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闇雲紗枝:第四話 いつも心の中心に

 目の前に絡まっている紐がある。

 その紐を解いてみようと頑張って解けなかった。

 というわけで、絡まらせた本人にお願いしてみて駄目だった。

 解けなかったので本人は目的を探してみるよといって居なくなる。

 次に、本人の双子がやってきてそれを頼んでみる。

 結果は当然解けない……更に複雑に絡み合ってしまっている。

 さっさと紐を切ってしまえばよかったのだ。



―――――――



「はい、じゃあこの問題は一番遅かった人に解いてもらおうかな?」

 飴と鞭って世の中には絶対必要だ。

「あの、先生……そんなに近づいてこないで下さいよ。黒板が見えません」

「ふふ、冬治君はずっとわたしを見ていてくれればいいんだよ?」

 授業中にこんなことしてたら間違いなく、男子生徒全員のブーイングを受けるはずだ。

 しかし、黒板に羅列した問題を十五分以内に解けなければ罰がある。

 そして、先生が俺に構う事によって……問題が別の意味でわからない俺は窮地に追いやられているのだ。

「はぁい、あと、五分。みんなはどう?」

 ようやく紗枝先生は教壇へと戻って行った。

「くそ、終わらねぇ……」

「矢光ざまぁみろ」

「ぷくくくっ……色恋に現をぬかしている場合じゃないだろ」

「おれ達の本分は勉強だってこと、忘れるなよ!」

 単なる漢字テストなのに終わる気がしなかった。

 結局、五十問中二十五問しか終わらせる事が出来なかった俺は黒板前へと誘導される。

 最後の問題は『友人』であった。

 今更こんなふざけた内容を紗枝先生が出すわけもない。

 何と無く、友人の座っている席を見ると目で話しかけてきた。

「おい、冬治ぃ……わかってるだろうなぁ?」

「ゆうじんだろ」

「……この前至高のえっち本が手に入ったんだぜ? 貸してやろうかぁ?」

 視線で会話できる友達がまさかこんなにも早く出来ると誰が想像していたのだろう。

 俺は『友人』の隣にお望み通り『ともひと』と書き込んでやった。

「ふんふん……概ね正解」

 九割がた正解だと言われてほっと胸をなでおろす。

「でもね、最後にふざけたのは駄目だったね」

「すみません」

 クラスの奴らも、もっと捻りを加えろよと野次を飛ばす。

 ま、この程度でえっち本を貸してもらえるんだ。安いもんだろう。

「何か臭うなぁ」

「え、そうですかね。窓でもあけましょうか」

 紗枝先生が何か言いたげに俺を見てきたものの、気付かないふりをして窓を開けるのだった。

 その日の昼休み、昼飯はどうしたものかと悩んでいたら夢ちゃんがやってきた。

「兄貴―」

「なんだよ」

 友人の元へと弁当を持って走ってくる。

「あ、矢光先輩。こんにちはっす」

「やぁ、夢ちゃん。友人にお弁当を持ってきてあげたの?」

 夢ちゃんが走って持ってきたのがわかるぐらい、中の汁物が……お弁当の包みを汚していた。

 お弁当を受け取った友人は気付いていないのか、それとも気にしていないのかそのまま開け始める。

「ぎゃあああっ、デザートのフ○ー○ェがご飯にかかって凄い事になってる!」

 デザートに持ってくるなよ……持ってくるとしても別のタッパにいれとけよ。

 あわれ弁当のふりかけとなった軟体系のスイーツに涙を流す友達にため息をつく。

「矢光先輩はお昼、食べないんすか?」

「どうしようかなって思ってる」

「じゃあ、自分と一緒に学食行くっすか?」

 それも悪くないな。

 財布にいくら入っているのか確認しようとすると友人が首を振る。

「夢、そんな奴は放っておけよ」

「何故っす?」

「そろそろ紗枝先生がやってくるからよ。さっきの授業の終わりに『今日は矢光君をお昼に誘うんだー』って言ってたからな」

「はぁ、またあの先生っすか。矢光先輩も大変っすね。この前は闇雲先生が矢光先輩の隣に引っ越すとか言って引っ越しの手伝いをさせられていたっすねぇ」

 そういって夢ちゃんは首をすくめた。

 それを聞いて友人がしきりに納得していた。

「何だよ?」

「え? いや、ね。そういや、夢がそんな事言ってた日の晩に出かけたんだよ。お前の家にな。そうしたら九時過ぎごろかなぁ……冬治の家の前に女の人が立ってたんだ。だから、やめた」

