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左野 初:第一話 犯人はお前だ!

 俺が通うことになった私立羽津学園。噂じゃ中途半端に増改築を繰り返したおかげで学園の中は場所によっちゃ迷宮と化したらしい。モンスターが出てくるわけでもないから迷路と言ったほうがいいかもしれないな。

 生徒になったところでマップがもらえるわけでもない。おかげで、転校したての俺は迷子になっていた。悪いのは俺か、学園なのか……当然、悪い奴は決まっている。そう、俺だ。俺がこんな学園に来なければ面倒ごとには巻き込まれなかったからな。全部、俺が悪いんです。

 『絶対迷宮学園』なんて噂もたったらしい。西棟の四階に行くには三階から五階へあがって階段を使わなくてはいけない。あくまで噂レベルだけれどな。さらに、その胡散臭い噂の一つとして、方向感覚を狂わせる装置を学園長が使っているなんてものもある。噂が本当だったとしても何がしたいのか理解に苦しむ。

「あぁ、目の前に車があったら素手でコンボを叩きこみたい」

 俺には破壊衝動でもあるのかね。まぁ、それは置いておこう。

 学園で迷うなんて情けないよなぁ。まだ慣れていない、やっぱりそんないいわけは出来るだけ言いたくないわけよ。俺に彼女がいたら愛想憑かされているレベル。逆に彼女がそういったことをしでかしたらこいつぅ、とか言ってみたい。

 助けてくれそうな生徒会とかそこらへんの人を探していると廊下の向こうからどなり声が聞こえてきた。

 首を向けるとこちらに人差し指を向けているスクール水着の少女が一人。水泳部だろうか。もしかして、彼女だけ校内を走りこむという練習だろうか。結構珍しい練習方法だが、あえてスク水にすることによって羞恥を感じさせつつもそれを気にしないように精神を鍛えるものなのかもしれない。

 新たな練習方法を考え込んでいる俺にさらに彼女が迫っていた。

「そこのあんたーっ」

「はい?」

「あんたが下着泥棒ねっ」

 そういって指さしつつもこちらに近づく。

「何? それはいけないな。俺が捕まえてやろう」

 あたりを見渡す。しかし、俺以外に人間は見当たらないようだ。

「はっ、まさか透明人間が下着泥棒? 展開がべた過ぎてつまらなさすぎ」

「きょろきょろするな、あんたよ、あんた……きゃっ」

 スクール水着で走ってきた相手は最初から俺にぶつかるつもりだったようで、そのままの勢いで滑った。

「あっ…」

 これはまさしく大チャンスである。べただが、この時に女の子を助かることによって業界の常識的に考えてこの女の子と恋仲になれる可能性が非常に大きい。うん、そうだろうという声がどこかから聞こえてきたから間違いないはずだ。

「くっ…間に合うかっ」

 なんて言いつつ華麗に避ける俺、偽善者。悪いな、常識的に考えてそうなんだろうけれど俺はもうちょっとおとなしそうな子がいい。

 さて、俺の好みはともかくとして創作ものだったらこういう時に起こりうる展開はざっと二つ程度だろう。業界の常識ってやつだ。

 ひとつは少女をかばう。

 二つ目は少女に押し倒される。

 その後は体のいいラブコメが展開されるはずだ。

 残念ながら、俺は三つ目の選択肢を選ばさせてもらった。選択肢を選ばないという選択。

 スク水をジャンプで避けた後は少女が走ってきた方向へ一目散にダッシュする。

 ツンデレとか、ヤンデレとか、天然とか、毒電波とかさ、実際に居たら付き合いたくない人間なんだよね。

 そこがいいとか言う人間もいるだろうけど、俺は遠慮したい。ショートカットの元気印は特に相手にしたくない。出会いが最悪なら後は昇るだけ、それは甘い考えだ。マイナス方向へ突っ走ることだってある。

 やはり、普通が一番だという展開に落ち着くんだ。

「ちょっとっ、待ちなさいよっ」

 そのまま痛ったーいなんて言うのかと思えば違うようだ。なんと、女子生徒は鼻血を出しながら俺のことを追いかけてきたのだ。血みどろの女の子に追いかけられるなんて軽いホラー。この前なんてゾンビのゲームしすぎて死んでる女の子にしか興味がないって友達が言い始めたからちょっと危惧している、いろいろと。

