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只野夢編:第八話 夢でよかったか?

 あれからあまり、夢を見なくなった。

 朝起きれば残っている事のない、寝ている間の冒険譚。

 ま、見ないほうがいいんだろう。先の事を知ってもあまり楽しい事なんてないさ。

「雪、降って来たっすね」

「ああ、そうだね。夢ちゃんが温かいから気付かなかったよ」

 なにせ、俺の隣には夢ちゃんがいるのだ。

 今の俺に、それ以上何を望む事があるだろうか。

 一つのマフラーを二人で巻いて、仲良く体を寄せ合っている。

 灰色の夜空を見上げながら、空から舞い散る雪を二人で見続けるだけでも楽しい。

「冬治先輩。これから先輩の家、いってもいいっすか」

「ああ、いいよ」

「泊まっても……いいっすかね」

「夢ちゃんが望むならね」

 俺のポケットに手を滑り込ませ、手を握る。

「っす。先輩は胸が貧相な自分でも、いいんすか?」

「大丈夫。夢ちゃんを好きになって俺も変わったよ」

「本当っすか?」

「ああ、本当だよ。最近じゃ小さい女の子にも興味を持ち始めた」

「……」

「夢ちゃん?」

 黙りこんだ夢ちゃんの顔を覗きこむ。

「おれも、小さい子好きだぜ」



―――――――



「ぎゃああああああっ」

 悪夢だ。

 おかしい、ついでにキスしようと夢ちゃんの顔を覗きこんだらそこには友人の顔があった。

 夢、最近見てないって言ってたじゃん。

 こんな夢、絶対に現実にならないだろ。なったら困るよ!