「女の人?」

「ああ、サイドテールだったし、どうせ紗枝先生だろうけどな。少しかがんで扉を叩いていた……あれ、もしかしてあれって覗き穴から部屋の中を覗こうとしてたのか?」

「そりゃないっすよ。兄貴、覗き穴は内側からしか見えないっす……おそらく、心が通じ合っていれば壁なんて必要ないっす」

「なるほどなぁ、だから仲がいいのか。羨ましいぜ畜生!」

「理想郷っすね!」

 吠える友人に俺は首をかしげる。あと、夢ちゃんも友人の残念な部分を引き継いでいるのね……。

 おかしいなと考えた末……もしかしたらその人物が書類を突っ込んだのではないか、そう思った。

 候補としてはやはり、紗枝先生だ。

 その日の放課後、俺に『闇雲計画帳』を見せている。

 多分、あの反応を見る限り紗枝さんではないと思う。

 それでは、八枝さんの方じゃないだろうか。

 何の目的があってそんな事をしたのかは不明だ。一応聞いておいた方がいいだろう。

「冬治くーん」

「噂をすれば影っすね」

 年甲斐もなくはしゃぐ紗枝先生が教室へとやってきた。

「うわぁ!」

 俺の右頬を掠め、教科書が窓から強引に出撃していく。

「今失礼な事、考えたでしょ?」

 まだ若いわよ! 目は飢えた獣になっている。

「やだなぁ、考えたのは友人ですよ。ね、友人?」

「え、どういう事?」

「年甲斐もなくはしゃいでみっともないって思っただろ?」

「ちょっと思った……げふぅ」

 哀れ、友人の頭に辞書がぶつけられた。

「ちょっと可愛い生徒に向かってなにするんですか!」

 目を剥いてキレる友人に対し、紗枝先生は至って冷静であった。

「……今日さ、帰りのHRに持ち物検査をしようかな……そう思ってるの。只野君の意見を聞かせてほしいな」

「そんな脅しでおれが屈すると……」

「え? 本当にいいの?」

 何か心当たりに行きついたようでしりすぼみになってしまう。

「闇雲先生、はやく冬治を連れてお昼ご飯に行ったほうがいいですよ?」

「ん、ありがとう」

「式を挙げるときはいの一番に駆けつけますんでお幸せに―」

 あっさり白旗を掲げたばかりか、俺の背中を押す始末。

「すまん冬治……まだおれもちゃんと見てないんだ! 今度絶対に貸す」

「お、おうよ……」

「冬治君にそんな本貸した場合は教師権限で燃やすからね」

 俺に向かって手を合わした。

 ま、しょうがないさ。

 俺もちょうど紗枝先生に聞きたい事があったからな。渡りに船と言える。それに、お昼もまだ食べていないからな。

 一応、俺と先生は一目をしのんで付き合っている事になっている(実際は違うが)ので、人気の少ない屋上までやってきた。

「さ、食べよう」

「はい」

 紗枝先生はシートを取り出し、屋上に広げた。

 シートに座ると先生がお弁当を取り出し、置いた。

「御重ですか」

「うん、沢山食べるかなって思ってね」

 こりゃ頑張って消化しないといけないな。

 飯を食べている途中でまずくなるような話もしたくない。

 御重の中身はどれも素晴らしい出来で(本当により取り見取り)、冷凍食品の素晴らしさを教えてくれた。

「紗枝先生、詰めるの大変だったでしょ?」

「あ、わかるー?」

「ええ、詰めるのはうまいんですね」

「今日はたまたま時間が足りなかっただけだもん。今晩手料理食べさせてあげるから勘弁してよ」

 拗ねたようにそう言った紗枝先生を見ることなく、技術の結晶である冷凍食品を平らげた。

「紗枝先生にお話があります」

「冬治君から話しかけてくるのは珍しいね?」

「ええ、まぁ……」

「何かな? ちょっと期待しちゃうけど?」

 そういって照れていた。

「すみません、そういう期待させる様な話ではないです」

「そっか。八枝の話?」

「それに関係していると思います。この前、俺の部屋の新聞受けに変な文章が入っていたと言ったでしょう?」

「ああ、うん。内容は知らないけど」

「そうでしたね。そういえば話していませんでした……三枚重なって左上をクリップで留められていました」

「ふーん、三枚ね」

 今一つピンと来ていないようだ。

 紗枝先生がいれたわけではないと何と無く思った。

「一枚目にはなにが書いてあったの?」

「確か……俺に面倒事が降りかかっているのならこのページをめくれと」

「二枚目は?」

「この前言った通り、保健室の先生に会いに行けと書いてありましたよ」

「じゃあ、三枚目は?」

「わかりません。二枚目の最後に、信用するのなら三枚目を見ずに捨てろと書いてありました」

 其処まで言うと紗枝先生が自分の頭に手を置いた。

「はぁ……見ればよかったじゃない。そうすれば誰が置いたのかわかったかも」

「その時は信じていなかったんですよ。もうとっくにゴミに出して捨ててしまっていますし……」

 少し白けた空気が場を支配する。

「まぁ、こんな話をしてくれたのは冬治君が私を信用してくれた証……そう思っていいのかな?」

 その空気を吹き飛ばすように、紗枝先生は笑った。

 ただ、それにつられて笑う俺ではない。

「いえ、残念ながら……紗枝先生がいれたんじゃないのかと」

「信用してない?」

 紗枝先生は自分の顔を指差した。

「ええ、まぁ」

「……そっか」

 ゆっくりと息を吸い、紗枝先生は吐き終える。

「ちょっと、近くに来てみて」

「はぁ、何ですか?」

 近づいてみると先生は俺の首に手を回すようにして肩を掴み、そのまま自身の胸を俺の耳へと押し当てる。

「凄く、脈打っているでしょう?」

「……は、はい」

 柔らかな胸の感触と共に、命の鼓動が絶え間なく、俺の耳へ届けられる。

 ただ、運が悪かった事に予鈴が鳴った。

 この予鈴が俺を現実へと引き戻す。

「だ、だから何だって言うんですか」

 先生から離れようと動くが、許してくれなかった。

「ちょっと、ひねくれすぎじゃない? まだ信じてくれないんだ」

「はい」

「じゃ、預けるよ」

 なにを預けるって言うんですか……その言葉は紗枝先生の口づけで塞がれてしまう。

「……私の事を信用できるようになったのなら、ちゃんと返しに来てね」

 それじゃあね、そういって紗枝先生は屋上から姿を消した。

「……」

 馬鹿のように突っ立っている俺は、昼休み明けの授業なんてどうでもよくなった。

 シートの無くなった屋上へ直に寝そべり、五月の空を眺め続ける。

「はぁ……あー、わけわかんねー」

 こうなったら消去法だ。

 紗枝先生じゃないのなら、八枝さんだろう……消極的な意見は再び聞こえてきたチャイムにかき消されてしまった。


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