只野夢編:第五話 それは現実か?
俺は知らなかった事だが、この学園は料理のうまい奴が多いらしい。
女子の方が多いかと思いきや、そうでもなく男も結構な数、名乗りを挙げた。
これは俺達にとって嬉しい悲鳴であったが、そのおかげで種目わけの必要が出てきたのだ。
「今日の晩御飯部門に、お弁当部門、デザート部門、教師部門の四つです! 今日の晩御飯の方は六名、家庭科室へ! お弁当部門の方は料理研究部の部室……旧校舎へ! デザート部門、既に作って職員室の冷蔵庫に入れているかたは取りだしてきてください。作る方は、職員室のコンロが使用可能ですので、そちらへ向かってください!」
既に始まって友人が司会を行っている。
騒ぐのが好きなのか、率先して司会を引き受けてくれたいいやつだ。
まぁ、妹が出ると知って俺も何かしなくちゃいけないと思ったのかもしれんがね。
当初懸念されていたガス使用場所も動きが早かったためか、比較的多く取れたしなぁ……。
食材もどうにかこうにか、集める事が出来た。形が悪くて売り物にならないと言われたものや、参加してくれる人の自腹等(一部援助)、採算はどうだろうなぁ……意外ととれないかもしれない。
「始まるっすね」
「そうだね」
「ここまで来るのに、大変だったすねぇ」
感慨深げな夢ちゃんの言葉に黙って頷く。
俺が駆けずり回っている間、隣にいたのは夢ちゃんだった。
補助的な役割と、友人との繋がりでいる……そして何より、クラスに居ても他のクラスメートが全く気にしなかったのだ。
ずっとクラスに来ていたおかげかもしれない。
「さ、俺らの担当はお弁当部門か」
「っす。がんばるっすよ……と、いってもお弁当部門は入門教室になりそうっす」
夢ちゃんの言う通り、料理研究部の部室には女子や男子が入り乱れてポイントなんかを話しあっている。各テーブルに置かれているお弁当を前に、色々と解説をしている生徒も見受けられるし、教師の姿もあった。
このお弁当部門が一番の盛況だ。
参加人数が一番多く(次点でデザート、晩御飯部門はシェフみたいな連中六名)、解説なんかもするらしい。まぁ、これは彼氏のためのお弁当を作ってきた人もいるみたいで、いちゃいちゃしたいだけのようだが。それもまた、いいだろう。
「どれも凄いね」
「っす」
男の中にもキャラ弁を頑張ってきた奴もいた。料理がうまい男子生徒は尊敬されるのか、普段日の目の当たらないような男子が照れながら女子の讃辞を受けている。
「それで、夢ちゃんの作品はどれだい?」
「これっす」
指差す先にはあの時食べたお弁当の中身がそっくりそのまま再現されていた。
ピンクのでんぶでハートマークも作りあげられている。
オーソドックスな中身も悪くない。
タイトルには文化祭のきっかけと書かれていた。
「そっくりそのまま再現されてるんだね。よく出来てるよ」
「あっちの御重には負けるっすね」
少しだけ悔しそうな夢ちゃんの横顔を見つめて俺は訊ねた。
「どうしてこれを? 夢ちゃん、すごくやる気だったじゃん」
料理本を常に持ち歩き、あーでもない、こーでもないと言っていた。
「無理に背伸びするより、ありのままの自分を見てもらいたいっす。それに、この中身がわかるのは冬治先輩だけっすから……自分が一番になりたいのは冬治先輩の中だけっすよ」
「そっか……」
お弁当部門の第一位は見事な御重だった。
二位、三位共に夢ちゃんのお弁当が入ることはなかったが、俺はそれで充分だった。
「いやー、あっはっは、僕の中で料理の力がついに目覚めちゃった? みたいな?」
まいっちゃうねと笑う友達に俺は驚きを隠せない。意外な事に、三位をとったのは七色だったのだ。
これはまぁ、学園中にその料理下手が知れ渡っていた為、成長を評価されたからだと思う。
犬や猫が、二足歩行で言葉をしゃべり始めたら誰だって驚くだろう?
