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春成桜:第五話 楽しい夏休みの始まり

 夏休みに入って二週間が経った。

 以前は気になっていた春成さんと毎日一緒である。

 やったね! 二人の関係が急接近……冷房が切れた部屋で微妙とも思えた二人の距離は急激に近づいてしまうっ。

「なーんて展開は一度も無いな。淡い考えははかなく散った」

 夏休みに入ってようやく二週間が経った。これほど長いと感じる夏休みは生まれて初めてだよ、ジョニー。

 毎日、あの優等生の春成さんと一緒である。男子の友達からはやったなとかどうやって落としたと聞かれまくったがそういった甘酸っぱい感情は一切なくて、困惑しかない。なるほど、確かにはたから見たら一緒にいる時間は増えたんだがそこに甘さは一切ないぞ。まるで互いの腹の中を探り合うような日々が続いている。俺の気のせいだろうけどさ。

 よく考えてみれば、学園でも隣の席にいたのだから毎日一緒じゃないか。学園のほうが自由ってどういうことなんだよ。

 気づけば夏休みの課題が一週間で終わった。冷房完備の春成さんの部屋って凄いや。

 女の子の家のトイレとか最初は緊張していたけど今じゃ、携帯電話を触るためだけに逃げてるよ。しかも、ほかの人の家だから、変に長くいられないし。

 勉強が捗る……二週間目時点で夏休みの課題はすでにない。それでは何をすればいいのか。最初は、それで解放されると思っていたんだ。

「俺さ、夏の課題終わったんだよね!」

 この勉強付の日々から解放されるのかと心の底で喜んでいた。そんな俺に、春成さんが何かをくれた。何だろうと思ってそれを見て俺はげんなりした。彼女が使っている苦手克服超ドリルという代物だった。

「これ、解いてみて。結構解きごたえあるから、時間、かかると思う」

「う、うん、ありがとう……」

「わからないところがあったら言ってね。わかるまで、教えてあげる」

「そ、そっか……」

 適当に解いて逃げちまおうかと思ったりする。

「あ、そうだ。本当にわかったかどうか最後にテストしようよ。自分じゃ気づけないミスも見つかるだろうし、理解も深まるよ」

「……あはは……そうだね」

 さらにお勉強ができるようになった。

 しかも、最初は口をひし形にして固まりそうな量だったのに気付けば進行度合いが半分を超えていた。

 苦手? 何それ……今の俺に解けない問題なんて無いよ。

 ああ、中学生のころからこれほど勉強していれば、今よりレベルの高い学園に入れて、今頃ブルジョワチックな夏休みデイズを送れていたのではないだろうか。

 何でこの頑張りを、テストの時に生かせなかったのか凄く不思議だよ。

 俺ってば、やればできるんじゃない、脳内の天使と悪魔が俺をほめたたえてくれる。しかし、やらざる負えない状況だからやってるだけだ……最近頑張りすぎて目もちょっと悪くなった気がする。

 寝ていても、石像になった春成さんと一緒に監獄で勉強している夢を見る。看守はすべて春成さんだ。人間が精神的に壊れるのに一か月も必要ないのかもしれないな。

「それが終わったら復習だね?」

「そ、そうだね」

 このドリルが終わったら今度は二年一学期の復習が始まる。復習なんて必要ないと思うんだ。

 俺、夏休みが終わったら勉強の事しか頭の中に残らないかもしれない。これは、有意義な日々と言えるのだろうか。いいや、違う。違うんだよ、春成さん。夏休みって無駄に過ごすためにあるんじゃないの? それでさ、後半になって宿題やってねーよー、あ、そういえばあいつに貸しがあるから写させてもらおー、ダメって言われたらアイス買うからって買収しちゃおーってやるもんだろ。

 友達と一緒に楽しむ。それが夏の楽しみだろっ。

 何が悲しくてずっと勉強しなくちゃいけないんだ。為にはなっているんだけどさ。ん、あれ、字面だけ見ると俺が言っていることと、春成さんがやろうとしていることってもしかして、一緒?