 俺の友達の話はともかくとして、何と言う執念だろうか。余程お気に入りの下着を盗人さんに奪われたと見える。

「このっ、待てったら」

「人違いです」

「まっ…うぐっ」

 後ろから追いかけてくる気配が消えたので軽く振りかえる。女子生徒は胸を押さえてうずくまり、貧相な胸に手を当てて体を震わせていた。

「大丈夫です……か?」

 喘息か、心筋梗塞だろうか。近寄ろうとしたらちらりとこちらを一瞥し、また顔を伏せて苦しんだ感じを出している。

「……うぐぐ、苦しい、ちら」

 ここでまた一度だけ視線を向けてきた。ちらっとか口に出しちゃうおバカな子らしい。この子はもしかしたら俺のことをからかっているのかもしれない。

 ともかく、感想をつぶやいてみることにした。

「演技力が今一つ」

「………ぱたり」

 そのまま倒れてしまった。

 ううむ、廊下に女子生徒が転がっているなんてけしからんな。風邪をひかないように俺が毛布になってやろう、そう言えたらどれだけ格好いいだろうか。

 さらっと変態的なことをつぶやけるイケメンにあこがれるのだが現実でそんな人間を見たことがないのでついつい躊躇してしまう。こんな女子に嫌われたって問題はないのだが、いかんせん今は下着泥棒と認識されている。変態容疑をかけられた上にイエローカード発言をすれば完全に退場確定である。

 まぁ、いちいち発言する必要はない。勇者が魔王を倒しに行かなければ、非日常物の話は主人公が全力で逃げ続ければ話は前に進まない。前者は勇者の人がいずれレベル上げに飽きてやめてしまい、後者は作者の前に読者が読むのをやめておしまいだ。

 面倒事には極力関係したがらないのが俺なので、無視することにした。すたこらさっさと逃げに徹することにしよう。

「ちょっとっ」

「はい?」

「可愛らしい女子生徒がいきなり倒れたんだから普通は近寄るでしょっ。何してるのっ」

 鼻血を流しながら、いや、もう止まってるな、スク水姿の女子生徒に近寄る男子生徒なんていないだろうなぁ。それにこの子ウザそうだし。傷つくだろうから言わないけどさ。

 既に立ってこちらに走り始めている女の子は元気そのものだ。

「君の言う通りだろうけれど、俺は君に追いかけられているんだ。だから罠にはうかつに飛び込まない」

「飛び込みなさいよ、男なら」

 男は度胸の時代は終わった。

「さいならばいちゃ」

「まてったらっ」

 俺の方へさらに加速する。

「血が出てる。走るのをやめたほうがいいって」

「そんなのは全く、かんけなーいっ」

 何と言う見上げた根性だろうか。よほどいい下着を着用していたのだろう。そういえば親戚の姉ちゃんがやせる下着とかなんとかを二十万円ぐらいで購入したって聞いたなぁ。無駄遣いだよ。

「止まりなさいっ」

「はいはい、一度だけ言う事をきいてあげますよっと」

「あ、いきなり止まるなーっ」

 断っておくが、少女が止まれと言うから俺は大人しく従ったまでだ。こんな俺に対して色々と屁理屈こねるんじゃないよと思うかもしれない。

 俺を避けて少女は学園の壁にぶつかり、そのまま動かなくなった。

 さすがに鈍い音が聞こえてきたので心配になり、少女の近くへと向かう。

「もしもーし?」

 肩を叩いても返答が無いので不安になってしまう。

「大丈夫?」

「ふへへっ、捕まえたっ」

 さっきみたいなへまをせず、相手は俺にしがみついてきた。股関節は俺の腰に絡みつき、両肩辺りに身体を巻きつけられている。

「あ、ちょ、やめっ……」

 な、なんて大胆な子なんだ。豊満な胸が俺の体に……あばらの感触が悲しいなぁ、おいっ。

「逃がさないわよっ。よくも、このこのこのっ」

「いたたたたっ……ん?」

 耳とか髪とか引っ張られながら女の子を引きはがそうとする。

「あ、ちょっ、こら、どこを揉んでるのよっ」

「あばらだろうがよっ。いい骨してんな」

「言ったわね、こいつっ」

 誰かが小走りしてきているようだった。

「左野、何してんの?」

「りっきー下着泥棒捕まえたっ」

 真正面から男にしがみついている光景を見せつける左野と呼ばれた少女。俺はどんな顔をすればいいのかよくわからなかった。男子生徒が女子生徒に対してこんな事をしたらまぁごかいされるかもしれない。まぁ、いいか。男子生徒が相手ではないだけでセーフだ。それだったら大変な事になるだろう、うほっ。

