晩冬六花:第六話 後輩として
晩冬先輩の事を忘れる為ではないものの、ケータイを買い替えた。もう、晩冬先輩の事は引きずって無い……と思う。
「晩冬先輩……」
前のケータイには晩冬先輩とのツーショットが入っていたりしたんだよな……。
がっちゃん先輩の熱い抱擁により、右ポケットに入っていたケータイが御釈迦したのである。
それまでの電話帳の殆どは入れなおしたものの、晩冬先輩のものだけが入っていない。連絡してくるなと言っていた気がするからちょうどいいだろう。
二学期が始まって、晩冬先輩との関係は無くなってしまった。それでも俺は三年生のところへ良く顔を出している。
「おー、冬治じゃないか」
がっちゃん先輩がヘッドロックをかましてくる。もう慣れた。
「相変わらずがっちゃんのおもちゃですわね」
「百合先輩はいつも可愛いですね」
「年上に向かって可愛いなんて失礼ですわっ」
ぺしぺし叩いてくるロリぃな先輩にほほ笑んで美也子先輩の方を見る。
幸か不幸か、晩冬先輩は隣のクラスだった。
「このクラスはもう進路決まってるような連中だからいいけど、他のクラスに行くと食われるから気をつけなさいね」
「食われるって……そんな」
「本当ですわよ」
「……気をつけます」
決行殺伐としているところが多い中、美也子先輩が言った通りこのクラスの殆どの進路が既に決まっている。それだけ優秀なのだろう。
先輩達に会いに来たついでに進路が決まった人にちょっと聞いてみることにした。
「俺? ニートだよ」
「おれはフリーター」
「アルバイター」
「コネ」
「裏口」
「街闘い部スポォツ推薦」
何だろう、どれも先行き不安なものばかりだ。
その日の昼休み、久しぶりに教室で昼食をとっていた。友達に先輩達の話をしていると放送が入った。
「なんだろ……」
『……ちょっと、こっち来ないでよ』
誰の声か一発で分かった。他の人達はまだ首をかしげている。誰かはわかったが、俺の頭の中に疑問符が沢山出てくる。
「こりゃ、一体何だ?」
当然、俺だけが聞いているわけではないのでクラスがざわつきだした。
『だから、来ないでってばっ』
何かのドラマCDかというような奴もいた。
「これ、他のクラスじゃ、流れて無いみたいだよ」
隣のクラスの友人に訊ねに行ったクラスメートがそんなことをいいだす。
「このクラスだけなのか」
「いたずらかよ」
非日常の香りがする放送を無視しだして、俺以外の生徒は昼食を再開する。
俺はちょっと胸騒ぎがしていた。
『やめてってばっ』
「この声、生徒会長だろう?」
「ああ、そうだな」
「また、性質の悪い悪戯かよ」
「だよな。あの人もよくやるよ」
「消すか」
「そうだな」
クラスの方にも放送をオンオフにできるつまみがある。一人がとりあえず切ろうとして、在る言葉が聞こえてきた。
『冬治、助けて』
聞くつもりがなかった他の人には聞こえなかったのか……それっきり放送は無くなった。何人かは首をかしげて俺の事を見る。どうやら俺の空耳ではないらしい。
「……」
「冬治、どうした?」
「悪い。ちょっと行って来る」
まだ食べ終わっていない弁当をほったらかしにして、俺は走った。
もちろん、目指すのは生徒会室だ。放送室のほうかもしれない。それでも俺は生徒会室だと根拠は無いが確信していた。
俺の脳内では彼氏(チャラ男)とやらに先輩が襲われているところがくっきりと再生されている。
「くそっ、そんな事ぜってぇさせるかよっ」
廊下を駆け抜け、階段をすっとばし、生徒会室の扉を蹴飛ばすように開け放った。
「六花先輩っ、大丈夫ですかっ」
「あん?」
其処に居たのはやたら体躯のよろしい男子生徒だった。
角刈りにふと眉、おっさんにしか見えない。
「なんだ、お前。一年のおれより弱っちぃ感じだな」
「しかも、あの顔で一年だと……」
こいつは強敵だ。
とりあえず、チャラ男以外は俺の想像が当たっていたらしい。先輩は押し倒されていて、服が乱れていた。
それを見て、頭の中が一瞬だけ真っ白になった。
「……何してんだ、六花先輩から離れろよ」
