左野 初:第四話 今回は倒してやった!
誰だって信じられないもんを見せつけられたら驚くもんよ。例えば、そうだなぁ、あんなに怖かった先輩が猫を見つけると赤ちゃんことばになったりしたりな。
「初ちゃーんっ」
「初ちゃんはおれ達の天使だっ」
「是非野球部に来てくれー」
「いいや、我が柔道部でくんずほぐれつしようっ」
「誰か、た、助けてっ」
カナヅチの水泳部員が十人程度の男子生徒に追いかけられていったのだ。割とその顔は恐怖に歪んでいたりする。
「何だありゃ……」
俺は立ち止まって走り去っていった集団を遠めに見ていた。
「あ、真白せんぱーい」
俺としては固まるしかなく、左野たちから遅れて歩いてきたリッキーを見つけた。
「一体ありゃあなんだい……」
「何に見えました?」
「左野が男子生徒に追われているように見えた」
「正しいです」
ぴんぽんぴんぽんと口で正解をもらった。
「しかしなぜ追いかけられているんだ。あれじゃまるで、左野が男子生徒に人気があるみたいだ」
「え? 左野って男子に人気あるんだよ」
「うーん、信じられない」
「信じたくない、の間違いじゃないんですかねぇ」
にやにやした顔で下から見られた。
「下衆顔で先輩を見るのはやめなさい」
「ひゃんっ、真白先輩が私に暴力ふるったぁ」
おでこを抑え軽く舐めた態度を見せるリッキーの鼻っ面に人差し指を押し付ける。
「いいか、俺はあまり気にしないタイプだが、年下に舐められると暴走するやつもいるんだからな。たまには叱ってやらないと」
「だからぁ、真白先輩にしかしませんって」
おでこに手をのせて唇を尖らせる。
「でも、先輩に打たれてなんとなくうれしかったですよぉ……あ、そういえば左野の話だったね」
「ああ」
「年上限定、だけどね。左野には魔法でもかけられているかもしれないね。だって、九割の男子生徒が最低でもお友達から付き合いたいって回答しているもの」
俺は全くそんな気にならなかったけど、何でだろうか。
「それはともかくとして、あれは助けてやったほうがいいんじゃないのかい」
「もちろん。でもやっぱりか弱いわたしが助けに行くと滅茶苦茶にされそうだから真白先輩頑張って。助けてくれたら株が上がるよ」
やれやれ、それならリッキーの好感度アップさせてイベントでも起こすかね。
「さて、止めるならどうしたもんか」
左野が走っていった廊下を見ていると、地響きがまたやってきた。
「ついてくるなってのっ」
一周してきたようなのでとりあえず物理的に止めてみよう。
ますは足掛かりを見つけるために左野と並走する。
「左野」
「あ、真白先輩っ。どうにかしなさいよ、これ」
「お前の追っかけか」
「そ、そうよ。凄いでしょ」
「その割には顔が引きつってる」
自慢しているのなら見当違いもはなはだしいな。そもそも、逃げないだろうからな。
「俺が引きつけるからその隙に逃げろ」
根本的な解決にはならないのだが、まずこの騒動を止めたほうがいい。放っておけば大人数というのは制御ができなくなるからな。あんなマッチョに囲まれたら左野がめちゃくちゃにされてしまう。
「え、助けてくれるの?」
地獄に仏を見たような珍しく俺を敬うような表情を見せてくれる。
「ああ、助けてくれって言っていたじゃないか」
「えっと、ありがと」
「おう」
左野を先に行かせて俺は後ろの男子生徒の前に立ちはだかる。
「何だお前は」
「待て、お前らに聞きたい事があるんだ」
「何だ、俺らは忙しいんだ」
「忙しい奴は急いでもらって結構。ただ、その前に俺の質問を聞いて走り去るのも悪くはないだろう? お前らは左野のどこが好きなんだ」
これで止まるかかなり微妙だったものの、他に案なんて思いつかなかった。とって食われるわけではないだろうからこの程度でもいいだろうよ。
