一之瀬百合:第四話 風に乗って散ります
百合先輩に連れてこられたのは屋上だ。
屋上は普段使用禁止になっているので鍵をかけられている。しかし、百合先輩が軽くひねるだけであっさりとドアは言う事を聞いてくれた。
何かが折れるような音が聞こえてきたが、気のせいだろう。
「ふー……」
深呼吸を数回終え、百合先輩は俺の方へと向き直る。
俺はその間寒空を眺めて待っていた。
まるで告白される前のようだなー……告白された事なんてないからわからないけどさ。
「わたくしの力が常人のそれと違うのはもうわかると思いますの」
開口一発、百合先輩はそう言って小石を屋上階段踊り場の壁へと投げた。
たったそれだけで石が壁に突き刺さる。
「そうなんじゃないかとは思ってました」
「この学園に入ってすぐ、わたくしは色々と騒ぎを起こしましたの。とは言っても、絡んできた悪者たちを小突いた程度ですわ」
重機がプリンを突いたらおそらくプリンはその形を維持なんて出来ないだろうな。
ま、重機にプリンが突っ込んで行ったのならプリンが悪いさ。
「悪者たちの中にはこの学園の者もいて、その生徒は退学、全ての人間が病院送りになったんですの」
「……そうだ、思い出した。確か覇王事件だったか」
羽津学園七不思議にそういえばあった。
覇王と呼ばれる悪鬼が肝試しに来ていた生徒を残らず襲うというものだった。もちろん、信じちゃいなかったがそれは実際にあった話を元にしていると四季が言ってた気がするぜ。
「わたくしも停学になったんですの」
「そ、そうなんですか。よく停学だけで済みましたね」
「それはまぁ、理事長にちゃんとお願いしましたの」
腕力でお願いしたのでは? そ、そんなことないよな。
「それ以降は何も問題を起こさず静かに、こんな馬鹿力を隠して生きてきたんですの。おかげで誰からも話しかけられることはなかったのですの」
それはまた……寂しい話でもある。
「がっちゃん先輩と美也子先輩と知り合ったのはいつですか?」
「一年二学期ですの。美也子さんとがっちゃんはわたくしに無謀にもチャレンジしてきた猛者ですわ」
がっちゃん先輩はともかくとして、美也子先輩もチャレンジしたのか。単純にすげぇな。
「あの二人とは色々ありましたけれど、今でもいい仲で居させてもらっていますの。さすがに、一年も経てばわたくしの人となりがわかってきますの。他の方たちもわたくしと……いいえ、がっちゃん達のおかげで沢山の友達ができましたの」
あの二人がいい人達だと言うのは知っていたけれど、やっぱり百合先輩とも色々とあったんだなぁ。
「その馬鹿力は何であるんですか?」
「わかりませんの。小さい頃から変わらずありますの。三歳ですでに成人男性並みの力があったそうですわ」
「……」
知育おもちゃを全力で壊す百合先輩が想像出来た。
「小さい頃からわたくしは不器用ですの。この学園に入って起こした事件もその延長ですの。だからわたくしはこの口調を大切にしていますの」
「口調?」
ですの口調か。
「そうですの。こうやって話しているとお上品な人だと思ってもらえますの」
「なるほど……馬鹿力なんて持ってないよというカモフラージュですか」
みなりと相まってよもや素手でコンクリートを壊せるような力を持っているとは想像も出来ないだろう。
「その口調はいつから?」
「五歳の頃から練習しましたのっ」
凄い努力である。
「力のセーブとか出来るんですか」
「簡単ですの。でも、ふとした拍子なんかに……昨日みたいに走ってこけたりすれば出来ませんの」
そして俺が被害にあったと。
「ふむ」
百合先輩は少し迷った表情を見せた。
「冬治ちゃんはまだこんなわたくしとでも一緒にいてくれますの?」
「……そうですねぇ。それは別にいいですよ。俺は百合先輩の事が好きですから」
そう言うと顔が真っ赤になった。
あ、勘違いしているな。
「えーとですね、そう言う意味の……」
「おーい」
凄く間の悪い事に、屋上へがっちゃん先輩がやってきた。
百合先輩はがっちゃん先輩を睨みながらいった。
「がっちゃんっ。間が悪いんですのっ」
「悪い悪い。でもそろそろ戻らねぇと次の授業は移動教室だぜ? ったく、どうせ自習なんだからそのまま受けさせろっての。なぁ、冬治?」
「あ、ちょっ……苦しいっす」
ホールドをかけられて胸に顔を埋めさせられる。
うん、まぁ……やっぱり女性なんだなぁと思わせる胸だ。
「離れますのっ」
そこで割りこんできたのは百合先輩だった。
「おっと、どうしたんだ百合?」
「今からハグは禁止ですのっ」
