晩冬六花:第五話 偽彼氏として
六花先輩の知り合いから友人、そして偽りの彼氏になったまま夏休みへ突入。
カップルは海でいちゃいちゃし、公園でいちゃいちゃし、駅前でもいちゃいちゃしやがって……。
「ちくしょーめ」
俺も彼女が欲しかった。彼女(偽物)は要らないと声を大きくして言えれば催行だろうに。
さて、夏休みに突入した事もあって偽りの彼氏は毎日大忙しである。
「暇だから話し相手になって」
「買い物行くから十分で駅前に来て」
「すぐに来て」
「やっぱりいいや」
「ゴキが出た」
「ジュースが飲みたい」
「ポテチ買って来て」
「これうす塩じゃない」
「帰ってくるのが遅い」
「歯ぁくいしばりなさいよっ!」
「ちょっと、わたしの手が痛いじゃない!」
「へらへら笑ってないで治療しなさいよ」
偽りの彼氏ってこういう事はしないと思うんだ。
何と言うわがまま、俺は怒ってもいいんじゃないかと最近思うようになった。
「……そう言えば今日は夏祭りだったな」
どうせ、『よし、じゃあ奢りで行こう。私? 違う違う、冬治は財布よ』といったかんじで誘われるのだろうな。日中は呼び出しが怖くてバイト出来なかったから夜の方で頑張って貯めたんだよなぁ……俺の金とは言え、先輩が楽しむ顔を見るのはちょっといいもんだ。
先輩にこちらから電話して予定を聞いてみることにした。俺も学習したころだ…こっちから電話をかければ『君と通話するのに金がかかる』と言われなくなる事をさ。
「もしもし? 六花先輩ですか」
『あ、ちょうど良かった。こっちから電話しようと思ってたところ』
おお、やっぱり俺学習してるよ! 凄いよ俺!
『あのストーカー、もう別の娘にちょっかい出し始めたみたい。それと、喜びなさい。わたしに彼氏が出来たわ』
「彼氏……え?」
『いい感じの彼氏だから。冬治、君の役目は終わったわ。もう電話してこなくていいわよ』
「そ、そーっすか」
『じゃーね』
そのまま切られてしまった。
「……そうか、そうなのか」
むぅ。何だろう、この気持ちは。一発殴られたような感じだ。
「は、はは……しょうがないね、全く。先輩は我儘過ぎるよ」
今更、先輩が我がままだと気付いたのか……俺は。
しょ、所詮偽りの……彼氏、だったからな。
これで何だ、俺も自由になったって事だよな。
「……ちょっと、宿題が遅れ気味だから今晩は頑張ろうかな」
花火を見ながら勉強するなんて俺ってば、頑張りすぎか? うーん、でもま、そのぐらいは頑張ってみてもいいだろう。
「バイトももう終わるし、無駄遣いが減ったから久しぶりに『ぽろり天国』でも買おうかしら」
そういえば、先輩が俺の家にいきなり現れてエロ本全部うっぱらったのには驚いたなぁ……。
「……いかんいかん」
学園生には勉強だ。先輩とか、エロ本とかどうでもいいのだ。
二学期からはもっと頑張ろうと思う。二学期からは晩冬先輩みたいな先輩に捕まらないように賢くならなくてはいけないのだ……。
「っと、メールか」
メールの中身を確認すると、タイトルのところに『四季美也子』と打たれていた。
「……『夏祭り一緒に行かない?』か」
どうせ、予定は勉強しかなかった。
多分、晩冬先輩がいくらかの値段で電話番号やアドレスを売りつけたんだろうなぁ。
「……用済みにも価値を見出すとは恐るべし、晩冬生徒会長、か」
訴えたら勝てるかもしれない。
でも、勝ったら身ぐるみはがされて脅迫材料を見つけて脅すんだろうな。
「一人でいてもいい事は無いな。先輩の事を思い出す……わけはないけどさ」
