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只野夢編:第七話 夢の現は幻か?

「……起きてほしいっす」

 誰かが俺を呼んでいる。

 変な語尾だ。

 このまま呼ばれていれば、あの子が呼び続けてくれれば、直にそっちに行ける。これは間違いないね、うん。



――――――



 誰かに頭をはたかれた。

「ふぁ?」

「矢光君? 授業中に寝るなんていい度胸ね」

 一発で覚醒した。

「先生、みんなに言っていなかった事があったかも。睡眠学習したい生徒は、クラスから出て行ってもらって構わないわ」

 まるで鬼だ。教師だけどさ。

「次はないわよ。後で反省文を提出して頂戴」

「は、はい。すみません」

 いかんな、どうも文化祭が終わって府抜けてしまったらしい。

 頬を叩いて、黒板に集中を始めると同時に、チャイムが鳴った。

「はぁ……」

「最近寝不足のようだな。自家発電も計画的にしろよ」

 にやにや笑う友人に中指を突き立てる。

「寝不足っちゃ寝不足だな」

「へぇ、なにしてるの? ゲーム?」

「うーん、布団に入って、中々寝付けないんだよ」

 考えるのは夢ちゃんの事だ。

 彼女の事を思うと胸が苦しい、片思いなら尚更……そんなわけはないと思うが。

 夢ちゃんとは仲良くしているし、お弁当のハートも相変わらずである。気のせいか、大きくなっている。

 答えを引っ張るのは悪いだろう。そう思ってどのタイミングで告白すればいいのか悩んでいるのだ。

「うーむ」

「なんだ、恋の悩みか?」

「え?」

 一発で友人にあてられ、ぎょっとしてしまう。

 夢ちゃんが言うとは思えないし、まさか勘付かれたわけでもあるまい。

「え、マジで当たった?」

「あー、いや。友人がいきなり顔に似合わない事を言ったから驚いただけだよ」

「何だその失礼な言い方は。おれだって当てるときは当てるぞ?」

「すまん。それで、俺がもし恋の悩みを持っていたのならどうするんだよ」

「そりゃあアドバイスするのさ。おれ、こう見えてもてるんだぜぇ?」

 したり顔の友人を無視して、七色へ視線を向ける。

「保健室へ連れて行こう」

「あ、妄言じゃないから心配しなくていいよ」

 別に冗談を言っているわけでもなさそうだ。

「え、マジかよ。そんなもん一度も見たことないぞ」

 友人が女子に迫られるところや、女子と一緒にいるところを見た事が無い。そう告げると七色に蹴られた。

「いてっ」

「酷いな。僕はれっきとした女の子だよ」

「……七色以外で、女子と一緒にいるところを見た事が無い。

「んー、それはあれだ。冬治が居ないところでよろしくやってるんだよ」

 本当だろうか。

 疑惑ははれないものの、此処は大人しく頷いて納得しとこう。

 あまり為にならなかった友人との会話を放課後まで持ち込む必要はない。

 夢ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かって、俺はため息をついた。

「……今日こそ告白するぞ」

「お待たせっす」

 時間どおり現れた夢ちゃんに軽く挨拶し、一緒に歩き始める。

 どこに連れて行って、どのタイミングで告白すればいいのか……散々悩んでいると腕を引っ張られた。

「冬治先輩、さっきから無言で怖いっすよ」

「あ、ごめん。ちょっと考え事をしててさ」

「考え事? 文化祭は終わったっすよ。出し物ランキング、第一位で良かったじゃないっすか」

「まぁ、ね。それはそうなんだけどさ」

「まだ何か?」

 告白相手に実は告白すると場所を考えているんだ……なんて、言えるわけもない。

 さんざん悩んだ挙句、辺りを見渡した。

 生徒はおらず、人影もない。

