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闇雲紗枝:第五話 計画は成功したのか?

 キスされて呆然自失となった俺がまともで居られるわけもない。

「冬治ー、おい、冬治ってば―」

「冬治君? 生きてる?」

「矢光先輩! しっかりするっす!」

「ぼけー……」

 だめだこりゃ、医者を呼んで来い。

 友人の声は聞こえているものの、右から左へと流れていった。

「冬治、闇雲先生が来てるぜ?」

「え?」

 その言葉に俺は慌てて立ちあがり、辺りを見渡す。

「こりゃ病気だなー」

「うんうん」

「矢光先輩もにくからず想っているんすねぇ」

 俺を見て三人が笑っていた。

「んだよ、嘘かよ」

「いるぞ。ほら」

 友人が教室後ろを指差した。

 たしかに、そこに闇雲先生が立っている。

「や、冬治君」

 紗枝先生ではなく、立っていたのは八枝さんだった。

「悪いねぇ、君達。青春の一ページを作らせたいんだけど冬治君は借りて行くよ」

「どうぞどうぞ」

「じゃあね、冬治君」

「ばいばいっす」

「あ、そうそう、ちょい戻ってきてくれよ」

 友人が珍しく腕を掴んで引っ張ってきた。

「何だよ」

「土谷真登って知ってるか?」

「ああ、この前話してた奴だな。それが?」

「気をつけとけよ。それだけだ」

「ほーら、さっさと行くわよ」

「じゃあなー」

 八枝さんは俺の腕を掴むとそのまま学園を後にした。

 物珍しげに俺を見ていた生徒もいたが、さして問題にもならなかったはずだ。

 先生が生徒を連れて歩いても問題はあるまい。

「何か用事ですか?」

「一応、シフト上で今日はあたしが冬治君の放課後担当」

「放課後担当ねぇ……」

 一体、なにを担当するのやら。

 そう考えたところで紗枝先生にキスされた事を思い出す。

「……」

「何、どうしたの?」

「いえ、何も。それで人気の少ない路地まで連れてきてどんな用事ですか」

 再び聞いた俺に八枝さんは苦々しい表情になった。

 つい、計らずしも二枚舌になっていた事がばれたのでは……そんな不安がよぎってしまう。

「紗枝が隠し事をしているようなの」

「はぁ、そうですか」

「他人事みたいね」

 つい、安堵の表情を浮かべてしまったらしい。

 ごまかすように頬を撫で、シリアスいっぱいの表情で眉をしかめる。

「まぁ、俺が調べるわけにもいかないでしょ」

「その通りだけどさ……んー、でもなぁ」

 八枝先生がしばらく考えている間に、俺はあの書類の事を聞こうと決めた。

 彼女に話した時、三枚目を何故見なかったのかと聞かれた気がするのだ。

 俺は八枝さんに書類が三枚あった事を告げていなかったはずだ。

「あの、八枝さ……」

「きゃあっ」

 いきなり八枝さんが叫んで俺に抱きついてきた。

 紗枝さんがキスして来た事が頭に広がり、少々混乱してしまう。

「ひゅー、良い尻してるじゃん」

「ほんとほんと」

「こんな裏路地で男と女がやってきてナニするつもりー?」

 三人組の男たちがいやらしい笑みを浮かべてやってきた。

 かなり、チャラい……と、思いきやこれを角刈り連中がやっているのだから世も末である。

 俺らの学園では不良と言えば角刈りが腰履きで短ランだ。

「うぅ……腰が抜けた」

