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秋口紅葉:最終話 紅葉狩り(後編)

 紅葉さんは、立ち上がって俺に告げた。

「……私、冬治君の事が好き。付き合ってください」

「えと……」

 えええ?

 一体、これはどういう事だ。

 和也のドッキリか?

 この後、和也が出てきて『五千円ぽっきり』って札をもってくるんじゃないのか。

「ええっと……」

 辺りを見渡す。

 和也はいなかった。冷たい風が吹く中、カップルや子どもたちがうろうろしているだけだ。

「……マジで?」

「お、大マジ。聞かれちゃったからには……言わないと、いけないと思って」

 答えに困る。

 どうすればいいんだろう。

「やっぱり、駄目……かな」

 泣きそうな紅葉さんの表情を見ると、流されて首を縦に振ってしまいそうだ。

「あ、えっと……」

 率直に言わせてもらうならダメと言うより……困るのだ。

 この気持ちを直接言えばよかったのだろう。黙りこんで、難しい顔をする俺を見てどう思ったか。

「やっぱり、タイミングまちがっちゃったよぉおおっ!!」

 そういって走り去ってしまった。

 さすが、足が速い!

「あ……紅葉さん」

 追いかけろ、と脳内の悪魔がささやきかけてくる。

「今追いかけたらお前も彼女もちだぜ?」

 そうだ、その通りだ。最初は、彼女の事が気になっていたのだ……寂しそうで、刹那そうだった。

「そうだな、後先考える必要は無いっ」

 だから、追いかけたほうがいいんだろう。右足を出したところでまた別の声が聞こえてくる。

「おおっと、ちょっと待てよ冬治」

 今度はdevilが出てきた。

「あんなの追いかけて何になるって言うんだ」

「あんなのって言うな」

 悩んでいると和也が戻ってくる。

「…何で、追いかけないんだよっ」

「いや、ちょっと色々とあってだな……」

 主に俺の頭の中に悪魔とdevilが出てきたんだ……あれ、天使がいないぞ。

「……この野郎っ」

 和也がいきなり殴りかかってきたので避ける。言っちゃあ何だが、喧嘩には多少の自信があるのだ。

 和也はよろっとしながら一回転して派手に転んだ。

「大丈夫か?」

 手を差し伸べると睨まれた。

「こういう展開だったらな、お前は大人しく殴られるべきなんだよっ」

「知るかよ、そりゃ一体何の展開だっ」

 再び殴りかかってくる和也の一撃を避け、腹部に一撃お見舞いしてやる。

「ぐふっ!」

「……ちょっとは運動したほうがいいぞ」

「うるせぇっ」

 いつもだったらそのまま沈んで『ママーン』と言っていただろう。

 しかし、今日の和也はしつこかった。

「こっちはよ、紅葉ちゃんに……振られたんだよっ」

「……ああ、知ってるよ。俺はお前のせいで風邪をひいたんだぜ?」

「おれだって、その後は紅葉ちゃんのチャンスを作るため、お前のために風邪ひいてやったんだ!」

 ゆるいアッパーをいなし、また腹部に一発くれてやる。

「ごふっ!」

「……そうか、あの遊園地はお前の差し金だったか」

「ごほ……そ、そうだよっ」

 また立ちあがってきた。しつこい奴だ。

「ちっ、いい加減どけよ。まるでゾンビだな」

 計五発はたたき込んでやっているのに立ち上がれるとは見上げた根性だ。

「……おれは…おれはっ、今だって紅葉ちゃんの事が好きだっ。だがなぁ、紅葉ちゃんがお前の事を好きだって言うんなら……全力でサポートしてやる覚悟なんだよっ」

 とろい右ストレートを掴んで一本背負いしてやった。

「げほっ……がは……」

 どうやらさすがに動けないらしい。

「これで終わりか?」

「冬治……手加減してくれ。一発目からつらかった……あと、一発ぐらい当たってくれよ」

「……アホが。お前が大人しく一発で動かなくなったら追いかけたのに……しつこいんだよ。追いかけようと思っていたから手加減なんてしなかったんだぞ」

