一之瀬百合:第二話 傍から見たら
幸か不幸か、百合先輩が再び俺を肩に担いで移動してくれているので上半身裸プラスのエプロン姿に気付いてくれる者はいない。ボケをする―されているみたいで寂しかったりする。
羞恥のせいで、冬だと言うのに身体が熱かった。
「あの人、事故ったのかな」
「病院に運ばれているのかしら……」
今更ながら思い出したが、そういえば俺、背中を怪我してたんだったな。
「着きましたの」
乱暴に投げ出されることなく、まるでワレモノでも扱うような感じで地面に下ろされた。
やってきたのはデパートだった。
上半身マッパエプロンで此処に入るのか……。
幸い、服のテナントは入り口から入ってすぐなので晒し者になる事もない。
「好きな物を選んでいいですのっ」
「あ、はい。でも、お金は百合先輩の家から渡してもらってるんで……選んでくれると嬉しいのですが」
「わたくしが選んでいいんですの?」
「はい」
「じゃあ、選びますのっ」
変な物が置いている雰囲気でもないので、俺は百合先輩に任せてみることにした。
「これをまず着て欲しいですの」
渡されたのは普通のTシャツ……と、思いきやモアイの頭に八頭身ぐらいのマッチョが描かれていたものだった。
「これ、ですか?」
「駄目ですの?」
ここで着ません、着られるわけがないじゃないですかと言ったら泣かれそうだ。
それに、何故か泣かれたら窓ガラスをぶち破ってジョニーさんが登場しそうな気がしないでもなかった。
「着ますっ。是非に着させてくださいっ」
「試着室はこっちですの」
「ちいっ」
どこからか舌うちが聞こえたような気がするよ。
上半身マッパエプロンよりマッチョTシャツの方がまだましだろう。
無いよりはまだましレベルもどうかと思うけれど、背に腹は代えられない。
おそらく……ジョニーさんは大義名分を得てから登場するのだろう。そうだ、そうに違いない。
「お似合いですの!」
「はは……ありがとうございます」
百合先輩ががっちゃん先輩と仲がいいのはただ単に、マッチョが好きだからではないだろうか。
「上着もわたくしが選んでいいですの?」
「どうぞどうぞ」
下がこんなTシャツでも上からダウンとか着てしまえば見えないから恥ずかしくないな。
そう思っていると百合先輩が戻ってきた。
「どてらっすか」
「そうですのっ。やっぱり冬はこれですのっ」
青色のどてらと、赤色のどてらだった。
「セット購入でお安くなりますのっ」
「はは……えーっと」
何と無く、外を見た。
「……がるるるっ」
ジョニーさんが貼りついてこちらを睨んでいた。
そのままの状態で俺は百合先輩に話しかける。
「えっと、今回はやめにしませんか?」
しかし、全く反応が無い。
「百合先輩?」
「買ってきましたのっ」
そういってこちらへトテトテ走ってきていた。
「既に遅かったか……」
「はい、どうぞですの」
どてらを渡され、俺は首をかしげる。
「あの、これは?」
「寒いから着るといいですの。Tシャツだけだと風邪をひきますのっ」
「……はい」
デパートでどてらか……なかなか根性が要る事を要求するぜ。
これならまだマッチョTシャツを全面的に押して歩いたほうが目立たないかもしれないな。
「堂々としていれば大丈夫ですの」
「そうっすかね」
果たして本当にそうなのか、首を傾げた末に俺は脇に抱えておくことにする。
「外へ出てきますよ。デパートの中は暖房が入っていますからね」
「確かにそうですの」
「これからどうします?」
目的は果たしたのだが、このまま帰るのも味気ないな。
「あの、服を買ってもらったんでちょっとお茶しませんか?」
「喫茶店の娘を誘うとはいい度胸してますの」
「あ、そうでしたね。すみません」
ちょっと考えればわかる事だった。そうだよな、それなら家に貢献したほうがいいだろう。
そう思っていたら手を引かれた。
「さ、ここの二階にあるののの屋に行きますの」
「ののの屋? あ、クレープ屋っすか」
「そうですの。ののの屋に行ってから帰りますの」
「了解っす」
どてらを担いでマッチョTシャツを着ているが、堂々としているせいでひそひそと話をされることはなかった。
「見て、あの子」
「微笑ましいわねぇ―。由子ちゃんもあのぐらいの歳のときお兄ちゃんを振りまわしてたもんよ」
「えー」
何だか、別の意味で目立ってるなぁ。
しっかり聞こえているのか、百合先輩の顔が非常に険しくなっている。
「むぅ、何だか馬鹿にしているようですの」
「気のせいですって」
「こうすればいいですの」
今度は先行せずに俺の隣に並び、腕を絡めてくる。
俺から見ればぶら下がられているようなものだった。
「年上の魅力でイチコロですの」
「……」
あの子可愛い。お兄ちゃんの腕に絡みついてるっ……どうやら、この言葉は百合先輩の耳に入らなかったようでほっとした。
ののの屋に入ると先輩の機嫌も良くなった。
「はぐはぐはぐはぐっ」
「……よく入りますね」
すでにクレープ三つ目である。
俺はまだ一つ目だ。別にゆっくり食べてるんじゃないぜ? 俺が一口食べるうちに百合先輩はクレープ半分食べるのだ。
「甘いものは別腹ですのっ」
「なるほど」
「そこからさらに分類分けされるんですの。和菓子腹、洋菓子腹とありますのっ」
「すごいっすね……」
「女の子の常識ですのっ」
まぁ、小動物が一生懸命餌を食べているようで可愛いものがあるけどさ。
「ののの屋のクレープはおいしいからいくらでも入りますの。でも、お財布的な事情で今日はやめておきますの」
「あ、先輩……クリーム付いてますよ?」
右頬に付いていたクリームを拭っている間にしまったと思った。
どう考えても、これは子ども扱いだ。
角を立てているのではないかと恐る恐る百合先輩の顔色を窺う。
「……」
ぽかんと俺を見つめていた。
「その、これはですね……」
親戚に小さい子がいて、よくやるんですよー……は、完全にNGである。
じゃ、じゃあ、庇護欲をそそられまして……も、駄目だ。
小動物が一生懸命食い散らかしていたので……アウトだ。叩かれる。
「ありがとうですの」
「え? あ、いえ、気にしないで下さい」
穏便に話が進んでほっとする。
「じゃ、そろそろ帰りますか?」
「……今日はもう少し長居しますのっ。映画を見に行きますのっ」
映画かぁ……そういえば、百合先輩はどんな映画を見るのだろう。
「わかりました。付き合いますよ」
「さ、行きますのっ」
そして、俺たち二人は映画を見に行くことになったのだが……。
「これですか」
「そうですの。早く行かないと始まりますの」
百合先輩が選んだのは『映画タンパンマン~上げパン君と夢の涙~』だった。
未だに正月休みの子どもたちに混じっても違和感のない……さすがに、違和感あるな、うん。
ここまで幼女って感じはしないし。
こうやってデートしてたら確実に捕まるわい。
「……って、なんでデートなんて言葉が……いや、待てよ俺。男と幼女が一緒に歩く……これは立派なデート、じゃなくておまわりさんフラグなのでは?」
「冬治ちゃん早くっ」
「あ、はい」
百合先輩に手を引かれ、俺は席に座るのだった。
映画の感想だが……最近のこれって凄いね。友情とかかなりレベルが高い代物で涙を流してしまいそうなシーンもいくつかあった。
青色のどてらは百合先輩がもっていたのでそのまま家に持って帰ったそうだ。それだけ俺が映画に興奮していたってことだな。




