秋口紅葉:第三話 潜むモノ
林間学校と言っても遊んでばかりではない。そりゃそうだ。遊ぶことも大切だが、だがしかしっ、学園生としての本分もしっかりやらなくてはいけない。
いくつかのテーブルにわかれて勉強が始まっている。俺も近くの席に座ろうとした。
「冬治君。こっちこっち」
「秋口さん」
「こっちだぜー」
手を振る秋口さんと和也の隣に腰掛けて、俺はため息をついた。
「遅かったなー」
「ああ、ちょっと……」
「冬治君は下敷きを探して遅れたんだよ」
「そなの?」
「そーなの……秋口さん、よくわかったね」
友達の事だからわかるんだそうだ。
「……たまたま見てただけどね」
「え? あんだって?」
「ううん」
その後は特に会話をするでもなく、ただひたすらに勉強しまくり。
「和也お前落書きうまいなー」
「そりゃそうだぁ。なにせおれの夢は妄想を具現化する事だからね」
何でその理由で絵がうまいかは不明だ。
「秋口さんも絵がうまいんだぜ」
「えっ?」
心底驚いていたのは秋口さんだった。無茶ぶりか?とも思ったものの、和也のゆるぎない瞳は事実だと証明しているようなものだ。
「マジで?」
「え、う、うーん」
「とりあえず描いて見せてくれよ」
近くに二人も絵がうまい友人がいるとは思わなかった。
そして、そろそろ自習時間が終わりと言う頃に秋口さん本人が満足のいく物が出来上がったようだった。
「……こ、こんな感じ」
「うん、冬治そっくりだよ」
「って、俺の絵か……」
成るほど、これは似ている。
「此処まで似ているのは限定的なもんだけどな」
「え、どういうことだ?」
「いやいや何でも無い」
ともかく、何か事件で人相を書いてもらうなら秋口さん、それが駄目なら和也って事だろう……まるで、事件が起こりそうな口調だけどな。
「気付いてみればもう終わりか……」
「思えば、落書きしかしてねぇ」
「また冬治君を書いてただけだった」
三者三様、そんな言葉はこれからの未来をちょっと不安にさせるものだ。
部屋に戻り、パジャマに着替える。そんな俺を和也が驚いていた。
「え、もう寝るのか」
「だってすることが無いだろう。女子の部屋にいこうにも知り合いがそんなにいないし」
「む、事実だ」
他の男子はそれぞれ知り合いのところへと行ってしまっている。
「……俺達って悲しいな」
彼女がいれば違っていたのだろう。もしくは、比較的仲の良い女子生徒がいればあるいは……。
「おいおい、おれを入れないでくれ」
「じゃあ当てがあると?」
「あてはないが、ちょっとしたイベントを起こす力ぐらいなら在るぜ」
どんと胸を叩く友人に苦笑いしてしまう。
「まさか、お前……覗きかよ。今は生徒相手でも容赦ないぞ」
覗きに行ってばれたら早速警察送りだ。
「覗きだって? 笑わせてくれる。おれの実力にかかれば女子なんて頭ん中で素っ裸だ」
「たまに俺はお前が凄いと思うよ。それに、実力って言うより妄想力だ」
備え付けのテレビも山の中の為か、碌な放送を流してくれていない。もう寝るしかないなと思って布団の中に入る事にする。
「お休み。安心しろよ、他の連中には悪戯しないように言っておくから」
「おう……」
それから俺はさっさと眠ってしまった。何せ、二泊三日あったのだ。男同士で何かを話すなんて楽しくないので寝たほうが得だろう。
健康な睡眠は、快適な朝の目覚めへと繋がる。
ぐっすりと寝た俺は目が覚めてまず首をかしげた。
「おや、タオルケットが二枚あるぞ」
もっこり……ではなく、こんもりとした山が出来ていた。どうも、誰かが間違って俺の布団の中に入ってきたらしい。
やれやれ、女子ならともかく、男子の布団に入ってくるとか冗談やめてくれよ。
夜中目が覚めていたらさぞかしおぞましい寝顔をみることになっただろう。
「おら、朝だぞ。人の布団に入ってくるな」
タオルケットに手を伸ばして揺すってみた。
「……柔らかいな、尻か?」
「ん……っん」
尻にしては位置がおかしい。それに、尻が柔らかい男子なんてここにいるとは思えない。ここにいるのは屈強なアッー……柔道部とか空手、剣道、穴掘り同好会の連中だ。
これ以上触っていて他の奴が目を覚ましたら大変な事になりそうだったのでさっさとタオルケットを剥ぎ取る。
「……うそん」
秋口さんが丸まって眠っていた。Tシャツにホットパンツ……脇から見えるそれにブラは確認できない…のは当然か。
「んー…もう朝か」
どうやら一人が目を覚ましてしまったようだ。
俺の灰色脳内があっという間に五分先を映しだす。
秋口さんを俺が襲ったことになっており、先生がやってきていた。さすがにここまで手際がいい未来が来るとは思えないんだね。今やるべきことは寝ぼけている相手を再び眠らせることだ。
「まだ寝ていても大丈夫だ」
「いや、さすがに目が覚めたし」
「寝ろよ。お前が起きたら俺も眠れない」
「……そうか悪かったよ。二度寝するから起こしてくれ」
そういって再び眠りについた。よかった、手元の鈍器を使う手間が省けたぜ。
「ふー」
ため息をつく。そして改めて秋口さんを見た……主に、胸を。
「すー……」
膨らみ、戻ると言う動作を眺めていても飽きなかった。心臓が早鐘を鳴らし、頭の中にハッピー成分が流れ出す。
「くちゅんっ」
「はっ」
い、いかん。危うく動かし始めていた手をそのまま肩へと動かす。
「秋口さん、秋口さんや」
「……ん」
ほっぺを軽く叩いているとすぐさま反応してくれた。今は余計な事を考えずに俺が停学とか退学になる恐れを回避する最善の方法を取る事にしよう。
「あれ? 何で冬治君が私の部屋に居るの?」
「違う、ここ男子の部屋だから」
「え……あ、そうか」
何かを思いだしたかのようで、特に焦っている様子もない。落ち着き払っているのも変だけれど、叫ばれるよりかはマシかな。
「色々聞きたい事もあるけど、今はそんな事よりこの部屋から出ていってもらわないと」
「……あ、うん。じゃあまたあとで」
秋口さんはベランダに行くと垂れていた縄梯子を上って行った。気付くと彼女は真っ赤になっていた。
「じゃ、じゃあね」
「……何これ」
秋口さんに回収された縄梯子を眺めていると隣に和也がやってくる。
「おれが手引きしておいたんだ。ちょっとお前を驚かせるためにね」
「いや、驚いたけどさ……心臓に悪い」
創作ものならそりゃ楽しいだろう。見つかったら良く停学、合体とかしてたら一発退学もんだ。




