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晩冬六花:第三話 役者として

 これほど不幸な事も無いだろう。え? 何がって?

 林間学校だと言うのに風邪をこじらせてしまった。そのおかげで俺は三日間、学園に行く必要が出来たのだ。

 三年生は林間学校が無い為(お受験ですの)、通常通り基本自習の学園生活が待っている。

 当然、晩冬先輩もいると言う事になる。

「貴方が風邪をひいてくれてラッキーね」

 彼女と友達になって初めての笑顔を見せられた。

 ああ、人間ってここまで爽やかに笑えるんだなぁと勉強になったけれど俺の心中は穏やかではない。

「ラッキーじゃないっす」

 風邪も一日で治ってしまった。今更、合流したところで後は勉強ぐらいだろう。楽しい事は既に残って無い。青春とか、そんなものを勉強に捧げるのも如何なものか。勉強が楽しいとか言う奴は脳が可哀想な事になっているにちげぇねぇ。

「平常通り、貴方にはわたしといちゃついてもらうわ」

「でも晩冬先輩、あれからストーカー被害ないんじゃないんですか?」

 俺がいる為か、それとも別の要因か……件のストーカーとやらはなりを潜めているようだった。そもそも、俺はそのストーカー被害について詳しく事情を知らされていない。

 自意識過剰な女性にあるただの錯覚ではなかろうか。

「きっと退いたんですよ」

「んー、そうとも言い切れないわね」

「えーと、やっぱり被害を受けてるんですか?」

「ほら」

「なんですか、これ」

 手渡されたのは無数の手紙だ。どれも、可愛らしいピンクの封筒にハートマークのシールで封をされている。

「これ、読んでも……」

「いいわよ」

 まだ先輩も読んでいないようだ。しかし、読んでもらいたい相手よりも先に読むなんて、書いた人の気持ちを傷つけるかもしれない。でも、晩冬先輩が迷惑と感じている以上構わない……いやいや、それでもどうかと思う。

「あの、先輩ってちゃんと相手に『迷惑だ』って伝えてますか」

 もちろん、迷惑だと言ったら相手が逆上し、悪化するのも考えられる。最悪襲われるなんて事もあるから気をつけないといけない。現状を打破するために『迷惑だ!』と告げてうまく行く確率は五分ってところかな。

「どうなんです?」

「ちゃんと迷惑だって伝えているわ」

「じゃあ読ませていただきます」

 あっさりと手紙の封を解いて俺は二つ折りの便せんを開いた。

 そこで、晩冬先輩がこっちを見てきた。

「さっきの『ノー』って答えていたらどうなってたのかしら」

「読みませんよ。書き手の気持ちを大切にしていますから」

「珍しく気を利かせたわね」

 いつもは利かせてないみたいに聞こえます。なんて言葉より手紙を読む方に集中することにした。

「……『貴女の事が、大好きです。彼女になってください』……ストレートですね。しかも、こんな可愛らしい手紙とか……俺みたいなやつが書いたとしたらおぞましい気持ちでいっぱいになります」

「そうね、気色悪いわね。貴方がラブレターだなんて本当、信じられないわ」

「……ひどいっす」

 俺の気持ちはさておき、男だったらラブレターなんざ時代遅れのものは使わず(俺の独断と偏見)、玉砕覚悟で告白するべきだ。

 その旨を伝えると晩冬先輩は馬鹿にしたような目をしていた。

「で、その玉砕覚悟のプランとやらはどんなものかしら」

「授業中にクラスの後ろの扉を開けて『好きです! ぼくちんと突きあってくだしあああ』とか言います」

「誤字があるわよ」

 俺と突き合ってください…はぁ…はぁ…とか、ただの変態だ。

「まぁ、君の告白方法は置いておくとして、もう一度はっきり言うしかないわね」

「何をでしょう」

「わたしには君がいるっていう事よ……当然、嘘でね」

 ウィンクをして晩冬先輩は笑っていた。元からそういった算段だったので別に問題は無いだろう。

「先輩」

「何よ」

「ウィンク似合ってませ……んがっ」

 俺の頭にチョップが突き刺さった。

「放っておきなさいな。ほら、突き合いたいんでしょ? ほらほら」

「いたたたっ……これじゃ一方的ですってば」

 そして、数十分後…生徒会室に一人の生徒が入ってきた。

 入ってきたのは一人の女子生徒……林間学校なのに学園に居るのでどうやら、三年生のようだ。

 改めて腕章をみて三年女子だと認識する。ん?