 八枝先生はびっくり系が苦手なのか、俺の腰に抱きつくようにしてへたり込んでいる。

「八枝さん、ちょっと離してください」

「ご、ごめん。でも……」

 その手を解いて俺は三人の前に立つ。

「……八枝さんに触んじゃねぇよ」

「はぁ? お触りはこれか……ひぐっ!」

 前口上とか必要ないね。

 喧嘩の基本は喋りじゃない。

「これ、やばくね?」

「あ、ああ……てっちゃん、ぴくりとも動かねぇぜ?」

 ましてや、相手の数が多いのなら尚更だ。

 日本は侍の国……そして、忍者の国でもある。正々堂々だけが勝負じゃない。

 仲間を心配して駆け寄った一人の男の肩をたたく。

「おい」

「な、何だ……げぶっ」

 躊躇なく、顎を殴って昏倒させる。

「てめぇ!」

「そら!」

 激昂して俺に近づいてきた男の股間を思い切り蹴りあげてやった。

「ふぉっ」

 三人とも沈黙し、俺一人だけが立っている。

「逃げましょう」

「ま、まだ腰が……」

 助けでも呼ぼうとしたのだろうか? スマホを手にして何かしていた。

「ああ、もうっ!」

 おんぶしようと思ったがスカートだった。

 それなら、お姫様だっこしかない……その時の俺は何故だか必死だったのだ。

 ここの地方には土谷真登なる化け物が存在するらしいから……その人物の下っ端の恐れがあるのだ。

 五十人を相手にしてもなお、余裕で立っていられるほどの人間だそうだ。

 裏路地を根城にしているとか何とか、友人が以前話していたし、余程怖いのか同じクラスの馬水さんがその話を聞いた時、椅子から転げ落ちた事があった。

「はぁ……はぁ……くそっ、重……くはない」

 八枝さんをお姫様だっこしたまま、小高い丘の上の公園へとやってきた。

 夕焼けが綺麗で、徐々に沈み始めている。

「もう大丈夫」

「そうですか、よかった」

 降ろすとすぐに頭を叩かれた。

「いたっ……なにするんですか」

「ちょっとやりすぎ。そう思わないの?」

 責める、というよりは悲しげな表情で俺を諭している。

「……俺もちょっとは思ってます。でも、八枝さんの尻を触りましたし、なんだかいやらしい事を考えてそうでしたからね」

「ありがと。でも、あたしはそんなに柔じゃないわ」

「腰が抜けてましたけど?」

「冬治君が助けてくれたからいいでしょ。てっきり、へたれな子だと思っていたけどね。なかなかどうして、やるじゃない」

 これは褒められているのだろうか?

 どう反応していいのかわからないので頬を掻いて見せると、八枝さんが顔を近づけてくる。

「な、何か?」

「……キスぐらいならしてあげてもいいかな」

「……えっと」

 紗枝さんが頭に浮かんで、消えた。

 目を開けたまま、八枝さんが近づいてくるのを見続ける。

「……」

 八枝さんは俺の目を見据え、顔を近づけるのを辞める。

「やめた。冬治君は誰かにご執心の様ね」

 ほっとしながらも、俺は心を見透かされた気がしてならなかった。

「否定しないんだ? もしかして最近彼女が出来た?」

「そ、そう言うわけじゃないです」

 紗枝さんとキスをした。

 ただ、キスをしても子どもが生まれるわけもない。

 ましてや、彼女になるわけでもないのだ。

「……」

 いや、待て。

 俺は別に紗枝先生の事を好きとも何とも思っちゃいない……気がしないでもない?

