四季美也子:最終話 実は喫茶店で見てました
振り返っても其処には誰もいなかった。
「冗談だよ、冗談」
「た、性質の悪い冗談はやめてくださいって」
心臓が想像を絶するようなスピードで鼓動を刻んでいる。
「何でそんなに慌てているんですの?」
「だって、納得いくような返事をうまく準備してないんですよ。絶対気まずくなりますって」
「それは美也子の申し出を断るってことか?」
「そう言うわけじゃないです」
「じゃあ、オーケーと返すんですの?」
「それでもないです」
そういった俺を見て二人は呆れていた。
「冬治ちゃんは煮え切りませんの」
「そうだなぁ」
「……すみません。でも、何だか昨日美也子先輩とキスして……事故なんですけど。あのシーンばっかりが頭の中にちらついちゃって考えている余裕が無いんです」
俺を見て二人とも頬を染めていた。
「冬治ってば小学生に毛が生えた程度だって思っていたけれど……ちゃんとそういうの意識してるんだな」
「がっちゃんってば下品ですの。でも、冬治ちゃんも意外とえっちですのっ」
「そ、そうじゃないんですって」
「話が進まないので要約するんですの。つまり、冬治ちゃんはキスシーンがちらついて真面目に考えられない状態ですの?」
「……はい、多分」
俺の言葉にがっちゃん先輩は頭を掻いた。
「なぁ、それなら本人に直接言ったほうがいいぜ?」
「い、言えるわけないじゃないですかっ。すっごい誤解を受けそうですっ」
「がっちゃん、どう伝えるんですの?」
「あぁ? 簡単だろ。『美也子先輩との情熱的なキッスが原因で何も手に付きません』でいいだろ」
確かにそうだけれども、それはオーケーと取られるのではないのか? いや、まて、まるで身体を求めているようだと勘違いされて告白してくれた美也子先輩からそんなスケベな後輩だと思わなかったくたばれくぉらああっ……と、言われそうだ。
「ま、本人に聞くしかないな。美也子、こういう場合はどうすりゃいいんだ?」
「またですかがっちゃん先輩。二度も同じ手には引っ掛かりませんよ?」
後ろを振り返ると美也子先輩が立っていた。
「……えっと、こんにちは冬治君」
「こ、こんにちは美也子先輩……」
二人してもじもじするしかなかった。
さっきのやり取りを聞かれているのならこの駅前から飛び立ってしまいたい。
鳥が初めて羨ましいと思った瞬間だぜ。
「それで、元凶の美也子ちゃんはこんな冬治ちゃんをどう思いますの?」
少し蔑んだ視線で俺を見る百合先輩。ああ、何だかもっと見ていてほしい視線のような気がする。
「冬治君が望むのなら私はそれでもいいかな。私もあれからそればっかりで」
「……やれやれ、美也子もかよ」
がっちゃん先輩はそう言うと俺の肩をたたいた。
「なぁ、冬治。お前以上に美也子はやきもきしているんだ。ここで返事をしてやれよ」
「え?」
「あの目、見てみろ。寝てないぜ?」
「がっちゃんっ」
改めて美也子先輩の顔を見ると確かに、眼が血走っていた。
そして、次に美也子先輩の唇へ向ける。そこばっかり見てしまう。
「どこ見ているんですの?」
「っ……すみません」
「う、ううん」
これじゃ何を考えているのか誰にでもわかっちまうぜ。
がっちゃん先輩に小突かれて、俺は美也子先輩に更に近づく。
「あ、あの、美也子先輩っ」
「なにかな?」
「俺、美也子先輩とキスした事しか頭にない状態です。でも、俺はえっちじゃないんですっ。多分、美也子先輩の事が好きだからずっと考えているんですよ。これが百合先輩やがっちゃん先輩たちとキスしたって、こんな気持ちにならなかったと思いますっ。だから、俺を彼氏にして下さいっ」
それはもう、勢いで言えたとしか思えない。
これでよかったのだろうかと考えている余裕なんてないし、この期に及んでちょっとでも考えたら美也子先輩に対して失礼に値する。
「うん、お願い」
「……ふぅ」
美也子先輩の言葉に安堵のため息をついて、俺は座りこんでしまった。
俺も少しばかり、寝不足なのだ。
恥ずかしい話、少し気絶しそうになっていた。
「よかったじゃねぇか、美也子っ」
「本当ですのっ」
「二人とも、痛いってば!」
ばんばんと叩かれている美也子先輩は痛そうにしながらどこか嬉しそうな表情をしていた。
「あの、美也子先輩」
「うん?」
「俺のどこに……惹かれたんですか?」
本当は告白する前に聞くのがベストだっただろう。今更聞いて、残念な答えが返ってきても後戻りは出来ない。
「うーん、一番は雰囲気かな」
「雰囲気ですか?」
一般人オーラしか出ていない気がする。
「護ってあげたくなるような雰囲気があるんだ。それでいて頑張ろうとしてくれるし、見ていて優しい気持ちになる。そんな冬治君を一番近くで見ていたい」
思わず顔がにやけてしまった。
「おい、聞いたかよ」
「聞きましたの。早速のろけられましたわ」
「まー、これで丸く収まったってわけだわ」
「そうですの」
俺はしきりに頷く先輩方に頭を下げた。
「あの、ありがとうございました」
「よせやい、照れるぜ」
「そうですの。でも、冬治ちゃん。さっきの言葉の意味はどういうことですの?」
そこで空気が若干変わった。
お痛をした悪い子にお仕置きするような雰囲気が流れ始めたのだ。
「おれ達とキスしても何ともないって言ったよな? それっておれらを女として見てないって事だよな?」
「覚悟はできてますの?」
手を鳴らす悪鬼と化した二人に対抗するすべはあるのだろうか。
「冬治君」
「はいっ」
ここで美也子先輩が笑顔を向けてくれた。
「後で、キスしてあげるから頑張ってね」
それは、優しい骨を拾う宣言に等しい。
盆と正月が……違うな。天国と地獄がいっぺんに来た気分である。ここは大人しく諦めたほうが無難だろう。
「いや、待て俺。これからもしこんな事があったら俺は美也子先輩を守れる男にっ……ぐふっ」
「おいおい、よそ見をしてるとすぐに終わっちまうぜ」
「あ、ちょっと待ってくださっ……」
「お仕置きですのっ」
おっきい先輩とちっさい先輩の向こう側に、天使が笑っているような気がした。
四季美也子編終了です。がっちゃんが特別編扱いなのに百合、美也子の両名が五話ってどういう事なのでしょう。だって、あの人話がはずみそうにないんですもん。気になるあの子は隣のコの時に少し心残りだったので四季美也子編が出来たのは作者的にもうれしい気分です。奥歯に何かが詰まっていたのが取れたと申しますか……。これで心残りはないですかね。次回からはようやく【気になるあの子と非日常】編になるかと思います。