こうして、俺は美也子先輩と一緒に夏祭りに行くことになったのだった。
「おーい、こっちこっち」
「あ、どうもこんばんは」
集合場所に向かうと、其処には美也子先輩とその友人と思われる人たちが待っていた。
「うわ、思ってたよりいじりがいのありそうな子だわ」
肩幅が広くてたくましいお顔の女の人から小さなお子様まで五人ほどいた。
「まぁ、なかなか可愛い坊ちゃんですわ」
お子様が俺の事を酷い評価していたりもする。
誰が坊ちゃんですかと突っ込みたくなったのを何とか抑える。泣かせてしまうかもしれないからな、うん。
「約束の時間より三十分早いわね。先輩方も満足よ」
「えっと、まぁ、色々とありまして……時間は絶対守ることにしたんです」
そこだけは晩冬先輩に感謝してもいい。というか、あのロリぃ感じの人は俺の先輩かよ。
「しかし、こんな後輩どこに隠してたよ?」
胸、というより胸板を押しつけながらぐりぐり俺の頬をいじる女性。
「晩冬の秘蔵っ子」
「げ、あいつのか」
どんだけ評価が低いのか、わからないが……その名前を口にしただけで俺の事を放したのだった。
悪名轟く晩冬先輩の名前が出ただけで、彼女達は静かになった。どれだけ恐れられているんだ。
「ば、晩冬さんのですか。お触りは禁止ですわね」
ビビりまくりで俺の事を見るロリぃ感じの先輩。まるで俺がいじめたみたいで心苦しい。保護欲をかきたてられる表情をしていた。
「でもそれなら真っ先に誘われるんじゃない?」
眼鏡をかけた先輩がそう言うと周りもその通りだと頷く。美也子先輩はにやりと笑った。
「捨てられたのよ」
「それはまた……」
そう言って先ほどのごっつい先輩が俺にヘッドロックをかましてきた。
「元気出せよー」
「ラッキーですわっ。お触りオーケーですわ」
「こらこら、それは私のよ」
これはどういう事だ。
俺、いつの間にモテモテに成ったんだ……。
派手に肩を叩かれながら、引っ張られる。羽津学園の三年生って結構変わってるよなぁ。
「ほーら、年上のお姉さんと間接キスだ! 飲め!」
「そんなに急角度にすると……ごはっ」
ドリアンジュースをぶちまけたり……。
「夢川ちゃん、迷子になるから手つないでほしいですわ」
「わかりました」
「ちょっと君、もしかしてその子……」
「えぇっ」
こんな感じで警察に声をかけられたりするのはモテモテとはまた違うのかもしれない。
「ほら、冬治君あーん」
「あ、あーんって、あれ?」
ぱくりと先輩の口の中へ消えていった。少し、残念に思う。
「だーめ、わたしのあーんは彼氏に捧げるの」
しかし、先輩達にからかわれつつ楽しい時間を過ごせたのは間違いなかった。
今頃先輩も彼氏と一緒に遊んでいる事だろう。
晩冬先輩の事を思い出すとちょっとだけ胸が……痛っ。
「リアルにいてぇっ」
「ほーら、ほれほれ、腕組まれて胸押しあてられるとか嬉しいだろ?いっちゃってもいいぞ」
「いたたた……肘でつっつかないでくださいって。天国にいきそうっす」
「がっちゃん! 夢君が苦しんでるから!」
あれ、晩冬先輩の事で全く痛まなくなったぞ? それより腕や身体のあちこちが痛いよママン。
「おーい、冬治。何で泣いてるんだ?」
「これは……がっちゃん先輩の抱擁がうれしくてですね」
「そうかそうかっ。それならもっと抱きしめてやろう」
俺はがっちゃん先輩の胸で泣かせてもらうのだった……百合先輩にお尻をぺしぺし叩かれながら。
全く、情けないことこの上ないな。