そして、二位はその指導に当たった馬水さんだった。順当だろう、誰もが頷くのであった。
一位は料理研究部の人……というより、部員全員だな。
一位を手にしたとき、部員の方々は泣いていたから、やってよかったと思えた。
「冬治先輩」
「なに?」
「先輩の中で、一位、とれたっすかね」
「ばっちりだった」
初日で俺達のクラスは全力を出し切ったものだ。
後は適当にうろつくぐらいである。もちろん、隣にいるのは夢ちゃんだ。
「ところで冬治先輩」
「ん?」
「今夜の晩御飯部門はどうなったんすかね?」
「ああ、よろしくやっていると思うよ」
「そうっすか。よかったっす」
先ほど連絡があった。
なんと、飛び入りで入ってきた料理人がいたらしい。
シェフが被ってそうな白くて長い帽子の人、和食職人の見た目の人等……あっちを担当している生徒から俺に相談を受けても、どうしようもない。
適当にノリにあわせちゃいなよと言ったので大丈夫だと思う。
「デザート部門に行くっすか?」
「……屋上に行こうか」
「っす」
二人きりになりたくて屋上に来たわけでもない。
屋上には当然、人がいるし屋台もある。
天文学部だかなんだかロマンチックな所が全然関係のないホットドックを売っていた。
「これ、うまいっすね」
「ああ、本当だ」
何でホットドックなのだろう。
疑問は浮いたが、夢ちゃんと共に屋上からの景色を眺めていたらそんな下らない事も吹き飛んでしまう。
「秋っすね」
「うん、早いもんだよ、全く」
一仕事やり終えた虚脱感からか、二人でぼーっと、街並みを見続けたのだった。
「何だか夢を見ているみたいっす」
「夢?」
「っす。冬治先輩と一緒にここで、お弁当を食べてから……毎日が飛ぶように過ぎていったっす」
落下防止用のひし形の金網をゆっくりと撫でて、夢ちゃんは足元へ視線を向けた。
其処に何かがあるわけでもない。
「楽しかったっすね」
「俺もだよ」
夢、か。
俺は夢ちゃんの手を引いて、屋上の人気のないところへと連れてきた。
「……」
無言になった夢ちゃんの眼鏡を外す。深い意味はない、ただ、久しぶりに夢ちゃんの眼鏡を取った顔を見たかったのだ。
俺はそんな夢ちゃんの顔に自分の顔を近づける。
もう少し、そう思った矢先、俺たち二人の知っているこえがきこえてきた。
「あれ? 二人でなにしてるんだ?」
「うおっ!」
「っす!」
慌てて夢ちゃんの眼鏡を自分に装着し、友人の方を見る。
「なぁに、お兄ちゃん?」
甲高い声で呼んでみた。
「うわ、きもっ。おぞけがするわっ!」
「俺の方がするわいっ! それで、どうしたんだ? な、何か用か」
「これから料理コンテストの総合トップが出るからよ。冬治が発案者なんだし、来ないと締まらないだろ?」
それもそうだ。友人の言っていることは全く持って正しいと思う。
「忘れてたわけじゃないんだろ?」
完全に忘れていた。
「んじゃ、おれは先に行っているからな。とっとと来いよ」
「あ、ああ……」
友人はホットドックを購入し、行ってしまった。
「夢ちゃん、俺らも行こうか」
「……っすね」
「夢ちゃん?」
両目にうっすらと涙を溜めていた。
「夢の中なら、邪魔なんて入らないっすね。これは、現実っす」
そんな雰囲気も吹き飛んでしまった。
「そうだね、現実だよ。ほら、行くよ」
「っす」
俺はその手を取って、屋上を後にした。
多分、これでよかったのだ。彼女でもない女の子にキスをするなんて……そんなことするわけないじゃないか。




