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只野夢編:第一話 気になるあの子は夢かもしれない?

 二月の寒さが一番堪える。

 窓の外を見て一度震えると、少女は手慣れた手つきでリンゴの兎を作っておいた。

「うん、ばっちりっすね」

 改めてリンゴの兎を眺め、ため息をついた。

「ちょっと……作りすぎたっすね」

 無機質な部屋に置かれた真っ白い皿の上で、折り重なるようにリンゴの兎が積み上げられていたのだった。



―――――――



 転校なんてものは出来るのならしないほうがいいと思う。

 環境が変わるのはいいかもしれないが……俺の場合は親の再婚のためだ。

 家庭でも環境が変わり、学び場でも環境が変わるのはどうだろうか。きっと、精神の弱い現代っ子の俺は心を痛めてしまう事だろう。

 その前に、個人的に再婚相手の父親が気にくわない。

 パパ―、そう言いながらフライングボディプレスをかましてやりたい気分だ。その後はプロレスを見て鍛えた腕で憂さ晴らしをしてやりたい。

 理由はともかくとして、俺はこの父親が原因でぼろいアパートの一室を借り、一人暮らしを始めたのだ。

 昭和に建てられた良く言えば趣のあるアパートは二階建ての計十五部屋。駐車場も広く、二十台止められるスペースが確保されている。今住んでいる住民が全て出た場合は大家であるおじいさんが新しい建物を建てると言っている為、追加でやってくる人は殆どいないらしい。

 もし、人が住むとしても大家の親戚が住む程度だと思う。ただ、お隣に挨拶に行ったときはあの部屋に住むのかいと少々、驚かれた。若くてこんな味のあるアパートに一人暮らしは珍しいのだろうか?

 ぼろいといえど、一人暮らしが出来ることに関して新しく出来た父親にお礼を言ってもいい。

「まずは近隣の道を頭に中に叩き込まないとな」

 転校初日に遅刻はまずいので、午後を使って当たりの散策を行ってみることにした。俺の借りている部屋のベランダから学園は見えているので、のんびり歩いても十数分程度でつくはずだ。

 色々なところに繋がっている裏道や一直線で迎えるような近道があれば面白いかもしれない。もしかしたら運命を変えるような出会いがあるかもしれない。そんな期待を胸にうろちょろしてみた。

「……噂でボディービルダー部があるって聞いたんだよな」

 珍しいよなぁ、ボディービルダー部。

 部室は全面鏡張りでどこを見ても自分の筋肉を堪能できるって話だ。通称、鏡の間。深夜零時に鏡に映ると大会に出場できなかったマッチョが鏡に映る噂がある。

 階段はともかく、部活はまずはお試し三カ月のうたい文句で三年生のマッチョさんが懇切丁寧にご指導してくれるそうである。

 食事制限は勿論の事、毎日が合宿続きになると聞いた。

 部活に入る気はなかったものの、誰かと一緒に何かをするのは(ボディービルダーは違うと思うが)楽しそうだ。

 一体感を味わってみたいなぁ……というわけで、ちょっと適当すぎるが初めて知り合った生徒の所属している部活に入ってみるのも悪くない。

「いてぇっす」

 若干さびれつつある商店街側までやってくると間の抜けた声が聞こえてきた。薬局の前に置かれているカエルの上で日向ぼっこをしている猫を驚かせないように、事件現場へ急行する。

