がっちゃん:特別編 先輩の頼みごと
大学に行ったがっちゃん先輩こと……多賀田妃奈先輩が校門に来ていた。改めて思うけど、『ひな』ってすっごく可愛い名前だよなぁ……。
見た目に似合わず、なんて言っても怒らないだろうけどさ。
「よぉ、冬治」
「がっちゃん先輩っ」
羽津学園から近い大学なので、呼べばいつだって来てくれる。凄く頼りになる先輩だ。
まぁ、俺が呼ぶよりも呼び出される方が多かったりするけどさ。
「今日はどうしたんですか?」
「え、あ、えっとな……」
妃奈先輩がどうしたものかという顔をした後、少し照れた顔をした。
照れた顔なんて久しぶりに見たぜ。
ちなみに、この前見たときは『やっべ、大学の柔道サークル壊滅させちった』だった。ぺろっと舌を出したのを見るとほほえましかった……内容は全然微笑ましいものではなかったが。
柔道サークルの道場破りという奇怪な事をしでかしてから結構な月日が経つ。まだ柔道サークルの方は戻ってきていないらしい。
「冬治に、彼氏になってもらいたいんだ」
「え?」
月が落ちてきたのかと思った。
「あ、いや、違うんだ。『彼氏役』だよ。六花の奴で一回彼氏役やったろ? 大学の友達が彼氏の自慢話されてばっかりで『あんたいないんでしょ』っていわれたから頭きてつい立派な彼氏がだな……」
「言っちゃったんですね。いるって」
「あ、ああ……この通りだ! おれを助けてくれっ」
頭を下げて、拝まれる。
「あ、頭をあげてください。みんながみてますからっ」
がっちゃん先輩の存在は他の生徒だって知っている。
恐ろしい物を見る目つきで俺の事を生徒達が見ていた。先生も、心配そうにこちらを遠巻きに見ていた。卒業してもなお、がっちゃん先輩の影響力は計り知れないんだなぁ……。
割ったガラスは数知れず、殴った男子生徒の数も知れない。ぶってくださいと飛びついた奴は屋上につるされたのが発見された。
「ほら、やめてくださいって」
「駄目だ、お前が頷くまでおれはこうするぞ」
「わかりましたよ。手伝いますから」
「よしっ」
ガッツポーズに爽やか笑顔……こういう表情が一番先輩らしい。
「で、これからおれはどうすりゃいいんだ! 教えてくれよっ」
「い、痛いですっ」
肩を乱暴に掴まれて、迫られる。ひぃ、食われるっ。
「あ、すまん」
「えっと、とりあえず場所を変えましょうか……目立ってるんで」
辺りを見渡すと遠巻きに生徒達が下校していた。
「またあの二人揉めてるぜ」
「ああ」
そういう言葉を聞く事もある。
「冬治は気にすんなって」
頭を下げていたら今度は肩を掴まれる……学園に居た頃から一緒に居たからか、どうやら『別れ話を切り出したのはいいものの、がっちゃんに別れないでくれと懇願され、最後は脅されている』とみられているようなのだ。
「おう、じゃあおれの部屋に来いよ。寮があるんだ」
がっちゃん先輩と二人になっても、別にどうってことは無いだろう。
そう思いつつ女性の部屋に入るのはやっぱり緊張する。
「お邪魔しまーす……って、汚いですね」
「すまん」
雑誌やら服やら……下着やら、散らかっていた。
ふんどしとか付けていなくてホッとした。普通の女性用の下着だ。
「で、おれは何をすればいいんだ? どうすれば彼女っぽい?」
結構大きめのブラジャーをどかして座る。
「そうですねぇ……まずは簡単なところ呼び方ですよ」
「呼び方?」
「はい。がっちゃん先輩は冬治という呼び方のままでいいです。俺が、がっちゃん先輩の事を『妃奈さん』と呼びます」
「……は、恥ずかしいな」
頭を掻くがっちゃん先輩に俺は苦笑する。
「我慢してくださいよ。さすがに、恋人設定ならがっちゃん先輩は無いと思います」
これが百合先輩なら別に百合先輩でもいいけれど、がっちゃん先輩の場合は友達か、生贄だと思われるだろう。
