只野夢編:第四話 明晰夢はがっかりか?
男なら、一度は見たい、修羅の夢……二人の女の子に追いかけられて二進も三進も行かないんだと悩みを打ち明けられたことはあったが、自分が二人の女の子に好意を持たれているなんて、そんな状況になることはない。
しかし、それも夢の中なら可能らしい。
「冬治君、夏祭り超楽しいね」
「あー……そうだな」
「ちょっと、冬治先輩に近づかないで欲しいっす! 先に約束を取り付けたのは自分っすよ!」
「早い者勝ちだもん!」
七色が俺にデレデレ、夢ちゃんがそんな俺にやきもちを焼いてくれている。
腕なんか二人に組まれちゃって、慎ましいながらも確かなふくらみを感じて俺は思う。
「うん、夢だな」
――――――
「夢だわ―……」
僕っ娘が俺にメロメロなんてありえないし、友達の妹が俺にご執心なんてあり得もしない。
「普通の人間はこんな変な夢を見ないわな」
今度、保健室の先生に相談でもしてみるか。ただ、保健室の先生も普通とは言い難い人種だし、出来るのなら近寄りたくもない。
夢を信じるのなら悪くないがね……夏祭りは今日の夜なのだ。
そんな短期間のうちに知り合いの女子二人が俺に対してデレデレしてくれる夢のような展開は期待するだけ無駄になる。
精々、一人が限界だろう。
「むしろ、そうなってほしい」
そういった矢先、俺の携帯に着信があった。
相手は七色虹からである。
「……」
取らずに放っておくと、切れた。
そして次にメール受信音が鳴り響いた。
やはり、相手は七色からである。
「なになに? 今日の夏祭り、一緒に行かない? かぁ……」
悪くない提案だな。
「……夢ちゃんと一緒に行くって事を伝えておかないといけないよな」
七色へそう返すと、『三人で行けば楽しくなるね』と戻ってくる。
「ま、そうだな」
夢ちゃんも俺と一緒に行ったところで少し困るだろうし、七色がいれば気まずい雰囲気になっても大丈夫だろう。初めて二人きりでお弁当を食べているとき、少し気まずい表情をしていた気もするし、読んでおいてもさして問題ないはずだ。
一瞬だけ、夢の出来事が脳内をさ迷い歩く。これまでは夢の内容を回避しようと努力してきたわけだ。俺の努力次第では二人にいちゃつかれるそんな状況が……?
「……んなわけないない。あるわけない」
葉奈ちゃんは祭りに行かないそうなので晩飯を作って置いておくことにした。
深く考える必要もない。後輩と友達と一緒に夏祭りに行くだけなのだ。
「友人は今頃勉強か……」
全く、あいつも本当に勉強が好きだな。
離島でバカンス出来るとか超羨ましいだろ? そういって去っていった友達の顔が目に浮かぶようだ。
午後六時の待ち合わせ十五分前に鳥居の前へやってくると七色と夢ちゃんが既にいた。
「あ、来たんだね」
「……冬治先輩、これは一体どういうことっすか」
ぶすっとした表情で俺を見てくる夢ちゃんは非常に不機嫌そうだ。そういえば、七色に対して夢ちゃんがいると伝えたけれど、夢ちゃんに伝えていなかった気がする。
正直に言ってしまえばいいのに、とぼけてしまうのは悪い癖だ。
「え、えーと、なにが?」
俺の言葉に七色の方を指差した。
「……七色先輩がいるなんて、聞いていないっすよ。ダブルブッキングしたんすか!」
「あ、いや……夢ちゃんが気まずくなるかもってさ」
「なるわけないっす! だって……」
食いつき気味に近づいてきたが、だって、その続きは顔を真っ赤にして黙りこんでしまった。
「だって?」
その続きを待っていると顔を真っ赤にし、勢いがなくなってしまう。
「だよねぇ、だよねぇ」
ニヤニヤ笑っている七色へ視線を向けるとさらに口元を歪めた。こいつは何か状況を知っているのか、それとも勘づいているのか……訳知り顔で面白そうだった。
「何だよ、七色。一人だけ面白そうにしやがって」
「言っちゃっていいの?」
俺に対してではなく、夢ちゃんに対しての確認だ。
「だ、駄目っす!」
俺に近づいていた夢ちゃんはすぐさま七色へとひっついた。
「そっか。そうだよね。ちゃんと自分の口で言えるもんねぇ?」
「と、とーぜんっすよ!」
ちっちゃな胸を逸らし、夢ちゃんは顔を真っ赤にしている。うん、可愛いな。
「さ、夏祭りがあっているんだから楽しまないとね。ほら行くよ、二人とも」
「あ、ちょっと!」
七色に引っ張られるようにして歩く。
「ひ、人が多いっすね」
「だね」
夢ちゃんは迷わないようにか、俺の腕にくっついている。
三人でお参りをするため、賽銭箱の前へと並ぶ。屋台の前に人の流れはできているが、第一波のお参りは終了したのか賽銭箱の前には俺達しかいない。お願い事悩み放題である、もちろん、お金を入れればの話だが。
