表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/283

春成桜:第三話 遠ざかる距離

 あの日、ゴミを捨てに行ってから微妙に距離が遠くなった気がする。

 でも大丈夫だ。うちの学園は行事が多いからそれで挽回できるはず。気になる程度だった相手は着々と俺の心を侵略しているらしい。案外、城門が堅かっただけで、内部に侵入されたら俺はあっという間に攻略されて虜になるのかもな。

 それはさておき、行事が多いのは『学園生の本分は勉強。勉強とは何か…学ぶことだ。机にかじりつき、教科書を頭に詰めるなんて小学生でもできる。行事を自分達で成功に導く事もまた勉強』という学園長先生の考えに基づいているそうな。ま、確かにそうかもしれない。

 これだけ見ると素晴らしいけれど、行事が失敗したときは学園長先生が烈火のごとく怒り大変な事になるそうな。

「じゃあ私の班は夢川君と四季君、坂和さんと私だね」

 しかしまぁ、行事は曲者である。生徒が決めなくてはいけない事が多いし、終わればすぐさまテスト期間になる。勉学と行事の両立こそが大切なんて面倒くさい学園だ。それでも、この考えが肯定されているのはそれだけ有名な排出者が多いかららしいが。

 今回は林間学校で肝試しをやることになった。

 何のひねりもない、男女の仲がほんの少し近づきそうな安直な企画だ。だが、それがいいという人もいる。

 あいにく、俺達の班は人数が少ないので楽しむ側ではない。運営側の端役のようなもので、コース判定班というものだ。勿論、端役と言えどなくてはならない存在だ。

 正直、この判定班とやらは楽しめる類のものではない。運営側はいつだって楽しくないもんだ。そこに青春があるという人もいるが、やっぱり学園にいるうちは馬鹿をやりたい。

「んで、そのコース判定班とやらはなにをすればいーんだい。委員長」

 統也が首を傾げ、それにこたえる形で委員長が手元の資料をのぞき込む。

「えーっと、判定班は最初と最後にコースを周ります。最初はお化け担当の人たちの最終準備確認をして、最後に回る方は後片付けが終わったかの確認をおこないます」

 ほとんどやることはないのだが、割と重要な役割だ。当然、これにも意味がある。

 この役割ができた理由は、以前、この肝試しで行方不明者が出たという噂がある。それからは強制参加ではなくなり(と、言いつつ基本的に参加しないといけない)、対策のため、後片付けが遅くなった人を確認して手伝う。

 これで防止しようというわけだ。余談ではあるものの、この話は全学年で話が共通しており……行方知れずになった人は未だに見つかっていないそうだ。

 ただ、この話が本当であればこの行事自体がなくなるはずだ。そう思ってこの事件について調べたやつがいたらしい。彼が得た結果は不思議なものだった。

 開始時と終了時で人数が違ったと聞いた。確かにいたはずだが、その人物が見つからず、誰も覚えていないというものだった。共通していたのは消えたのは男子生徒、一緒に回った女子生徒まで特定されているわけだが、この子も顔を覚えていないとのこと。途中、何度も助けられたという記憶がありながらも相手個人の記憶がない。

 部外者というわけではないらしいが、まぁ、気味の悪い話である。これは七不思議のひとつに挙げられており、オカルト研究部の本棚に資料として納められている。

 委員長の話が終わると班に別れて話し合いの時間となった。

「わ、私怖がりだから四季君と一緒に先、周っていい?」

 坂和さんは春成さんにそう頼みこんでいた。四季があれ(背後から声をかけられただけで叫ぶ)の相手をいわくつきの肝試しでするのか。ご愁傷様である。

「おれは坂和さんとか……体が震えるぜぇ」

 隣に来ていた四季が言葉通り体を震えさせている。ついでに、言葉も震えていた。

「お前さんも怖いのは駄目だよな。暗がりに連れ込んで色々出来なくて残念だろ?」

 女子に聞かれたらヘタレかよ、出直せと言われそうでかわいそうだ。気を利かせて小声で話しかけてやった。

「ば、ばかいうなよぉ…さ、坂和さんと一緒なんだ。ここはびしっと決めてやるぜ。な、なんなら下卑た笑みも浮かべちゃうぜ? ぐへへ……」

「本音は?

