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晩冬六花:第八話 六花の心

 冬治を生徒会室まで連れてきた。まさか美也子達が手伝ってくれるとは想像していなかった。感謝はするが、直接礼を言うつもりはない。

 生徒会より、一緒に食事をしていた食堂に連れて行ったほうが良かったのかもしれないな。きっと、感傷に浸ってくれただろう。

「……何ですか、先輩」

「……」

 言葉が出ない。

 冬治に『大嫌いだ』なんて思われているとは考えた事も無かった。

 はいはいとこちらの言う事を聞いて、嬉しそうだったから……助けてくれたあの時、告白されると勘違いしていた。あの場所でそう言われたら、どう返すのかあっという間に考えてしまった自分が恨めしい。

 まだ好きと言う気持ちじゃないはずだ。やっぱり、大切なものが、誰かに盗られてしまいそうな気がしたから探していたのである。そうだ、そうに違いない。

 颯爽と助けに来てくれた冬治の事がかっこうよくみえたのも、多分、偶然だ。

「用事、無いのなら俺は帰りますよ?」

 鍵は内側からかけただけなので当然、中から開けようとすれば開けられる。美也子達が割りこんでくる可能性を消したかったから閉めたのだ。

「ま、待ちなさい」

「何ですか」

 こうなったら実力行使しかない。

 冬治の胸倉を掴んでそのまま唇をおしつけてやった。

「……どう?これで機嫌もなおったでしょ」

「……」

 男なんて、こうすれば機嫌も直すだろうと考えていた……が、少なくとも冬治は違ったようだった。

「……最悪です。幻滅しました」

 唇をぬぐった後、睨まれた。

 凄んだ表情は初めてみた。とても、怖かった。私を襲ったあの一年だってこんな顔はせず、冷静な顔をしていた。冬治は一緒にいた時に想像も出来ない表情をしていた。冗談ではなく本気で怒っているのが伝わってくる。

「……晩冬生徒会長は、やっぱりこんなくだらない事をして男の気を引いていたんですね。この前、男子生徒が先輩を襲ったのも簡単に想像できます」

 やっぱり、その言葉が胸に刺さる。

「違うわっ。私はこんなことあいつにはしてない」

 即答してみせた。

 でも、彼の疑惑の視線はぬぐえていないようだ。

「どうだか……」

 全然信用してもらえていない。いまだに怖い顔のままだ。

「こ、怖い顔したって駄目なんだから。本当は嬉しいんでしょう?」

 気持ちだけが焦ってしまう。私は、嬉しかった。無理やりしたけど、それでよかった。気持ちを共有出来なくて凄く悲しい気持ちになる。

 でも、泣くのは後だ。

 この後、どんな展開になるのか頭の中で一生懸命考える。こんなことは初めてだ。

「晩冬生徒会長、一つ聞きたい事があります」

「な、何よ」

「この前……とはいっても結構前の事ですけどね。ストーカーが此処に居た時の事です。あの時、飛鳥さんは放送機具をいじって流しましたよね?」

「え、ええ、そうね」

 あの時何か、気になる事があったのだろうか。動揺していなければ私ほどの人間なら何が言いたいのかすぐさま理解出来たはずだ。

「あれ、本当は流れてなかったみたいですね」

「それが……どうかしたの?」

「何であの時、流れていないって黙っていたんですか?」

「……えっと、それは……」」

 頭が回らない。さっきみたいに即答も出来なかった。

 理由は簡単だ。あの時はまだ、ストーカーがまたちょっかいを出してきたときのために駒として動いてほしかったのだ。

 ただ、それを言うのは良くないだろう。気を損ねるのは間違いない。

「俺、先輩の事が多分好きだったんです。だから、先輩にこき使われても文句も言わなかったし、連絡しないでくれって言われた時は正直、ショックを受けました。殴られた気さえしましたよ……六花先輩は優秀な生徒会長ですからね。今の俺だと不釣り合いだと思ったりしました……だから、諦めようって。先輩と相思相愛なら頑張りますけど、一方通行なら駄目ですね」

 言葉が出ない。

「でも、まさかこんな男を垂らし込むような淫魔だとは思いもしませんでしたよ」

「淫魔って……君ねぇ……」

「違うんですか? 唇を押しつけて、身体を差し出すような人間が、淫魔じゃないって言えるんですか?」

「……あんたねぇっ」

 勝手に決め付ける冬治の胸倉を掴んでしっかりと見据える。馬鹿にしている、屑を見るような目をしている……そう思っていた。

 しっかりと見据えた冬治の瞳は私の予想と違っていた。

 ただ単純に、失望の色、そして悲しみの色だけだ。

「俺から言いたいのは……それだけです。口汚かったのは謝ります。すみません。でも、六花先輩の事は信用に値しません。それに、六花背先輩も何も言う事無いみたいですから……帰りますね」

