左野 初:第七話 左野とデート
火がついたのか、やる気が出たのかは知らない。
リッキーは一年生でトップをとったのだ。
「やるじゃないかリッキー」
「たまたま、今回は運が良かっただけだよ。もっと褒め称え給えよ」
そういって貧相な胸をそらす。やればできること言うのは証明されたわけだ。この子の未来もこうやって誰かの掌で踊らせてやれば結構活躍できるだろう。
ま、なんだかんだでうまくやっていける子なのは間違いない。問題はもう一人だ。
「左野は……その、残念だったな」
「そんな気遣いは無用よっ。慰めなんて要らないっ」
涙目で口は半笑いだった。
「そうか……このドジっ娘め」
俺はそういって左野の頭を乱暴に撫でてやる。
「ぐすっ……」
左野の点数はそこそこ良かったものの、一つ問題があって国語が二問目から全部回答がずれており、テストの結果は一点だった。
一点はなかなか取れないな、うん。狙ってやろうとしてもついつい点数を取ってしまう。
「追試受けたもん。先生、次は気をつけろって言ってくれたもん。追試は満点だったもん」
「そうかそうか……それはよかった」
乱暴に撫でるのをやめて慰めるようにやさしくしてやる。
「……このまま胸に飛び込んでも流れてきにおかしくないよね」
リッキーがぼそっとそんなことを言うと左野の肩がびくっと動いた。その後は完全に固まってしまい、身動きがない。
「ま、左野は置いておくとして、だ」
勝者にはそれなりの権利があるのだろう。俺は左野のミスがあったおかげで左野に勝つ事は出来たものの、さすがに二年で一位をとる事は叶わなかった。
二年には化け物が多い。前日までゲームしまくりなのに一けた台のやつとか、基本スペック天才型が多いからだ。
「努力? ああ、天才じゃない人って大変だよね。時間を無駄に使って頭に詰め込められないって哀れだよ」
「本当さ、頑張ったって天井は見えているのにそれなりで我慢しておけばいいのに」
いや、こういった天才はマジで闇討ちされると思う。
ま、天才の言う事は理解できないから俺は俺の世界で適当に生活するさ。
「それでリッキーが望む事って一体何だ」
「えーと、世界征服」
澱まぬ視線でそう宣言された。こいつ、とても澄んだ瞳をしていやがる。
「……そうか、俺には無理だ」
「無理だろって突っ込んでほしいなぁ」
「流す派なんだよ」
勝者の意見を何でも聞くと言うわけにもいかない。
「出来る範囲で頼む」
「わかってるよ……えーと、ちゅーしてください」
「だめっ」
俺ではなく左野が俺の目の前に立ってリッキーからかばっていたりする。
「おんやぁ、左野ぉ、そんなに大声を出してどうしたのかなぁ?」
「う……いや、ダメだって。テストの賭けでそういうことしちゃ」
「うん、それは左野にブーメラン。君はおっぱい揉み放題だから」
「うぐっ、そうだった」
どうしよう、今日のブラジャーあまり好きじゃないんだけどと左野がつぶやいていた。
いや、揉まないから。
「冗談はともかく」
「話が進まないから真面目に先を頼む」
「うちの左野とさぁ、デートしてほしいの」
先ほどまでの意地悪そうな表情は消えており、友達を想う優しい女の子の表情を浮かべていた。
つい、ドキッとしてしまった。
「あんれぇ? ときめいちゃいました?」
「そしてすぐまたそういった表情に戻っちゃうのが残念な子だ」
「くっ、もっと誘って完全に逃げ切れない場所に追い込まないと釣れないのかっ」
こうやって雰囲気をリセットしちゃうところもどうにかしないといけないだろうなぁ。
「左野とデートか?」
「そう、デート」
左野の方へ視線を向けるとやはり、驚いていた。口をパクパクしている。面白いな、まるで金魚みたいだ。