「やばい、びっくりした拍子におもらししちゃうかも」

 コンニャクが飛来して顔に貼りついただけで失神する。そんな男が決められるものなんて無いと思うんだ。

 坂和さんと一緒に目を回している姿が目に浮かぶようだ。

「情けないなと思わないでもない」

「いうな……自分でもわかっているんだ」

 春成さんに許可を得てほっとしているところ悪いが、気味が頼りにしている男はあっさりと沈む泥船だよ。

 それはさておき、今回の肝試し、今の時期暇な文化部が気合を入れまくっている。部外秘になるぐらいの大掛かりな装置を準備しているとか言っていたからちょっと見てみたい。

もっとも、俺と春成さんは最終確認のためどうやらみる事が出来ない手はずになっている。一応、コースはめぐるのだが、資料を片手に最後の後片付けが終わった後になるので楽しめそうにないが、実際にやってみると楽しいのだろう。なにせ、春成さんと一緒だからな。

「楽しみだね、春成さん」

「え? あ、うーん……そうだね」

 どうやらあまり気乗りしないようだった。まぁ、さっきも言ったが俺達は最後の確認しか出来ない。幽霊役なんて拝めないから少し残念なのかもしれないな。

 クラスの連中は実に嬉しそうな表情を浮かべてカップル同士の班はいちゃいちゃしまくっていた。あぁ、妬ましいぃ……うらめしやぁ……。

「俺も驚かす側になろうかな」

「え……あの、私を驚かすの?」

「え? ああ、春成さんを驚かすんじゃなくて、いちゃいちゃしている連中をね」

 そして、林間学校当日になった。

 気付けば俺たちの班の仕事の開始時間になっている。まずは統也たちの出番だ。

「じゃ、行って来るよ」

 そういって帰り道に向かおうとする。俺は逃げないよう、統也の肩を掴んだ。

「お前さん何を逃げているんだ。腰も……もう砕けてるじゃないか」

「だってこれから肝試しなんだぞ? 生きて帰ってこられるかわからないのに何を言っているんだ」

 すでに半泣き状態だ。

 しかしねぇ、統也と坂和さんが行ってもお化けたちは特に何もしてこないってことになってる。準備はいいかと名簿をもって訊ねるだけの簡単なお仕事だ。なお、俺らが回ってきたときに悪ふざけをした連中は参加できなくなり、教師にお説教されることになっている。全体の進行を遅らせた罰と言う事だ。そういう理由もあるため、驚かされる心配はほんとうにない安全なお仕事である。だからビビりであることが微妙に知れ渡っている坂和さんと統也がさりげない先生の気遣いでこの役に決まったわけだったりする。

 準備が出来た事に気がついたのか、半泣き状態の統也の所に坂和さんがやってきた。

「し、四季君、わたし、怖いのダメなの。お化けが出たら助けてね!」

 坂和さんがやってきたことに気付いた統也は根性で涙を消し、気合で体の震えをなくしたのであった。

「ああ、知ってる」

 こいつ、意外と男だな。見直したよ。

「俺に任せてくれ」

「ちょっと格好いいかも」

「すぐに自衛隊呼ぶから。お化けになった事を後悔させて、ここを更地にしてやるよ」

 目が笑っていなかった。お前さんは同級生達をどうするつもりだ。

 人間追い詰められたらこうなるんだなぁ……そう思っていたら春成さんもこちらにやってきた。

「そろそろ、時間なんだね……」

「何だか元気ないね、春成さん」

「え?あ、うー…ちょ、ちょっと今日からの林間学校が楽しみであまり寝てないんだよ」

 あははと笑う春成さんに俺はちょっとだけ感心していた。

「へー、変わってるね」

「そ、そう?」

「ほら、俺らは肝試し参加できないし、終わったら後は勉強だけだから。そんなに林間学校楽しめないと思うけど?」

「そうでもないと、思うけどなぁ……肝試し以外でも勉強で楽しめるよ」

「でもまずはこの肝試しを終わらせないと……」

 死にそうな顔で統也が言った。

「そろそろ、逝ってきます」

「ああ、気をつけてな」

「あれ、大丈夫かな……」

 何とも言えない表情で……強いていうのなら不安八割の表情で春成さんは二人を見送ったのだった。

 そして、俺達の番。足腰立ってない男子が多い中、女子は比較的平気なようだった。統也と坂和さんは仲良く抱き合って震えている。いつもの統也なら役得と言ってさりげなく触っているだろうが今はそんな状態ではないようだ。