 紗枝先生か……うーむ、今考えると顔が赤くなってしまうぞ? なんだ、これは。

「冬治君?」

「あ、すみません」

「何で謝るの?」

「あ、えーっと……実は、聞きたい事があるんです」

 紗枝先生の事を頭から追い出し、俺は八枝さんの前に立った。

「あの書類を入れたのは八枝さんですよね」

「書類?」

「ええ、俺が八枝さんに話した時、八枝さんに書類の枚数は言っていませんでしたよ」

「……そうだったかしら?」

 首をかしげて考える素振りを見せた。

「はい。嘘をつく必要はないと思いますよ」

「そうね、そうかもしれないわね。話、聞きたい? 全部話してあげるわよ」

 八枝さんは無表情でそう言った。

 彼女と知り合って短い付き合いながら……嘘はついていないように思えた

「教えてくれるのなら、知りたいです」

「わかった、じゃあ行くわよ」

 八枝さんは俺の腕を引くと歩き出した。

「どこへ行くつもりですか?」

「あたしの家」

「闇雲家?」

「ううん、闇雲八枝の家よ」

「え? 俺の部屋の隣って事ですか」

「違うわよ」

 学園近くの林を抜けると、軽自動車が置いてあった。

「これに乗って」

「はぁ……」

 俺を軽自動車に押し込めると、八枝さんはサングラスをかけて運転席へと座る。

「神様とシートベルトに安全はお願いした?」

「は? いや、何の話を……」

「行くわよっ!」

 今どき珍しいミッションのバーを手慣れた調子で動かした。

 べた踏みなんかで動かし始めたらエンストするのでは……? 薄い知識が総動員するよりも、第六感が身の危険を教えてくれる。

 搭乗する軽自動車は景気良く後輪を目一杯回し始めた。

「ひっ……」

 車は見事急発進。

 猫が飛び上がり、近くの犬は吠えはじめた。

 木々に止まっていた小鳥たちは我先にと逃げ始める。

「ちょ、ちょっと! こんな住宅街で!」

 閑静な住宅街だから歩いている人はいないようだが……危なすぎる。

「集中しているから黙ってなさい。喋ったら、危ないわよ」

 障害物をよけて安堵したら、また障害物……何度そんな事を繰り返したのかわからない、十数分程度のドライブだったのに三十分以上のっていたような気がした。

「感想は?」

「……よい子は、真似しないでね」

「真似できないでしょ。無免許はご法度よ」

 ごもっともである。

 辿り着いた先は趣のあるアパートだった。

「此処ですか」

「そうよ。あがって」

 背中を押されるようにしてアパートの一室へとお邪魔させてもらう。

 意外と片づけられている……というよりは、殆ど物のない一室だった。

「好きなところに座って」

「あ、はい」

 ぼろいテーブルを挟んで向かい合うが、お茶を入れる名目で八枝さんは立ち上がる。

「……目的はお金だって言っていたでしょ?」

「ええ」

 確か億単位の金をせしめるために俺の子どもが出来た……そういう計画だったはずだ。

「目的が無いのならこれを実行しても意味が無いのよ」

「じゃあ、お金が無いって事ですか」

「そうよ。もともとあの金は家族の時間を犠牲にして得たお金なの。あの男、ふざけた事に使いやがったのよ!」

 ここまで八枝さんを激昂させるとは……相当派手に遊んだのだろうか。

「一体何に……」

「燃やしたのよ」

「燃やした?」

「そうよ。あいつ、墓参りの時に金を燃やしたの……それを知ったのは計画を実行に移した日よ」

 億単位の金を燃やすとはこれまた豪勢な使い方である。

 警察にばれたら捕まるんじゃないだろうか?

 そういえば、成金が百円札に火をつけて燃やしている絵があるよな……そんな感じではないな。最高の薪だ。

「燃やした事は一旦置いておくとして、何故俺にあんな書類を送ったんですか」

「計画を頓挫させるためね」

 八枝さんの言葉に首をかしげてしまう。

「別に直接俺に言えばよかったでしょう?」

「紗枝が絡んでいるから。無理やり手伝わせていたし、お金は絶対に手に入ると言っていたわ。計画が失敗したとしても、このやり方なら謎の第三者の介入って事で終わるわよ」

 ふっ、と息を吐いて八枝さんは俺の前にコーヒーを置いた。

「……あの書類の三枚目にはなにが書いてあったんですか?」

「直接的な内容。計画に加担した人物……そうね、双子だと言う事かしら。あの時点ではまだ知らなかったでしょ?」

 既に何と無くだが、想像していた事なので驚きは薄かった。

「わかりやすいように香水もわけて使ったからね」

「……ああ、なるほど」

 元から破たんしていた計画だったのか。

「もっとも、紗枝も何か隠し事をしているみたいだからどの道計画なんてうまく行くはずがなかったのかも」

「……そもそも、俺に子どもを作らせたとしても、お金は転がって来ないでしょ?」

 結婚するだけじゃないのか?

 慰謝料としてふんだくるにも無理があるだろうし、ドラマじゃ良くある美人局も……計画に男性が絡んでいなければ駄目だ。

 男の匂いは一切しないし、どうやって盗るつもりだったんだ?

「場所さえ分かればよかったの。あの男はそのお金だけ、箪笥金にしていたからね。それこそ、冬治君と行動を共にして探すつもりだったから」

 その後、八枝さんと計画の話はしなかったし、紗枝さんが怪しい動きを……そういった話も一切しなかった。

 二枚舌なんていつかぼろが出ると思っていたので、これでよかったのかもしれない。

 帰り際、俺はなんとなく八枝さんに聞いてみたいことがあった。

「これからどうするつもりですか?」

「そうね……このアパートももう期限が切れるし、どうにかするわ」

「そうですか……」

「短い間だったけれど、お世話になったわ」

 これで八枝さんとは会えなくなるのだろうか?

「いつか遊びに来て下さいね」

「うん、そうする。ほら、もうそろそろ帰らないと紗枝が怪しむわよ」

「ですね。失礼します。あの、八枝さ……」

「何? 送ってほしいの?」

 俺は首を振ってその場を逃げ出した。

「紗枝さんと一緒に住めばいいのになぁ」

 その言葉は霧散してしまった。


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