「そ、そうか…おれはその名前あんまり好きじゃないんだけどな」
「そうですか? 俺は妃奈さんの名前、好きですよ」
「……からかうなよ」
「からかってません。それで、続きですけど……妃奈さんは嘘が嫌いですよね」
がっちゃ……妃奈さんの性格はわかりやすい。回り道は大嫌い、まっすぐ進むのが人の道だ。
「ああ、そうだ……だからなぁ……かっとなったことを後悔してる」
そうだろうなぁ……嘘を付いたってことになるもん。
「……ま、それに関しては置いておきましょう。俺の呼び方に慣れるのが重要ですね。いつ会わせるつもりなんですか?」
「え、えっと……第三日曜日だ」
それならまだ時間はある。
「じゃあ次の日曜日、デートしましょう」
「で、デート!?」
目をひんむいていた。
「お、おれとお前がか! 其処までするのかよ!」
「はい。相手は多分、意地悪な事をしてくると思いますからね……出来るだけ隙をなくしたいんですよ。特訓ってやつです」
「特訓か」
「必要な事ですよ。強敵を倒すには必要でしょう?」
「特訓……」
「ばれる……すなわち、それは負けです」
「負けるのは嫌だな」
ちょっと傾いているようだ。
卑怯だけれど、妃奈さんのような人は炊きつけてやったほうがいい。
「どうせ、相手が挑発してきたんでしょうね。『がっちゃん先輩みたいなのには男が出来るわけがない』とか」
「ぴったりだ!お前、あの時いたのか?」
マジかよ。怖いもの知らずだな、おい。
「いえ、いませんでした。結構、意地悪な人だったんですね。ぎゃふんって言わせてやりましょう」
「そうだな……わかった。あのさ、もうひとつお願いしていいか?」
「はい、何ですか」
また頭を下げて拝んできた。
「掃除するの手伝ってくれ。今日、母ちゃんが来るんだっ」
がっちゃん先輩のお母さんか。見た事が無いな。きっと、怪獣みたいな人だろう。
「部屋を片付けないと、殺される……」
「わかりました」
事前に下着とかも片づけていいのかと聞くとあっさりオーケーが出された。よって、全力で片づける。
「ふぅ……」
これが美也子先輩の部屋ならもうちょっとドキドキしながら片づけていた事だろう。
洗濯物が多く、それらを洗濯して干しておいた。ブラジャーとかパンツも俺が干したのだから仕方がない。
「じゃ、俺は帰ります」
「おう、ありがとよ」
「いえいえ」
その日の晩、妃奈さんからメールがきて本当に助かったとメールが来た。余程、怖い人なのだろう。
そして、デートの日がやってくる。
待ち合わせ場所へと向かってみると、妃奈さんが既に来ていた。服装はいつものようにTシャツジーパンだ。
「えーっと、まだ一時間ありますよ」
「あ、ああ…何だか、その、デート…だろ?だから、落ちつかなくてな」
初めてなんだよと照れている。からかいたい衝動を必死で抑える。
茶化すと、俺は……どうなるんだろう。
「で、デートは……どうすりゃいいんだ?」
「腕を組みます」
「こ、こうか?」
腕を組んでもらった。
胸と言う表現より大胸筋を押しつけられて俺の腕がすりきれそうだった。
「い、いたたたっ。力の入れ過ぎですっ」
「すまんっ」
身長は若干妃奈さんのほうが高いので、見た感じ釣り合いが取れているだろう。あくまで、身長の話だ。隣にいるべき相手はボディビルダーだと思われる。
「まぁ、妃奈さんらしくていいですよ」
「そうか?」
「そうです……じゃ、行きましょう」
腕を組んで歩きだす。周りの視線が気になるのか、あたりをきょろきょろしてばっかりだ。
「うおっと」
「おっと、大丈夫ですか」
案の定、こけそうになるので支えてあげ……ようとして何故だか俺が持ち上げられた。
「あー、すまん。つい反射で放り投げるところだった」
