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闇雲紗枝:第八話 八枝の知り合い

 目が覚めたら素っ裸のお姉ちゃんが一緒に寝ていた。

「そんなわけはない」

 目を覚まし、暑い布団からはい出る。

「んー……良く寝た」

 のびをしてから俺の一日は始まる。

 顔を洗い、洗濯物を回して、朝食を作る。

 一人分ではなく、二人分だ。

「よし、寝ぼけちゃいないな」

 そろそろお姉ちゃんを起こそう。

 そう思って部屋の前に立つと『ノックしてね! しないと打ちのめすわよ』と書かれたプレートが目についた。

 ぶちのめす……かな。

「お姉ちゃん、起きてくださいよ」

「……あー?」

 すげぇ不機嫌な声が聞こえてきた。

 もし、プレートが目につかなければ今頃俺は……。



ぴんぽーん。



 チャイムが鳴った。

 優先順位的に言って、お客が上だ。

「はーい、今行きまーす」

 短い廊下を抜け、玄関に素足のまま足を着ける。

 アスファルトがひんやりとして気持ち良かった。まぁ、砂でざらざらしていたので相殺してしまったが。

「あれ?」

 扉を開けると、誰もいない。

「悪戯かよ」

 ご近所に子どもは住んでいないはずだぞ?

 首をかしげていると隣の部屋が開いて紗枝さんが出てきた。

「お、おはよぅ……」

 しりすぼみで、顔を真っ赤に染めていた。

 はて、なんで顔を真っ赤にしているのだろう……もしかして身だしなみか? そう思ってズボンを見たが、チャックが開いているわけでもない。

 他に思い当ることは……ああ、昨日の事かと気付いたのは紗枝先生が近づいてきてからだ。

「おはようございます」

「き、昨日は……よく眠れた?」

「え? まぁ、ぐっすり眠れましたよ」

 もしかしてお姉ちゃんが夜中騒いでいたのだろうか?