「え、俺がリッキーとデートするのではなくて、左野とデートするのか」
「そう」
理由を聞いても教えてくれるかどうか怪しい。しかし、尋ねなければリッキーは自ら言う事は無いはずだ。
「デートするのはいいんだが、何でだ?」
「うーん……そう聞かれると困っちゃうなぁ。理由を聞いて納得がいかなかったらデートをしないとか言い出すつもり?」
顔には微笑みを張り付けているが、目の奥が笑っちゃいなかった。本当、百面相だな。
「いや、それはねぇよ。勝者はリッキーだから約束は守るさ。俺のおっぱいが揉みたいっていうのなら揉んでもいいぜ?」
「揉んでいいの?」
「揉んだ瞬間にちゃらだけどな」
「じゃあ、揉まない。理由は面白そうだから……かな。日時は次の日曜日、午前九時駅前集合でその日一日デートをしてもらいます」
「わかったよ」
「え、あんた何勝手に承諾してんのよ」
「そらぁ、お前さん……賭け事って言うのはちゃんと守らないと駄目だろ? お前さんがリッキーに勝っていたなら意見出来たかもしれんがね」
「うっ……」
「あと、左野は先輩におっぱい揉まれ放題だからね。そこんところは忘れないように」
「うぐぅ……」
左野は俺たちの言葉に納得したのかはわからないが、黙りこんでしまった。
じゃあ、決定だとリッキーは左野を連れて行ってしまった。
そして約束の日曜日、八時三十分には駅前にやってきた俺、微妙に緊張中だ。
「……男と女が二人っきりで出かけるのはデート、だよな」
夜中に学園に侵入したり、他の女子高に侵入するのもデートだろうか。
緊張している理由はたった一つ、左野と俺をデートさせつつリッキーはそれをどこからか見て楽しむつもりなのかもしれない。
なんだかんだで左野とのデートは楽しみで、その当日を迎えた。
「お、お待たせ」
「左野か」
八時四十五分、左野が駅前に現れた。本当はもうちょっと遅い時間帯にするつもりだったのだがどこかの喫茶店に入って適当にしゃべりつつ、お店を回るというずさんな計画だったりする。
「まだ十五分あるぜ?」
「あんたねぇ、時間ジャストにくるなんてアホでしょ」
「待ち時間が無くていいだろ」
「それなら何であたしより早く来ているのよ」
「遅れちゃまずいと思ったからだ。何せ、デートだからな」
デート、の部分を強調すると口をへの字にしてムッとしていた。
「それより、リッキーはどこに隠れているんだろうな」
「は?」
「リッキーだよ、リッキー。何も考えなしにこんな事を仕組むとは思えないから」
「ま、まぁ、何も考えていないわけじゃないけどね」
「だよな」
おそらく、俺がこうやって左野に場所を聞こうとする事もあの子はお見通しなのだろう。だから、多分左野にもどこに隠れているのか教えていないはずだ。左野は何処か引っかかりやすい性格だからすぐぼろを出しそうだし。
「じゃ、行こうか」
「う、うん……」
二人で歩きだすが、どこか左野はぎこちない。ふらりふらりと夢遊病の患者みたいだ。
「左野、手ぇ繋ごうぜ」
「えっ……」
「何もそこまでびっくりすることないだろ。俺とお前さんのデートだろ? 手をつなぐのは嫌かい?」
「ううん、えっと、お、お願いします」
なぜか立ち止まった左野の手を握る。小さくて、いつだったか俺を下着泥棒と間違えて抱き着いてきたときのそれと全く変わりはなかった。
お馬鹿で愛すべき後輩だ。
「……んっ、なんだか手つきがいやらしい」
「悪いな。小さくてかわいいなと思ってたんだ」
「かわっ……」
「さ、行こうか」
「う、うん」
からかい気味に言ったにもかかわらず左野は大人しく従ってくれた。
まだほかの店が開くには時間があるので開いていた喫茶店に入ってアイスコーヒーを二つ頼む。