「……いえ、気にしないでください」
あぶねー……どうみてもビルの窓に放り投げるつもりだったよ、この先輩っ。
「悪い……」
「こほん、周りの目が気になりますか? 腕を組むのは別に恥ずかしい事じゃないと思いますが」
「……お、おれがこんなことするのは変じゃないか?冬治にも迷惑かけてるし」
珍しく弱気である。可愛かったので、からかいたくなった……だが、思いとどまる。
待っているのは、地獄だ。ビルに磔にされるか、窓をわってビルにスタイリッシュに入るか(放り込まれるか)選ばせてもらえる事だろう。
「変じゃありませんよ。俺は役得です。こうして、妃奈さんと一緒にデート出来るんですから」
「か、からかうなよっ」
「からかってませんよ。世話を焼く甲斐がありますもん」
お世話をしてあげたい……そう思ってしまう。何だ、この変な気持はっ。
「それに、女性とデート出来るんですから俺は嬉しいですよ」
「お前……おれをそんな目で見てたのか」
「まぁ、多少は」
殴られるかと思ったけれど、妃奈さんは俺の腕を引いて歩き始めただけだった。
それから少し歩いて、喫茶店に入る。
周りのカップルを見て、妃奈さんはため息をついていた。
「どうかしました?」
「おれ、あんな服持ってねぇ。やっぱり、あんなのがいいんだろ?」
実に女の子らしい服装の人を指差していた。
うーむ……あの人、多分、男だよ。
「妃奈さん、勘違いしてますよ」
「何をだ」
あれは、男です……と言いそうになって辞める。
「えっと、服装なんて関係ないです。率直にいいますけど、今日の妃奈さんと一緒に居ても楽しくないです」
「そ、そうか……やっぱり、おれがこんな見た目だから駄目なのか」
頭を抱える妃奈さんに俺は続ける。
「違います。全然、違いますよ。馬鹿力で、豪快で、あほなくらいまっすぐなのが、妃奈さんで……げはっ」
胸倉を掴まれる。テーブルに座っていたと思ったら片腕だけで持ち上げられていた。
「……おい、冬治、知ったような口をきくじゃねぇか」
正直、怖い。
でも、続けなくてはいけない。
ちびるのは安堵した後だ。
「それですよ、それ。妃奈さんは難しく考える必要なんて無いんです。俺と一緒にやってみたい事を言ってくれればいいんですよ」
変に考えすぎなのだ。
妃奈さんだって、考えるのは苦手だって言っていた。
「……そう、だな」
どうやら納得してくれたようで下ろしてもらえた。周りの客やウェイトレスが固まってこっちを見ている。
電話を持っているところをみると警察を呼ぼうとしているのだろうか。
「……いちゃついているだけです。心配しないで下さい。ねぇ、妃奈先輩」
「そうだ、いつものスキンシップだ」
二人でそう言うとそそくさと周りが日常に戻っていく。
その後は色々と二人でやった。
ゲーセンのパンチマシーンを妃奈先輩がぶっこわし、ワニを叩くのもぶっ壊して……二人で逃げてしまった。
「今日は楽しかったですね」
「ああ、そうだな……なぁ、冬治」
「はい?」
「おれ、あいつに嘘だったって正直に言うわ」
妃奈さんの顔はすっきりしていた。
「そうですか」
「ああ、お前には苦労かけたな」
「気にしないで下さい」
いつもの事ですから。
「迷惑かけたから今日は奢ってやるぞ?」
どんと胸を叩く妃奈さん。相変わらず、男らしい。
「奢ってもらわなくていいですけど、また俺とデートしてください」
「え……お前、おれなんか誘うより美也子や百合を誘ったらどうだ」
「妃奈さんと一緒に居るほうが多分、楽しいですから」
別に告白したわけじゃない、相手もそれは理解しているだろう。
「…わかったよ。気が向いたら…な」
「はい」
まさか、それが次の日だったとは……思いもしなかった。
気になるあの子は隣のコにて投稿していたがっちゃん先輩の話です。