ビームでも出そうな勢いで人差し指を突きつける百合先輩。
ああ……そんなことしたらがっちゃん先輩に火がつくんじゃないでしょうか。
「わたくしが今後、冬治ちゃんにハグをしますのっ。そういう権利がありますのっ」
「……えーと、つまり……どういう事だ?」
あ、わかってないぞこの人。
これなら誤解も解けそうだと思っていたら俺に百合先輩がひっついた。
「こういう事ですのっ」
心なしか、がっちゃん先輩より痛いんですが……。
無言になるがっちゃん先輩。心なしか恐い顔をしていた。
「……それで、どういう事だ?」
「やっぱりわかってないよっ」
うん、がっちゃん先輩を好きになる男性は絶対に苦労するぞ。だって、この人鈍感過ぎる。
「馬鹿だねぇ、がっちゃん」
「あ、美也子」
そこに現れたのは美也子先輩。がっちゃん先輩の肩を軽く叩いて(つま先立ちで)にこやかに笑う。
「百合がとうとうやったのよ」
「え? 殺った?」
「違う違う。ようやく告白できたって事よ」
「お? おー。そうなのか」
「そう、それで冬治君も百合を受け入れたって事でしょ」
「なるほど。つまりツーカー?」
ツーカーとかこの学園に入って初めて聞きましたよ。
「恋人よ」
「恋人かぁ……」
少し気になる単語があったので俺は首をかしげる。
「ようやく?」
「そうよ。百合はねぇ、冬治君の事を初めて見たときからドキドキしてたらしいの」
美也子先輩が意味ありげに百合先輩を見た。
「は、恥ずかしいんですの。でも、もう彼氏と彼女関係なので特別に教えてあげますの」
得意げに人差し指をくるくると回す。
「冬治ちゃんを教室で初めて見たとき、びびっと電流が流れましたの。運命的な出会いを感じましたのっ。でも、生徒会長のお気に入りだと聞いたので手は出せませんの……でも、こうやって冬治ちゃんがわたくしを選んでくれた今、遠慮は無用ですのっ」
「……え」
照れた様子の百合先輩は非常に可愛かった。
「おい、百合。もしも冬治が実はさっきの告白は嘘でしたーって言ったらどうするんだ?」
脇にやってきたがっちゃん先輩が百合先輩のわき腹を突いていた。
「勿論、許しませんのっ。学園の至るところを破壊しまくって理事長を人質に冬治ちゃんとの結婚を要求しますわ」
「いや、結婚って……」
俺の肩に美也子先輩が手を置いた。
「でも、これからが大変ねぇ。あのゴリラみたいなお父さんが許してくれるのかしら」
「そうだなぁ。おやっさんが冬治を振りまわしているところ……簡単に想像付くぜ」
俺もです、がっちゃん先輩。
「そこら辺は大丈夫ですの。既に挨拶は済ませてますわ」
「え? マジで」
「マジですのっ。パパも冬治ちゃんの事を気に入ってましたわ」
「へー、凄いんだ」
美也子先輩が俺の肩をたたき始めた。
「そんなに凄い事ですかね? 昨日はまだ友達として紹介されたんですよ?」
「ああ、充分すげぇよ。俺なんて最初百合の家に行ったら男だと勘違いされて拳が飛んで来たもん」
「……あの人、やっぱり恐ろしいんですね」
がっちゃん先輩とか普通に見ても女の子じゃないか。娘の事になると周りが見えなくなるタイプなのか。
「今日の放課後、改めて冬治ちゃんを我が家に招待しますのっ」
「は、はぁ、わかりました」
「じゃ、わたくしは先に教室に行きますのっ」
そして百合先輩は走っていってしまった。
「……はぁ、どうしよう」
百合先輩に誤解されたまんまだ。
「焦るなよ、冬治。ああ見えて百合は初心なんだ」
「初心って……でも、俺」
「わかってるわ。どうせ百合が誤解してるんでしょ」
美也子先輩、百合先輩は悪くないです。がっちゃん先輩が悪いんです、とは言えないな。
「実は、そうなんです」
「でもね、冬治君。その事がばれたら間違いなく理事長が人質に取られるわ」
「え」
「この前なんておれがジョークで食べた唐揚げが原因でキレたんだぜ? そのせいで教室中の机が全部ぱぁだ」
そ、それが原因で机が壊れたのかよっ。
「黒板に磔にされたのは生まれて初めてだ」
あのがっちゃん先輩が顔を青ざめているところを見ると冗談ではないようだ。
「ま、百合の事は真剣に考えてあげて? 冬治君も百合の事、嫌いじゃないんでしょ?」
「……ええ、まぁ」
「そうだな。真面目に考えて駄目だと思うのなら百合にあれは誤解だったと言えばいいさ。骨は拾ってやるよ」
笑って言うがっちゃん先輩とは対照的に美也子先輩は大真面目な顔で俺の肩を叩いて言うのだった。
「彼女は骨も残さないわ。この世に未練が無いのならノーと言いなさい」
「骨片か」
屋上に寒風が吹き、チャイムが鳴るのであった。




