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土谷真登:第五話 ぼっちは寂しさ知っている

 慣れとは怖いものだな。

「うん、すげぇ濃い霧」

 異質な場所に来る事自体慣れてしまったのか……夢の舞台は何処かの河川敷だった。

 慣れの果て、行きつく先は……不感症?

「それで、ここは一体どこだ?」

 ここにいるのは俺を含めて二人だけ。

 薄汚れた服を纏った一人の老人だ。

「ここがかの有名な三途の川じゃ」

「ほぉー……落ちたらどうなるの?」

 対岸が見えないおかげで自分の目の前に広がる川が海に見えてしまう。

「お前さんはわかっておるみたいじゃな」

 近づいて調べて見れば何かしら情報を得る事が出来るだろうに、俺は無意識的にそうしなかった。

「川は所詮境界じゃよ。境界としての者は人によって違う物が見える」

「俺の場合は毎度違うんだが?」

 杜だったり古い街だったりするしなぁ。

 森の場合は俺の死が近寄ってきていた……いや、待て。この三途の川とやらが見えているのも俺が死に近づいているって事じゃないだろうか。

「だから、人それぞれじゃ。ま、お前さんは特殊な部類の人間で非常に厄介じゃよ。」

「厄介ねぇ……どういう意味だよ」

「人は死んだらどうなると思う?」

 これまた人間だったら一度は考える質問を寄こしてきた。

「わかるわけないだろ」

「そう、それが正しい答えで間違えでもある。こればっかりは死ぬ必要が出てくる。人と共有できない事の一つでもある」

「そんな哲学的な話をするために俺はここに来たんじゃないぜ」

 そっちは老い先短いかもしれないが、こっちは今をときめく青春真っ盛りだ。

 死ぬ事なんてまだまだ先だ。今は何も考えずに生きていたい。

「俺は土谷真登の事でここにきたんだ」

「ほぉ?」

「どうすりゃ大人しくなるかね」

 土谷と出会って数週間……数々の幸運と何やら俺の身体が若干丈夫になったおかげで意識が吹き飛びすぎる事も比較的少なくなった。

 梅雨時である今は土谷の停滞期なのか、暴力沙汰が非常に減った。

 雨降る中、道路わきに打ち捨てられていた子犬の顔にマヨネーズをかけていたのを見たときはちょっとびっくりしたけどな。

 慌てて友人を囮に使い(くんくーん、おれにもマヨかけてー……そういって彼は星になった)、俺と七色で救出作戦を決行した。

「大人しい子がタイプか?」

「そういうわけでもないんだが……」

「ぼいんじゃろ?」

 俺は爺さんとハイタッチした。

「最近では真登の抑止力になっておるのはお主じゃ。間違いはないか?」

「ああ」

「生徒達は感謝しておるよ。真登も少し大人しくなってきたからな」

 爺さんの言う通りではある。

 これまでも学園生をちぎっては投げていた真登が最近では人体の秘密に興味を持ち始めたらしい……主に、俺の身体が気になって仕方ないようだ。

 ついでに言うのなら、起きている時の俺はこっちの記憶が無い。どうやら爺さんに何かされたようで骨折しても数十秒後には元通りするのだ。ふるぼっこにされても三分後には再生している。

 おお、こりゃすげーなと思っていたら三日後、吐血した。何度も使える能力ではないらしい。

「たまには攻めに転じてみてはどうじゃ?」

「攻め? 俺があいつを叩くのかよ」

 正直に言って女子を小突くのは如何なものかと……べ、別に報復が怖くて恐れているわけじゃないぞ?

