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秋山実乃里:第七話 無表情なだけ

 秋山と二人きりの時はおそらく、彼氏という立場だ。

 言いだされた時はどきどきしたよ。あれからすでに中間テストが終わって期末に向かいつつあるというのに、一向に淡白だ。

 これは絶対に何かが起きるっ……そう思っていたというのに、いつもと変わらない日常なのだ。

 自習の時にはいちゃいちゃするでもなし、彼氏のかの字なんてあれっきり聞いて居ないぞ。

「なんちゃって彼氏にはもう飽きたのか」

 がっかりするわけでもないけどさ、そりゃやっぱり一応は……おそらく彼氏なのだからいつもより仲良くしてくれたっていいんじゃないかと思う。

 登下校とかさ、毎朝待ち合わせして一緒に校門通ったりとかね。たまにははにかんだ表情の一つぐらい、見せてくれてもいいじゃないのさ。ま、最近は執筆活動が進んでいるのか横顔を眺める時間が増えたからいいけどさ。

「どうかした?」

「いや、何も」

 隣の席の主はそのまま座ってペンを走らせている。そういえば変わった事があったなぁ……ペンを走らせる指には絆創膏が良く貼られるようになった。

 それ以外に特に変わりはない。おそらく立ち消えになったであろう関係をいつまでも気にしていても始まらない。

 そもそも、俺と秋山の間で何かが新しく始まる事は無いだろう。俺が受動的であるのは秋山との間に築かれている関係上仕方がないのかもしれない。

 酷い言い方なら、おもちゃと言えばいいだろうか。

 ないないないじゃ、始まらない。ここはひとつ、動いてみよう。

「なぁ、秋山」

 いつまでも気にしていたら負けたような気がするのでいつもの様に話しかけると俺の問いかけにペンを置いて答えてくれた。

「何、ダーリン?」

「だ、ダーリン?」

 ダーリンの進化理論……じゃ、なくてだ。

 俺の反応に秋山は首をかしげた。

「違った?」

「違ったって……一体何が」

「だから、呼び方。恋人なんだから刺激的な呼び方のほうがいいじゃん」

「でもダーリンは……やりすぎだろ?」

 なんちゃって彼氏にその言葉は重いです。

「じゃ、冬治」

「いつもどおりっぽい」

「でしょ?」

 俺がもうちょっとボケに走るのなら『冬治きゅん』って呼んでもらうんだけどさ。ボケじゃなくて勇気がいるわ。

「で、何」

「え……あ、いや、執筆はかどってるいるかなって」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 お礼なんて初めて言われた気がする。

 秋山に何かを言おうとして、結局度忘れした俺は沈黙するしかなかった。

 昼時になってお弁当をとりだすと隣人がいきなり立ち上がり、俺の手を掴む。

「一緒に来て」

「え」

 鞄を持って立ち上がったもんだから帰るのかと思ってしまった。

 いつものような無理やりを感じさせない手の握り方である。

 拒絶するのなら構わない……ただ、一度でも拒絶したら次はなさそうな感じを受ける握り方だ。

 当然、俺がその手を振りほどくことはない。

「ここでいいかな」

 やってきたのは屋上で、秋山はレジャーシートをとりだして広げた。薄々分かった俺は黙って弁当箱を隠すように置いた。

「お弁当、作ってきたよ」

「そうか」

「うん」

 それっきりの会話。俺は渡された弁当箱を開けてため息をついた。

「……見た目は、うまそうだな」

「さ、彼氏が彼女の初めてのお弁当を食べてどんな表情と、感想を言うのか教えてよ」

 嬉々としているのは間違いない。表情が乏しいときは乏しいもんだからこういう時の落差が激しいな。

「まかせな、俺が漢気ってもんを見せてやるよっ」

 ピンクの短めな箸を握りしめて宣言する。一見するとうまそうなお弁当だ。見た目がいい奴には気をつけろ、可愛いお姉ちゃんだと思って油断していると尻を刺されることになるぜ。

