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夏八木千波:最終話 見えぬということ

 千波に先生の話をすると感動していた。

「……先生達は本当の、兄妹なんですね」

「むっ、俺たちだって本当の兄妹だ」

「張り合う兄さんも可愛いです……ぐすっ、クリスマス会でどんなふうに告白するって言ってたんですか?」

「さぁ?」

 そこまでは聞いてなかった。あの先生の勢いに乗って話を聞いて、承諾しただけだし。

「……勢いで何とかするつもりなんじゃないか。正直、俺らが何かをする必要は感じられねぇよ」

 勝手にあの先生が突っ走って終わらせそうだ。

 問題は簡単だって先生も言っていたし、俺らが出来るのは背中を押す程度だろう。

「先生に会いに行きましょう」

「……わかったよ」

 既に手を引っ張られている為、つきあわないわけにはいかない。

 千波に引っ張られて職員室へとやってくる。

「やぁ、夢川君に夏八木君」

 こちらが呼ぶより先に、相手のほうが近寄ってきた。

 屋上へ場所を変え、どうするのか聞いてみる。

「先生、当日はどんな感じで告白するつもりでしょうか?」

「職員室に呼び出して、先生はトナカイの格好をする。それで、『おれのサンタクロースになってくれ!』と、言うつもりだよ。君らには告白相手の由良の道案内をしてほしいんだ」

「……道案内はともかく、それは失敗しそうですよ。俺がもし、由良さんなら先生にとび蹴りをかまして、逃げます」

「え、嘘……」

 真剣に考えていたのかよ。

 背中を押す程度じゃ、問題は解決してくれないのかもしれないな。

「告白がいけないのか? 参考までに君達のを教えてくれないか?」

「えぇっ」

 恥ずかしくて出来るわけがない。千波に助けてもらおうと隣を見ると実にいい笑顔をしていた。

「いいですよ」

 そして、あっさりとオーケーを出した。

「じゃあ早速……」

「嫌だっ。再現なんて絶対にしないからなっ」

 たとえ千波のお願いでも他の奴に教えるつもりは無い。たとえ相手が先生だろうと、だ。

「まぁ、そう言うと思ってます」

 千波が何やら機械を取り出した。

「何だそれ」

「ボイスレコーダーです。はい、再生っと」

『……俺さ、千波の事が好きだ。前まで…詳しく言うと一年ぐらい前まではそうでもなかった。血なんて繋がって無いけど、俺は兄貴で、千波は妹だったよ。ちょっと怖くて、お茶目なところがあるお前が、好きだ』

 変な声だ。でも、その言葉は間違いなく、俺が千波に対して言ったものである。改めて考えると恥ずかしいな……。

「いつの間に……と言うか、どうしてそんなもんをお祭りにもってきていたんだ」

「思い出の一つにと。告白されるなんて思っていなくて、音を聞きながら想像で楽しむためです」

「あ、わかるー。好きな人の声って大事だもんなぁ」

「先生はわかってらっしゃいます」

「先生も加わらないで」

 この二人って嫌なところで相性抜群だな。

「それ、取ってどうするんだよ」

「毎日、寝る前に聞いてますよ……悶えてます」

 頬を朱に染める千波は可愛い。いちゃつきたいけど、先生の前だ。

「この言葉をそっくりそのままは青臭いな。こんな恥ずかしいのは無理だよ」

「ひでぇ」

 結局、話はまとまらずに由良さんへの告白対策は明日になった。どうしたら成功するか……いや、どうしたら素晴らしい告白を出来るか考えてきてほしいと先生は俺達にいったのだった。