「顔だ」
「ないちちだ」
「お尻だ」
「太股だ!」
「性格だ」
「童顔なところだっ」
「心が小さいところだ」
こんな感想が飛んできた。
なるほどね、人が人を好きに理由は色々あると言う事か。
「それで、お前は左野っちのどこが好きなんだ?」
一人が俺に聞いてくるものだから素直に答えておいた。
「俺? 俺は別に左野の事が好きってわけじゃないぜ。あんなちんちくりん、別に何と思わない」
「何と言う事をっ。袋だ、こいつをやっちまえ」
「え」
「かかれーっ」
「……いいだろう、見せてやるよ。別世界じゃ超越者と呼ばれる冬治という存在をよぉっ」
迫る二桁の相手を俺はちぎっては投げ、ちぎっては投げて対峙してやった。
「こ、こいつら一人相手に頭がおかしいんじゃないのか」
「な、ないちちばんざーい」
「俺は法律を超えるアウトロー……」
俺は倒れた男子生徒のそばでしりもちをついて休んでいたりする。
リッキーが歩いてきて棒で俺を突いている。
「せんぱーい、大丈夫?」
「……真面目に死ぬかと思った」
何とか立ち上がる。満身創痍とは俺の今の状態だろうか。死屍累々とは隣の男子生徒の山の子という。
「俺にかまわず、行くんだ、か。かっこよかったですよ」
「どのくらい」
「でも自己犠牲って一回きりですよね」
「つまり……どういうこと?」
「二回目以降はまたかよって思われるだけです。そういうネタって腐りやすいですよね」
「君はたまに俺に対してものすごく評価が厳しくなる」
「真白先輩のことを気に入っているからです。左野にも厳しいですからね。好きな人には意地悪しちゃう、みたいな?」
「きみは小学生男子かっての」
「違います」
だろうね。
ともかく左野が助かったのならそれでいいのだ。本来は自己犠牲なんて筋書きになかったものの、リッキーの株をあげるのは大変な事なのだな。
「目指せ、リッキールート。毎日放課後に貢ぐとリッキールートにいけるよ。最低金額は千円」
「毎日千円ってきつくね?」
「バイトを始めれば大丈夫。先輩、頑張ってわたしに貢いでね」
毎日千円ってマジで無理だろ。
「無理だっての」
「じゃあ、今回は、私のほうから近づいちゃおうかなぁ。せんぱーい、マジでリッキールート行っちゃいます?」
そういって俺の横に引っ付くと流し目を送ってくる。腕を抱きかかえて胸を押し付けてくる。
「……次の機会にしておく」
俺は腕を引っこ抜いてリッキーから目をそらすのだった。
「ふふっ、お待ちしてまーす」
たわごとはともかく、廊下の向こうからようやく騒動の主が走ってやってきた。途中、生徒会の書記に止められてあれやこれや話をしている。
「真白、先輩……大丈夫なの?」
「何とかな」
「怪我は?」
「してない。ふはは、俺様は超越者。この程度じゃ俺を倒せないぜ」
ふざけて人差し指を左野に向けて見せると軽く引いていた。
「左野、ここは引くんじゃなくて格好いいっていうところだよ」
「無理」
「だろうな、ちょっとした冗談だよ。けがはしてないから安心してくれ」
「そ、そう。だけど、まさかあんたが身体を張って助けてくれるなんて思ってもみなかったわ」
「俺もそう思う」
「どんな返答よ」
文字どおりの意味である。
しかし、左野があんなに年上にもてるとはねぇ。
「人はみかけによらないものだな」
「本当よね。真白先輩みたいな人間が身を挺して護ってくれるなんてさ」
その言葉にリッキーの方へ頭を向けると彼女は笑って親指を出していた。
「終わりよければすべてよし」
うん、まぁ、確かにそうだけどね。
「けどさ、これが引き金になって面倒ごとに巻き込まれるなんてないよな」
「たぶん」
「だよなっ」
俺はこの時まだ左野ちゃん倶楽部から狙われるなんて全然思っていなかった。




