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四季美也子:第三話 きっかけの事故

 揚げ物屋さんにて。

「うぷっ……もう、らめ……」

 迫りくる揚げ物達に俺の口と胃袋は蹂躙され、あっさりと白旗を上げた。

 白旗を上げても襲われ意識がもうろうとしていた俺は胃袋さんからの再三にわたる全てを無に帰す要請を受けたがガッツで却下。

 何度も来る『うっ』を飲み込み、ごまかし、意識を逸らし続けた。

 見た目だけなら百合先輩よりはご飯を食べそうだけれど、がっちゃん先輩よりは食べなさそうな美也子先輩(実際は百合先輩が一番食べる)が完食したのには俺だけではなく、お店の人達の方が驚いていたぐらいだ。

「御馳走様でした」

 美也子先輩が事もなげに箸を置いた瞬間、静まり返っていた店内がざわつき始める。

 店内からは完食した俺達に(主に美也子先輩にだが)賛辞が送られていた。

「これ、冬治君にあげるね?」

「え、いいんですか?」

 金一封と書かれた封筒を渡され周りからは『出来た彼女だー』『おれと付き合ってくれー』といった言葉が飛んでくる。

「うん、約束だったからね」

「でも、何だか悪い気がします……」

「そっか、それなら冬治君の恐縮心を満たすためにまだ私に付き合ってくれる?」

 時刻は午後三時過ぎだ。まだまだ俺は付き合える。

 もっとも、先輩が謝恩会やら他の先輩たちとどこかで合流するのなら付き合えないが。

 だいぶ前に刷新された五千円札を財布に入れて、俺は先輩と一緒に席を立った。

「あ、ちょっと待ってもらえますか?」

「あれ? これ、お金いらないんですよね」

 レジ前で女性の店員さんは頷いた。呼び止められた美也子先輩と俺は揃って首をかしげるのであった。

「写真を撮ろうかなと思いまして。彼女さんがリードしていたから彼氏さんも飲みこむのを我慢出来たと思うんです……主に胃液的な何かを」

 胃液的な何かて……まぁ、実際そうなんだけどさ。

「仲の良いツーショットをお願いします」

「あ、はい」

 言われたまま、美也子先輩が腕を組む。

 ちょっと照れ臭かったけれど、いい思い出になるかもしれないな。

「……あれ?」

 一向に押されないシャッターに首をかしげるとカメラから顔を動かして店員さんが笑っていた。

「もっとラブラブ感を出してください」

 そう言われても、本当のカップルじゃあないんですよ。

 でも、これってカップル限定って書かれてるからなぁ。

 どうすりゃラブラブ感なんて出せるんだろう。

 美也子先輩に訊ねようと右を見ると美也子先輩が目を閉じて、唇を押しつけてきた。

「ああ、それですそれ。やっぱりそう言うのがいいですよねー」

 のんきな店員はそのまま決定的瞬間を写真に収めてしまったのだ。

 ぼーっとしている俺の手を引いて、すぐさま美也子先輩は店の外を出る。

「え、えっと……今のは……」

「頬にキスするつもりだったよ」

「え?」

「まさか、こっちを見るなんて思わなくて……ごめんね?」

 深々と頭を下げたおかげで、夕飯の買い物に来たと思われるおばさま方が俺たちを見ていた。

「あ、いや……そんな頭をあげてくださいって。俺の方こそすみません……もしかして初めてでした?」

「うん」

 女子の先輩の唇を汚してしまったわけだ。

 崖から蹴り落とされたような感じを覚えた。

「さっき……は、その、先輩にどうすればいいのかって相談をしようと右を向いてしまってですね」

 其処まで言って先ほどの光景が脳内でスローモーション再生される。

「冬治君」

「は、はいっ」

 美也子先輩の言葉で現実に引き戻され、俺は再び今後どうすればいいのか、どうすれば償えるのかという問題に目を向けざるを得ないのだ。

「言い訳するほど嫌だった?」

「え?」

「私とキスするの駄目だった?」

 不安そうな美也子先輩に俺は必死に首を振る。

「駄目じゃないです。美也子先輩が初めてだって言うので……むしろ俺のファーストキスの相手が美也子先輩でラッキー……って言ったら悪いですね。すみません」

「ううん、冬治君が嫌じゃないのなら私も嬉しいよ」

「え……」

 それってどういう事だ?

 更に混乱する俺の手を引いて、美也子先輩が歩き出す。

「ちょっと来てほしいところがあるんだ。来てくれるよね? 来てくれなかったら唇奪われたって泣いちゃうよ」

 冗談なのか、本気なのかわからない美也子先輩の態度に俺は首を縦にふるしかなかった。

 また新たに場所を移すのかと思っていたらそのまま非常階段を使用して百貨店の屋上へとやってきた。

 オープンテラスの休憩所、用事のための遊具施設がある屋上だ。

 錆びのある遊具達が長くこの場所を占拠していた事を示していた。

「ここですか?」

 複数の子供たちが遊んでいるので美也子先輩は屋上の端へと俺を連れてきている。

「私は冬治君の事が好き。今日卒業式なのに連れ出した理由だよ」

 美也子先輩は俺の言葉に返事することなく、気持ちをぶつけてきた。

「そう、だったんですね……」

「わかってた? わかって居て気付かないふりをしていたのならちょっと酷いな」

 そう言って笑う美也子先輩に俺も笑うしかない。

「そんなわけないじゃないですか。美也子先輩が俺の事を好きだってわかっていればそれなりに緊張していたし、見栄張ってマグカップのお金出してますよ」

「そうかもね」

 こうやって好意を伝えられるとは思ってもみなかった。

「それで、どうかな?」

 主語のない言葉でも、何が言いたいのかわかる。

 今日デートを……デートでいいんですよね? デートをして美也子先輩の意外な一面や、知らない事を教えてもらったりした。それで、キスまでしてしまった。

 キスをしたときはどきっとしたし、一瞬だったので何が起こったのかよくわからなかった。

 今ここで美也子先輩に付き合って下さいと言っても……何だかそれは場の雰囲気に流されて決めたようで嫌だった。

「済みません」

「あ、ううん。気にしないで……私の気持ちを伝えただけだから」

 焦って手を振る美也子先輩に俺は首をかしげる。

「……えーと、違うんです。この場で返事をしないって意味の済みません、です。その、告白の件はもうちょっと待ってもらえますか? 返事はちゃんとしますので」

「な、何だ、驚かせないでよ」

「今日はもうお開きにしましょう」

 本当はまだ美也子先輩と一緒に遊ぶつもりだったが、こんな事を言われて平静でいられるほど俺の心はタフガイじゃなかったのだ。

「うん、そうだね」

「はい……」

 美也子先輩にとっていい卒業式の思い出になるだろうと思って一緒に歩いていたんだけれどなぁ……もやもやさせる結果になってしまった。


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