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夏八木千波:第三話 夏の浜辺で楽しんで

 千波にとって俺は兄貴であり、俺にとって千波は隣の幼馴染だけど妹だ。

 無防備に俺に近づいてくるたびに悶々とする俺、正直言って気持ち悪い……うう、押し倒すぐらいの気概があればいいんだけれど、絶対に千波の奴は困惑するっ。

「……はぁ」

 困った顔の千波や、泣きそうな顔の千波なんて見たくない。

 押し倒してから、どうせ何もできやしないのだ。ごめん、こけたといってそれっきりな気がする。

「うおおおおおっ、俺はどうすればいいんだーっ」

 俺はベッドで悶えていた。

「兄さん、うるさいです」

 そして、そんな俺を窓の向こうから迷惑そうな顔で見てくる千波。

「……すまん」

「明日からの林間学校を楽しみにするのはわかりますが……」

「千波も少しぐらいは楽しみだろう?」

「はい、兄さんと久しぶりに外に出かけるので嬉しいです」

 これこれ、こういうの。無駄に男心をくすぐってくる悪戯っ子な妹の態度。悶えるね。

「うおおおおおおっ」

「兄さん……気持ち悪いですよ?」

「重ねてすまん」

「ぴたっとやめられるのもなんだか情緒不安定そうで怖いです」

「そうか、じゃあ、遠慮なく! うおおお……」

「それ、別に声に出さなくて出来ますよね」

 俺の身もだえは静かになっても続いたのであった。

 そして、当日。千波と一緒に林間学校へとやってきた。

 正しく言うなら林間学校のメインイベントであろう海へやってきた。

「どうだい、千波。これが海って言うんだよ」

「知ってますよ」

「ごめんね、お父さんが仕事ばっかりでかまってあげられなくて」

「あ、ここはお父さん目線だったんですか」

「半分、事実だし」

「今度、父さんに言っておきますね。人間にはえぐっちゃだめな傷がありますよ」

 子供のころは千波の両親は忙しかった。そういう理由もあって、俺の家で過ごすことも多かった。今はどっちかと言うと逆だけどな。

「やめて、またバンジーするときにごめん、紐が千切れそうとか言われそうだから」

 あの人、命にかかわるようなうっかりをやっちゃうからな。

「みろよ、夢川の奴。ぷぷっ、女がいないからって妹分の千波ちゃんと一緒に居るぜ」

「御愁傷様だな。くくく……」

 俺はこの二人が哀れで仕方がなかった。あいつらは彼女もおらず、男同士で遊んでいるのだ。

「いやー、千波と一緒に遊べて良かった。水着姿もかわいいし」

「そう言ってくれると嬉しいです……でも、あまり見ないでください」

 それにな、千波について行けば下級生の女子生徒と会えるのだ。

 ぐへへぇ。

「兄さん、締りのない顔になっていますよ」

「え、マジで……?」

 顔を触ってみるけれども、自分じゃ良くわからなかった。

 気取られたら千波の機嫌が何だか悪くなるからなぁ……やっぱり、妹ってお兄ちゃんを取られるかんじがして嫌なんだろうか。

「嘘です」

「千波、嘘はよくないぞ」

 そういって肩に手を置くが素早く振りほどかれた。

「千波の水着姿に欲情するとか……信じられません」

 冗談でもけだものぉ…とか顔をするな。傷つくわい。

「してねぇよ……するわけないだろっ。誰が妹の体を見て欲情するかよっ」

「む、今のは聞き捨てなりませんね」

「スル―スキルは必要なものだぞ」

「さっきは水着姿可愛いって言ってくれましたよね?」

 さっそく詰められる俺。

「ま、まぁ、言ったな」

「その言葉、信じていいんですよね?」

「ああ、もちろんだ」

「うん、じゃあ、許してあげます」

