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只野夢編:第九話 これは現だ

 どこからか、俺の事を呼ぶ声が聞こえてくる。

 それに気づくよりも先に、目が覚めてしまう。

 そちらへ行くよりも先に、朝を迎えてしまう。



――――――



「……」

 夢か。

 起きあがり、朝の準備を始める。身体に鈍い衝撃が合った気がする。

 夢ちゃんがこの家にやってくるまで余裕はある。しかし、出来る限りさっさと朝の仕事は終わらせておきたいのだ。

 葉奈ちゃんと一緒に住んでいるからと言って、二人でやっているわけでもない。

 家事全般が苦手な葉奈ちゃんに家事をさせていなかったら、不満を持たれて実家で家事の練習をしているらしい。

 というわけで、今この部屋は本来の一人暮らしとなっている。

「……あー、そうか。今日は俺がお弁当担当だ」

 一月半ばの外を眺める。

 雪が見事に積っていて、テレビのニュースは道路を滑って事故を起こした現場を映しだしていた。

 外から小学生達の声が聞こえてきて、ああ、雪合戦を楽しんでいるんだなぁと聞き耳を立ててみる。

「……っ、さぶっ。マジぱねぇ」

「その通りだわ。ったく、雪積っているのに小学校に行かなきゃいけないとか親まじおうぼー」

「お前、小学生が横暴とかつかわねー……あ、駅前のゲーセンに新しスロット入ったらしいから行く?」

「いくいく、まじ、いっちゃう。雪合戦とかまじつまんねーもんな」

 この土地の行く末が非常に心配だ。

「おっと、余所の子どもを心配している場合じゃねぇ。自分の弁当の準備をしなくては……」

 そうそう、そう言えばこの前も小学生がこんな感じで話していたっけ。内容も大体、こんな感じだったような気がする。

 その時、俺は弁当の心配を同じように……。

「ん? またデジャヴか」

 デジャヴより、お弁当である。

 ニュースは未だに雪の話題を垂れ流し続けていた。

「今日はサンドイッチ……は、無理だな。無難な物になりそうだぁ。

『今年始まっての大雪。小学生達が元気にはしゃいでいます。午後からも雪は降り始めるので、一面の銀世界は明日も続くでしょう。ドライバーの方は充分気をつけて運転して下さいね』



――――――



 放課後、夢ちゃんとの待ち合わせ場所へ急ごうとしていると友人が寄ってきた。どうやら、ベランダに出ていたらしい。

「冬治ぃ、冬治―っ。雪合戦しようぜ?」

 寒風に当たり続けたためか、友人の頬は真っ赤に熟れている。

「……小学生っぽいな」

「あぁ? 誰がガキくさいだ」

「悪い意味で言ったんじゃないんだ。最近の子どもは家の中に引きこもりがちだからな。率先して友人が雪の楽しさ、恐ろしさを叩きこんでやるといい」

 俺の言葉に友人は首をかしげる。

「叩き込むってどうすりゃいいんだよ」

「今はちょうど下校時間だ。雪玉でもぶつけてくりゃいい。そうすりゃ、あいつらも血が騒いで友人に向かって雪玉を投げるんじゃないのか?」

「なるほど」

 友人はしばらく考えて、手を叩く。

「そりゃ名案だ」

「止した方がいいんじゃないの?」

 水を差したのは七色だった。

「最近は容赦ないでしょ。友人君が、真夜中外を這いつくばって歩いているだけで警察呼ばれる世の中になってるんだよ?」

「まぁ、世の中物騒だからな。ちょっと外を出歩いただけで駄目だよ」

 ん? 這いつくばって歩く?

「そういや、この前は女の子のお人形を肩車して歩いていたときは最高だったね」

「ああ。すっごい顔をしてリーマンのおっさんが逃げ出してたな」

 こいつら、俺が思っていた以上にアホだったんだな。

「ん……?」

 また強いデジャヴを覚えた。どこかで見た感覚があった。

「冬治? 黙りこんでどうした?」

「別にどうもしてない……お前ら二人は仲良く遊んでろよ。俺はこれから夢ちゃんと遊びに……」

 そうだ、確か夢ちゃんは俺と一緒に帰れないっていってなかったか? でも、今日はまだ会ってないし……あ、友人から聞いたんだっけ? この後、そんな話になるような気がした。