「何が名簿を確認するだけの簡単なお仕事です、だっ。連中こっちにも遠慮なかったぞっ。どいつもこいつも自分は驚かせてないとか言いやがってからに! 青白い人魂なんてべたな怖さで震えが止まらないとは……」

「ああっ、林のほうに人影がっ。助けてー、統也くーん」

「大丈夫だよ、坂和さんっ。もう終わったから。それに、気のせいだって」

 それでもまぁ、あいつの根性は女子がいればそれなりにあるようだな。震えているが、やっぱり見直したよ。

「よ、よかった、気のせいなんだ。またわたしを置いて逃げていくのかと思ったよ」

「大丈夫、もうゴールだから。俺が逃げる必要はないからね、うん」

 前言撤回、あいつは酷い奴だ。

 周り終えた生徒達が片隅で震える中、徐々に終了の時刻が近づいてきた。

 そして、最後のペアが戻ってきて気絶したのであった。担架に乗せられ、運ばれて行くのを確認して立ち上がる。

「今年はやばかったな」

「ああ、人間の生首が落ちてくるところはリアルすぎてやばかった」

「中年のおっさんが落ち武者のコスプレしているところを見てちびった」

「下半身と上半身を分けた女もすげぇよな。あれ、どうやっていたんだろう」

 生徒達は肝試しをなめていたらしい。本当、今回は気合い入れすぎだわ……しかし、リストにそんな役をする生徒なんていなかったはずだがね。

「さて、そろそろ出番みたいだから俺らも行こうか」

 これからが俺のお楽しみの時間となるわけだが、相手が坂和ではないから、きゃっ、こわーいはなさそうだな。

「……」

「春成さん?」

「う、うん」

 証明に軽く照らされているその顔はまるで幽霊のように真っ青だった。

「具合でも悪いの?」

 そういえばあまり寝てないといってたっけ。ここにきて寝不足のダメージがじわじわ効いてきたみたいだな。テスト前の一夜漬けで、お、この問題いけんじゃん。ほかの問題もわかるっぽいぞ……ぐぅみたいな感じだ。

「休んでおいたほうがいいんじゃないかな? 回ってリストにチェック入れるぐらい、俺一人で大丈夫だよ」

 バディ制がとられているのはあくまで念のためだ。送り出した一人が帰ってこないという事や、途中で一人が動けなくなってももう一人が教師に助けを求めるためが想定されている。

 相手の体調を気遣ったつもりの発言だったが、春成さんには珍しく機嫌を損ねたようだった。

「大丈夫。心配しなくていいから」

「わかった」

 これ以上何か言って機嫌を損ねるのも嫌なので(何せこれから嫌でも二人きりだ)出発する事にする。うむ、これは楽しめそうにないな。

 まぁ、お化け役も引き上げているだろうから俺ら二人が周ったところで何も起きない。残っていたとしても余韻だけ。あぁ、みんなここで驚いたり、怖がったりして楽しんだのだろうなと思うとさらにがっかり要素が増える。

 夜道を二人で歩く。本来なら楽しむべきシチュエーションなのに春成さんの顔色が優れない上、すこしご機嫌が斜め。さらに、俺より半歩前でその背中は鉄壁のようだ。そのせいか、会話はない。話しかけるなオーラがすごかった。

 俺は懐中電灯で前を照らしながらリストと地図をチラ見。かすかなライトの光なのですべては把握できていないが、そろそろ一つ目の恐怖スポットだ。

「ここらへんに風船が……」

 二人で歩き始めて五分間、初めて俺が言葉を発した。それとほぼ同時に先行していた春成さんの足元で風船がわれる音がした。

「ひゃあっ」

「此処が一つ目か」

 ちょっとだけびっくりした。

 仕掛けは単純なもので、マットが敷いてあり、それを踏むと何かの装置でつながれている風船が割れる仕組みだ。すでに撤去されてしまった後だが、本来、近くには古ぼけた井戸のオブジェがおいてあり、そこから何か出てきそうという視覚に対しての恐怖を演出と見せかけて聴覚を驚かせてくる。人間は恐怖で集中してしまうとほかの物事には疎くなってびびらせやすいという独自理論に基づいたものだとお化け側総まとめが言っていたっけ。