「今度の日曜日は私の家でやろうよ」

 ちなみに先週の日曜日は俺の部屋で、冷房効かせながら勉強しました。朝八時から春成さんはやってきて夜の八時ぐらいまで勉強していたよ。

 母さんなんて最初はにやにやしていたのに『何処か頭を打ったんじゃないかと思った』と言って医者を呼んできたぐらいだ。

「あんた、勉強に目覚めたの?」

「……まぁ、うーん、よくわからない」

「女の子と一緒だけど何かそういったことはないの?」

「断言しましょう、ないです」

 母さんはその後、俺のことを異物でも見るような目になった。

 春成さんの部屋に最初来た時はそりゃあ、嬉しかったさ。へぇ、こんな部屋なんだぁて思ったさ。ちょっとした小さなクマさんのぬいぐるみがかわいかった。

 でもさ、今は違う。あのぬいぐるみが俺のことを監視している気がするんだ。

 今度の日曜日はちょっと休みたかった。

 もうこれ以上勉強したらぼくちゃん頭の中がいい感じに出来あがっちゃうよと我儘が首をもたげた。ちなみに復習が終わったら三年生の内容に突入しちゃう。教科書とわかりやすい参考書を渡され、なんとなく中身を見たら解けそうだなと思ってしまった自分が嫌だ。

「ご、ごめん、その日はちょっと海に行くんだ……友達と」

 気付けばそんな言葉が口から出ていた。

 告白しようかな―と思っていた相手とこうして一緒に居るのは嬉しい。最近じゃ、そんなことも毛ほども思わなくなってきたけれど、それでもうれしいさ。うん、多分、嬉しいであってると思いたい。でも、だ。

 あれから……林間学校から俺の事を信じてくれていない春成さんを見て俺は悟った。あ、これは駄目だと。

 関係修復を図ってくれているつもりなのか、夏休みに誘ってくれたのは純粋に嬉しかった。でも、特に話をするわけでは(基本的にご飯を食べるとき、わからない事を教えてもらうときだけ)無いので辛い。話しかければ返してくれるだろう。あんなに真剣な表情の春成さんを邪魔したくはなかった。真面目な顔の春成さんは、綺麗だった。

 なんというか、これは性別に関係なく真面目な横顔はつい惹かれてしまうものがある。もちろん、それを見ているのに限度はあるし、勉強はもうお腹一杯だ。お腹がいっぱいになった人間に無理やり何かを食わせたらどうなるのかわかるだろう。そう、リバースだ。

 よって、俺は本当に久しぶりの夏休みを頂こう。春成さんには悪いが、まだ友達と連絡を取り合っていない白紙の計画だ。思い付きの嘘だ。

 俺の言葉に少しだけ残念そうな感じで彼女は肩を下ろしていた。そう思ってくれるのは俺と勉強するのが楽しいからかと少しだけ考えてみて、だとしても勉強はもういいやと思っている。

 監獄から出られるみたいで何故だかほっとしてしまう自分が嫌だ。夏休みなのだから休ませて欲しい。

「そう、わかった」

 肩を落とす彼女を見て俺はつい愛想笑いを浮かべてしまう。

「お土産、買ってくるよ」

「……気を使わなくていいよ。私も一緒に行きたいな」

 そう言われて俺は固まった。思わず、あ、来るんだなんて失礼なことが口から出そうになって慌てて飲み込んだ。

「駄目、かな?」

 見た事も無い春成さんの威圧感……彼女がこんなに怖い顔をするなんて知らなかった。セリフ的にここはかわいい顔で小首をかしげるんじゃないのか。

 なんというプレッシャー。これを耐えられるほど、はねつけるほどの精神力は持っちゃいない。

「だ、駄目じゃないよ。うん、そうだよね。たまには遊ばないと体が持たないって……はは……」

「よかった、もし、雨が降ったら一緒に勉強しようね」

 彼女が笑っているのは、俺と一緒にいられるからではない。自分の意見が通ったことがうれしいのだ。

「うん、そうだね」

 雨だとまた勉強だと……主に精神がもちそうにありません。どんだけ勉強が好きなんだよっ。いっそ勉強と付き合っちまえよ。

 もしかして彼女が誰とも付き合ってこなかったのは勉強に恋していたからか?

「楽しみだなー」

「喜んでもらえるのなら俺もうれしいよ」

 で、でもこれはやばいぞぉ…まだ計画段階だし、俺と春成さんしかいない。しかも、日曜まであと二日しかないってばよ。

「駅前集合?」

「う、うん。俺達は一応其処で待ち合わせって事にしてる」

 一人で達とは言わないけれど、春成さんがいるから二人だ。

「わかった」

 しかし、考えてみれば海の事を考えると楽しくなってきた。なんだかんだで、春成さんといけるのだ。

 それから特に話すわけでもなく、ただひたすら白紙を文字で埋め尽くす作業に戻った。彼女は教え方がうまいし、問題を解いていれば時間が経つのも早いと感じるようになった。

 だらだら過ごしていた去年までの夏休みは一体どこへ行ったのか……夜更かしをするでもなく、健康的な日々を過ごして居たらあっという間に明日が海に行く約束の日だった。

「……まずいことになったぞい」

 あらかたの知り合いに連絡したところ、『家族と旅行に』『恋人と温泉巡り』『外国でアバンチュール』『子作りする……あ、荷造りだった。てへ』と言った理由で断られてしまった。