「やれやれ……ったく、変な事を引き受けたもんだ」

「いいじゃないですか。挙式に呼ばれますよ?」

「話が早すぎるだろう」

「ブーケは絶対に千波が取りますっ」

 そんな話をしながら千波と一緒に校門を出ると一人の女性が立っていた。

 どこかで見た事のある人だ。

「君達、ちょっといいかな」

「はい?」

「天導時先生って知ってるかな」

 それは俺達が屋上で話していた先生の事だった。

 ええ、知ってますよと言おうとすると千波が俺の前に出る。

「……あなた、由良さんですか」

「そうだけど? わたしのこと、知ってるの?」

 千波はまだ写真を見ていないはずだ。

 何でわかったんだと千波を見ると女の勘ですと返された。

「天導時先生の事、好きですか?」

 千波は率直に初対面の相手に尋ねていた。

「お、おい、千波っ」

「……好きよ。でもね、兄妹なの。血は、繋がって無いけど……それでも世間体があってね」

 天導時先生も言っていたけど、そんなに世間体が問題なのか?

 千波と付き合い始めて愛があれば何でもできるって俺は思い始めた。それがたとえ、どんな相手でも、それこそ、全てを敵に回しても二人が幸せならそれでいいんじゃないのか?

 珍しく俺が難しい顔をしていると、千波に腕を掴まれる。

「兄さん」

「ん?」

 千波は俺の事を前に出したのだった。

「千波自慢の兄です。でも、彼氏です」

 厳密にはお隣なのだが……説明するのはやめておいた。ややこしくなる。

「そう、それは羨ましいわね。わたしたちがそうなるには……どうすればいいのかしら」

「天導時先生は……駆け落ちするつもりです」

 千波は相手にそう告げた。

「やっぱりそうなのね」

 相手は特に驚いていないようだ。多分、考えていたのだろう。

「今すぐ、会いに行ってあげてください……言わなくても今日は天導時先生と駆け落ちするつもりだったんでしょうけど」

「凄いわね」

 どうやら、当たったらしい。

「女の勘です」

「すげぇな、おい」

 これも女の勘で済ませていいのだろうか。

「……わたしも覚悟を決めたわ。荷物も少ないし」

 やっぱり、駆け落ちをするつもりなのだろうか。何だかそれは嫌だった。逃げれば、自分たちの心にわだかまりを残しそうだ。

「逃げないで下さい」

 千波は凛とした声で言った。

「え?」

「逃げないで下さい。戦って、なんて無責任な事は言いません。でも、耐えて隙を伺い、周りにこいつらは何を言っても無駄だって思わせることは出来ると思います。これまでだって耐えてこられたのでしょう? それなら、好きな人と一緒なら何でも耐えることは出来ます。周りの人なんてすぐに二人の関係に慣れますよ……たとえ、認めてくれなくても」

「それは我がままだわ。貴方の考えは若すぎる」

 諦めのような声に千波は笑って言った。

「……千波は兄さんの事しか見えてません。周りなんて、どうでもいいんです。だから、もう少し天導時先生と話し合ってください。そうすれば、千波の言っている事がちょっとはわかってもらえると思うんです」

 話はそれだけですと千波は言った。

「そんな簡単に出来るわけが……」

「簡単にあきらめないでください」

 女性のにらみ合いと言うのは怖いもんだね。揺らぐことのない視線でお互いを見やった後、相手のほうは目を細めた。まいった、そんな風にため息を出していた。

「考えるだけ、考えてみるわ」

 千波は由良さんに手を振り、彼女も仕方なしにそれに答えていた。

「……千波、何だか凄いな」

 駆け落ちなんて易々と出来るものじゃないはずだ。周りを捨てて、二人で逃げるのだ。

 あの二人にそんな事が出来るのだろうか? そして、それは二人が将来後悔しない選択になるとは思えなかった。

「どうなるんだろうなぁ」

 考えてみると言っていたが、短絡的な考えに至らないかちょっと心配だ。俺たちはまだ学生だし、立場が全然違う。そんな人間の意見を聞いても、あの人はそれを優先するだろうか。

