春成桜:第二話 御用達の校舎裏
春成さんと一緒に放課後のゴミ捨てへ行くことになった。
ゴミ捨て場は校舎裏を通らなくてはならない。言い方を変えれば良く告白される場所の一つを通るわけだ。
「……ふぅ」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
意味も無く緊張してしまう。出来るだけ告白とか、甘酸っぱい青春とかそう言った言葉は頭の隅に押しやっておかないと。ただ勢いに任せて告白してもふられる自信がある。もちろん、用意周到に準備しようとダメな気がしてならない。
こんなときめき成分の多い場所を気になっているあの子と歩くなんて、ドキドキしてしょうがない。
しかし、この場所の事を考えているのは俺だけではないようだ。
「あ、そういえばねー私良く告白されるんだー」
こういう事を気兼ねなく言って来る辺りが凄いと思う。女子からしたら『うざっ』とか思われるはずなのでどうやら男子にしかいってないようだけどね。
まぁ、女子、男子で態度じゃないが話題を変えるのは当然の事だが。
「ああ、知ってるよ。ほとんど振ったらしいね」
「うん、まぁねー」
まるでタンポポの綿毛を吹き飛ばすような力加減で言葉が吐かれた。散って行った男達……可哀想に。今自分が告白したらきっとその男子達の仲間入りを果たすことになるだろう。
俺が残留思念を感じることができれば、ただ立ち尽くす男子生徒の想いを見ることができたかも。君も暗くて寒い、けどほんのちょっと仲間が多いこっちにおいでよと手を振っていそうだ。
「一つ聞くけど、私の魅力ってどこかなー。自分じゃ全然思いつかなくて」
立ち止まって、春成さんはこっちを見てきた。俺も立ち止まって相手を見る。なんだか少し、告白をする状況に似ているかもしれない。
「冬治君?」
「あ、ちょっと考えさせて」
全部。とは言えない。冗談っぽく言っていても、真面目に答えてあげたかった。
これは下手な事を言うと『夢川君ってね~』と女子に告げ口されあっという間に『キモイキザ男』というあだ名がつくのは必須。それどころか在る事無い事言いふらされて『胸のポロリは見逃さないノータッチゲイザー変態紳士夢川冬治』になるかもしれない。
「……ちょっといいかも」
通り名っていいよな。男の夢だわ、浪漫だわ。
「え?」
「あ、いやいや…うーん、そうだねー」
もっと真面目に考えてみるか。今は通り名にうっとりしている場合ではない。
「うーん、うーん…」
しかし、急に魅力と言われてもなぁ。下手なことを言ってしまうと後で何言われるかわからないし。
「あれ?もしかして私のいい所って特に無い? それはそれでショックだなー」
そういって軽く苦笑している。だが、それで終わった。もとから俺に期待していたわけではないようで、言葉ほどショックを受けているようにも見えない。
ただ、茶化して終わりと言うのも残念な気がした。
「逆に在りすぎてどれにすればいいのか迷うって言うか何って言うか……」
気配り上手、茶目っ気もある、頭もよくて可愛くて、困っている人は見逃せない。あくまでそれらは普通の人の域からはみ出すことはないけどさ。
しかし、あたりさわりのないことを言ったってしょうがない。ここは当たって砕けるしかないんだ。
「こんなことを言って、どう思われるかわからないけれど……」
「うんうん」
どう思われたって構わないだろう。俺は、ゴミ袋をもちなおして正直に答えることにした。
いや、しかしだな……こうやって話していて、だ。告白する前から相手に嫌われてしまっては本末転倒だ。ここはやっぱり無難なところをチョイスするべきだろうか。
だめだ、一度考え始めるとすべてがダメに思えてしまう。
「夢川君?」
タイムリミットが迫っている。これ以上考えている暇なんてない。
俺は覚悟を決める。くそぅ、まさか告白前でそれすら潰える可能性が出てくるとは。
「……俺の知っている範囲じゃ、全部だよ。春成さんの全部が、男子にすごく魅力的に映るんだと思う」
自分でも何を言っているのだろうと頭の片隅にいる冷静な自分が苦笑する。しかし、だからこそ彼女は男子に告白されまくったんだ。
普通に考えてみれば告白する男子生徒は春成さんのことを知っていたとしても逆に春成さんは相手のことを知らず、そういう相手を彼氏にするって考えはおそらくないのだろう。
春成さんがよく知っている相手で仲良い男子生徒が告白したらもしかしたら結果は違うものになっていたのかもしれない。
頭の中で冷静に考えていたとしても、答えている自分はてんやわんや。
「こ、この答えを聞いて春成さんは俺が何も知らないのにって思うかもしれない……そこまで俺は春成さんと仲がいいとは思えないからさ」
気兼ねなく話せる関係じゃあない。よくてこうして一緒にゴミを捨てに行くような、そんな、関係なのだ。
別に俺は、彼女のことが好きなわけじゃない。ああ、かわいいなぁって気になる程度なんだ。もし断られたら、さらに押すような相手じゃないんだ。彼女にとっても、俺はそこまで仲の良い男子生徒と言うわけではない。お互いに、相手のことを知っているってわけではない。
俺の言葉にどう思ったのか、春成さんは難しそうな顔をしていた。
「うーん……そっかぁ……全部かぁ」
「……うん」
相手のさらなる言葉を待つ。いや、もしかしたらもう何もないけれど、目の前にゴールが近づいている(このままここで別れそうな雰囲気だよっ)、俺は行動を起こせない。
ここで、俺が『好きだ!俺の味噌汁を作ってくれ!』と言えば統也は喜ぶだろうが…俺には無理だ。
結局、ゴールまで無言で歩いてきてしまった。
どうやら今日はここで終わりのようだ。
「じゃあ、俺、帰るから」
「え、うん。また明日」
「ああ、また明日」
春成さんだって告白されたであろうあの場所で、俺も彼女に告白すればよかったのかもしれない。どんな行動をとれば正解だったのだろう。自分のとった選択が、正しいとは思えなかったが間違いだとも思えなかった。
後悔と言う文字がふさわしい感情が体を駆け廻り、口元まで達した。今ならまだ、やり直すことができる。
それでも俺は行動を起こさなかった。
「……はぁ」
体内から後悔を多分に含むため息は夕焼けに拡散していった。いつか幸福成分として俺の体内に戻ってくる事があるのだろうか。
「羽学―、ファイトーファイトー」
青春に汗を流す体操服姿の女子を見て、俺は元気になれた。揺れる夢と希望を眺めるのは男として重要なことだ。
明日また、頑張ろう。