「何、結構必死じゃん?」

「ま、まぁ、とある事情があって。そうだ、春成さんも来るぞ? どうだ、これなら来るだろ?」

 フラれたとはいえ、男子生徒ならいまだにあこがれの的に違いない。切り札的扱いとして切ってみたのだが、結果はよくなかった。

「じゃあ、なおさらいけないじゃん。本当は二人で行くつもりのやつに、びびって友達予防としているんだろ? そういうの、女の子的に絶対駄目だから誘わないほうがいいぜ」

 そういって切られた。え、なんで断られるの。

 こうなったらもう春成さんに電話するしかない。

「っと、思っていたら渡りに船だ」

 春成さんからの着信。一度目で通話状態へ。

「もしもし?」

『取るの速いね。まだかけたばっかりだけど』

「ちょうど明日の事で電話しようと思ったところだったんだ」

『私もそうなんだー。明日何時集合だったか聞き忘れてて』

「えっと、九時を予定してたよ」

 つい、手元にあったメモを見てしまった。明日、九時に駅前で待ち合わせと書いてある。

 あ、俺の馬鹿。何反射的に……いや、でもね、いいわけじゃないけど、友人にその事を電話したりしていたんだ。何度も言っていたからツーと言えばカー……違うな、山にたいしての川みたいな感じになったんだ。

 明日の九時、海に行かない? 無理。がちゃ、みたいな感じで連絡したのだ。中にはいいよと言ったけれど春成さんの名前を出した途端、見せつける気か? クラゲに刺されて浮かんでしまえと言われて切られたりもあったする。

 ついでに、今俺、二人で春成さんと勉強しているんだけどこれから参加しないかと誘ってみたりもした。人数が増えればリタイアするやつが出てきてそのまま遊びに発展すると思ってのことだ。結果は、惨敗だった。

 誰が悲しくてお前らと一緒に勉強するかと見せつける気か? アルファベットに呪われて数学の方程式を尻に刺されて死ねと乱暴的な言い方もされた。

『夢川君?』

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

『楽しいのはわかるけど、遅れないでね。じゃあまた明日。明日に備えてもう寝るからお休み!』

「あ、うん…お休み」

 明日中止なんだ。その言葉が出てこなかった。やっぱり、毎日勉強していたから……すごーく、楽しみにしているようだ。なんだかんだで、春成さんもたまには息抜きが必要なのかもしれない。

 そんな春成さんに『無理だよ、無理。友達全部だめになっちゃった。てへ』とか言えない。

「……正直に言うか? いや、ごまかそう」

 嘘を一度ついたらその嘘を守るために再び嘘をつかねばならない。他人から見たらそれはとても愚かな選択。もとからお天道様の下を歩き続けられる人間なら必要のないことだ。それでも、世の中には嘘を重ね続けるしか生きられない人間もいる。

 嘘に嘘を重ねる人間は綱渡りがうまいそうな。

「俺も、そんな人間になりたかったなぁ……」

 天井を仰ぎ見る。

 結局、嘘なんて付ける自信が無い俺はすぐさま電話を入れた。あの残念そうな声を聞いて確信した。

『そう……なんだ』

「あのさ、今度の夏祭り俺と一緒に行かない? 企画倒れさせた俺の責任ってことで……奢らせてもらうよ」

 海が無いから夏が終わったと言うわけでもない。俺は春成さんと一緒に夏祭りへ行くことになった。こちらも都合がつかず、二人きり。事前に二人きりというのは伝えているため、気が楽だった。

 二人で海に行けたら楽しかっただろう。でも、俺にはビーチで勉強している姿しか思い描けなかった。

「いや、待て、俺。もっと煩悩にとんだ妄想をしてもいいじゃないか」

 モデル体型なんだから、水着姿を見せてもらえたら喜んだはずだ。

「そう、そして春成さんはその後、俺にほんの少し照れた感じで笑いかけてくれる」

 いいじゃないの、俺の妄想エンジン。

「そして、手に持っていた勉強道具を俺に見せてくれる!」

 ここで現実エンジンが戻ってきた。妄想エンジンの隣で動き出したことで最悪な未来が見えてくる。

 海にはいかなくてよかったと思う。


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