左野 初:第九話 それでよし!
後輩と賭け事をしていて、見事に俺が勝った。しかし、あまりにも不憫だった為、そしてその頑張りを認めていた俺は冬休み二日目に待ち合わせ場所へやってきていた。
「やっほ、真白先輩」
「リッキーか」
「今日は最高の日でしょう。何せ、後輩二人と一緒に遊びに行けるんだから」
「はは、確かにな」
リッキーは知らないだろうが、実は先ほどまで俺のクラスの隣人が隣にいた。何を考えているのかわからないタイプの人間だったから追い返すの非常に、大変、とてつもなく努力が必要だった。
「あれ、なんだか先輩冷や汗出てない?」
「で、出てないよ」
傍から見たら超怪しいだろう。眼をきょろきょろさせて冷や汗流しまくりで口をパクパクさせているんだから。
「んー……女?」
そう、確かに隣にいたのは女子生徒だった。それを勘で当てるとはやるじゃないか。
「おいおいリッキー、何言っているんだ。ここにいるのはお前さん一人だろう?」
「……うーん、確かに。私の勘も鈍ったもんだ」
リッキーはそういって携帯で時間を確認する。
「ね、先輩」
「なんだ」
「左野捨てて一緒に私と一緒にデートする?」
「魅力的な提案だけどしないよ」
「ちぇー。じゃ、左野が遅刻したらデートしようね」
一方的に約束を取り付けられてしまう。この子は左野のなんなんだろうなぁ。
「ん、もうちょっと左野が来るのは時間かかるかも」
「はぁ……はぁ……間に合った」
そういって現れた俺の姿を確認すると優しい笑顔を見せてくれた。
「遅刻するかと思ったぜ」
「ほ、本当に危なかった……」
「本当、良かったね。左野が遅れてきていたら先輩、今頃私の毒牙にかかっていたよ」
「え?」
「まぁた、そういうことを言う。左野はすぐにいっぱいいっぱいになっちゃうんだからからかっちゃダメだって、リッキー」
「真白先輩、あたしは別に大丈夫。リッキーはそんなことしないと思うから」
そういって友達に笑いかける左野。
「へっ、いい子ちゃんが。将来的に旦那が寝取られるパターンだぜ」
リッキーはそれだけ言うと歩き出す。
「リッキーって素直に受け入れられないタイプなんだなぁ」
「うん、あたしもたまに何考えているのかわからなくなる時あるけれど、あれでいい子なのはリッキーのほうだから」
左野の言う通りかもしれない。
一人で先に走って行ってしまったリッキーだが、すぐさま戻ってきた。
「あのさぁ、二人とも。ちゃんと追いかけてきてよっ」
「ご、ごめん。真白先輩、行こっ?」
「……そうだな」
俺の腕を掴んで引っ張ってくるのでそれにこたえる。
「なーに、通じ合ってるの」
そして俺の左側にはリッキーが引っ付いてくる。
「えへへ、そうかな」
「くっ、左野のやつ最近余裕が出てきた。おれも年上としての威厳を見せねば」
「こら、勝手に声をまねるんじゃない」
俺はリッキーを小突こうとしたが右手は左野が掴んでいた。
「おや、手が出せないとはこのことだね」
「さっきのは不問にしてやるから。今日は映画を見に行くんだったな?」
「あー、そうだったけ。適当に遊ぶって思ってたけど」
「でも、映画でもいいんじゃないかな?」
「そだね」
なんやかんやで映画に決まり、俺らは映画館へと向かう。
「ちっ、アベックどもが見せつけやがって」
映画館に近づくにつれてカップルが増えて行っている気がする。
「大丈夫だよ、リッキー。あたしたちは三人だから数の上で勝ってる」
「左野、たぶん周りから見たら三角関係って見られるぞ」
「……3P」
「リッキー、お前さんは不用意な発言をしないように」
「はいはい、左野の言う通り三角木馬三角木馬」
いや、言ってないから。
「それで、今上映中の映画はどれを見るの?」
左野がポスターを眺めている。R15の学園を舞台にしたホラーと深夜に放映されているアニメの特別映画バージョンと、CMをバンバンうちまくっているアクションもの。そして、四人の女性に惚れられるラブロマンスがあった。
「あのさ、先輩」
リッキーがにやぁと笑いながらこっちを見てくる。
「なんだ?」
「先輩ってぇ、アニメ見たいとか言いませんよねぇ?」
「と、いいつつ実はリッキーがアニメを見たいと?」
「おやおやぁ、そういうことはありませんけどね。どーしてもっていうのなら、アニメを見てもいいかなぁって」
「俺はホラーがいい」
「じゃあ、あたしもホラー」
「え、ちょっと。何勝手にホラーにしてるの?」
多数決でホラーに傾くとリッキーが慌て始めていた。
「左野、怖いの苦手でしょ?」
「そうだけど、ほら、真白先輩がいるし……えっと、きゃーって言いながらなんというか、漫画みたいなことをしてみたいかなって」
照れたようだがいつもと違ってとっても素直ないい子だった。
くっ、左野がかわいいっ。
「くっ、左野がかわいいっ」
そして、俺はリッキーと同じ思考回路をしていたらしい。
「真白先輩、今回は私が折れますけどぉ、普通は女の子が見たいのを見せてやるのが男ってもんでしょう」
「いやぁ、リッキーがどんだけびっくりするのかこれから先がすごく楽しみ」