 こんな回収を忘れ去られたトラップを回収するのも俺達の仕事だ。事前に大体の場所は教えられているのでそうそう驚きもしない。手元の資料をよく読めば、どういった仕掛けがあるかもわかるので覚悟を決めやすくもなる。ちょっとだけ驚いたのは春成さんに秘密だ。

 しっかし、巧妙に隠されてるなぁ。学園の生徒がやったとは思えない。

「春成さん、大丈…」

「あ、ああああ……」

 尻もちをついてかなりびっくりしているようだった。目は焦点があっておらず、口はパクパクと酸欠の金魚のようで……どうやら、彼女は怖いものが苦手らしい。

 苦手なものがないとばかり思っていただけに新鮮だった。

「春……」

 ここでようやく気がついた。ライトを当ててみると……レンガの道に春成さんを中心として黒い染みが、出来ていた。

 最初は一体これが何の染みかわからなかった。頭が理解するのを拒んだのかもしれない。

「もしかして春成さん……」

 ライトの行く先、しりもちをついて大股を開ける春成さん。パンツ見れてラッキーどころではなく、レンガの染みの犯人が誰かを教えてくれている。彼女を中心に、放射状に広がっていたのだ。

「……お漏らし?」

 俺の言葉ではっとなった春成さんはみるみる青い顔になっていく。恐怖から現実へと戻ってきたようだ。

「い、いやーっ。見ないで!」

 絶叫。暗がりの林がざわついたように思えた。

 その場で正座し、パンツを隠した。

「あ、うん、ごめん」

 見ないでと言われても仕方がない。見ちゃったもんは仕方が無い。

「今、悲鳴が聞こえなかったか!」

 しかも、運が悪い事に誰かが来ているようだ。

「ううっ、見られたよぉ……」

 春成さんは誰かが来ていることにも気づいていない。当然だろう、今はお漏らししたことで頭がいっぱいに違いない。

 嫌いなことをやった挙句におもらしし、さらにはクラスのお隣さんにばっちりくっきりその姿を見られプライドは粉々であろう彼女がさらに悲惨な目に遭うのも可哀想だ。

「春成さん、こっち来て」

 足腰が立っていない放心状態の春成さんの脇と膝を抱え、暗がりへと隠れる。されるがままの彼女だったが、林の中でまた恐怖がよみがえってきたらしいひきつった顔で俺をみた。

「ゆ、夢川君一体……」

「しっ、誰か来てる……って、先生か」

 先生が懐中電灯を持って歩いてきた。まぁ、先生も一人では怖かったようで白い服を着た女性の先生も後ろに首を垂らして立っている。

「ここらで声がしたと思ったが……何かの装置からの音声か?」

 そういってあたりを見渡している。女の先生は先ほどからずっと足元ばかりを凝視しており、黒髪で顔が隠れているためいったい誰なのかはわからない。もしかしたらお化け役の人が調査のために一緒に来てくれたのかもな。

「ふむ、もうここも後片付けしたのか」

 チェック項目の紙を見ながら先生はため息をついていた。

「生徒の点検の後に周るとかぞくぞくするぜぇ。独り言を言ってないと気が済まん。さっさと先に進むか」

 懐中電灯をもって先生は歩き始める。その後ろにお化け役の女性が地を滑るようにしてついていく。

「あの人、徹底しているんだなぁ……」

 先生たちが先に行ったのを確認し、俺たちは道へ出る。

「……帰ろうか」

 これ以上点検を続けても無駄、というよりも出来ない。俺一人で行くわけにもいかないし、かといって春成さんを連れては無理だ。先生が見周りをしてくれているみたいだから後は任せておこう。二人いたし、大丈夫だろう。