 内心ひやひやしつつ、紗枝さんの方を見る。

 いいわけは勿論、『紗枝先生の部屋と俺の部屋の間に人智を超えた何かがいるようです』だ。

 しかし、相変わらず顔が赤いだけだ。

「紗枝さん?」

「え、えっと。冬治君からしてくれて、すごく嬉しかった! じゃ、じゃあ行ってきます!」

「え? はぁ、行ってらっしゃい……」

 紗枝さんの後姿を見送りながら俺は首をかしげる。

 一体、何だったのだろう。

「ああ、そうだ。とりあえずお姉ちゃんを起こすか」

 俺は再び魔物を起こしに行くのであった。

 朝食を二人で食べ終え、俺は勉強道具を広げる。

「冬治、お弁当作って」

「どこか行くんですか?」

「そりゃあ、あれよ。就職活動」

「わかりました」

 色々と言いたいことはあったものの、いい事だと思う。

 何で俺がお弁当を作らなきゃいけないんですかと言って機嫌を損ねるのも嫌である。

 大人しく作りはじめるとラフな格好のお姉ちゃんが現れた。

「……あの」

「なに?」

「スーツじゃないんですか?」

「持ってないもん。まずはアルバイト先を見つけて、お金を溜めて、スーツを買って……物事には順序があるものよ」

 俺は黙って財布の中身を確認する。

 我ながら、お節介焼きでアホな事だとは思う。

「後でスーツ、一緒に買いに行きましょうか」

「え? お金勿体ないし」

「俺が貸してあげますよ。アルバイトそこそこして貯めてるんで、安心してください。億はありませんがね」

「あ、いや……本当、大丈夫だってば。そのくらいはお金、残ってる」

「そうですか?」

 こういう時に変な遠慮をする人なんだなぁ……そう思いながら俺は続けて首をかしげる。

「服も一着しかありませんよね?」

「まぁね、全部も……」

「も?」

 変な間が開いた。

「えーっと、捨てた」

「捨てた?」

「臭かったから捨てた。飽きたから捨てた」

 あははと笑って目を逸らす。

 何か隠しているのは間違いないが、それを追求して怒られるのも嫌だ。

 出会ったころは嘘が得意そうに見えたのだが、そうでもないのだろうか。

「ま、あとで一緒に買いに行くから」

「ついて行きますよ」

「そんな、子どもの御使いじゃないんだからさ」

「……迷子になるでしょ?」

「そうね、確かにそうかも」

 自分が方向音痴だと言う事に気付いたのか、素直に頷いた。

 お弁当を作るのをやめ、俺は勉強をし始め、お姉ちゃんはテレビを見始める。

 正午となり、昼ごはんを食べると俺は立ち上がった。

「さ、行きましょうか」

 もう夏だ。日中外に出るのは御免こうむりたいものの、夕方や夜は知り合いと会う可能性が出てくる。

「夏は暑いものよ」

「……そうですね」

 外に出ようとして、チャイムが鳴った。

「……誰よぉ、邪魔したのは!」

 不機嫌そうにお姉ちゃんが扉を開ける。

 不用心だ……そう思った時点で扉は開いた。

「やぁ、冬治君」

「保健室の先生?」

「寝床? なんであんたが?」

 俺の後にお姉ちゃんが意外な顔をしていた。

「おや、闇雲さんじゃないか」

 そして、保健室の先生も少し驚いている。

「あ、えっとこっちは……」

 紗枝先生は今授業中のはずだ。

 それがこっちにいると大変なことになるのではないか……しかし、この考えは杞憂に終わる。

「闇雲八枝。そうだよね?」

「はい。わかるんですか」

「紗枝さんは授業中だからね。もっとも、何故彼女が此処にいるのかはわからないがね」

 怪しそうに見られたので俺は堂々と言ってやった。

「実は、お姉ちゃんです」

「ほぉ? 八枝に弟が居ると言うのは初めて聞いた」

「一年に矢光葉奈ちゃんがいるのはご存知でしょうか」

「ああ、うん。あの元気のいい子だね」

 元気がいいと言うよりヤンキーだが。

「葉奈ちゃんは俺の妹で、八枝お姉ちゃんは葉奈ちゃんの姉です。結果、葉奈ちゃんの兄である俺は八枝お姉ちゃんさんより年下なので……弟になります」

 俺の言葉を咀嚼するように保健室の先生は考えていた。

「ごまかしていないかい?」

「いえ、ちっとも。ややこしいんです」

「……じゃあ、闇雲紗枝先生の方も姉になるよね?」

「あっちは……他人です。八枝お姉ちゃんの方はまぁ、戸籍を矢光にしていて……えーと、家庭の事情で……」

 どう説明すればいいのか、お姉ちゃんの方を見る。

 そもそも、この話はこの人が画策した事だ。下手に言って怒らせたくもない。

 しかし、彼女は彼女で『ああ、そういう方法もあるのか』と呟いていた。

 更に、保健室の先生も途中から俺の言葉を聞いていないようだ。

「ふむ、他人と聞くと冷たい感じを受けるが……君が言うと柔らかい感じを受けるね」

 言葉に柔らかいもくそもないと思う。

「冬治、とりあえず入ってもらいなさいよ」

「それもそうですね。どうぞ、中へ」

「お邪魔するよ」

 俺の隣にお姉ちゃんが座り、対面に保健室の先生が据わった。

