土谷真登:第六話 ストレス発散後
土谷真登が大人しくなった、そんな噂を聞いた。
尤も、たまにはストレスが溜まっているようで俺を遠慮なく殴る、蹴る、投げる。
「……はっ」
そして今日も俺は保健室のベッドの上で目を覚ました。
「おや、気付いたかい」
「あ、はい。何とか」
「ふむぅ、顔が変形するほど殴られたのに……歯だって生え換わっている」
これは生ける不思議生命体だ。
「ベッドが一番、冬治君は二番目だね」
「は、はぁ……」
保健室の先生は首をかしげていた。
「ベッドも特異体質も血だが……君も特異体質だな。殴っても復活するし。殴られ放題じゃないか!」
「マゾしか悦びそうにありませんね……げほっ」
久しぶりにやられたせいか、それとも激しくブッ飛ばされたせいなのか……血を吐いた。
「……君、無理しているんじゃないのか?」
「無理? いや、別にしてませんよ。血を吐くなんてまだ大丈夫って事ですよ。ほら、脱水症状だって汗が出なくなってからやばいでしょ?」
「君を殴ったのは土谷君だろ?」
先生の言葉に俺は頷く。
「そうですよ」
「……土谷君は君の友達なんだろう?」
「はい。あいつは俺の友達です」
「友達を殴るのは良くない事だ」
この前はもっとベッドを賑わせてほしい……そんな事を言っていたのにな。一応、保健の先生みたいな事も言うんだなぁ。
感心して先生を見ていると彼は笑った。
「何、ベッドは名もない生徒を乗せても悦ぶものさ。彼らは誰でもいい……だがね、頻繁に君が来ているとやはり不安になるものだよ。特異体質と言えど、すぐさま復活するわけでもないようだ。外はともかく、中が滅茶苦茶になってそうだね」
俺は首をすくめておいた。
先生は俺ではなく、誰かに聞かせるように続ける。
「友達はいつまでも友達ではない」
「は?」
「気にしないでほしい。ただの戯言だから」
おかしなことを言うもんだな。
「さ、そろそろ帰るといい」
「はい。でも、すみません……シーツを汚してしまって」
「君が気にすることはない。シーツは汚れるために生まれてきたものだ。シーツは君にもっと血を吐いてくれてもよかった。そう言ってくれているよ」
嫌なシーツだな。
保健室の先生との変な話を終えて、外へ出る。
「ん?」
気配を感じ、人影を発見した。
「よぉ」
「何だ、土谷か」
夕焼けを背に、土谷が廊下に立っていた。
待っていてくれていたのだろうか? そんな淡い期待が胸の中に目覚めるが土谷に限ってそれはないと否定する。
おそらく、俺が復帰して来るのを待っていたのだろう。
ただ、先ほど言われた言葉も頭に残っているので一方的な展開はまずそうだ。
「まだやるって言うのなら……今日は鬼ごっこだな。ちょっとは逃げさせてもらう」
「……いい。そう言う気分じゃねぇよ」
ちょっと罰が悪そうだった。
どうかしたのだろうか?
何かしゃべるのか……それはどうやら俺の勘違いのようだ。土谷は黙って何も言わなかった。
「あ、そうだ。土谷」
「あんだよ?」
「悪いんだけどさ、今後殴るときは……本格的な時だぜ? そんときは殴るぞって一声かけてくれねぇか?」
「何でそんな事しなきゃいけないんだよ」
そりゃお前、あんまり殴られると血を吐くからだよ……そんな事を言っても無駄だったな。
普段は血も吐かないし、怪我してもすぐに傷が塞がるのだが、今はそうならない気がする。
「そうだな。悪い、忘れてくれ。じゃ、俺は帰るよ」
「ふん」
帰るために鞄を取りに教室へ向かうと土谷がついてきた。
思えば、土谷も鞄を持っていなかったな。
鞄を持って下駄箱へと向かう……当然とばかりに土谷がついてきた。
「何だその目は? 何か問題でもあるのか? ああん?」
「いや、待て。見てすらいないのにいちゃもんつけてくるなよ」
一度も振り返ってないぞ。
「だったら止まらないでさっさと歩け」
「はいはい」
校門を出ても相変わらずだ。
いきなり土谷が俺の事を背後からブッ飛ばすのではないかと思ってしまう。さすがに、車にはねられたらまずそうだ。
「矢光、お前身体悪いのかよ」
何もない曲がり道でいきなり声をかけられた。
「うんにゃ。健康体だ」
内心びっくりしながらも平静を装った。
「あたいは血を吐いた事が無いし、吐かせた事もない」
「そうか。いい事だな」
意外だったな。
勿論、吐かせた事が無いほうだ。これまでは加減していたのか?