「あれ? 夢から聞いてねぇのかよ? 今日あいつは先生の用事とかで一緒に帰れないって言ってたぞ」

 そして案の定、友人からそう言われてまず顔を見た。

 嘘は付いていない。

「え? 本当かよ」

 さっきまでの強いデジャヴは何事もないように去っていった。違和感を覚える事もない。

「ああ。ケータイにメール送ったって言ってた」

「……あ、今日忘れてる」

 お弁当でばたばたしていて、友人に託を頼んで先生の所へ行っていたからなぁ。

「はぁ……」

「おいおい、そこまで意気消沈しなくてもよくね? 夢と一緒に遊べなくなっただけだろ?」

「お前が考えている以上に、夢ちゃんは可愛いんだよ」

 友人だけが知っている妹の夢ちゃんがあるように、俺だけが知っている女の子の夢ちゃんの表情もあるんだ。

「七色、何でこいつまるで恋する乙女みたいになってるの?」

「そりゃあ、実際に恋をしているからでしょ、冬治君のお兄ちゃん。夢ちゃんと冬治君が結婚したら友人君は義理のお兄ちゃんだね」

 お互いに顔を合わせ、中指を立てた。

「妹はまだやらんぞ」

「馬鹿な兄貴は矯正してやる」

 一通り学園の中で馬鹿をやり終え、俺たち三人は帰路へ着いた。

「んじゃ、気をつけて帰れよ」

「ああ」

「じゃあねー」

 友人と七色とは違う道なので、途中で別れた。

「今日は火取鍋大会だな……あ、白瀧を買って帰ろう」

 それがまずかったのかもしれない。

 寒かったのと、携帯電話で早く夢ちゃんと連絡が取りたかった。

「あ、やばい。このままだと俺は確か事故に……」

 曲がり角を走って曲がり……何かにぶつかった。



―――――――



 目が覚めてすぐ、隣を見る。寒くはない、窓の向こうはどこか春の息吹を感じさせる。

「と、冬治先輩っ! 目、さめた……」

「夢ちゃん! 聞いてくれ!」

 一瞬、驚愕した夢ちゃんよりも先に俺は自分が見た夢の話をした。

 夢ちゃんと出会い、過ごし、告白をして彼氏彼女になって……事故った夢だ。

「っていう、夢を見たんだ。いやー、車にはねられて、放置されるとはね。夢が終わりに近づくにつれ、強いデジャヴを覚えたんだ」

「そうっすか」

 さきまで驚いていた夢ちゃんも今では腰をおろして静かに聞いてくれている。

「そういう、夢オチ。中々の悪夢だった」

 そういって夢ちゃんに笑って見せる。

「冬治先輩」

「何だい」

「それ、現実っすよ。冬治先輩はもうかれこれ、三週間はねむりこけていたっす」

「え?」

「そもそも、目を覚ましてすぐに気付かなかったんすか?」

 少し呆れた様子で夢ちゃんは俺を見た。

「身体がちょっと重いぐらいで、問題は無いよ?」

「……頭を強く打ったんす。跳ね飛ばされて、雪の積もっていた場所へ放り出されたらしいっすよ。凍死一歩手前だったって……お医者さん、言ってましたっす」

「そっか、運が良かったのかな」

 いやー、ラッキーラッキー。事故のあとなんて全く記憶が無いからまるで他人事である。

 しかし、俺のこの態度が気にくわなかったようで夢ちゃんは眉を吊り上げ、何故だか泣き始めた。

 泣かせた事は無かった。これが、初めての経験だ。

「良くないっすよ! だって、もうどこもおかしくないのに……約一カ月、眠りこけていたんすよ? お医者さんは大丈夫だって言ってたっす……でも、もしかしたらこのままかもしれないって……そんな話を、お医者さんがしていたっす」

「……あ、あー……ごめん」

「本当っすよ……」

 あまり湿っぽい話もしたくない。

 俺は慌てて他の話題を探そうと無機質な真っ白な部屋を見渡した。

「ところでさ、一つ聞きたい事があるんだ」

「ぐす……なにっすか?」

「その林檎の兎の山は?」

 二皿目に突入している林檎のうさぎさん。

「五十七匹目っす」

「ごじゅ……え、何で?」

 兎の数の数え方は羽じゃなかっただろうか。

「兄貴が冬治先輩のためにって箱でリンゴを持ってきてくれたっす。あ、そんな事よりお医者さんを呼ばなくちゃいけないっすね。自分とした事が、先輩がいきなり夢の話をし始めるから忘れていたっす」

 夢ちゃんは手慣れた様子でナースコールを押すのであった。

 それからすぐに医者がやってきて家族にも連絡が行われたらしい。

 戸籍上の父と、母は喜んでいて葉奈ちゃんも泣いていた。俺が眠っている間に、仲良くなったのか夢ちゃんとも普通に話している。

 俺の退院はリハビリが完了次第という話で落ち着いた。

 やはり、一カ月も寝ていれば身体も重くなると言うもの……ちょっとだけ気になることは下のお世話も誰かがしてくれたんだよな?

「っす」

 特に何もしゃべっていないのに、夢ちゃんが顔を赤く染めたのは気付かなかった。うん、そうしようと思う。

 思ったよりもリハビリは難航したが、取り立てて気になるような事もなかった。

 友人がリンゴを一箱買ってきて兎が増え続け、毎日リンゴばっかり食っているような気がしてならない。七色もちょっとだけ、泣いているようだった。

 唯一つ、気になった事があった。

「もうちょっとしたら冬治先輩と出会った時期になるっすね」

「そうだね。あの時は……」

「電柱にぶつかった自分を冬治先輩が助けてくれたっす」

「え? あ、あー……そうだったね」

「っす。今考えてみれば運命的な出会いっす」

 それは俺が見ていた夢の中での、夢の話だった気がする。

「予知夢じゃなくて……走馬灯?」

 夢の中で、俺が見ていた物は予知夢じゃなくて、実際に起こった出来事だったのだろうか?

 寝ている間に約一年もの体験をしてきた俺にとって、今更自分が見た夢を思い出せるわけもない。

「そう言えば先輩、寝ている間に……ずっと夢ちゃんが……って言っていたっすけど……」

「え、マジで?」

「っす。もう、恥ずかしかったっすよ! 所構わず喋っちゃうから、冬治先輩の両親にもばれちゃっているっす」

 ぽかぽか殴られながら考えた。

 ま、俺の彼女の名前は夢って名前だし……夢のある話でいいんじゃないだろうか?

「なぁ、夢ちゃん」

「なにっすか?」

 俺は夢ちゃんを見ながら応える

「これは夢じゃないよね?」

 無機質な部屋に林檎の兎がうずたかく積まれているなんて、夢なんじゃないだろうか?

「夢じゃないっすよ」

 にっこりほほ笑む夢ちゃんに今日も兎を食べるしかないなとため息をつくのであった。


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