「何じゃ、友達友達と口にしながらその友達との軽いスキンシップもできんのか」

「うぐ……い、いや、そんなわけないだろ」

「口先だけの出任せ男か。舌を動かすのは女の子だけでいいんじゃよ」

「くっ……そ、そうだよな。俺も良く考えてみたらちょっと一歩あいつから引いていたかもしれない」

「そうそう、どうせ人生ってもんは長いんじゃ。若いうちは当たって砕けても問題ない。じゃが、後年……失敗をすると立ち直れんぞ」

 うんうん、やっぱりこういう事は老人が言うと様になるなぁ。

「あ、ちなみにわしは神様なので失敗はしておりません」

「……」

 たまにはこちらから仕掛けてみるとしよう。がつーんと忠告してやるのも友達として火うようだろう。



 お前、そんなんだったらいつか一人になっちまうぞ、ってな。



「じゃあな、爺さん」

「ん、頑張って来い。有事の際はお前さんに力を貸してやるぞ」

 俺は爺さんに別れを告げて覚醒を待つのだった。



――――――



 目が覚めると保健室だ。

「おぅ、起きたかい」

「あ、はい」

 保健室の先生であるやつれた男性が俺に気付いた。

「青春だね。気になる女の子に殴られて気絶か……もっとも、その程度で済むのは君ぐらいだがね」

「はぁ……」

 眠たそうに目をこすり、先生は立ち上がる。

「君が彼女の友達になる前は酷かった。先生は二人いたからね。この保健室は他の学び屋とは違い、十二床ある。最近じゃベッドが悲しんでいるよ」

 そう言って近くのベッドを愛おしそうに撫でた。

「まぁ、君が寝ているベッドは喜んでいる。なにせ、君が頻繁に寝に来ているからね……実に嬉しいそうだ」

「は、はぁ……」

「な、この表情を見てくれ」

「そ、そうですね……」

 ベッドが喋るとでも言うのだろうか? そもそも顔はどこだよ。

 土谷だけでも面倒なのに、ベッドを愛でる保健室の先生なんて更に面倒なんじゃないのか?

「昔はこの保健室もにぎわっていたもんだ」

「にぎわっちゃいけないでしょ」

「何だかこれから先は……このベッドが徐々に数を減らしてしまう。そんな気さえしてしまう。これも地球温暖化の弊害かもしれない」

 挙句、人の話を聞かないと来たもんだ。

 このまま帰ってもいいだろうかと考えているとまだ先生の話は続いていた。

「……わたしが言いたいことはわかるだろう?」

「いえ、全くわかりません」

「そうか。それなら良く覚えておいてくれ……ベッドはね、生きているんだ」

 目がいっちゃってた。

「彼らはわたしらと同じで息をし、感情があり、人のぬくもりを求める……どっちかというと変温動物だと思ってる」

「は、はぁ……そうですか」

 変温動物ねぇ……蛇の仲間かよ。

「それに、だ……」

 十分後、先生のベッドは運命共同体だという説明を受けて解放された。

「はぁー……」

 ため息を出しながら保健室を出ると廊下は騒がしかった。

「何だ、昼休みか」

 土谷に気絶させられるのには慣れたし、周りの人達もさして騒がなくなった。

 ああ、またやってる、そんな感じだ。

 俺のクラスには担架が準備され(矢光冬治専用機キャスターカスタム)、いつ気絶されても大丈夫だとクラスメートが笑っていた。

「赤色に変えようぜ?」

「三倍か」

「赤と、金と、黒色がいいなぁ」

 好きかって言い始めるクラスメートに辟易したっけなぁ。

「あのね、矢光君のおかげで救命行動に自信が出来た!」

 将来、看護師になりたがっていたクラスメートにお礼を言われる事もあったし、それまで被害を受けていた男子生徒連中もサンドバックになりつつある俺に感謝感涙感激しまくり……。