「くぅっ、なんてやつだ。なんてSだ」
しきりに悔しがりながらリッキーは歩くのだった。
「さ、先輩も行こう?」
「おう」
俺の腕をとって左野と一緒に歩き出すのだった。
結論から言うと、ホラーは失敗だった。
いや、内容は悪くなかった。四人の女子生徒に惚れられた男子生徒がまぁ、曲者で四人の女の子を彼女にして途中でそれがばれる。そして、女の子を捨てるんだが呼び出されてめった刺しにされるという落ちだった。胸がすかっとする内容だった。どこら辺がホラーかと思ったりもするが四人のうち誰かが死んでいたというパターンっぽかった。
まぁ、あれだ。普段抱えている心のもやもやを悪人が断罪されて笑うのは何か違う気もするが今回は自業自得だと思う。
問題は、見終わったときかな。思ったより怖くなかったためか左野は普通に座ってみていたのだが、リッキーは人の心の闇的な怖さが苦手だったようで俺の席に俺と一緒に座るという偉業を成し遂げたのだ。俺に抱き着いてじっと見ていたわけで、それを見た左野はものすごく機嫌が悪くなったりする。
「……刺されちゃえばいいのに」
「じょ、冗談だよな?」
「……冗談」
「あらー、これはやらかしちゃった感じ。先輩が私のことを馬鹿にした当然の結果、報い」
「くっ、リッキーめ。あの程度の映画でぎゃーぎゃー騒いでいたくせに」
「へへーん、そんなことを言っちゃっていいのかな? さっきの情景を思い出してテントを張っちゃうんじゃないのぉ?」
挙句に下品ときた。レッドカードで退場だよ。
「ま、リッキーならいいけどね」
しかしまぁ、よくわからないが左野は許してくれたようでまた俺の手を取って歩き始める。
「お昼ご飯を食べに行くわよ」
「了解。ほら、リッキーも」
「うん」
リッキーは俺ではなく左野の右手を取って歩き始める。
「左野、お前さんモテモテだな」
「本当だね、左野」
「……はいはい」
それから三人で食事を食べに行き、そこでもリッキーが盛り上げていた。
「ほら、見て。ストローの入っているこれってね、縮めた後にちょっとだけ水分を垂らすと……」
「あー、それ子供のころにやったわー」
うねうねしている物体を左野が目を輝かせてみていた。そして、目が合う。
「な、なによ」
「……いや、すげぇうねうねしてるなぁと思って。左野はそう思わないか?」
「そうよねっ! あたしもそう思った。てっきり、馬鹿にされるかと思ったけど、真白先輩もあたしと同じようなこと考えてたんだ。少しうれしい」
リッキーがいやらしい笑顔を浮かべて俺を見ていた。この女、同調しているだけで落とせますぜって顔をするのはやめてやれ。
飯を食った後も三人で行動し、ゲーセンに突入した時はエアホッケーで女子二人に惨敗したりデパートの下着売り場に引きずられていったりとさんざんな目に遭ったが面白かった。
「この時期の夕方は日が落ちるのが早いな」
「……うん」
気づけば寒さを感じる夜がやってきていた。とりあえず帰ることにして駅前まで移動した。
「ね、真白先輩」
「ん、なんだリッキー?」
「左野がいないから聞くけど、左野のこと好きでしょ?」
思いっきり俺の右手に左野が引っ付いている状態でそんなとち狂ったことをリッキーが聞いてきた。
かわいそうに、左野のやつは突然のことで口をパクパクすることしかできなくなっているじゃないか。
「ああ、好きだよ」
「って、真白先輩も普通に答えるのっ!」
「かわいそうに、左野ってば突然のことで思いっきり突っ込んじゃってる……で、相思相愛の関係になったお二人はワンランク上の存在になるんでしょ?」
「ワンランク上? それって……」
左野が顔を赤くしていた。
「そう、夫婦」
「行き過ぎだからっ」
今日は絶好調だな、左野。
「ごめんごめん。冗談だって。あのさ、真白先輩」
俺から離れて、リッキーが淡く笑っていた。
「……本当はどうかと思うんだけど、よかったら私の目の前で左野に告白してくれないかな」
「こりゃまたわがままなお願いだな」
「一生のお願い」
両手を合わせてウィンクしてくる。俺はリッキーの目を見て、なんだか心を垣間見た気がして……うなずいてしまった。
「いいさ。どこでやろうと、左野さえいてくれれば俺にはいいんだから」
「ちょ、えっと、本気で?」
「安心してよ、先輩。フラれたときは控えているから、次がね」
てんぱっている左野には聞こえない声でそう言ってきた。さてね、何のことやら俺にはわからないな。
「左野初さん」
「え、ほ、本当に?」
「俺は君のことが……」
「駅前なんて恥ずかしいっ!」
左野は俺に背中を見せて走り出した。
「真白先輩、追って!」
「おうっ」
俺は躊躇することなく左野の後ろを追いかける。
そして数十秒後、左野を後ろから捕まえて告白した。
「左野のことが好きだ。俺の彼女になってほしい」
「……うぇ……は、はい……きょ、今日からよろしくお願いしますっ」
よかった、俺はほっと息を吐きだした。
「あー、ちょっと君。いいかな?」
「……はい?」
俺たち二人はこの後、駅前の交番で話をするに至る。リッキーが爆笑したのは言うまでもない。