 よし、心の中でそう決めて、少し強めに夢ちゃんの両肩を掴んだ。

「せ、先輩?」

 驚愕と機体のまなざし……俺は眼鏡の奥にあるコハク色の瞳をしっかりと見据える。

「夢ちゃん。俺は君の事が……」



ちゃーらちゃらっちゃーらっらっららーららーちゃらちゃーらーちゃーらーら……



「……もしもし?」

 着信音を無視するわけにもいかず、いらだち気味に電話に出る。

「矢光君。反省文の提出はまだかしら?」

「反省文?」

「まさか、忘れていたわけじゃないわよね?」

 そう言われれば、そう言ったものがあったような気もする。

「あ、あー……覚えてますよ。今はちょっと取り込み中でして」

「へぇ、反省文より取り組む事があるの? 告白でもしようとしたのかしら? いい具合の夕日ね」

 ぴしゃり言い当てられたので辺りを見渡す。

 勿論、先生の影があるわけもない。

「黙りこんでどうしたのよ?」

「いえ、何でもないんです。すぐに書き終えて提出します」

 電話を切って、夢ちゃんを見る。

「ごめん、反省文を提出しなきゃいけなかったんだ。すっかり忘れてた」

「そ、それなら……しょうがないっすね」

 二人の間に、かなり白けた雰囲気が流れた。

「明日も一緒に帰ろう」

「っす!」

 なぁに、時間はあるんだ。

 焦って事を性急に進める必要はない。

 俺は夢ちゃんと別れて学園へ戻るのであった。

 そして次の日の放課後、気合を入れて夢ちゃんが待っている校門へとやってきた。

「や、夢ちゃん」

「どもっす」

「帰ろうか」

「っす」

 昨日ほどの素晴らしい夕焼けではなく、少し曇っていた。

 それでもまぁ、どこか静かな場所に連れて行けばいいだろう。

 丘の上にある公園でもいいかもしれないな。俺の家からは遠くなってしまうものの、夢ちゃんを送っていけるし。

「ちょっと丘の上にある公園に行ってみない? たまに移動販売の車が来ているらしいよ」

「あ、自分も聞いたことあるっす。アイスやクレープっすよね」

「うん」

 よし、この流れなら行けるぞ。

 夕焼けをバックに佇む俺と夢ちゃん……二人の距離は近づいて、文句なしだな。

「さ、急ごう!」

「あ、先輩……そんなに急がなくても大丈夫っすよ」

 移動販売の車が来ていなくても、また一緒に来ようとか言えるし、ジュースでも飲んでゆっくりすりゃいいさ。どうせ、人が少ないだろうしな。

 そう思って行ってみると……これまた凄い人だかりがあった。

「うっわー、すげぇ人っすねー」

「う、うん。そうだね」

 おい、こんなに人がいるとは思いもしなかった。

「さすが人気のあるののの屋移動販売っすねぇ」

 しみじみ言う夢ちゃんにどうしたものかと考える。

「あ、冬治くーん」

「矢光君と夢ちゃんじゃない」

 そして、最悪な事に馬水さんと七色に出くわした。

「な、なんで二人が?」

「女の子は甘いものが好きなんだよ」

 無い胸を張って言う七色に何と無く頷いてしまう。

「冬治君達も? 冬治君は甘いもの好きだったっけ?」

「ま、まぁね。俺ってこう見えて甘いものが好きなんだ」

 虚勢を張ってみると、夢ちゃんも頷いてくれた。

「そうっすよ。今日移動販売が来ているんじゃないかって二人で帰って居たらそんな話になったっす。そうしたら、冬治先輩自分の腕を引っ張ってここまで駆けてきたっす」

 子どもっぽいところもあるんすねぇとこれまた意外な一面を見れたと喜んでいる。

「そかそか、じゃ、一緒に並びましょーい」

 こうして、四人で並ぶ事になった。

 うん、まぁ、甘いものは好きなんだけどね?

 並んでいる間、この語の展開を予想してみる。

 七色、馬水さん共に間違いなく俺たちと一緒に過ごすだろう。

 クレープの食べ歩きで……どこまで行くだろうか?