 しかし……俺は別に土谷のサンドバックになったつもりはないのだ。友達はサンドバックじゃない。

 というわけで、俺は教室に帰って土谷を見つけると自分から近づくことにした。

「お、もう復活したのか」

 土谷が焼きそばパンを六つ脇に置き(おそらく恐喝して手に入れたんだろうな)食っていた。

「おいおい、お前誰から巻き上げたんだよ」

「あいつら」

 指差す先には友人以下五人の男子生徒が教室の隅っこに積まれていた。

 可哀想に……お尻に鉄パイプが刺さっているやつもいる。

 お前の物は、俺の物……偉人の言葉が脳裏をかすめ、俺は居ても立っても居られなくなった。

「……矢光チョーップ!」

「いだっ!」

 さすがに可哀想だったので俺は土谷の頭にチョップを喰らわした。

「な、なにすんだよ!」

 目を白黒させ、頭を押さえている。

 それまで騒がしかったクラスメートたちは俺達の事を見ていた。

 周りは『下剋上か!』『やけくそか?』等と適当な事を言っていた。友達に下剋上もくそもないだろう。

「馬鹿、クラスメートから昼飯を奪うんじゃないよ」

「べ、べつにいいじゃねぇーか。弱いのが悪いんだろ」

「……いいから返してこい」

 何やら口をあけたりしめたりしていた。何だ、こいつは何でこんな事をしているのだろう。

「なにも叩くことはないだろ!」

「……それについては謝る。ちゃんとした謝罪が欲しいんなら……まだ食べてないそれ、返してくるんだな」

「うぐ……て、てめぇ、調子に乗ってると……」

 いつもみたいに目に力がこもってきた。

 威圧する目だ。とばっちりを受けないようにクラスメートは国外……室外退避を始める。

「何だ、またブッ飛ばすつもりかよ?」

「う……そ、そーだよ。ブッ飛ばされたくないんなら黙ってろよ」

「俺がお前をビビってないのは知ってるだろ。いいぜ、好きなだけ殴れよ」

 一向に俺が窓をぶち破って飛び出てこないのを不思議に思ったのかクラスメート達が隠れてこちらを見守っていた。

「何、今の堂々としたマゾ宣言」

「身体は丈夫でも脳は大丈夫じゃなかったんだな」

「いや、あの保健室で何度も目覚めたらやばくなるでしょ」

 相変わらず好き勝手喋っている。

「土谷。お前……最近イライラすることなくなっただろ?」

「あ?」

 俺の言葉に土谷は考える素振りを見せた。

「落ち付いて来たもんな。この前お前が犬にマヨネーズかけてたの……あれは餌をやっているつもりだったんだろ? 犬が可愛く見えたのか? 暴君様がよ」

 ここで普段だったら拳が飛んできた。

「……ち、ちげーよっ」

「暴君なんてくだらねぇ称号で喜んですらないな。名乗るんなら生徒会長でもなのっとけ」

「くーっ……」

 さすがにこいつも暴君なんて渾名、好きじゃないんだろうよ。俺に対して反論せず、顔を真っ赤にするだけだ。そこで俺は確信した。

 どうやら、フラストレーションは無くなりつつあるらしい。

「ま、とりあえず焼きそばパンは戻してこい。俺が学食で奢ってやるよ」

「え? ほ、本当かよ?」

「ああ。嘘は付かんさ。何なら、明日以降、俺が土谷のお弁当を準備したっていいぜ?」

「む、むぅ……」

 一生懸命脳みそを動かしている土谷は初めて見るものだった。

 他の生徒も同じで、ぽかんと土谷を見ていた。

「な? 返してやれよ」

「わかった。矢光がどうしてもって言うのなら仕方ない」

 そういって焼きそばパンを乱雑に放り投げる。

「ほらよ。返してやる」

「あひん」

 まぁ、方法は乱暴だったけど……悪くない兆候だと思いたい。

「それで、なに奢ってくれるんだ? メニュー全部か?」

「……そんなに時間ないだろ」

「いいじゃねーか」

 俺を突き飛ばすようにして廊下に先に出させ、一緒に廊下を歩く。

 その日の午後は静かなもので……四季先生の授業中は久しぶりに平和が訪れていた。

「はーい、ではここを……誰かに解いてもらおうかな―」

「すぴー……すぴー……」

 腹が膨れて睡魔に襲われた暴君は静かに眠っているだけだ。

 しかし、腐っても暴君は暴君である。

「……俺の財布は無事では済まなかった」

 今ならすりにあってもまったく痛くない。

 被害額は三十円で済んでしまうだろう。


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