「さぁ、仲間も来たから逃げ場もないわ」

 本気出したらこんな女の子、手ひどくできるんだが……。

「な、なによ。そんな怖い顔をしてもむ、無駄だからね?」

「佐野、震えてる」

「安心しろよ、しないから」

「そ、そう」

 ほっと胸をなでおろして俺が暴れるのをやめたからかまた上から目線になっていた。

「さ、しょっぴくわよ。ほら、来なさいよっ」

 いまだにまきついている人物を引きはがそうにも相手は女子だ。無理に引きはがそうとするとけがをさせるかもしれない。後で文句をいわれるかもしれん。

「あ、佐野」

「何?」

「多分人違いだよ。多分じゃないわ、絶対ね。下着泥棒、捕まったから。しかも、猫」

「え、猫……」

 口を開けてぽかんとしていた。そりゃそうだろう。猫が下着泥棒ねぇ。あの有名な海産物姉さんに追いかけられて懲りて今度は下着に手を出したのか。

「とりあえず記念に一枚」

 りっきーと呼ばれた人物が俺と左野を写した。

「あ、ちょっと」

「ごめんねー、左野って思い込みが激しくて心より身体が先に動いちゃう困った子なんだ」

 人懐っこそうなリッキーさんが左野という人物を俺から引っぺがす。猫みたいな表情でぺろっと舌を出していた。

「あーあー、血まで流しちゃって。女の子がそんな死闘演じた後じゃダメでしょう」

「こいつが悪いの。逃げるから」

 俺を指さして睨んでくる。

「また左野がわけのわからない事を言いだしたんじゃないの?」

 左野ではなく、俺に向けられた言葉のようなので頷いておいた。

「ああ、鬼の形相でCan you speak English? って言いながら追いかけてマジ怖かった」

「うん、それは怖いかも」

「してないからっ」

「ともかく、いきなり追いかけられて驚いた」

「だろうねぇ、ほら、左野謝ったほうがいいってば。黙っていればかっこいいかもしれない人だよ。ここでかわいい後輩を演じておいたほうがいいって」

「……黙っていればかっこいい」

 かもしれないかよ。あとさ、心の声が漏れてるよ。

「うー……ちょっとだけ悪かったわよ」

 そっぽを向いて謝られても、謝罪の気持ちは全く伝わってこなかった。ある事を考えついて俺は手を叩く。

「後日謝罪を要求するから名前とクラスを教えてくれないか」

「そのぐらいならいいわよ。あたしは左野初。クラスは1-B」

 初とかいて『うい』と読むのか。そして、一年生か。それなら左野って呼び捨てでいいか。

「一年生か……そっちの君は?」

「私はりっきーと呼ばれてる。本名は羽根突律だよ。同じく1-B」

「あんたの名前は何なのよ?」

「俺は真白冬治っていうんだ。2-Gだよ」

 何か特殊部隊みたいなクラスメートがいたら説明するのも簡単なんだが、あいにくと言って個性的な生徒はいないと思う。

「これで先輩? 貫禄とか何にもないじゃない」

 はんと鼻で笑われるのでため息をつく。一年差で貫禄とかつくわけないだろ。あるのは小学五年生が六年生の使用している場所に遊びに行くときだけだろ。

「二年にはスクール水着で突っ走る人間はいないから安心してくれ」

「これは個性ですー」

「そうだね、素晴らしい個性だと思うよ。じゃあ俺はこれで。一回保健室ぐらいには行ったほうがいいよ」

 それだけ言って俺は背中を見せるのだった。

「あ、ちょ、ちょっと。もうちょっと何か言い返しなさいよ」

「ごめんな、忙しいんだ」

 これ以上、構っていられるほど暇ではない。何せ、迷子中だからな。


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