「え、無理だよ。こんな状態じゃ…」

 しょげている春成さんをどうにか元気づけてあげたかった。当然、俺にできることは少ないし、何をしてもおそらく逆効果だ。

 股が水分百パーセントの状態で歩きたくはないだろうし、かといって脱いじゃうのも隣に男子生徒がいると落ち着かないだろう。俺もノーパンで隣に女子がいると……あれ、なんだかやってみたいかも。

「……とりあえず下着をどうにかしないとね。俺についてきて」

「う、うん」

 手を引いて暗がりを通り、生徒達が集まっている広場を少し遠回りする。

 喧騒からかなり離れれば当然、静かになって暗い。さっきのお化け役の人と鉢合わせしたら俺でも驚くだろう。

 春成さんは俺の腕を抱きながらついてきている。なかなか歩き出せない春成さんの手を引っ張るようにしていたのだが、気づけばこうなっていた。

 喜ぶべきところなのに彼女の事を考えるとにやけている場合ではない。

「よし、まだ誰も戻って無いな。春成さんの部屋はどこ?」

 本来なら廊下側から部屋に入りたいが、鍵がかかっている。春成さんたちの部屋は統也と一緒にダメになっている坂和さんが持っているので借りてくるわけにもいかない。

 そうなるともう侵入するしかないな。

「二階……」

 廊下は当然灯りがついている。幸運な事に、廊下に渡されそうな木が生えていたので登って二階へと侵入することにしたのだった。

「この部屋?」

「うん、赤いやつ」

 赤い奴って言われると三倍なんだと思ってしまう。

 それからは本当に気が休まらなかった。春成さんのバッグを発見し、その中から下着とスカートを拝借する。

「……気になるあの子のぱんつねぇ」

 つい、それを手に取ってしげしげと眺めてしまう。女の子のパンツって男と違ってやわらかいよなぁ。気分的に下着泥棒なんだが、下着を収集したいとは思わないんだよなぁ……男として間違えているんだろうか。

 いくつかあった下着の中から似合いそうなもののをチョイスし、それを袋に入れて窓から出る。

 二階から木にムササビのように飛び移ってくるくる回って着地。

 おそらく十点もらえる着地だっただろうか。木陰に隠れている春成さんに近づき、俺は物を渡す。

「はい、とってきたよ」

 まさか、女子の部屋に侵入して下着を“取ってくる”羽目になるとは。いや“盗ってくる”ことにならなくてよかったけどさ。

「……ありがとう」

「あ、それとちょっと待ってて」

「え?」

 近くに遭った水道へ向かい、タオルを水で濡らしてきた。太ももやら脛やら汚れているだろうから必要だろう。

「さ、どうぞ」

「ありがとう」

「気にしなくていいよ。さ、早く着替えて」

「……あの」

「ん、どうしたの?」

 一刻も早く着替えてほしいのだが、相手はもじもじしているだけだった。まだ何か必要なものがあるだろうか。

「あっちむいてて!」

「あぁ、ごめん」

 迅速に着替えてもらって俺と春成さんは何食わぬ顔でみんなの元へと向かう事にした。

 俺は改めて春成さんの頭からつま先まで見ることにした。

「うん、大丈夫。変なところはないよ」

「今日の事……」

「言わないよ。安心していいから」

「……」

 俺にいまいち信用してない視線が突き刺さった。そんな春成さんに対して俺は、おそらくつい、不快な表情をだしてしまったのだろう。

「ご、ごめん。ここまでしてくれたのに」

 俺の表情に気づいた春成さんは取り繕うようにそう言った。

「あ、いいよ。うん、気にしてないから」

 そうは言ったが、彼女は俺に疑惑の視線を向けている気がした。まぁ、人間そんなもんだ。言葉と言うものは便利で、本心を言葉で隠すなんて容易ってわけだ。

 ちなみにみんなの所に戻る途中、今度は腕を抱くことは無く、手をつないだまま戻った。

 彼女の手は冷たくて、俺とはいやいや手をつないでいるとしか思えない。

 やれやれ、ぐっと近づけたかと思ったのに所詮はこんなものなのか。世の中ってのは厳しいな。パニくった彼女を見て思ったのは彼女も普通の女の子だと言う事か。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