晩冬六花:第四話 晩冬の心
一年、二年生の林間学校が終わり、また学園が騒がしくなった。
「少しは静かになってよかったと思ったのに残念だわ」
二人しかいない生徒会室で六花はそう呟く。
月の初めにある挨拶で、全校生徒を眺めるのが苦手なのだ。
「……そらぁ、人数それなりに多いっすから。ああ、今後どうなるんだろ」
いまいち頼りがいの無い男子生徒が頭を抱えていた。
そんな情けない姿に笑みを浮かべ、六花は相手に近づく。
「あーら、そんなに放送されたのが嫌だったかしら」
「違いますよ。先輩にも迷惑かかるからです」
迷惑をかけたのは六花だと言うのに、心底こちらを心配している態度だ。それがおかしかった。
そもそも、放送はされたもののその放送先は冬治のクラスだけ……つまり、放送された時にそのクラスは林間学校に行っていた為、誰もいなかったのだ。
これを知っているのは六花だけだろう。ストーカーだった女子生徒はあれっきり、音沙汰なしである。
稀に会うが、こちらに視線を送ろうともしない。
「はぁ……先輩、もう進路決まっているんですか」
「ええ、裏口入学でもう大学は決まっているわ」
ほんとは推薦である。
「……取り消しになっちゃうかもしれませんよ。生徒会室でキスしたら退学もんですよ」
「おかしなことを言うわねぇ……私と、君はキスなんてしてないわよ?」
「それはそうっすけど、嵐の前の静けさと言うか何と言うか……一切のアクションが無いのが怖いんですよ」
とうとうため息を吐いて机に突っ伏してしまった。ここなら安全だろうと最近彼は生徒会室へ足を運ぶ事が多くなっていた。
「ふふっ……」
これは面白いおもちゃを見つけたもんだ……凄いぞ、私。と自分を褒めて六花は立ち上がる。
「そんなにキスしたかったの?」
「いたいけな男子生徒をいじめないで下さい」
おでこを指でつついても反応がない。
「ふざけてしたら先輩の事を信用しなくなりますからね」
「怖い怖い」
ちょっとからかってあげよう……六花は椅子に座る冬治の背中を後ろから抱きしめた。当然、胸を押しつける。
「うぁ」
びくっと動いたまんま、固まったようだった。
「おもしろーい」
「だ、だから、からかわないで下さい」
そのままぎゅーっと抱きしめて頬に頬ずりしてやった。
「ちょっと、本当に……」
「動いたらもっと凄い事するわよ」
「……」
されるがまま、成すがままの冬治は抱き枕そのものになっている。
「かーわいいっ。滅茶苦茶にしたい!」
「六花、ここは生徒会室よ」
呆れた声を隠さない友人の四季美也子が生徒会室へとやってきたのだ。冬治は素早く六花から離れ、口をパクパク動かしていた。
「こ、これは……違うんですよ。か、勝手に六花先輩がやったんです」
尻もちをついた状態でそんな事を言う冬治にちょっとだけムッとする。まんざらでもなかったくせに……六花は鼻を鳴らすのだった。
「あら、私じゃ満足できないと?」
「そういうわけじゃありません」
「もっと胸が大きい子が良かったのかしら?」
「そうじゃないですって」
からかっている事に気づいているのか、居ないのか。六花としてはからかうのが楽しいのでどうでもよかった。
「なるほど、根本的に女性が嫌いだと言うことね。それなら屈強な柔道部を紹介してあげるわ」
「何で柔道部限定なんですか……」
青ざめる冬治にいい気味だと思っていると美也子が呆れた様子でこちらを見ていた。
「何かしら」
「……趣味がいいとは思えないんだけど」
「失礼ね。こう見えても従順で可愛いのよ?」
飼い犬をけなされた気分になったのでそれなりに怒って見せる。
冬治の方をちらりと見て、困った顔をしているのを見て更にいらっとした。
せっかく助けてやっているのにもうちょっと嬉しい顔をしなさいよ、六花がそんな意志を込めて睨むと冬治は視線を逸らすのであった。それがまた、六花を不機嫌にさせた。
「はぁ……あのね、あんたの趣味をいってるんじゃないわ。そっちの男子よ、男子。冬治君だっけ? こんな悪女に引っかかっちゃ駄目よ。ほら、大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます」
尻もちをついていた冬治を優しく起こす美也子。冬治が照れてお礼なんて言っていた。
「いえいえ、怪我とか無い?」
「だ、大丈夫です」
「あ、埃が……」
「ち、近いっす」
そういえば、美也子は歳下が大好きだった……六花はそれを思い出した。
「ちょっと、わたしの冬治にちょっかい出さないでよ」
ここで盗られたらもしかしたらまた被害に遭うかもしれない。
六花は冬治の後ろに回って抱きしめる。
「ひっ」
「今度動いたら……ただじゃおかないわよ」
「は、はい」
当然、冬治は抵抗しない。すでに彼の事を全部わかっている気がしている六花だった。
「しっし、美也子はあっち行け」
「ねぇ、冬治君。こっちに来たらもっと優しくしてあげるわよ?」
冬治は六花の顔色をうかがっている。もちろん、答えはノーだ。
腕に力を込めると残念そうな声が聞こえてくる。
「や、やっぱり駄目ですか」
「やっぱりってなぁに? 冬治はわたしのものでしょう? 放送までされたのに」
思い出させてやると冬治は顔を真っ青にして、うなだれた。
「……そうでした」
「乗り換えちゃいなさいよ」
冗談じゃない。さっきよりも強く抱きしめて相手を睨みつける。
「あげないわ」
「ケチねぇ……じゃあ、月水金は私で、火木が晩冬でどう?」
「お話にもならないわ。月月火水木金金……全部私に決まってるでしょ」
「俺の意思は無視ですか?」
うるさかったので頬を舐めてやった。
「ひゃっ」
「後でいい事してあげるから黙ってなさい」
「へー、結局、体で物を言わせてるんだーやらしー」
「私達はそういう事は結婚しないとやらないって決めてるの。ね?」
「は、はい」
「ほら、行くわよ」
「ラジャーっす」
これ以上ここに居ても仕方がない。冬治の首根っこを捕まえて外へと引っ張る。
「どこに行くの?」
「帰るわ」
「そう、またね」
軽く友達に左手をあげて六花は外へ出るのだった。