「健康な奴は、血を吐かない」
「……何だ、聞いてたのか。別にお前が心配する事でもないよ」
笑って見せると不満そうな顔をする。
「お前、あたいの友達なんだろ?」
「あ、ああ……」
まさかそんな事を言い出すとは思わなかったのでびっくりしてしまった。
「こ、この前よ。お前がよく一緒にいる七色ってやつに聞いたんだ。あと、只野って奴にも聞いた。友達ってのは……心配したりするんだろ?」
「は?」
何か変な物でも食ったのだろうか。
「い、いや、べ、別にお前の事を心配しているんじゃなくてだ……そうだ、あたいはお前の身体を心配してるんだ。壊れかけのおもちゃを殴って壊しちゃ、まずいだろ? 困るのはあたいだ。矢光みたいな人間はいないしな」
うん?
俺の事を心配しているんだよな。
「……で、どうなんだ?」
「なにが?」
よくわからなかったので聞き返すと顔を近づけ……俺からすぐに離れた。
「身体だよっ! お前、その……本当は体、弱いのか?」
情けない顔を初めて見る。
別に悪い事をしていないのに、ついつい罪悪感を覚えてしまった。
「正直に言うと良くわからない。俺は健康体だと思ってる。そこは本当だからなぁ……よくわからんが、大丈夫だろ」
「そ、そっか」
一応信じてくれたようで土谷はほっと胸をなでおろす。
そして、俺が見ている事に気づいて手を振りたくった
「あ、いや、違うぞ。これはお前の身体が健康だから安心しただけで、お前の事は心配してない」
ここでからかってもいい事はないだろう。
「はいはい。わかったよ。じゃ、俺はこっちの方角だから」
「あ、ああ……」
しかし、その後も土谷がついてきた。
「今度はどうした?」
「……話がある」
「話?」
夕焼けの公園へ俺を引っ張っていった。
非常に馬鹿力で、それでいて気遣ったような力加減だ。
ブランコ前まで連れて来られ、彼女は俺の前に立つ。
夕焼け、公園、美少女(黙っていれば)……最高のシチュエーションである。
「あたいは神だ。わかったか?」
「しかし内容が最悪だった」
「あ?」
暴君の次は神様か。
うーん、納得できないけれど……すんなり受け入れられている自分が恐い。元から知っていたみたいな雰囲気があるんだよなぁ。
「そ、そうか、神様か」
「力だけだ。人間だから、下手に力を使っちゃいけない決まりがある」
「はぁ?」
よくわからなかった。
「……あたいが他人を殴るのはそれが原因だと思う。すげぇイライラするんだよ。誰かブッ飛ばしてもすぐにのびっちまうからな。その点、お前は満点だよ」
「ああ、なるほど。頑丈だもんな」
いつの間に俺の体は頑丈になったんだろうな。
人間の適応能力ってこんなに高いのかーって思ったもん。
「話は終わりだ」
てっきり、何で神様なのか、どんな能力が使えるのか……色々と教えてくれるもんだと思っていた。
「それで?」
「あ?」
「何だ、終わりかよ」
「話す事が特にない」
意外と神様って単純なのか?
まぁ、厄介な話ではあるので聞かなかった事にしようと思う。
その後は特に何もなく、俺と土谷は別れた。
次の日の朝、学園についてあくびをかました俺の後頭部を誰かが殴った。
「あふ?」
「よぉ」
「ああ、土谷か」
殴った、とは言っても小突いた程度の優しいものだ。血を吐くわけでもない。
「何だか憑き物が落ちたような目をしてるな?」
「あー? 馬鹿かお前。あたいは神様だ。何か憑くわけないだろ」
それもそうか。
周りのクラスメートはいつかみたいに俺達の事をぽかんとみていた。
「な、なぁ、土谷!」
「あ?」
友人が驚いたような顔をして近づいてきた。
「パンツ見せてくれ!」
いきなり、どうしたんだろうか。
こいつは間違いなく筋金入りの馬鹿だと思う。
「ああ、いいぜ」
「マジかよ? うぉっしゃー!」
「矢光は目を閉じてろ」
俺だけ仲間外れかよ……そう思いながら目を閉じる。
何だか嫌な音が聞こえたのも数秒、肩を叩かれる。
「もういいぞ」
次に目を開けた時、周りの男子生徒は全て床にキスをしていた。
「なにがあったんだ?」
何と無く想像がつくものの、土谷に聞いてみる。
「得るって事は失うって事だ。代償が必要なんだよ」
お前のパンツに其処までの価値、ないだろ。
「うぇへへ……ぱんつー」
それでも、友人は満足したようだ。
「ブルマで悦ぶなんて奇特な野郎だぜ。矢光も見るか?」
スカートの端をつまみ上げ、挑戦的な瞳をしてきた。
「いや、別にいい。ブルマだろ?」
「……お、お前にだけ特別にパンツを見せてやってもいいんだぜ? も、勿論みた後はブッ飛ばすからな! 勘違いするなよ?」
「ひゅーひゅー……うげっ!」
囃し立てた友人の上に机が落っこちた。
「遠慮しとく。ところで、その鞄からはみ出ている髪はなんだよ」
「ああ、これから? どうせお前に見せるつもりだったもんだ」
そういって土谷は一枚のパンフレットを俺に渡してきた。
「生徒会総選挙……?」
「つーわけで、これ、出るぞ」
「は?」
何の脈絡もない……俺はそう思いながら生徒会総選挙と書かれた文字を眺めるのだった。




