東未奈美:第一話 迷子の運命
転校して二日目、学園で迷子になった俺は達筆な生徒会室という文字とにらめっこしていた。いくら睨みつけても答えなんて、道筋なんて出てないんだけどさ。
フロアマップなんて気の利いた代物が生徒会室前に貼られているわけもない。簡素な壁に貼ってあるのは年間行事と、生徒会メンバーの名前が連ねているだけだ。
「うーむ、実際に迷子ですと言うのは恥ずかしいよなぁ」
生徒会室って近くに階段がありそうな雰囲気あるよな。
実際には雰囲気があるだけだ。階段なんて近くにありそうでなかった。
結局、生徒会室の前でうろうろしていたのが功を制したらしい。
「どうかしたんですか?」
「え?」
後ろを振り返ると一人の女性がいた。腕章を見ると三年生のようだ。
身長は俺くらい、今では珍しいポニーテールで眼鏡をかけている垂れ目っぽい女子生徒だ。垂れ目って俺と相性悪いんだよなぁ……垂れ目のばあさんが俺にかなり因縁吹っかけてくるし、垂れ目の万引きGメンが俺を万引き犯と勘違いしてたし。
「もしかして生徒会長っすか?」
「え? 違いますよ。わたしは東未奈美です。生徒会の書記ですよ」
優しそうに笑っても、垂れ目に偏見のある俺は易々と騙されないぜ。
いや、相手には騙そうって魂胆は無いだろうが。
「それで、どうかしたんのでしょうか? 見た感じ、何か困っているようですけれど」
「あー……その」
正直に言うのが恥ずかしい。ただ、残念なことにごまかしたところで俺が迷子なのは変わりが無い。見栄を張ってもいい事は無いからな、こればっかりは素直さが大切だ。
「迷子なんです。圧倒的に迷子になってしまっているんです」
「え」
「だから、迷子です。あの、言っておきますけど方向音痴じゃあないんです。こっちに転校してきて今日でまだ二日目でって……何で泣いてるんですか?」
涙で目が真っ赤になっていた。こんなところを誰かに見られたらあらぬ噂をまかれるんじゃないか。
転校生、生徒会役員を泣かせる? ってな感じで。
「それは……大変でしたね」
「え、ああ、はい」
両手を掴まれて頷く。迷子なので嘘はついていないけど、凄い勢いで掴まれてびっくりしちまった。
泣くほど大変な事でもない。
「迷いついた先が生徒会室で、恥ずかしいけど、どうにかしないといけないと思ったんでしょう?」
「そうですけども……」
この人、俺の現状を短時間でよく当てたな。迷子の人ってこういう思考するもんだろうか。それとも俺の顔にそう書かれていたのかもしれない。
「不安にならなくてもいいです。わたしが、案内します」
「それはありがたいです」
「どこに行くつもりだったんでしょう」
「えーと、校門ですよ。もう帰ろうとしていたんです」
ハンカチで涙を拭いた東さんに手を引かれて、廊下を歩く。
「あれ、書記長じゃん」
「彼氏?」
廊下を歩いているとこんな感じの声が聞こえてきた。それなりに有名な人なのだろうか。考えていると下駄箱までやってきた。
「いいえ、迷子です」
「ぷっ、その年齢で迷子」
「末恐ろしいや」
馬鹿にしてくる女子生徒に対し、書記長さんは穏やかな笑顔を浮かべていた。
「あらあら、そう言う事を言ってはいけませんよ。たとえ思っていたとしても、口にしなければいいのです」
「……思ってるんだ」
「それはそれで心の中で馬鹿にしているような……」
「いいですね?」
「……はい」
最後は凄味を出して強引に頷かせた。
「ここで、靴に履き替えてくださいね」
「あ、ここまでくれば校門まで大丈夫です」
「いいや、わかりません。人生には何があるのかわからないのですから、下足箱から校門までの間で迷子になってしまう恐れがあります」
ならねぇよ。
恩人にそんな言葉を吐けるわけもなかった。
「何せ、あの程度の学園の校内で迷子になってしまう人なのですから」
「そ、そう、ですね……」
疲れた感じの声で答えるしか俺にはできなかった。よかった、乱暴にならねぇよといっていたらなんだかねちねちと言い返されていそうだ
「さぁ、行きましょう」
まるで近所のお姉さんに手を引かれている小学生の気分である。隣に居るわけではない為、本当にそう見えているのだろう。
さっきから何だか笑われているようだった。
と、ともかく、生徒会書記の東未奈美さんのおかげで俺は無事に下駄箱から校門までの道のりを迷わずに済んだ。
「ありがとうございました。大変助かりましたよ」
こうなったら俺の方もやけで、しっかりと頭を下げてお礼の意を伝える。
「それは良かったです。生徒のお役にたってこその生徒会ですから」
有難迷惑だなんて口が裂けても言えないだろう。言ったら泣く、そんな予感がありありと浮かぶのだ。
恩人を泣かすのは非常に良くない事だ。そして、この人は心の奥に黒い何かを抱えていそうだからな。
「ここの学園の生徒会って凄いんですね」
「というと?」
「まぁ、困っている生徒を助けると言うか何と言うか」
「何を言うんですか。困っている人を助けるのは当然の行為ですよっ」
すごい食い付きだった。俺の両手を掴んで顔を思い切り近づけてくる。
「そ、そうですね。俺もそう思っていますが、書記長さんの行動がすごいって意味で言ったんですよ」
「私なんてまだまだですが、わかってくれて嬉しいです」
「書記でこんな感じなら生徒会長は余程凄いんでしょうね」
この言葉に東さんは肩を落とした。
「居ないんです」
「居ない?」
「転校して、生徒会長の椅子は空いているんです。副生徒会長も辞退したために空席です」
「なるほど」
「来月選挙があるのでえーっと……誰さんでしたっけ?」
そう言えば名乗っていないのを思い出した。
「俺は真白冬治です。二年ですから敬語なんて使わなくていいですよ」
「癖でなかなか抜けなくて……名前は真白冬治君ですね。覚えました」
にっこりとほほ笑まれて年上の女性はいいなと思ってしまった。
「真白君も是非、生徒会長選に出てくださいね」
「わかりました」
リップサービスで一応承諾しておいた。
「今日はありがとうございました」
「いいですよ。気にしないでくださいね」
垂れ目の先輩に手を振って、俺は帰路につくのだった。