「あぁ?」
「……六花先輩から離れるんだ。爆発するぞ」
「え?」
俺の勢いにびっくりしたのか、やっと離れてくれた。
ちゃら男とか俺ぐらいの体格だったらとりあえず突っ込んでいただろう。おかげで冷静でいられる。
「冬治……」
服の乱れも直す気力が無いようだ。いつもより元気の無い先輩は何だかみていて可哀想だった。
「はっ、お前が冬治か」
爆発はしないだろうと呟いていた一年生が、晩冬先輩の言葉を聞いて過剰に反応していた。
「ああ、そうだ。俺が冬治だよ」
「うざかったぜぇ、こいつ、いちいち冬治はどうだったとか比べるんだからな」
吐き捨てるようにそう言った。俺は、目の前の人物にちょっとだけ同情してしまう。
非難の視線を送ると六花先輩は目をそらした。
「けっ、しかも捨てた男に助けを求めるとかどんだけだよ。あーしらけた、こんなの相手にしてた時間が勿体ないぜ……色気で誘ったくせにその気がねぇならすんな、ボケ。こんなの襲って問題になるとか馬鹿らしいっ」
そう言うと一年は俺の肩に自分の肩をぶつけてこようとした。
まぁ、よくあることなのでそれは避けておいたが。
「ちっ」
とりあえず舌打ちして帰って行ったのを見てため息をついた。
意外と穏便にすんで心底ほっとしている。チャラ男が相手ならいい線行くけど、どう見てもさっきの奴はやばかったからな。
相手も体格差をわかっていたからか、何かしら格闘技を習っているに違いない。こっちに手を出さなかったのはそう言う理由からだろう。
「俺は六花先輩の為ならどんな相手が来ようと逃げはしない! かかってきやがれこの野郎!」
とは言わない……とりあえず、今は。
「冬治、大丈夫か」
「怪我されてません?」
「先輩達……はい、大丈夫です」
気付いてみれば美也子先輩、がっちゃん先輩、百合先輩が後ろにやってきていた。六花先輩もちゃんと立ち上がっていた。
「さっきのクズはゴミ箱にぶち込んできた」
「抵抗したので絞めてあげましたわ」
「……」
さすがのあいつもがっちゃん先輩には勝てなかったのか。がっちゃん先輩になら抱かれてもいいかもしれない。
あと、百合先輩も頑張ってくれたのね……ぺしぺし叩いた程度だろうけどさ。
「冬治、格好良かったですわ」
「ありがとうございます」
「そうそう、いい男だな」
がっちゃん先輩にホールドをかけられ、腹をぺしぺしと百合先輩に叩かれる。最近の俺の居場所みたいなものだ。
「六花、あんた……冬治君に言う事があるんじゃないの?」
俺たちがじゃれている間に美也子先輩が六花先輩へ詰め寄っていた。
「来るのが遅い」
「あんたねぇっ」
「美也子先輩っ」
美也子先輩の右手が振りあげられる。それを事前に掴めたのは多分、偶然だ。
「冬治君っ、邪魔をしないでっ」
凄まじい眼力……それはおそらく、六花先輩なんて目じゃない眼力だった。
思わず目を逸らして百合先輩の方を見てしまう。
「ぼ、暴力はいけませんよ」
「私は関係ないですわ」
「冬治君……せめて目を見て話しなさい。ふー、もう大丈夫だから」
いつものように優しい目つきになった事を確認して俺は手を放す。
「……美也子先輩、俺は大丈夫っす。ありがとうございます」
「いいの。気にしないで」
「あの、六花先輩」
美也子先輩に場所を変わってもらい、相対する形になった。
「何よ」
どうやら、不機嫌なようだった。
「遅れてすみません」
「本当よ……もう少しで襲われるところだったわ」
拗ねたような六花先輩に俺は苦笑してしまう。
「あの、俺、前から六花先輩の事が……」
「あ、あんたどさくさにまぎれて……」
他の先輩達も俺の言葉を待っているようだ。
「大嫌いですっ」
「え」
俺以外の時が止まった。
「すっきりしました。もっと、言いたい事は……馬鹿とか、アホぅとか……色々と在りますけど……もういいです。美也子先輩達、行きましょう。こんな人を相手にしてたら時間の無駄ですよ」
「え、あ、冬治君っ」
「お、おいっ」
「待つですのっ」
三人の先輩の返事を待たず、俺は生徒会室を後にするのであった。