 たとえ四人になろうとどうにかしたいもんだ。

「意外と早いっすねー」

「だねー」

 クレープを受け取り、予想通り食べ歩きを始める。

 その後は女子の仲良し話し合いが始まって、俺は一人クレープの味を堪能した。

「うん、うまいな。今度一人の時でも見つけたらまた買ってみるか」

 今度はアイスにもチャレンジしたいな。

 そしてそのまま流れで解散……クレープを味わって食べていたらアパートの前に付いていた。

「あー……」

 ここで只野家に突撃しちゃ意味が無いな。

「そうだ、家だ。俺の部屋があるじゃないか!」

 そして、作戦決行の放課後が今日もやってくる。

 二人で他愛ない話を続け、もう少しで夢ちゃんの家に近づきつつある。

「夢ちゃん。今日このまま……俺の部屋に来ない?」

「え、っと……」

 びっくりした後、少しだけ顔が赤くなった。

 夢ちゃんが瞬く間に緊張していくのがわかった。勿論、俺もだ。これを断られたら俺はとんだピエロだと……。

「い、いいっすよ。いくっす」

 うし、ここまでは計画通りだ。

 今日は反省文が無い。

 当たりを見渡し、友達の影が無い事を確認する。

 足早に帰るわけもなく、いつも通りを装ってアパートへと近づいた。

「さ、どうぞ」

「おじゃましまーっす」

 夢ちゃんを中へ上げて、携帯電話をマナーモードへ。

「こっちが俺の部屋だよ」

「先輩の部屋っすかぁ……どんな感じっすか?」

「こんな感じ」

 そういって部屋まで誘導する。

「ふぇー、超片付いてるっす」

「というよりは、物が無いだけだよ」

 置いてあるのは机と、簡単な本棚だけだ。

 殆どの家具は実家の方に置いてあるし、ベッドはない。

「ま、適当にくつろいでてよ」

「っす」

 お茶を入れにリビングに戻る。

 葉奈ちゃんは帰りが遅いはずだし、この部屋にやってくる人はいない。

 邪魔される事のない、完璧な空間だ。お隣さんも夜遅くに帰ってくる人だから大丈夫。

「よし……せめて想いだけでも伝えるぞ」

 完ぺきである。

 負ける気がしない。

 試合要素は零である―。

 お茶をついで簡易テーブルへとお盆ごと置く。焦らず、騒がず、着実に……。

「さ、どうぞ」

「頂きますっす……ずずー、あちぃ」

「そんなに急がなくてもいいよ」

「あ、いや……何だか緊張しちゃって」

 照れ笑うする夢ちゃんを見て可愛いなぁと感じた。

 うん、悪くない雰囲気だ。

 俺の雰囲気が夢ちゃんに伝わったのか、もぞもぞし始めた。

「と、冬治先輩、そのー……」

「あ、うん。短い廊下があったでしょ? 玄関側を正面にして右側」

「借りるっす」

 トイレへ行った夢ちゃんは中々帰って来なかった。

「も、戻って来たっす」

「おかえり……実は、夢ちゃんに話があるんだ」

「は、話っすか……」

 正座してお互い、向かいあう。

 心の中で、セリフを反芻する。

 夢ちゃんに俺の想いを、伝えたいんだ。

「夢ちゃんに、俺のお……」

「……あの、冬治先輩」

「なに?」

 ここは夢ちゃんが困惑する所じゃ、無いと思う。

 さっきまで顔を真っ赤にしていたし、大体わかっていたはずだ。

「何か、聞こえてこないっすか?」

「……?」

 耳を澄ませてみる。

 なんまんだー、なんまんだー、どこからそれが流れてくるのかは知らないが、聞こえてきた。

 まさか、人間以外にも全くわけのわからんような奴までが俺の告白を邪魔すると言うのか!

「オキョー!」

「だ、大丈夫っすか、冬治先輩! 何かに憑かれたんすか」

 夢ちゃんに俺のお経を伝えたいんだ……そんなぼけをかましている場合でもない。

 どういう事だよ、これは! 一体どこだ、どっから流れてきてるんだ!

 二人して手分けして探し、葉奈ちゃんの部屋……和室から聞こえてきている事に気づいた。

「ここ、葉奈ちゃんの部屋っすよね?」

「だね。まぁ、ちょっと開けてみようか」

 扉を開けると、御経が止んだ。

「止んだっすね?」

「ああ、どこからだろう」

 葉奈ちゃんの部屋は俺と違って物であふれていた。

「足元、気をつけ……」

「わっ!」

「いたっ!」

 夢ちゃんが俺の後ろから倒れてきて、そのまま二人で転倒する。

「いたた……」

「ご、ごめんっす、冬治先輩」

「きにしな……」

 目の前に夢ちゃんの顔があった。

 事故だが、俺の手はとても豊満とは言えない胸をわしづかみしていた。

「せんぱ、い……」

 目を閉じ、夢ちゃんは何かを待っていて、俺も覚悟を決めた。

「……夢ちゃん、好きだよ」

 そのまま、俺は夢ちゃんと唇を重ねた。

 重ねた瞬間、猫が驚くように身体を震わせ堅くなる。それでも、時間が経てば落ち着いてきたのか緊張はほぐれたようだった。

「ただいまー」

「んぷっ!」

「なっ……」

 そこで俺は正気に戻った。

 まずい、まずいぞ。葉奈ちゃんの部屋に勝手に入ったばかりか、こりゃどう見てもあれだ。

 兄としての威厳、妹の部屋でナニやってんだと殴られること間違いなし。

 そして、更に悪い事におどろおどろしいお経が壁の方から聞こえてきた。

「ひいっ」

「……観衆プレイか」

 人間って言うのは追いつめられると驚異的な頭脳回転力、爆発的な行動力を見せつけるらしい。

 夢ちゃんを抱え、俺はそのままベランダへと逃亡。

 葉奈ちゃんが扉を開けた音を背後で聞きながらアパートの周りを一周し、玄関から入ってくる。

「あ、葉奈ちゃんお帰り」

 普通を装って部屋にいる葉奈ちゃんに話しかけた。

「あ、兄さん……外に出てたのか? 扉、開いてたよ」

「ごめんごめん。お経がなりはじめてびっくりしちゃってさ」

「ああ、たまになるんだよ」

 そういって壁を蹴った。

 それっきり、御経は止んでしまった(それまでかすかに聞こえていたのだ)。

「ところで兄さん」

「ん?」

「何で夢を抱えてるんだ?」

 そこで自分が未だに夢ちゃんをだっこしている事に気がついた。

 尚、お姫様だっこではない。夢ちゃんが俺の胴体を股で挟みこむようにし、お尻をわしづかみしているような感じだ。

 赤ちゃん抱っこ……ではなく、どうみても変な格好だ。

「お経が鳴ったからね。これが緊急事態ならお姫様だっこしていたよ」

「ふーん? その状態で外へ出たんだろ? 騒ぎになるんじゃね?」

 俺も男女がこの格好で出てきた何事かと思っちゃうよ。

 案の定、数分後に警察がやってきたのだった。

 それでもまぁ、想いはちゃんと伝わったんだと思う。


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