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土谷真登:第二話 誘因

 夢が続くと良くないんだと母の故郷に住むばあさんが教えてくれた事があった。

「気をつけるんじゃぞ……そういう時は夢の中から人ならざる者が手薬煉引いておる」

 全く、その通りだと思う。

「よく来たのぅ。ほら、こっちにきてお前もあたりなさい」

 夢の中とは思えない程寒く、それでいて色の無い世界だった。

 ただ、この前夢の中に出てきた爺さんが当たる火は赤色で、離れた場所にいる俺にも温かさは伝わっていた。

 問題があるとしたら爺さんの足元にケモノ用の罠がばらまかれている事だろうか。そして爺さんの右手にスタンガン、左手にはトリモチ棒が握られている。

「俺を捕まえる気満々じゃねぇか」

「そんなことはせんよ。じゃから、安心してこちらに来なさい」

 やけに頭に響く声だった。

「お前さんは愛しておる人がおるかね?」

「爺さん、いきなりどうしたんだよ……」

「人は古来より何かと契約して生きてきたんじゃ。この星と契約し、生きる事と死ぬことと契約し、火と契約し……そして、今も契約を続けておる。愛も契約じゃ」

「本当にどうしたんだ……ったく、本当に何もしないんだろうな?」

 見え見えのトラバサミを避けて老人に近寄ると満足そうに笑われる。

「ふぉふぉふぉ、爺が世迷言をいいよると心配になったか」

「いや、そういうわけでもないんだが……」

「安心せい、わしは既に死んでおる」

 死んでいる人間と話しちゃ駄目なのは古今東西よくある話だ。

 じゃあ、俺は死んだのかというと……多分、そうじゃないだろう。

「お前さんに頼みたい事があるんじゃ」

「頼みたいことねぇ」

「そうじゃ。この前夢に出てきたのはその頼みごとを聞いてくれる見返りのつもりじゃった。今は自分で選ぶタイプの奴が主流じゃろ?」

 爺さんはどこから取り出したのかわからないが……一冊の本を俺に渡した。

 その本を受け取り、ページをめくる。

「……美女一年分に、……便器一生分、達磨? 神様の権利に不死鳥の薬……ねぇ」

 一部ページは十八禁と書かれていて拝む事が出来ないが……どれもこれもろくでもないのは間違いないな。

 ろうそくとか鞭とか一体何に使うんだよ。

「お奨めは一生美女に打たれたり蹴られたり、罵られたりすることじゃ」

 うひょひょと下卑た笑いを浮かべている。

「……あんた、神様なんだろう? そんなんでいいのか?」

「無論、駄目じゃ」

「自分で言っておいて駄目なのかよ」

「そうじゃ、不届きものには天誅を喰らわす。わしを罵ったものは全身の骨を抜き取るぞ。その代わりに心太を詰めてやる」

 恐ろしい表情をしながら何かを押しだす仕草を見せる神様。

 やっぱり、神様ってのは狂ってるんだなぁ。

「それで、頼みごとの方は一体何なんだよ」

「ほぉ、頼みごとを先に聞くのか」

 少し驚いた様子に俺は首をすくめる。

「別に聞くだけだ」

「そうじゃな……おっと、話そうにも時間切れじゃな」

 また来るがいい。

 爺さんの声は頭に響き、俺は夜明けの訪れを感じるのであった。



―――――――




 自称か他称か知らないが、暴君なんて呼び名……今頃流行らないって。

 敵を知るにはまず己から。俺の名前は矢光冬治だ。

 年齢は十七、誕生日は一月十日、身長は百七十二センチの体重六十五キロ。

 得意科目なし、その代わりと言ってはあれだが苦手科目も特にないかな。

「うん、まぁ、こんなもんか」

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず……だったか。

 戦うつもりはないものの、握手を求めてきた相手は疑わなくてはいけないからな。

 性善説で成り立っていた時代は終わったのだ。

 財布が落ちていたので警察に届け出たら勘違いされ、電車に乗れば痴漢と間違われ、一人歩いていた幼女にどうしたの? と優しく声をかけたら見回りしていた警察に連れて行かれた。