「そういえば名前を名乗っていなかった。冬治君はわたしの名前を知っているかい?」

「……保健室の先生」

「違うよ」

 そういって笑いながら紙に寝床先生と、文字を書いた。

「相変わらずサッキーの名前は変ね」

「サッキー? ねどこせんせい?」

「名字はあっているよ。ただ、下の名前は先生と書いてさきお、と読むんだ」

 変わった名前ですね。そう言える程、俺の名前も普通ではない。

「しかし……先生ですか。何でご両親はそう付けたんでしょう」

「先進的に生きてほしいから付けたらしいよ」

 まぁ、悪くはないのだろうか? でも、やりようはもっとあったように思えた。

「名前、変える気ないの?」

「勿論。気に入っているからね」

「二人は知り合いですか?」

「ああ、大学時代に先輩と後輩だった。わたしが先輩で、闇雲八枝は後輩」

「紗枝先生は?」

「紗枝は違う大学だったからね」

 お姉ちゃんはそう言うとため息をつく。

「それで、何しに来たの?」

「停学になったと聞いてね。温厚そうな子がいきなり暴れ回るなんて最近じゃ良く聞く話だけど……彼の場合は違うから」

 そういって俺をまじまじと眺めている。

「暴力事件はあたしをかばってくれたのよ。ちょっと過激だと思ったんだけどね。相手は三人だったし、仕方ないわ」

「なるほど。容姿的に闇雲先生と一緒だから彼女に被害を与えると思って弁明もしなかったのか。おかしいと思ったんだ」

 合点が言ったとばかりに寝床先生は笑っていた。

「わたしがこの部屋に来たのはカウンセリングのためだよ」

「カウンセリングは必要ないわよ」

 何故か俺ではなく、お姉ちゃんの方が首を振った。

「ふむ、姉を助けるためなら仕方がないな。わたしから話しておく、時期に停学も解かれると思うよ。さて、わたしはそろそろ帰るとするかな」

 そういって寝床先生は立ち上がる。

「……ちょっと教師側に言うのはやめて。あたしに時間をくれない?」

「何故?」

「姉なんだけどね、ややこしいのよ。再婚とか血が繋がってない姉弟だとか……」

 そこまでお姉ちゃんが言うと寝床先生は頷いた。

「わかった。そこらへんはわたしのほうでどうにかしてみるよ。ちょっとだけ間を開けてみんなに説明してみる」

「お願いね」

 寝床先生を玄関まで送って行く。

「……八枝は」

「ん?」

「気にしないでいい。どうやらわたしの思いすごしだったからね」

 それだけ言って帰って行った。

「寝床先生って変わってますね」

「そうね」

「てっきり、ベッドの話でもするのかと思っていましたが……」

 お宅のベッドを見せてくれ……そう言われるのかと思っていた。

「ああ、それは大丈夫よ。あたしの前でベッドの話したら水ぶっかけるって約束しているから」

 今の時期なら冷たくてちょうどいいかもしれない。

「もう一つ。裏事情を喋っちゃったけど良かったの?」

「んー、まぁ、あれはあくまで手段だし、目的じゃない。目的は達成したから」

 そういって俺の腕を引いた。

「さ、行くわよ」

「目的……」

 多分、俺の部屋に押し掛けてくる事だろうか?

 それから買い物を終えて、部屋に戻ると体育教師が立っていた。

「……あの、お姉ちゃん」

「わかってるわよ……あの馬鹿、ちょっと待っててくれって言ったのに」

 ちょっと待ってくれ、曖昧な言葉で相手にお願いしたほうが間違いだったと言えるわけもない。

「じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 今日は比較的安全運転してくれたお姉ちゃんに心の中で感謝しつつ、いかつい体育教師に近づいた。

「あのー……」

「矢光ぅ……先生は、お前に……すっごく酷い事をしてしまったんだなぁ!」

「ひっ!」

 涙を流し、鼻から鼻水がとめどなくこぼれ続ける。

「あ、いや……暴力事件についてですよね?」

「そうだ。寝床先生から聞いたぞ。悪漢から姉を助けるため、その拳を振るったそうじゃないか! 感動したぞ!」

 俺に一歩近づいてきた。

 俺は一歩、後ろに下がった。

「こんな、こんな非道いことをしたおれを、許してくれるか!」

「は、はい! 先生はなにも悪いことしてません!」

 俺、体育会系とか嫌なんだよね。

 暑苦しいの、大嫌い。

「矢光ぅ!」

「ひいいいいっ」

 よって、男に抱きつかれるのは大嫌いだ。

 鍛え抜かれた体育教師の筋肉にかなアーッり困惑していると、後ろで何かが落ちた音がした。

「冬治……くん?」

「さ、紗枝先生?」

 え? 何で紗枝先生は『恋人が他の女と浮気している場面』に出くわした表情してるの?」

「っ……!」

「あ、ちょっと紗枝センセー!」

「矢光ぅっ。明日から学園に来ていいぞ!」

 車で待機しているお姉ちゃんに紗枝先生を追ってくれと頼むわけにもいかず、ただただ困惑しているだけだった。


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