「頑張ると思いますよ。あの人は背中を押してほしいんですよ。今の場所にとどまって、兄妹ではなく恋人として周りに受け入れる環境が欲しいはずです」

「背中を押してほしい……か。俺もそうだったよ。俺も背中を押してもらって、千波に告白したんだよ」

 ぽんと、千波の頭に手を載せる。

 あの時、千波が俺のベッドに居なかったら告白していなかったのかもしれない。

「一体誰に背中を押してもらったんですか。女の子ですか」

「そうそう、女の子だよ。とびっきり可愛い……」

「えっと、鞄の中にたしかのこぎりが……」

「待った、嘘だよ、嘘。あひるちゃんだ」

「あひる…ちゃん?」

「あー……いや、何でもない」

 この後、俺はあひるちゃんの秘密を千波に知らせてしまうのだった。頬を染めながら『今度は……千波で遊んでくださいね』なんて言われるからある意味、地獄を味わった。

 その晩、あひるちゃんで遊んでいるといきなり浴室の扉が開いた。

「兄さん、お邪魔します」

「ち、ちなっ…みっ」

 慌ててあひるちゃんを後ろに隠す。

「兄さん、あひるを隠すよりおっとせいを隠したほうがいいんじゃないですか?」

「そういうことはいうなっ」

 じっくりと眺めている千波の視線に気づき、慌てて隠す。頬も染めずに研究対象でも見るような目が嫌だった。

 こういうときって嬉しはずかしな『キャー! ○○さんのえっち!』があるんじゃないのか? あれ、でもそうなったら俺が悪者になるのか?

「ぼーっとしてないではやくおっとせいを……」

「おっとせいとか言うな……って、何で、入ってきたんだよ」

 よりにもよってあひるちゃんと遊んでいる日に来るとはな……。いつか来ると思っていたけれど、こうも早いとは想定外だ。

「だって、千波は兄さんの彼女ですから……その黄色い悪女から兄さんを取り返しに来たんです。さ、あひるをこっちによこしてください」

 あひるちゃんに嫉妬しているのか。冗談だろう。

「……駄目だ、千波のお願いだとしても……こればっかりはな」

「そう言うと思いました。だから、実力行使です」

 奪いに来たので両手で後ろに隠す。俺を間に挟んで、あひるちゃんに手を伸ばしていた。

 気付けば千波のタオルが落ちていた。

「ほらほら」

「く、くぅっ」

 千波のあれや、あれが当たって色々とピンチだっ。

「ふふ、どうですか?」

「ひ、卑怯なりっ」

 決行派手に色々とやっていたからか…この後、俺たち二人は母さんにこっぴどく叱られるのであった。

 もちろん、この時の俺達はその事を知らずにずっと遊んでいた。

 それから数日後、天導時先生は学園を辞めてしまった。理由は不適切なことをしてしまったためだという噂を聞いたが、もう一つの噂として恋人と駆け落ちしたからだというものもあった。

「……駆け落ちしたのかな」

 俺の言葉に千波は一枚の手紙を渡してきた。

「心配しすぎですよ」

「そうかな?」

「周りを認めさせたそうですよ、千波達に文句を言う為に」

「どうしてわかるんだ?」

「これです」

 差し出された写真には二人が映って居て、薬指に指輪がはめられていたのだった。

「……結婚したのかな」

 俺の言葉に千波は首をすくめた。

「さぁ、知りませんよ。千波にとってはどうでもいい事ですから」

「そうか?」

 写真の裏には文字が書かれていたが、それを千波が見せてくれることはなかった。

「はい……ああ、でも」

 千波は俺の肩に自分の頭を載せていった。

「これより高価な指輪、買ってくださいね」

「お、おう……」

「あっちより幸せなのは確かですから」

 幸せってお金で表現するものじゃないと思うんだ。

 たまには可愛い彼女の我儘を聞いてあげようと思う。


今回で夏八木千波編終了。いかがだったでしょうか。気になるあの子は隣のコを加筆修正して投稿させていただきました。この後に控えている秋編を揺るがす存在ですね……はぁ。その当時、人気があったような気がします。うん、過去の栄光に違いないかと思います。ま、それはさておくとしましょう。読んで良かったと思えたのならそれでいいのです。無事にラブコメ出来てたのなら幸いです。それではまた、お会いしましょう。

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