「……出会いのために五円を投げるかな」
成績優秀で過去のあだ名が『暴君』の女の子と出会えますように……まぁ、話の種にはなるはずだ。
そんなニッチな人が居るわけもないか。
「冬治先輩、待つっす」
「どうしたの?」
夢ちゃんのまなざしは厳しいものであった。
「ここの神社にお賽銭で五円を選ぶと……同性の人とかなり仲良くなるらしいっすよ」
「はぁ、いいんじゃないの?」
仲良き事は美しきかな……男の友情をはぐくむってのも悪くないね。
友人の奴はこの前、教室で立ちはだかったことで何やらライバル意識が芽生えたらしいからな。よくわからないが、特訓を始めたそうだ。
夕焼けをバックに殴り合いも青春っぽくていいと思う。嫌いじゃないぜ、河川敷の殴り合い。
「冬治先輩の想像しているような爽やか系じゃないっすよ」
「そうなの?」
「そうっす。くんずほぐれつっす!」
「……」
お、恐ろしい話だ。
「じゃ、じゃあ十円で妥協を……」
十円が入っていなかった。奮発して百円でもよかったが……あいにく、五百円玉しか入っていない。
「だから、ここは自分の十円玉を冬治先輩に進呈するっす! どうぞ、これを放り投げてくれっす!」
十円玉を俺に押し付け、夢ちゃんは俺に熱いまなざしを送っていた。
「えーと、これって自分のお金じゃなきゃ意味無いんじゃないの?」
宗教関係には全く強くないので、よくわからないが駄目って言うのはわかる。人のお金でお願い事をしたら神様は願い事をかなえちゃくれないさ。
「そんなの関係ねぇっす」
「そうだよ、冬治君。この神社は他人のお金を御賽銭箱に放り込むと御利益があるんだよー」
地元民が言うのならそうなんだろう。
ここは大人しく従ったほうが吉と見た。
十円玉を放り込み、なにをお願いするか考えていなかった事に行きついてしまう。
「……うーん」
いい夢が見られますように。
「……っす……っす!」
隣で夢ちゃんが必死に祈っている。聞こえてこないので、盗み聞きは出来ない。
これだけ祈っていると聞いても教えてくれなさそうだな。
「……隣の人の願いがかないませんよ―に」
お金も要れないでお願い事をしても、さすがに叶わないと思うぞ。
御賽銭が終わるとお待ちかねの屋台冷やかしタイムである。
「冬治君、夏祭り超楽しいねー」
「あー……そうだ……ん?」
この光景、何と無く……どこかで見た事がある。このまま行くと、夢の中の光景になりそうだった。
二人に囲まれて夏祭りを過ごすのも悪くないし、夢の展開になるのなら……。
何とはなしに、夢ちゃんを見た。
「っす……」
其処に居たのは夢の中で騒いでいた女の子じゃなかった。迷子になった小さな子供みたいに不安そうにしている。
「さ、夢ちゃんも行こう」
「え……っと?」
祭り囃子は何処か遠くに聞こえ、何だか俺と夢ちゃんだけの世界になった気がした。
その小さな手は不安で堅くなっていたとしても、俺の手とは違って柔らかい。
驚いた顔で俺を見る夢ちゃんに、笑いかける。
「人が多くなってきたからね。俺から離れちゃ駄目だよ」
「は、はいっす!」
これで良かったんだろうか? 誰かがよかったと応えるわけもない。
「さ、行こう」
俺たち二人だけの世界なんてあり得なかった。七色は全てを知っているかのように待ってくれていた。
七色に引っ張られながら、俺は夢ちゃんの手を引っ張る。
夏だからではなく、じんわりと汗ばむ小さな手を握りしめて思う事は一つ。
「……時折触れる胸の慎ましやかさが、祭りの風情を感じさせる」
「いやっすか?」
聞こえていたのか、夢ちゃんは更に胸を押し当ててくる。
一陣の風が吹いた時、離島で喘ぐ友人の心の叫びが聞こえた気がした。
夏祭りの帰り、神社の近くに住んでいる七色を夢ちゃんと一緒に送り届けると当然二人っきりになる。
「楽しかったすね」
「そうだね」
祭りの余韻を残したままだからか、手をつないだままだ。
夢ちゃんは緊張しているようで、何かを話そうとして諦める……そんな繰り返しを続けていたのだった。胸を押し当ててくるよりも何かすごい事を言うつもりなのだろうか?
やはり、七色が一緒にいてくれてよかったな。そう思えた。
「っと、もう着くね」
「え……あ、本当っす。はぁ……」
只野家が見えてくると夢ちゃんは見るからに落胆した表情を見せる。
こっちから話を振ってあげればよかったな。
でも、もう遅い。後の祭りってやつだ。
「あの、冬治先輩」
「ん?」
家の目の前で手を離す。
夢ちゃんは視線を逸らしたまま、続ける。
「冬治先輩に、彼女って居ますか?」
二人の間に、夏の夜の湿った風が吹き抜けていく。