「頑張ってね……うまいうまい」

「秋山、何でお前は俺の弁当を食べてんだ」

 そう言うと人差し指を立てられる。

「み・の・り」

「え?」

「秋山じゃなくて実乃里って呼ぶ事。彼氏と彼女でしょ。冬治が受け身なのは知っているけどさ、一度も実乃里って言ってくれないじゃん」

「いや、確かに一応は、そうだけどさ」

 秋山、いいや、実乃里が作ってくれた卵焼きを口にしてじゃりっと音がする。

「……なぁ、何でこんなにうまいのにわかるような大きさの卵の殻が入ってるんだ」

 気付かずに食べたのが不思議だ。それだけ、緊張してたんだろうな。

「お約束です。何か一言」

「くそっ、味がいいだけになんだこれはって言いたくなる」

「ずっと練習してたからね」

 なるほどね、その指の絆創膏は伊達じゃないのか。

「あと、わざと殻を入れたから」

「マジかよ。どうしてそんな事をするんだ」

「おいしいって、言われたら……照れる。私の逃げ道」

 こっちを見ずに俺のお弁当を突いている。

 それには触れずに、俺も弁当を突く。

「そうかい」

「どんどん食べて」

「じゃあ今度はこっちのハンバーグだっ」

 おそらくこっちなら殻が入っている事もないだろう。もっとも、ちゃんとした動物の肉を使っているのなら、だけどな。

 さっきの卵焼きの味なら問題なさそうだな。

「ぐあっ。甘いっ」

「お塩とお砂糖、間違えちゃった。てへ……これも、お約束でしょ」

「いらねぇミスだ」

「捨ててもいいよ?」

「そんな事、するわけないだろ」

 二口目を口にすると、実乃里が未だにこっちを見ている事に気付いた。

「そんなマジマジと見るんじゃないよ。やり辛いだろ」

「んー、てっきり捨てられると思ってたからね。嬉しいから、見てちゃ駄目?」

 結局、ハンバーグを食べ終えるまでじっと見られ続ける。

「どう?」

「慣れれば……いや、ダメ。こっちのミスは駄目だわ。肉と砂糖が絡みついてやべぇ。醤油ベースだったらよかったかもしれんがね。次やられたら右手で地平線の彼方まで投げる」

 ま、口だけだ。実際に出てきたらまたこうやって食べてしまうんだろう。

「そっか。参考になった……心の中ではてんどんを希望っと」

「思いっきり見透かされてるっ」

 ご飯は二層だ。おそらく、二段目にはハートマークのそぼろが埋まっている事だろう。

「そぼろは……もうちょっと前に押し出してもいいんじゃないのか」

「照れる」

 そういって本当に照れているのだからまぁ、ちょっとは可愛いかな」

「手が込んでるな」

「そうかな」

「そうだよ」

 炊き方はおそらく今一、全体的な評価は普通だ。多分、照れ隠しが混じっているから評価が低くなってしまったのだろう。

「で、どうだい。面白い小説は書けそうか?」

「このまま行くとふざけた話になりそう」

「……そうか」

 何となく、想像はついたけどさ。

 ああ、多分実乃里は一度のお弁当で様々な意見と感想、反応を見たかったんだろうな。

「すげぇ甘い展開の小説になるんだろうな」

「うん、そして最後には死んでもらわないといけないかな」

「え? 何故に?」

「最終的には三角関係。刺されて終わり……ま、お弁当はやっぱり一回じゃ駄目だね。いつかまた作ってくる」

「ああ、頼むぜ。なかなか楽しかったよ」

「美味しかったの間違いじゃない?」

「それなら今度は真面目に作ってきてくれよ」

 メモ帳にいくつか書き記して実乃里は立ち上がる。

「今度はデートでもしようか」

「ほぉ、デートねぇ」

「夜の学園に侵入するとか」

「それはもうやったぞ」

「じゃ、他のを考えておく」

 やれやれ、次はもしかして夜の男子校に侵入するとか言い出すんじゃないだろうな。

 背を向けて去って行った実乃里を見ながらため息をついた。

「頼まれて彼氏になったけど、受け身ばっかりじゃやっぱり駄目かな」

 実乃里という人間を知りたいから俺は彼女のお願いを聞いたのだろう。それ以外は特に理由が無いはずだ。

 だがね、甘んじているだけじゃ実乃里に失礼だ。あいつに何かお返しをしてやりたい。


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