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左野 初:第八話 気になるあの子のために!

 二学期にいまいち行事が集中していないのは学園側にやる気が無い事の表れだろう。これはよくないことだ。

「文化祭がしたい? 運動会がしたいだって? 残念ながら今年は実現できないよ。準備というものがあってだね……来年からなら考えてもいい」

 生徒会長だからいたしかたないとはいえ、来年に向けての準備を始めるなんてどうかしている。文化祭ならどういったものにするのか、そのプランを提出しないといけないからな。

 運動会なら足りないテントや機材、使用される大道具の準備の事についてもどうにかしないといけないのだ。さらには近隣住民への騒音の説明なんかもどうするのかを教員側と話し合ったりしている。

 こう言ったやり取りをしているせいで行事が無く、いたって緩やかな時間が過ごされると思っていた二学期は俺にとってあっという間に過ぎてしまった。創作物で夜遅くまで残ったなんて話が合ったけど、一度九時過ぎまで学園町と話して遅くなり先生に送ってもらったこともある。

「気付けば期末前か。本当に時間が過ぎるのは早いな」

「真白先輩ってさぁ二学期付き合い悪くなかった?」

「お前さんなぁ……」

 噛みついてやろうかと隣の左野を見る。その隣にはリッキーがすわっており、にこにこ笑っているだけだ。

「真白先輩、ちゃんと左野の相手をしてあげなくちゃ駄目だよ」

「リッキー……あのな、俺は左野が運動会をやりたいとか文化祭が無いとか言ったから走りまわったんだぜ?」

「え、そうなの?」

 リッキーも知らなかったようで、左野の方を見ている。左野は恥ずかしいのかそっぽを向いていた。

「そうそう、この前……っつても、デートした三日後ぐらいかな。偶然学食で一緒になったんだ。あんた、生徒会長何だから文化祭とか運動会、どうにかして実現させてよって言われたんだよ。これを生徒会役員会で話したら確かにそうだとなって……殆ど俺が先生にかけあってるんだ」

 まさか運動会とか文化祭を始めるために必要な準備がこんなにあるなんざ思ってなかったぜ。アンケート作成とかもう勘弁だ。キーボードもいつの間にかブラインドタッチできているからな。

 まぁ、なんだ。左野がいなかったら俺もここまで頑張るつもりはなかったけどな。途中でやめて左野からぼやかれたくなかったんだよ。べ、別に左野のがっかりした顔を見たくなかったとかありえないんだからねっ!