 しっかりと胸倉を掴んでいたのに、あっさりと振りほどかれる。それでも、乱暴に扱われることは無く優しく、はなされただけだった。

「待ってよ! 私の話、まだ……終わって無いっ……」

 完全に無視された。

 ここで逃げられたらもう会っても話を聞いてもらえそうにない。

「お願いだからっ」

 お願いしても振り返ってはくれなかった。鍵を開けようとしている。

 行ってほしくなかった。

「そ、そうだ! き、君が私の事を好きだっていうのなら付き合ってあげるわよ。これでいいんでしょ」

 腕を掴んでそう言う。

「必死ですね。でも、いいんです」

 でも、すぐに振りほどかれた。

「いいじゃない、ね?」

「……そうですか。先輩が良くても、俺は遠慮しますよ」

「何でよ。意味わからない。何すればいいの? どうしたら機嫌よくなるの?」

 正直、何で下級生相手にここまで必死になっているのか自分でもわからない。でも、引くのだけは嫌だった。

「君が……冬治が、わたしのことを許してくれるって言うのなら何でもするわ」

「……本当に、何でもしてくれるんですかね?」

 無表情な顔だ。やらしい顔をしてくれていれば、まだよかったのかもしれない…何を要求されるのか本当にわからなかった。

「え、ええ……もちろんよ」

 覚悟が決まったわけじゃない。出来ない事を言われればまた我儘を言ってしまう自信があった。

 勢いだけで言ったのを知っていただろうに、冬治は無表情のまま条件を提示してくれた。

「じゃあ、『ごめん』って俺に言ってください」

「え……」

 謝って済む問題なのだろうか。

「と、冬治は謝るだけでいいの? それでいいの?」

「はい。いいですよ……何より、まだ謝られていませんから」

 理解できない。

「土下座しろってこと?」

 辱めるのが目的なのだろうか?

「いや、普通に『ごめん』って言ってくれればいいです。もちろん、何に対してなのか言わないとだめですよ? だから、あと一分だけ、ここで待ちます。先輩が一体何に対して謝罪するのかよく考えてください。俺が納得できずに言葉だけで謝るのなら……もう、知りません」

 何を知らないのか……聞かなくてもわかる。

 一分は短い、あと五分くらいよこせと言いたかった。

 与えられた一分でさっきまでは動いてくれなかった脳みそがフル回転し始める。

「……さすがに、我儘が過ぎたわ。冬治に色々と酷い事も言ったし、しちゃった。許して……くれないかしら」

 変に取り繕う事も無く謝った。先ほどみたいに行動が間違っていないか不安に思ってしまう。

 頭を下げて、戻すと冬治が怖い顔ではなくなっていたので安堵する。

「許します。六花先輩、これ、俺の電話番号とメールアドレスです……よかったら登録しておいてください」

 それを奪い取って六花は冬治を真正面から見据える。

 一分では向こうもきつかったのか乱雑な字が並んでいる。

「……覚悟しなさいよ、明日からこきつかってやるから」

「明日は休みです」

 恥ずかしくなったので下を向いて反論する。

「……わかってるわよ。あと、さっきのキスは忘れておきなさい。無かった事にして」

 苦い思い出である。そして、怖い思い出でもあった。

 侮蔑の表情で、唇をぬぐったのだ。

 あんな顔をいつまでも覚えておきたくはない。

「あの、先輩」

「何よっ……?」

 一瞬の出来事なんて良く言う。

 でも、それはスローモーションに見えた。

 冬治に唇を奪われたのだ。

「……と、冬治……き、君っ……」

 唇を指でなぞる。拭って侮蔑の表情なんてぶつける事が出来ない。

 ぱくぱくと口を開けて相手を見てしまう。

 どちらかと言うと、嬉しい……目の前の冬治は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。

 それを見て恥ずかしくなってきた。

「今のが……俺のファーストキスですよ。順番が逆になってしまいましたけど……六花先輩、大好きです。もっと先輩の事好きになりたいから俺と付き合ってください」

 まるで怒られたような犬の顔でこちらを見てくる後輩に、私は堂々と言ってやった。

「……あ、明日からこきつかってやる」

 じろっと睨んでやる。

 歓喜するかと思えば、そうでもないようだった。

「それさっきもやりましたよ」

「で、デートに連れて行きなさいって言ったのよ。鈍いわねっ。ちゃんとわたしが満足する場所を選んでおきなさいよ」

「はーい、わかりました」

 冬治の表情はにやけていた。何だか、癪に障るものだった。

「廊下に出たらにやけた顔、どうにかしたほうがいいですよ」

「え?」

 冬治に言われて自分の口元を触っている。すると、自分もにやけているのを確認してしまった。

「か、勘違いしてもらったら……困るけど、わたしはまだ、あんたの事が好きってわけじゃないから。唇奪われて、告白されて……びっくりしただけだからね」

「わかってます。それじゃあまた明日」

「ふんっ」

 冬治はそれで満足したのか、帰ってしまう。もう引き留める必要もない。用事があれば電話すればいいだけだ。

「……冬治っ、よかった……冬治が私の事を好きって言ってくれた……」

 ここには自分以外誰もいない。

「…ふぅ…ん?」

 放送がオンになっているようだった。以前とは違って、全教室に向けて声が漏れていた事だろう。

「あー、テステス、只今マイクのテスト中……」

 そういって私は機材の電源を落とすのだった。


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