「俺は氷少なめでお願いします」
「そんなに寒い?」
「ううん」
やってきたアイスコーヒーは氷が入っている分、左野のほうが少ない。それを話すとポカンとした顔になってすぐさま馬鹿にするような目を向けられる。
「あんたねぇ……」
「別にけちなわけじゃないさ。こんなんでも話のタネには成るだろ」
「それはそうだけど、つまんない」
「そうかい」
「もっと別の話してよ」
「別の話ね。わかった」
じゃあ少しおかしな友達の話でもするとしよう。
「俺の隣の席に座っている女子生徒からちょっと変わったお願いされたんだよ。ん? なんだ? すっごく恐い顔してるけど」
「デートで他の女の子の話するなんて馬鹿じゃないの?」
「これは……俺が悪いな。すまん」
「いい、許してあげる」
左野に言われるのはしゃくだ。しかし、事実なのでぐうの音も出ない。
「ま、じゃあ期末の話でもするか」
「えー、デートなのにそんな話?」
これまた不満が噴き出たらしい。
「……また賭けをするか?」
もうこりごりだとかまたつまらない話をするなと言われるだろう、そう思っていたら嬉しそうな顔をされた。つまらない話ではなかったらしい。
「うん。しよう。今度は負けないんだから」
「おいおい、やる気があるな」
「すっごく勉強したんだから当り前よ。あんなケアレスミスするなんて信じられないもの……学園側の陰謀なのかと思ったわ。悔しすぎて涙で世界がにじんで見えた」
責任転嫁も甚だしいな。
そこから話に花が咲き、気がつけばお昼まで話し込んでいた。さぞかし、店から見たら迷惑な客だろうよ。
「アイスコーヒー二杯で相当粘ったなぁ」
「向こうから言われなきゃもっと喋ってたわね」
「ああ」
声が大きくなって隣の席から苦情が来たのだ。
「じゃ、昼はどこで食う?」
「さっきまで喫茶店にいたんだけどね。あそこ、パスタが出てくるって聞いてたけど」
「追い出された以上、またはいるのは間抜けに見えると思う。それでも左野がいいというのなら俺は行くよ」
「……そ、そうね」
どの面下げて帰ってきたんだと言われるのも嫌だ。
「はぁ、しょうがない。ファミレスね。もちろん、真白先輩のおごりで」
「仕方ねぇなぁ」
特に計画を立てていたわけでもない。
午後からは店を冷やかす程度で気がつけば町が夕焼けに染まっていた。特別何かをしたわけでもなく、本当に冷やかしてばかりだった。途中で飽きるかと思えば、家具やら調理器具やらを見つつ、ソファーが欲しいなんて話になって結婚したら子供は何人欲しいかなんて話になってお互い赤面したりもした。
付き合っていないのに変な話だよ、まったく。
「あっという間だったな」
「そうね。デートだから気合入れてきた自分が悲しいわ」
「そんなに緊張していたら楽しめないだろ」
苦笑して左野を見ると夕焼けのせいか顔が赤い。
「今日は……楽しかった」
「俺もだよ」
「あ、あのさ。期末テストのことなんだけど」
「うん」
「勝ったらまた、あたしとデートしてくれない?」
別に暇な時ならいつでもいいのに、わざわざそんな事を言ってきたので首をかしげると話が続いていた。
「あんたとデート出来るっていうのなら期末、頑張れる気がする」
「そうか……応援しているから頑張れよ?」
「じゃ、あたし帰るわ」
「送って行こうか?」
「いい、また無駄に喋りそうだから」
じゃあねと手を振って走って帰る左野の後ろ姿を見て考える。
「左野は俺の事を……少なくとも嫌ってはいないんだろうな」
いや、むしろこれまでの行いから見て……まぁ、そういう事なんだろう。どうしたもんかね、顎に手をやって色々と考え込んでしまった。