「あらら、じゃあ今年無理やりぶっこむの? 既に十二月だけど」

「いや、無理だから来年になるわな」

「そっか。真白先輩ならもうちょっと頑張れると思ったんだけどなぁ」

「無茶言わんでくれ。反対する教員一人一人を説得したり、手伝ってもらったりな」

 それに本来は全校生徒の意見を聞く必要もあったんだが、適当なアンケートで教員側に納得してもらったんだ。

「これでも頑張ったほうなんだ……これで左野も来年が楽しみになっただろ?」

 左野に話を振ると勉強をしている。

「おい、左野」

「え? 何?」

「何ってお前……俺の努力と青春の軌跡を無視していたな?」

「ごめん、勉強してたから」

 ハンバーグ定食を食べ終え、左野は黙々と勉強していたのだ。俺とリッキーはまだ食事を終えていない。

「なぁ、リッキー……この子は一体どうしちまったんだ。俺がまともに見ない間に頭を打ってよい子になっちまったのかね」

 勉強を再開させた左野に聞こえないよう尋ねるとにやっと唇を歪めていた。

「それは、ほら、賭けじゃないかな?」

「賭け?」

「そう、賭けだよ。この前のデートが楽しかったからまた真白先輩とデートしたいんだよ」

「ふぅん……そうか」

 しかし、デートのためだけに此処まで頑張れるのかね。意外と成績いい意味でやばいんじゃないんだろうか……一年生なのにな。もうちょっと楽しめばいいのに。

 その日の放課後、来年度の行事について打ち合わせが殆ど終わっていたので早く校門を出る事が出来た。

「真白先輩」

「左野」

 赤いマフラーを付けた左野が手を振ってくれていた。その隣にはリッキーがいる。

「待ってたのか?」

「うん」

「マジかよ。いつ終わるかわからないだろ? 夜遅くになる可能性だってあったぜ?」

「いや、北原って子が知り合いに居るからその子に生徒会が終わったの聞いたんだよん」

 リッキーがその後に左野がね、と付け加えた。左野は英単語を必死になって頭に詰め込んでいるようだ。

「なるほどね。んじゃ、一緒に帰るか」

「うん。あ、左野の右手を掴んでおいてあげてね。今彼女は集中しているからスーパー左野に成っているんだよ」

「なんだそりゃ。あと、今の発音だとお店のほうのスーパーっぽかった」

 スーで上に上がり、パーで下に下がる感じだった。

「周りが見えていないから危険なんだよ」

「本当かよ」

 信じられないなと考えながら左野の右手を掴む。なにすんのよっと言われることもなく、単語帳に頭を突っ込んでいるだけだ。

「すごいな」

「これぞ左野驚異の集中力」

 まるでリッキーと一緒に帰っているようだった。左野は全く反応してくれないし、リッキーはそんな左野をいないかのように扱っていた。

「じゃ、わたしらはこっちだから」

「そうか。気をつけて帰れよ。あと、風邪ひくな」

「うん」

 英単語を呟いている左野を引っ張ってリッキーは去って行った。

「……ああなるのは嫌だな」

 次の日、学園施設の視察という事で放課後に体育館などを歩き回った。

「次は屋内プールっすね」

「そうですね」

 生徒会に元所属していたある先輩と一緒にプールに行くとプールサイドで教科書を広げているスクミズ姿の左野がいた。

「ここは最近できたばかりですからそこまで気になる箇所はありませんね。おや、冬治君、あそこに部活中にも教科書を広げている子がいますよ」

 物珍しそうに先輩が左野の事を指差している。

「あ、本当ですね」

 今頃気づいたようにそっちへ視線を向ける。当然、他の部員達は部活に打ち込んでいた。

「今は休憩中かもしれません。だから、勉強しているんじゃないですかねぇ」

「なるほどなるほど。勉強熱心なのはいいですが、気になるので今度聞いておきましょう。じゃあ冬治君、次の場所に行きましょうか」

「……はい」

 左野の奴、泳げない癖に何してんだよと考えてその日はその場を後にした。

 そしてそれから三日後、俺は左野のクラスに居た。

「左野」

「あれ? 真白先輩じゃん」

 真っ先に気がついたのはリッキーだ。左野はまだ勉強をしていた。

「この前施設の視察で屋内プールに言ったけど、部活中にも勉強しているのかよ」

「あー、あれ見たんだ」

 のんびりとしつつもにやにやしていた。

「私もいたのになぁ」

「気づかなかった」

「左野しか目に移ってなかったんじゃないんですかねぇ」

「……かもな」

 俺が認めたことがそんなにうれしいのかしきりに頷いている。

「ま、あれはたまたまだって言ったほうがいいかな。ほら、そもそも左野は泳げないから二学期からの特別メニューかな。だから、顧問が休みのときとかはプールサイドで勉強してるんだよ。あとね、これ。この間あった学力検査の結果が今日帰ってきたんだけど……」

 差し出された紙を見て驚いた。

「こりゃ、すげぇな」

「全国何十番台だからね。一朝一夕じゃないとはいえ、ここまで点数とれるかなぁ」

「左野の奴、カンニングしたんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃん」

 少し非難めいた口調でそう言われた。

「冗談だよ。で、クラスの中じゃどのくらいだ」

「うーん、トップだね」

「そりゃすげぇな」

 未だに勉強に打ち込んでいる左野を見て首をかしげるしかない。

「リッキー、あいつは本当……どうしちまったんだろうな」

「だから、真白先輩とのデートを楽しみにしてるんじゃないかな。ま、期末テストも近いから覚悟しておいてよ。そっちの準備はいいの?」

「生徒会が忙しいんで勉強どころじゃないんだ」

「そういうのはいいわけって言うんだよ? あ、そういえばさ」

「なんだ?」

「左野のおっぱいの揉み具合はどうでした?」

「下衆な表情で言うのはやめてくれよ。揉んでもないんだ」

「ふーん? 先輩、本当に男? なんだかんだで左野なら許してくれるでしょ」

「……それが嫌だからな」

「へ?」

「なんでもない。ま、俺も適当に頑張って勉強するよ」

 期末テスト……ちなみに俺の勝利で終わる。

 無理がたたったのか、左野はインフルエンザにかかってしまい学年の平均点数が彼女の持ち点になったそうな。


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