「っつー……」

 少女が電柱にぶつかり、そのまま後頭部から倒れた。

「……」

 パンツ全開だったのであわてて近寄る。

 勿論、確認のためじゃないぞ。

「大丈夫かい?」

 女の子は中々可愛らしく、ちっこい感じを受けた。

 瞳は大きく、ツーテールだ。胸が小さいのも身長が低いから別に物足りなさは感じない。

「記憶はある?」

「だ、大丈夫っす……眼鏡、眼鏡……」

 お約束のネタをやり始める少女へ眼鏡を渡すと装着した。

「ふぅ……割れてなくてよかったっす」

 先ほどの美少女はどこへやら。九十年代のアニメを思わせるような野暮ったい眼鏡少女が俺の前へと姿を現した。

 眼鏡をかけない方が可愛いな……。

 初対面ではっきり言えるわけもない。心の中で叫んで、黙っておくことにした。

「眼鏡が無い方が……」

「なにっすか?」

「んにゃ、何でもない。ん? 君、おでこ怪我してるぜ」

 電柱にぶつかった際にすりむいたのだろうか? 眼鏡少女のおでこには血がにじんでいた。

「あ、本当っすね。でもこのぐらいなら大丈夫っすよ」

「いやいや、男ならともかく、女の子はちゃんとしといたほうがいいだろ。痕が残ったら大変だし……ちょっと待っててくれよ」

 近くに薬局があったので其処で消毒液と絆創膏を買う。俺の接近に驚いたためか、猫は逃げて行ってしまった。

 自然治癒力に頼りたいところではあるものの、現代医学に頼ろうと思う。

 水で湿らせた自前のハンカチ(いつ洗ったっけ?)を使用し、傷口を軽く撫でてあげた。

「いたっす!」

「ごめんよ。すぐに終わるからね……次は薬を塗るだけだから」

 ティッシュに薬を含ませ、軽く押し当てる。

「しみるっす!」

「我慢して」

「っす……」

 眼鏡を外したらまぁまぁ可愛いのに、変な口調の所為で色々と台無しだ。

「で、最後は絆創膏を貼って終了だな」

「ど、どうもっす。あの、薬代は……」

 かっちりとした感じの財布を取りだした少女に首を振り、あまった傷薬はポケットへと突っ込んでおいた。

「いいよ。今度から目の前に気をつけてさえくれれば。じゃ、俺は行くよ」

「あの、名前を聞かせてほしいっす」

「ん? 俺? 名前は……」

 そこで着信音が鳴り響いた。

「ちょっとごめんよ……もしもし?」

 電話の相手を確認せずにそのまま耳に押し当てる。

「あ、兄さん?」

「葉奈ちゃんか。どうしたの?」

「引っ越し業者が段ボール持ってきたよ」

「わかった。すぐに帰るよ」

 再婚相手の連れ子である葉奈ちゃんは若干ヤンキーで、見た目が怖い。まぁ、接してみれば悪くない子だと言うのはわかるんだが……もうちょっと普通の妹がよかった。

「ごめん、急用ができたんだ」

「あ、はいっす。あの、ありがとうございました」

「いやいや」

 結局、名乗るのを忘れて俺はそのままアパートまで戻る事となった。

 俺がアパートまで戻ってくるとおっさんマークの引越センターがせっせと段ボールを搬入している。

「ボディビルダー部に入ったら俺もああなれるんだろうか」

 ま、元より荷物の数は少ないので俺が戻ってきて数分で片がついてしまう。マッチョは別に必要なかった。

「ありがとうございやしたー」

 引っ越し業者を二人で見送り、リビングへと向かう。

「葉奈ちゃんも出てきたんだ?」

「ああ、あんな糞親父と一緒だと息が詰まっちまうからね。面倒だし」

 首をすくめて俺を見てくる。

 父親の事を糞親父というのは賛成しないが、面倒なのは認めよう。

「勿論、兄さんの邪魔になるような友達を部屋に連れ込んだりしないからあたしも一緒に住んでいいかい?」

「好きにしなよ」

「っしゃ、じゃ、和室に荷物運んでいい?」

 六畳一間の和室がお気に入りのようだ。

 俺はどちらでもいいので(和室からたまに人の声が聞こえる気がする)洋室が俺の部屋となる。

 家具やちょっとした箪笥、テーブル程度だ。

 結構ばたついた引っ越しだったので特に何かを持ってくる事も出来なかったので、我ながらしょぼい部屋になったと思う。

 転校前日は段ボールから物を出す作業に追われて再び街中を散策するには至らなかった。

「さーて、今日から張りきって学園に行きますかねー」

「っしゃ、あたしも頑張るかな」

 葉奈ちゃんは一年生なので既に何度か学園へ行っているらしい。

 俺も編入試験を突破できなければ一年生として入れたかもしれないな……まぁ、そうだったら転校できていなかっただろうが。




――――――――



 そんな夢を見た。

「ふむ……」

 時刻は正午を過ぎており、ちょうど三十分経ったくらい。つまり、十二時半。

 十一時四十五分という比較的早い段階でご飯を食べ寝そべって居たら、そのまま眠ってしまったようだ。

 明日から転校先の学園にお世話になるわけで……これから夢の内容をたどってみようと思った。

「商店街、だよな」

 夢の中で何時くらいに辿り着いたのかよく覚えていない。

 この時間帯から目的地へと向かい、待機していればあの少女に出会えるのではないか?