「そういや、夢ちゃんがマフラーを買うっすって張り切ってたな……そろそろ、十二月だもん。寒くもなるさ」

 雪、振るかもしれない。

 夢、叶っちゃうかもしれないぞ。

 今再び、夢が現実になると言うのだろうか? これまでの夢はどことなく、現実になりそうなものばかりだった。

 でも、それは夢ちゃんに近づいて行くことによって内容は変わっていったような気がする。

「しかし……今のはなかった」

 残滓に苦しみ、ふと窓の外へ視線を移す。

 木枯らしが吹き荒れ、落ち葉を灰色の空へと撒き散らして去っていった。

「クリスマス、どこへ行こうっすかね」

 のんびりとした口調で俺に寄りそう夢ちゃんに、今日見た夢が重なってしまう。

「夢ちゃん」

「なにっすか?」

 その顔をまじまじと見つめる。

 少し分厚い感じの眼鏡の奥に、いつものようにコハク色の瞳が合った。

 その眼鏡を挙げると、顔を朱に染めて目を閉じる。

「ん……」

「おーい、冬治―」

「僕たちも一緒に食べるよ」

 連日、屋上で食べているからだろうか? こうして友人やら七色やらが寄ってくるのだ。

 小屋の外から聞こえてくる声に、ついため息が出てしまう。

「……お預けっすね」

 少し残念そうな夢ちゃんに俺も苦笑するしかない。

「んだよ。お前たちも物好きだな。もう十二月だぜ? 教室だと暖房、入ってるぞ」

 キス出来なかった不満でついそんな事を言ってしまう。

「いいだろう。だって、ここにはストーブがあるんだからな」

「風情が合っていいよねぇ……こたつまであるし」

 屋上は学園生からこっち、立ち入り禁止となった。

 柵がもろいという情報が入ったそうだが、何故か夢ちゃんが鍵を持っているので(どうやら文化祭のどさくさにまぎれて合鍵を作ったようだ)俺と夢ちゃん専用になりつつある。

 気付けば、屋上の隅にある小屋のような場所にストーブを持ってきてこたつまでつけてしまったのだ。

 すぐにばれるだろうと思っていたが、意外とばれることはなかった。

「今日は四人だからいいけどさ、これ五人になったらどうしようか」

 こたつは当然、四面しかない。

「そうなったら五角のこたつを探さないといけないな」

「互角のこたつ? ストーブと?」

 七色が首をかしげた。

「温かさなら……ストーブじゃないの?」

「こたつも負けてないだろ」

「今はハロゲンもあるっすからねー」

 外から聞こえてくる木枯らしを聞くためか、少し静かになった。

「ストーブはほら、温まるだけじゃなくて、上で何か焼けるし」

「こたつはそのまま眠る事が出来るっすよ」

 それはちょっとリスクがあるんだけどね。

「ストーブは洗濯ものだって乾くぜ?」

 それもかなり危険だから辞めておいた方がいい。

 人は古来より、自分に扱えるだけの火と接してきた。

 ただ、接し方は慣れ合いではないのだ。お互いを支配下に置こうと考え続け、今尚その闘いは続いている……云々。

「火、見てるとさ……何か燃やしたくならね?」

「放火は重罪だぞ」

 江戸時代だと死罪だったそうだ。

 白はどうか知らないが、長屋が一般的だっただろうからな。城下町なんて一つに火がついたら連続して燃え上がるんじゃないかと思う。

 防火用水なんて無いだろうから、消すの大変だったはずだ。

 こたつにはいってだべっていると、友人がふとした拍子に立ちあがった。

「どうした?」

 とうとう放火に走るのだろうか? 

「今年からクリスマス会をやるらしいぜ」

「へぇ、だれが?」

「この学園。新しく生徒会長になった雫ちゃんが言ってたんだよ」

「へぇー……しらなんだ。夢ちゃん知ってた?」

「いえ、知らないっす」

 クリスマス会なんてどうでもよかったぜ。

 なにせ、今年のクリスマスは夢ちゃんと二人で過ごすんだからな。

「それでさ、冬治と夢も参加だろうから名簿に名前書いてきてやったぜ?」

「あー?」

 こたつに顎を乗せて聞いているとちょっと首をかしげてしまう。

「もう一回、言ってくれ」

「だから、お前たち二人も参加するだろうからさ、名簿に名前書いてきてやったよ」

 おれって、気が利いているだろう?

 普段だったなら、ほめちぎっていただろう(誇張的表現だが)。

 今は事情を知らない友人の顔面に、パンチをやりたい気分だ。

「え、ま、マジッすか!」

「夢、そんなに嬉しいか?」

 色眼鏡でも付いているのだろうか? どう見ても、嬉しそうな顔はしていないぞ。

「普段、冬治や夢には世話になっているからなぁ。特に、文化祭じゃあ見なおしたし、俺も心を入れ替えた。だから、今年中に何か恩返しをしたかったんだよ」

 照れくさそうに告白した友人に俺は拳の落とし所を見失う。

 夢ちゃんも微妙な顔になっていた。これじゃあ、殴るに殴れない。

 やるせない気持ちで七色を見るとこっちの事情をどうやら知っているようでこれまた困った顔をしている。

「友人ったら生徒会の雑務をこなしながら雫さん達と打ち合わせを続けたんだ」

「そうか……」

「黙ってて悪かったよ。怒んないでくれよ」

 悪戯っ子のように両手で俺達を拝む友人をどうして責める事が出来ようか。

 その日の放課後、二人の話題は一つだ。

「……どうしようか」

「っすね。抜け出すのも手っすよ」

「それはちょっとなぁ」

 折角友人が頑張って企画したクリスマス会なのだ。

 無碍にすると凄い罪悪感が襲って来そうである。

「でも、自分は……冬治先輩とクリスマス過ごしたいっす」

「まぁまぁ、夢ちゃん抑えてよ」

「冬治先輩は、兄貴と一緒にクリスマスを過ごしたいっすか? 彼女の肩を持ってくれないなんて、酷いっす」

 ぶぅと膨れる夢ちゃんに俺は心の中でため息をついた。

「すれ違いにしちゃあ、理由が微妙だ」

 こじれないように、うまくまとめる方法を考える。

 普段使用していない脳みそをフル動員させ、旗色の良くない状況を打開する方法を考えた。

「日中はさ、友人たちと過ごそう。夜は……二人っきり。これでどうかな?」

「……自分は、お昼も一緒に居たいっす」

「それは俺もだよ。俺達の関係って誰にも知られてないじゃん?」

 七色は知っている感じだ。

 友人に喋っていないし、他の人たちだって知らないんじゃないだろうか?

 そもそもなんで、隠すような事になっているのだろう?