「って、女子だったんですか」

「そうよ」

 下着も盗られ放題だったとは後で聞いた話。

 窓側に俺らが陣取り、放送機材がある場所へと彼女は移動した。ふと、彼女の手が放送機材に触れたような気がする。

「ん?」

「ほら、邪魔よ」

「あ、すみません」

 もっと良く見ようとすると先輩が切り出したので俺はそっちへ視線が動いてしまった。

「飛鳥さん、悪いけどこの通り私には彼氏がいるの。生徒同士の簡単な付き合いじゃなくて、将来まで約束した真剣なものなのよ」

 先輩の演技は大根じゃあなかった。腕に絡まれる先輩の腕、表情、ちょっと仕草のどれをとっても本当に恋をしているように見えるものだ。男としてはぐっとくるものがあるね。

 見てくれは悪くないし、これだけなら知的な感じの生徒会長だ。

 だが、騙されてはいけない。こうして純情な俺の精神をたぶらかしてうんぬん……。

「六花さんがそう言うなら仕方が……ないかな」

 ストーカーさんの声ではっとなる。そうだ、騙すのは相手で、こっちは二人で騙す側じゃないか。危うく俺が騙されるところだった。

「わかってくれたのは嬉しいよ」

 なんだ、意外とあっさり事が済んでよかったなー……そうそう、うまい具合に行くわけもない。

「本当に、その男子生徒を愛しているの?」

「ええ、わたしは冬治の事を愛しているわ」

「それを証明できるの?」

 飛鳥と呼ばれた女子生徒の挑戦的な笑みに真っ向から先輩は頷いた。

 相手に気取られるような間なんて見せなかった。その堂々たる姿勢に俺は驚くやら詐欺師なんじゃないかと疑ってしまったりする。

「彼を愛している証拠? もちろん証明できる」

「じゃあキスして見せてよ」

「そう言うのは人前でする事じゃないわ」

 にやりと笑う飛鳥先輩とやらに、毅然とした態度で言い放った。うん、先輩の言う事は正しい。特段、先輩が焦っている様子もないのでなんとか切り抜けられそうだ。

「あたしもそう思う。でもね、あたしは……キスを見せてくれるまで引かないから。将来誓いあってるんでしょ? それなら毎日してるんじゃないの? 見せてくれたっていいじゃない! もしかしてあたしを諦めさせるために嘘付いてるんじゃないの!」

 生まれて初めて見た人間の躍起になった目…これ、どっちかと言うとキスしたら爆発して凄い事するんじゃないか。しかも、やっぱりばれそうになってるし。

「ど、どうするんですか」

 いきなりエンジンがかかった相手に俺は若干ひきつつ小声で先輩の対応を待った。勝手に動くわけにはいかないのだ。

 これで俺が偽の彼氏だとばれた暁には……想像もしたくないね。

 晩冬先輩は困ったような優しい表情になった。相変わらず、普段はしないような表情を見せてくれる先輩だ。

「わたしは人のいる前でいちゃつきたくないんだけどね……冬治はそれでもいいの?」

 晩冬先輩の淀みの無い態度を俺は一生懸命真似するしかなかった。

 時折、透けて見せる般若のような視線を受けてのことではない……と、思いたい。

「俺は、俺は……六花先輩がやりたいんなら此処でやります」

「そう、じゃあいいのね」

 この時俺は、どうにかキスをせずに相手をごまかす方法在るんだろうと思ってた。

「目、瞑って」

「はい」

 晩冬先輩と会ってそんなに経っていない。それでも俺は晩冬先輩の事を信じている。この短時間で人を信頼させる不思議なオーラを出す先輩だ。俺なんてイチコロリで指示に従ってしまう。普段は我がままな暴君だけどな。まぁ、これも彼女のプライベートなお願いだけどさ。

「じゃ、キスするわよ」

「はい……」

 男がするもんだろうが、先輩の両手が俺の肩に乗せられる。

 吐息が顔に当たり、胸の高鳴りを感じる。

 何か、決定的な何かが起ころうとしたところで……悲鳴に似た気質の言葉が耳に入った。

「もうやめてよっ」

 提案してきた相手が言ったのだ。先輩もそこで辞めた。

「……っと」

 あ、あぶねぇ……もう、目の前じゃねぇか。

 高鳴る鼓動を押さえつけ、俺と晩冬先輩は相手を見る。

「あたしの目の前で、汚されるのはみたくない…」

「汚されるって……」

 俺が汚されそうになったんだけど。

 相手にとっちゃ、そんな事はどうでもいいのだろう。少し泣いた後に恐ろしく悪そうな顔をしていた。

「あ、あたしも終わりだけれど……あんたたち二人もアウトね。放送機材、いじってやったんだから」

「…ん…やっぱりか」

 彼女に隠れて見えなかった場所はちょうどスイッチの場所だ。きっとONにしたのだろう。

「酷い目にあうといいわ……ざまあみなさいっ」

 愛する人が別の人とくっついたらあの人はそう言う事をするのか。人間の暗いところを間違いなく見てしまったので、俺の心は少し沈んでいた。

「さよならっ」

 そういって生徒会室を出て行った相手を見送ることも無く、俺は頬を掻いた。

 気持ち的に沈んでしまいたいが、今はそうやっている場合でもない。

「どう、しましょうか」

「さぁね? でも、大丈夫よ。心配する事でもないもの」

 生徒会室でこんな事をして本当に大丈夫なんだろうか。ただ、晩冬先輩がどこ吹く風と言う事は大丈夫なんだろうなぁ……。

「あの、晩冬先輩」

「ん?」

 さっきのキス……止めてもらわなかったらそのままするつもりだったんでしょうか。

「やっぱりいいです」

「そう」

 晩冬先輩にとって、キスなんてそんなものなのかもしれない。しょっちゅう誰かとやっているかもしれないからな。うん、俺が聞いて教えてくれるわけもないし、知る必要もないか。


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