「……いや、待てよ」

 夢の中の事を追いかけるなんてちょっとメルヘン過ぎる。

 なにも、無理してそうなるように努力する必要性は全くないのだ。

 夢の内容は誰かとの出会いだった。

 それ以外を選べばまた違った……。

「ふむ、夢を信じるなんて俺も相当メルヘン入ってるな。アホらしい」

 夢は夢だ。

 寝ているときに見るもんだ。

 夢のような展開にしないよう努力すると見せかけ、あえて夢通り動いてみる。

 逆の逆を行く、それが俺のポリシー。

 財布と携帯電話を手に持ち、ふと、玄関前で足を止める。

「そうだ。葉奈ちゃんにメールをしてみるか」

 内容は適当だ。

「もし、こっちに来る気があるのなら引っ越し業者の相手をしておいて。和室は自由に使っていいからね……送信」

 送ってすぐに返信される。

「何でわかったの……か」

 夢で見たんだ、そんな事を自分の兄が言ったらちょっと警戒してしまう。俺だったら、一緒に住もうとは思わなくなるな。

「やだ、この人メルヘン入ってる。そう言われるのは間違いないな……いや、待てよ?」

 再婚して葉奈ちゃんと仲良くやって行けるかどうか不安だったものの、さして問題は出なかった。ただ、このまま一緒に住むと俺の自由が奪われるんじゃないのか?

 これから出来ると思う彼女を(予定は未定)部屋に連れてきたとき葉奈ちゃんと鉢合わせしたら気まずいし……ここは変な兄として認識してもらおう。

「夢で見たんだ……送信」

 そのままアパートを後にし、商店街へと向かう。

 道すがら、メールが送られてきた。

「タルロス・タスタネダの話?」

 葉奈ちゃんが一体何を言っているのだろう。

 ああ、そういえばこの前再婚相手の父親が似たような名前の著書を読んでいたっけな。でも、名前が微妙に違う気がする。

 人間の記憶なんてものは曖昧だ。特に、興味が無ければ忘れてしまう事は多い。

「まさか葉奈ちゃんから学術的っぽい名前が出てくるとは……」

 ヤンキー崩れの見た目ではあるものの、その頭脳は学年一位を狙えるような頭脳ではなかろうか?

 下らない事を考え続け、商店街に辿りついた。そして、そのまま薬局近くにある電柱までやってくる。

 夢の残滓は俺に目的の到着を教えてくれた。

「ん、ここだよな」

 当たりを見渡しても人はあまりいない。

 これからどうしたものかと電柱を眺めて考える。時間が来るのをただ待てばいいのだろうか。

 万が一のため、携帯電話を切っておいた。

「……怪我させないようにするが一番かな」

 それで出会えなくなっても問題ないと思う。

 俺がここに立っていれば、あの事故は起こらない。そんな気がした。

「事故か……」

 何だか俺が事故るような気がしてきた。

 このまま少女が電柱ではなく、俺にぶつかるとか?

「あのー……」

「ん?」

 後ろを振り返る。

 そこには夢の中の少女が立っていた。事故は、起こらなかった。

 夢の中の少女が目の前に現れた。その驚愕を極力顔に出さないように、俺は身体を相手へ向けた。

「なにかな?」

 少女が怪我しなかった事にも驚きながら、普通を装って首をかしげてみせる。

 目の前の少女は小首をかしげ、俺を見ていた。

「どこかでお会いしたっすか? 助けてもらった気がするっす」

「……いや、気のせいじゃないかな?」

 夢の中で助けてあげたよ。

 見知らぬ人がこれを言ったら、やばい人以外の何物でもないな。

「そうっすかね? あの、名前を聞いてもいいっすか? 何だか聞いておかないと聞きそびれそうな気がするっす。あ、変な人じゃないから安心して欲しいっすよ」

 夢の中と同じように、少女は変な語尾を付けていた。女の子だと尚更気になって仕方がない。

 充分、変な人だ。

「ああ、いいよ」

 携帯電話が鳴る事もない。

 この子が変な子ではないと言うのはなんとなく、感じる事が出来た。

「俺の名前は矢光冬治」

「自分は只野夢っす」

「夢ちゃんか。いい名前だね」

「そうっすか?」

 照れて笑う表情は中々可愛いもんだ。

 ただし、一人称が自分というので輪をかけて変な人認定したくなる。

「矢光さんはあそこの学園に通っているんすか?」

 そういって指差す先には俺が明日から通う学園があった

「明日からだけどね。二年から編入なんだよ」

「あ、転校してきたってわけっすか」

「そうだよ」

「じゃ、先輩っすね。これからよろしくお願いしますっす」

「ああ、よろしく」

 握手を交わし、笑う夢ちゃんに俺も笑い返す。

 これが夢なら、すぐさま場面が切り替わるはずだ。それが無いと言う事は、夢中夢ではないのだろう。


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