 極めつけは神も仏もありゃしねーぜとため息をついた売れない小説家……今度は熱心な宗教家に目をつけられて連行されて行った事があった。

 まぁ、俺はそこまで人生に悲観していないがね。

「と、言うわけで俺は通称暴君である土谷真登と友好を図りたいと思います」

「……へぇ」

「ふごいんだな、おはへ」

 今一つピンと来ていない僕っ娘と包帯男が俺の前に一人。

「おい、その包帯はどうしたんだ?」

 口元の包帯を外し、ミイラ男は言った。

「あれだ。土谷真登のパンツの柄を確認しようと近づいたんだ。冬治、おれの事を笑ってほしい……ここまでボロボロにされたのに、あいつのパンツすら拝めなかったんだ」

「辞めたほうがいいって言ったんだけどね。三回も渡来したからこんな事に……」

 不憫な子である。

「そこまでパンツの柄を知りたかったのか」

「……なんつーか、一発殴られてこれは絶対に見てやらないと腹の虫が……いや、おれの息子の気が収まらなくなってな」

 格好よく言っても、無駄だ。

「息子? 結婚してるの?」

「男はみんな一児のパパさ……というわけで、冬治に奴のパンツの柄を拝んできてほしいんだ」

「やだよ。なんで俺が? というかさ、無理だろ」

 お前がやっていることはあれだよ。

 電話かかってきて『はぁはぁ、奥さん……今何色のパンツはいてるの?』『穿いてない』『はぁ? ありえねーし!』そんな変態さんと何ら変わらないよ。

「いいか? まずはこんな感じだ」

 そういって友人は七色の前に立った。

「気さくにこんな感じで……七色、パンツ見せて」

「あ、もしもし? 風紀委員ですか? ええ、また彼です。しょっぴいて下さい」

「だろうな」

 タイムマシンが出来たら数分前に戻ってあいつを助けてやろうと思う。

「そう、これが普通の反応だ」

 俺がそう言うと友人も納得していた。

 それでいいのかよ。

「だが、これがお前だと違うだよなー。同じように言ってみろよ。大丈夫、もしだめだった場合はおれが七色にパンツ見せてあげるから」

「マジかよ……七色、パンツ見せて」

「こ、ここじゃなくて……二人だけなら……ちょっとぐらいはいいけど?」

 照れた七色も悪くはないな。

「な? お前なら大丈夫だろ」

 友人はやってきた風紀委員に両脇を抱えられながら応えた。

「おれが反省文を書いている間に頼む」

「お前は大人しく反省しろ」

 連行されていく友人の後ろ姿は……何だろう、どこか達成感があった。

 友人がいなくなった教室で、七色は首をすくめる。

「それで、僕のパンツ見たいの? 安くしとくよ」

「へぇ、いくらだ」

「そうだね、ジュース一本」

「……そうか、それなら見なくていい」

「えー、これでもかって安くしたのに?」

 アホな事言うのは友人の馬鹿が移ったからだと思いたい。もしくは、七色がアホだから友人までアホになってしまったのだろうか?

 七色の頭に手を載せて、ため息をつく。

「そんな安売りするなよ。お前はもっと高いだろ」

「……そうかな?」

「そうだよ。というか、こんなことはどうでもいいんだよ! まずは暴君と仲良くなることから始めないとな」

 どうすれば仲良くなれるだろうか……。

「そもそも、あいつってどこの教室なんだ? 年上? 年下? パラレルワールドの同位体か?」

「え、何言ってるの?」

 七色は驚いた表情で俺を見ていた。

「土谷さんはこのクラスだよ」

「え、マジで?」

「そうだよ。彼女の席は教室の最後から二番目」

 指差された先には空席があるだけだった。

「ほぉ、暴君って呼ばれている割には机が綺麗じゃないか。俺はてっきり……」

 軽く机をたたくと、背筋にうすら寒いものを覚える。

「てっきり……なんだい?」

「……てっきり、八つ当たり対象になっているものかと思った」

「あんた、あたいの机に何か用事かい?」

 頭を掴まれ、俺は後ろを振り向かされた。

 あたい、なんて一人称……初めて聞いたよ。

「いてててっ!」

 掴まれた頭が悲鳴をあげた。ああ、ゲーセンのぬいぐるみ達の気分を味わっている気がする。

「ば、化け物か?」

 しかし、化け物なんてこの世にいるわけがない。

 そこにいたのはクラスメートだ……そのクラスメート以外は俺の事を遠巻きに見ていて七色も教室の隅っこで俺に手を合わせていた。

 謝罪か、鎮魂か……どちらでも構わなかった。

「お前さんが土谷真登か」

「そーだよ。それがどうした?」

 文句あっか? そんな目で俺を見ていた。

 ちなみに、彼女の右手は俺の頭を掴んで離さない。その手を外そうとしても全然動かなかった。

 びくともしない……滅多に使わない言葉が脳裏をかすめて行った。

「そもそも誰だ、お前」

「俺は矢光冬治だ。この前転校してきた」

「知らねぇな」

「そうか。じゃあこの機会に覚えておいてくれ」

「それで、何だよ。ブッ飛ばされたいのか?」

「お前と友達になりたいんだよ」

 自身の気持ちを伝えると目をしばたたかせた後、一笑された。

「おいおい、あんたがあたいの友達になるだって?」

「そうだよ」

「あたいに釣り合うとは思わないねぇ」

 値踏みするような視線を向けられたので俺は首をかしげる……もっとも、頭は動かないが。

「そうだな、考えてやってもいい……だけど、あたいの拘束から逃げられたらな」

 友達って対等な関係だよな。

 いや、待て。相互理解を怠るのは良くないよな。

 武力に魅力を感じる変人だろうか? ま、とりあえず要求を飲んでみよう。

「そうかい」

 それなら頑張って外れなければならないな。

 今も昔も拳で語れば明日には友達だ。

「ふぬ、ふぬぬぬんっ!」

 両手で華奢そうな腕を掴んでも、びくともしなかった。

 じゃあ、いっそのこと足を床から離してみれば大丈夫ではないか? 実際にやってみた。そうしたら首で全体重を支える羽目になりあっさり挫折する。

「どうした? もう終わりかい?」

「いやいや、まさか……」

 と言っても、力じゃ駄目なようだな。

 俺はしばし考えた後で、連行された友人を思いだした。

「この距離は俺の距離だ!」

 ちゃぶ台返しの要領で両手をはじく。

 本来は……びっくりさせてその勢いのまま俺の頭から手を離す計算だった。

「なっ……くそっ、この野郎っ!」

 結果的にスカートを堂々とめくったようなもんだ。遠巻きに見ていたクラスメートがざわつき始めていた。

「おい、命知らずだな!」

「みたかよ?」

「いや、こっちからじゃ見えなかった」

 幸か不幸か、俺の計算は見事に的中し俺の体は窓へ……廊下側ではなく、校庭側の窓へ放り投げられたのだ。

「あいてててー、もう、土谷たんは暴力的だなー」

「そこがあたいの魅力だろ?」

 窓が閉まって居たらこう持って行く自信はあった(根拠はなかった)!

 つまり、窓が開いていたのだ。

「ま、窓! 窓誰か閉めてっ!」

 七色が叫んでももう遅い。

 そしてもう一つ。ここは三階である。その事が計算外だった。


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