあない。俺がその子に興味を持った出来事は当然ある。俺が興味を持った出来事……それを目撃したのは昨日の晩のことだ。西羽津学園に転校してきた次の日の晩のことである。

 曲がり角を曲がるとちらりと見知った顔が見えた気がする。

「ありゃあ……赤井陽さんだったか」

 ポニーテールに熱血っぽい性格だった気がする。

 隣の席で、適当に話していたらあっという間に仲良くなった。

 家も俺の越してきた所からさして遠くないと言う事で数時間前に一緒に帰った。

 それからは俺は晩御飯のお使いに出発し……見慣れない地形に迷った。うろうろしていて気付けば、満月が空に映しだされていたのだ。

 この近辺に赤井さんが住んでいるのなら道順を教えてもらおうと赤井さんの後を追う。もし、違っていたとしても道を聞けばどの道、家に帰りつく事が出来るだろう。

「あ、いたいた……赤井……さん?」

 曲がり角、誰もいない道の真ん中で赤井さんが苦しんでいた。近寄ろうとした俺の目の前で、赤井さんのシルエットが変化した。

「うううううう……うおーーんっ」

 髪は短くなり、鼻がとんがる。頭から角が生えたかと思うとそれは耳になった。比較的短めのスカートから生えていた足も毛深くなり、太くなった。腕なんて俺の胴体ぐらいあるぞ、おい。

 見てはいけないものを見てしまった気分になり、慌てて隠れる。

 何だろう、多分、狼? もしかしてシェパード? はたまたシベリアンハスキー……どれも違うだろう。やっぱり、狼か?

 狼人間なんて、馬鹿らしい考えが脳裏を掠めて消えていった。

「まさか……マジかよ。信じらんねぇ」

 でも、満月を見て赤井さんが変化したのは間違いない。このまま声をかけたらちょっとまずそうだ。

 そう思って、俺はその日は素早く逃げた。覚えていなかったはずの家までの道を見事に走り抜けたのだから俺もたいしたものである。自分を褒めてあげたい。

 間抜けな顔で声をかけたらどうなったか……勿論、心得ていますとも。昨晩、ちょうど狼人間の映画があって『やぁ、ジョニーじゃないか? はは、どうしたんだい、その顔。コスプレってやつかな?』と言った登場人物が八つ裂きにされちまったぜ。

 俺も『やぁ、赤井さんじゃないか? 変身シーンはばっちりカメラに収めたよ。というわけで脱いで』なんて言えば八つ裂きルート決定である。

 衝撃的瞬間を目撃した次の日、俺は朝早く学園へとやってきたのだ。当然、赤井さんに連絡を入れている。

 俺に呼び出されてやってきた赤井さんはこっちを確認するともじもじしていた。

「ど、どうしたの? こんな朝早くに教室に来てほしいって……もしかして一目ぼれで早速告白イベント? ま、まだ早すぎるよ。ここはお互いの事をよく知ってからふとした時に心を撃ち抜かれて、放課後告白するんじゃないの? 早朝って時間帯は想像できなかったなぁ……」

 全く、うるさい人だ。

 顔を真っ赤にしてあたふたし始めた赤井さんは……顔色だけではなく、体つきも変化をしていた。

「それで、一体何のようなのかな?」

「……あのさ、狼人間って信じる?」

「え……」

 その一言で、赤井さんは固まっていた。開いた口が塞がらない、そんな言葉を文字通り表現している。

 固まって数秒後、赤井さんは眼を逸らして言うのであった。

「ど、どーだろーね。アニメとか映画とかでなら見たことあるよ? もしかしてそういうの好きなの? だったら、あまり相性良くないかも。そういうのは怖くて苦手なんだよね」

 見るからに嘘が苦手そうな人である。喋りすぎる嫌いがあるな。

 でも、こういう人こそ脅したら何かくれるかもしれないな。

 強請ってみよう。

「ねぇ」

「な、何?」

「……尻尾を思いっきりもふらせてよ。そうしたら俺、誰にも言わないよ!」

 手をわきわきと動かして迫るとかなり嫌そうな顔をされる。

「嫌だよ」

「そこを何とか」

「そ、そもそもあたし、狼人間じゃないし!」

「……鏡、みたほうがいいぜ」

 そういって手鏡を渡してやると再び固まった。

「嘘!」

 短く叫ぶが、現実というのはすぐに変わるものでもない。

 赤井さんに隙が出来たので、項垂れている尻尾をいじってみる。思っていたよりも触り心地は固かった。

 そうだなぁ、犬のような柔らかさかと思ったら水だけで洗い続けて繊維がごわごわになったタオルみたいな感じだ。

 きっと手入れを怠っているのだろう。こんなささくれ状態でも丁寧なブラッシングを行ったら柔らかくなるだろうか。

「うう、最悪……悪そうな人に正体がばれちゃった…」

 がっくりとうなだれる赤井さんの肩をたたく。

「なぁに、悪いようにはしないさ。俺、犬好きだよ」

「嘘だよ……自己紹介の時に猫が好きって言っていたじゃん。今更取りつくろうように言われても信じらんないよっ」

 拒絶の言葉を聞いて少しだけショックを受ける。

 ファーストコンタクトって大切だなぁ。

 ああ、何で俺は自己紹介の時に『犬が好きです!でも、狼のほうがもーっと好きです!』と言わなかったのだろう。

「言わないでね?」

「言わないよ。その尻尾を触らせてくれたらね」

「ううー……しょ、しょうがないな。優しくしてよ」

 女の子に優しくしてね、なんて言われたら嬉しいが、狼少女から言われても今一つ胸がときめかないな。

 それから数分後、引っ込んでしまった尻尾を名残惜しく見ていると赤井さんに蹴られた。

「お尻ばっかり見ないでよっ」

「誤解だってば」

 その日は一日、赤井さんのご機嫌が斜めだった。


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