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葉奈:第九話 変われば変わる

 葉奈ちゃんと何事もなく……再びアパートに住めるとは思ってもいなかった。

「入って、いいの?」

 ためらいがちの視線にしっかりと頷いておく。言葉としては出さないけど、しっかりとお帰りと言ったつもりだ。

「うん、いいよ」

 極論を言うのなら俺が彼女を追い出したのだ。だから、俺がサポートをしないといけないはず。

 彼女に対して返事をまだしていないのだ。

 こっちに戻ってきて、すぐさま返事をするつもりだった俺は……父親の話を聞いて辞めることにした。

 短い付き合いの中で、俺は葉奈ちゃんの事をわかったつもりでいたのだろう。もうちょっと、様子を見ておきたくなったのだ。

「どうかしたの?」

「いや、何も。お帰りって言おうと思ってね」

「そっか」

 こうして葉奈ちゃんとの生活がまた始まった。夏休み中は実家に戻っていたので特にこれと言って特別な事が起きなかった。

 二学期から再び、葉奈ちゃんと生活できるのだ。

 ついでに、葉奈ちゃんとの学園生活に(とは言っても学年が違うので登校ぐらいか)胸躍らせながら目覚めると部屋の隅に葉奈ちゃんがいた。

「うわっ……」

「おはよう」

 俺が起きた事に気付いた彼女はいびつに唇をゆがめるのだった。こ、怖い……。

「お、おはよう。どうしたの?」

 膝を抱いて座っている。長い紙の間から双眸が俺を凝視しているのだ。

 唇を再び、ゆがめ、彼女は口を開いた。

「三時間ぐらい見てた」

「え」

「あれからね、兄さんの、冬治さんの役に立ちたいって思って……家事を勉強したの。朝ごはん出来てるよ」

 地面を滑るように移動していき、俺の部屋から出て行った。

「まだ引きずってるみたいだなぁ。やっぱり、こっちに来たくなかったのかもしれない……なんて、な」

 本当はわかっているんだけどな。俺の所為なのは変わりない。

 朝から妹が起こしてくれると言うのもなかなか悪くは無いけどさ、起こし方にもいいやり方があるもんだろうよ。

「もしかして俺が喜ぶと思ってああいう起こし方したのかもしれないな。いや、そもそも起こされちゃいなかったし……」

 ただ単純に体操座りしてみていただけか。

「おっと、そろそろ準備しないと学園に遅れちまう」

 葉奈ちゃんが作ってくれた朝食は何処かギャップがあるような出来だった。

「美味しそうに出来ているでしょう?」

「あ、ああ……本当にね」

 俺のはいまいち美味しくないようなものなのに、葉奈ちゃんの朝ごはんは美味しそうに焼けた目玉焼きなんかだ。

 みただけで口の中に味が広がりそうな黒こげのソーセージ、白味はあるのに黄身のない目玉焼きとか、焦げたじゃこが乗ったご飯だ。

「御馳走様でした」

「ごちそうさまでした」

 朝食を食べ終えたら学園へと行かねばならぬ。

 でも、一人暮らし、ではなく二人暮らしのために洗濯をして干さないといけないし、食器も洗わないといけない。

「洗濯ものを干してくるね……」

「あ、ああ……わかったよ」

 それだけ言って葉奈ちゃんは部屋を出て行った。

 まぁ、当然ながら残ったほうの食器洗いが俺の担当になるわけで、二人分の食器を洗うのは久しぶりだった。

「懐かしいなぁ……」

 食器を洗って乾燥機の中に放り込んでスイッチを押す。

 起動し始めたのにまだ葉奈ちゃんが戻ってきていなかったので様子を見に行く。

「こっちも終わったよ冬治さん」

「え、あ、そっか。それなら行こうか」

 冬治さんと呼ばれることに少し抵抗があるので照れてしまう。

「いやー、何だか兄さんって呼ばれるより名前で呼ばれる方がちょっと距離感あるねぇ」

「……」

 何気なくふった話をスルーされるとそれなりにショックだ。

「葉奈ちゃん?」

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて。冬治さんは晩御飯何を食べたい?」

 太陽を親の敵のようにじろりと眺めてそんな事を聞かれる。

「えーと、そうだなぁ」

「何でも作るよ」

「じゃあハンバーグかな」

「わかった」

 朝食の件が少し尾を引いているものの、聞いてくると言う事は勉強をしていたんだろうな。

「葉奈ちゃんは料理を勉強したんだね」

「うん、冬治さんに食べてもらうためだけに勉強したの。他の人の事は、知らない。あたしのほうに問題があるのかなーって……ふ、ふふふ……」

「そ、そっか」

「あたしね、貴方のためなら何でもできるよ? ああ、今は出来ない事、勿論ある。でもね、出来なくたって何でもできるようにして見せるから……」

 凄く重たい空気が場を支配した。

 どうしたものかと考え込んでいると、後ろから声をかけられた。

「よぉ、冬治」

「ああ、友人か。おはよう」

「おっと、そっちは誰だい。お前のこれか」

 小指を立てていやらしく笑う姿はどう見ても、中年オヤジだ。

 ため息一つ、吐こうとしたら葉奈ちゃんが口を開いた。

「……はい、あたし、冬治さんに告白してまだ答えを聞いていないんです」

「えっと……」

 葉奈ちゃんの表情はどう見ても愉快そうなものではなかった。

 おそらく、あれは……目で友人に対し、どこかへ行けと伝えているように見えた。

 しかし、俺の友達は空気が読めない時があるのだ。

「ははぁ、あれ、おれってもしかして告白後数秒、もしくは数十秒後の現場に出くわしちまったのかっ」

「いや、ちげぇから」

「そうなのか? そんならあれか。これからその返答を聞くつもりだったのか。冬治の今後を決める場所に居合わせたおれは……つくづお前に縁があるな」

 どう説明すれば目の前のアホにうまく納得してもらえるか考えていたら第二の友達がやってきた。

「あれ、冬治君に葉奈ちゃん、だったかな」

「七色、良く来てくれた」

「え、え?」

 その手を掴んで笑うと柄にもなく七色が照れている。

「そんな、大げさだよ」

「気にすんな。ともかく、俺の説明する手間が省けた」

「……七色先輩でしたね。妹の葉奈です。よろしくお願いします」

 俺と七色の間に割って入って二人に頭を下げる。

「えと、葉奈、葉奈ちゃんって、嘘。この前会った時はあれじゃん。茶髪だったし、まぁ、何となく面影ある……かも?」

「そうなのか? おれは直接みたことはな……くもないけど、こういう子だったかな」

 でも、やっぱり違うんじゃないかなと友人は首をかしげていた。

 葉奈ちゃんの変化は既に始まっていたのだ。そして、今日が周りに変化を認めさせる一日目だった。


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