 そういうと和也は難しい顔をした。

「これが……悲しいすれ違いか」

「……お邪魔虫め……いや、お節介焼きめ」

 今から追いかけたところでどうしようもない。

 腰をおろし、ため息をつく。

「おい、追いかけないのかよ」

「…それより、この料理を片づけておく方がいいと思ったんだよ」

 オムレツの味を思い出した。

 これを……今から一人で食べるのは……無理だ。

「ほら、お前の取り分だ。よかったな、好きな女の子のお弁当を食べる事が出来てよ」

 寝転がって動けない和也の口の中に遠慮なくいれてやる。

「ぎゅはっ、と、冬治お前……」

 ぎゅはって何だよ……。

「よーく、味わってくれよ」

「……ごほっつ、マジ無理。助けてママーン」

 二人で苦しみを分かち合いつつ、食事を終える。

「なぁ、冬治…別に紅葉ちゃんが好きじゃなくてもいいから、あの人と付き合ってくれないかな」

 大の字のまま、俺にそう伝えてきた。

 穏やかな表情だ。

「……おれは出来るだけ紅葉ちゃんの手伝いをしてやりたいって思ったんだ。病院のベッドにいる彼女をみて決めたよ……その時は別に好きじゃなかった。ただ本当の友人として、そう思ったんだ」

 冷たい風が男二人の間を駆け抜けていく。

「……そうかい。俺、お涙頂戴とか嫌いだ。憐れみで付き合えっていうのか?」

「それでもいいさ。嘘でも、何でも、彼女が幸せならな……おれじゃ、あの子を幸せに出来ないよ。資格が無いんだ」

 またため息をつく。こいつは本当に紅葉さんのほうが好きなんだな。

「本人がいないんだぜ? 男二人でこんな事を話してもむなしいだけだろ…」

 とりあえず、紅葉さんを探さなくてはいけない。

「冬治、どこに行くんだ?」

「紅葉さんを探しにだよ」

「え、ああ……紅葉ちゃんならそこの木の影からずっとこっちを見てるぞ」

 指差す先に居た。

 慌てて走り始めるが……少し走り始めてこっちを振り返る。

「……何あれ」

「追いかけてほしいんだよ……普通、追いかけるもんだ…冬治がお約束を破るからいけないんだ」

「馬鹿、お前が邪魔したんだよ……そうだな……紅葉さんの話をしているのに本人が聞いていないなら意味がない」

 紅葉さんの方へ近づこうとすると、走りだした。逃げるつもりなのだろう……。

「追いかけるのか?」

「ううん」

「冬治っ……くっそ、体が動けばお前を殴ってやったのに」

 歯噛みした和也に俺は笑いかける。

 そして、俺は時折立ち止まってはこちらの様子を見てくる女性に大声で言ってやった。



「……紅葉さーんっ、俺、今から逃げるからっ。俺を捕まえたら付き合うよっ」



 そういって俺は紅葉さんに背中を見せて広場を逃げ始める。当然、手加減なんてしない。そこそこ足は速い方だから逃げきる自信はある。

 ちょろいねと思っていた……思っていたとも。

 一つ、忘れていた事があった。

 紅葉さんは恐ろしいほど足が速かったのだ。

「……息が切れる前に捕まえられて、押し倒すとか…」

 開始一分、俺は負けた。

「約束、だもんね」

 和也が走って近づいてくる。

「冬治―っ、情けないぞっ……ほら、紅葉ちゃんがマウントとってやった! ぐげげげっ、さっきの仕返しで思いっきり殴ってやって! ……あ、あーっ、そうじゃない! そうじゃないよっ、紅葉ちゃんっ。おれのまえで、キスはやめてーっ」

 三人は多分、これからもずっと一緒のはずだ。

 和也に取られないよう、気をつけておかないとな。


今回で秋口編終了です。さて、いかがだったでしょうか。地味だと思っていた相手は全然地味じゃなかった! 前の二人に比べればイロモノっぽい印象を与えてしまう気がします。

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