「それは……そうっすけど」

「ま、来年もあるんだしさ」

「……先輩が其処まで言うのなら、来年のクリスマス、予約するっすよ?」

「ああ、勿論いいよ」

 納得はしていない物の、譲歩してくれたのであった。

 本人たちは必死に隠しているつもりでも、周りにはばればれって事もある。

 少し周りを見る余裕が出てきた俺は、クラスメートに聞いてみた。

「なぁ、只野夢って知ってるか?」

「それ、お前の彼女じゃね?」

「あ、知ってたのか」

 それを皮切りにいつどこでどうなって今の状態になったのかしきりに聞かれたものだ。

 ただまぁ、友人には教えないと決めごとでもしているのか、彼が来るとぴたりと話題を変えてしまう。

「クリスマス会、楽しみだなー」

 しらじらしいまでのセリフを吐いて、ため息をつく者が多かった。

 一瞬たりとも、微妙な空気になったりしない。友人に対して、気を使っているのがわかった。

「よぉ、お前ら。もうちょっとでクリスマスだな。今学期最後は派手にやらかすぜぇ」

 忘れ物を取りに来ただけのようで、すぐにまた教室から出て行く。

「矢光。お前が何で只野に秘密にしているか知らないが……」

「早く入ったほうがいいんじゃないのか?」

 咎める、とまでは言わないまでも何か裏でもあるのかと勘ぐっているようだった。

 別に、言い出すタイミングが切り出せていないだけだ。

 今は友人が忙しい時期である。七色の話によると比較的重要な位置にいるらしいので、邪魔しないように気をつけているだけだ。

 クリスマスが過ぎて、新年を迎えるまでには告げよう。

 そして、クリスマス会が行われるクリスマス・イヴがやってきた。

「……冬治先輩、結局二人っきりになれそうにないっすね」

 開始まで後三十分……校内のどこでもが浮かれた気分になっていた。

「ま、今はしょうがないさ。夜は一緒だよ」

「っす……先輩。今日初めての……」

 そういって目を閉じた。

 期待にこたえようと、小さい肩を抑える。最近は慣れたのか、触った瞬間に肩を震わせても、堅くはならなくなっている。

「冬治―……と、夢は……なにしてるんだ?」

 乱暴に屋上への扉が開け放たれて、友人がこっちを見ていた。

「兄貴、空気を読んでくれっす」

「は、いや? そのー……何だ、二人は」

 そこで間を開ける。

 ここまで気まずそうな顔は見た事が無かった。

「告白の真っ最中か?」

「これは……」

「……違うっす」

 細かく説明しようと俺が口を開けるのを夢ちゃんが邪魔した。

「冬治先輩と、キスをしようとしていたっす」

「は? いやいや、マジかよ。クリスマスだからっておれを担ぐつもりだな?」

 嘘をついていいのは四月一日だけだ。あ、でも人が死んだとか誰かが傷つくような嘘をついちゃ駄目だぞ。

「だよな、冬治」

「いや、夢ちゃんの言う通りだ」

「……マジか」

 落胆したものの、俺を見て笑ってくれる。

「ま、冬治になら夢の事を……」

 それに割り込むようにして、夢ちゃんが入ってきた。

「兄貴、邪魔っす。今日は冬治先輩と一緒にいるつもりっす」

 さすが妹、真っ向からはっきりと言った。俺が葉奈ちゃんと喧嘩したとしても、ここまで真っ向から気持ちを伝えることはできない。

 いつかの弁当事件を思い出した俺は、友人と夢ちゃんの仲が悪く鳴るんじゃないのか、そう心配してしまう。何というか、俺と葉奈ちゃんもいつかは只野兄妹みたいに仲の良い、遠慮のない兄妹になりたいものだからそこが喧嘩してしまうとちょっと残念だ。二人には仲良くしてもらいたい。

「そうか。悪い事、したな」

 友人は怒ることなく、夢ちゃんに謝った。それが意外に思えた。

「全くっす。兄貴なんて邪魔以外の何物でもないっす」

「夢ちゃん、それは言いすぎだよ」

 いくら友人と言えども、そこまでぼろくそに言っていい相手でもない。素直な気持ちを吐露するのも問題がありすぎる。

「……じゃ、一発殴らせるっす。それで、手打ちにしてあげるっす」

「だ、そうだ。よかったな、友人」

 まぁ、そっちの方がすっきりしていいと思う。

「え? ちょっと……」

「歯ぁ、くいしばるっす!」

「まだ心の準備が……ふべっ」

 中々腰の据わったいいパンチだった。

 顔面を殴らず、腹部にお見舞いしたのは兄の顔を心配する妹の配慮だろうか?

「あーすっきしたっす」

「……ぐぬぬ、冬治、夢を泣かしたら……しょうちしねぇぞ」

「わかってるよ」

 なにはともあれ、これで仲直りは出来たのだろう。

「じゃ、じゃあ、おれはもう行くけどさ……おれはおまえら二人と楽しみたいんだ。駄目か?」

「……全く、兄貴はしょーがないっすね。冬治先輩、どうするっすか?」

 答えは決まっている。夜は夢ちゃんと一緒にいるけど、昼間は友達と馬鹿やるのも悪くない。

 俺たち三人は屋上を後にしたのだった。


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