 いつものやり取りをしながら浜辺を歩いていると複数の女子生徒が走ってくる。

 最近の娘って発育いいよなぁ、何食わせればあんなに揺れるんだ? うちの千波ちゃんにも何を食べたらいいのか教えてくれるといいのに。

「兄さん、顔」

「……すまん」

「夏八木さーん」

「あ、夏八木さんのお兄さんだ!」

「夢川先輩もきてくれたんだ!」

 うん、浜辺で色とりどりの水着を着ている女子生徒ってのは素晴らしいな。下級生の女の子に囲まれて、俺の将来は明るい。

 ま、無条件で慕われる先輩なんてそうそういるわけもない。俺がこうやって慕われるのには事情があるんだよなぁ。別に、千波のお兄さんだから、だけではない。

 千波からはしっかりと釘を刺されている。

「紳士で居てください」

「ほーい」

「返事が適当すぎます」

 俺が慕われる理由……ほんの少し前に一年女子更衣室を覗いている輩がいると千波に相談されたのだ。

 一年生を主に狙ったものらしく、頼まれた俺(暇だったので徹底的にやらせていただきました)は独自に調査し、犯人を見つけてしばき上げた他、色々とやった。

 二年、三年生は被害に遭わなかったようでそれはそれでよかった話だ。俺も先生方から感謝されて、こうやって下級生の女子生徒からも尊敬を集めている。

 だけどまぁ、千波は冷ややかだった。

「千波ちゃん、頼りになりますねなんて後輩女子から言われたの僕ちん、初めて」

「天狗になっていると悪い女に騙されて、全裸でアスファルトに放置されますよ。それからは想像に難くないです。すぐさま学園に噂が広まって兄さんなんてゴミ箱行きですからね。だから、千波の友達と一緒に遊んだりしても絶対にえっちな目でみないで下さい。みんな、兄さんの表の顔を本当の顔だって思ってるんですよ」

 とりあえず、『かっこいい千波のお兄さん』を壊すなという事らしい。

「兄さんだって夢を壊されるのは嫌でしょう?」

「まぁ、な」

 俺もきぐるみの中に人がいた事を知ったら死ぬほど驚いたけどさ。夢を壊されるのは辛い。いや、ゴ○リの中に人なんていないけどね。あれはああいう種族だ。ほかにも赤いモップの化け物やら緑の怪獣もいるけど、日本の学界は興味を示していないからな。おそらく、裏で政府とつながって着ぐるみと嘘をついて潜伏しているんだろう。

「お兄さん、あっちで遊びましょ!」

「みんなでビーチバレーやりましょう!」

「ビーチバレーか。じゃ、チーム分けは……」

「……兄さんは千波とだから!」

 まぁ、こうなるだろうとは予想していた。

「はいはい、本当お兄さんの事が好きねぇ」

 理解がある周りのお嬢さんたちでよかったな。

「……別に、好きじゃないけど。兄さんが他の人に迷惑かけるかもしれないから」

「そだねー」

「そうだよねぇ」

 周りの人たちも見守る会の人たちなのかもしれない。胸の発育のほうも見守っていただきたいな。

「ま、いっか」

 二人が一緒だとヒートアップするのだ。俺がじゃない、千波が、だ。どのくらいヒートアップするかと言うとエフェクト付きの必殺技をゲージMAX状態で撃ちまくる。

「見ててください、兄さん」

「来ましたっ」

「千波のすごさ、見せてあげます」

「きたっ……」

 ずこばこずこばこ、ボールが相手のエリアに叩き込まれる。

「カットインとか、ばりばりはいってるよ…」

 威力も凄いのだ。

 浜辺を抉り、海面を真っ二つにする程だ。もはやこれはビーチバレーではない。

「あちゃー、ちなみんが最後のボール割っちゃったよ」

 開始十分で二桁のボールが破裂してしまった。まだ一回戦だ。

 しかし、どんだけ凄い力で叩きつけてるんだよっ。点数決まるごとに俺の方を見て褒めてくれって目で言ってくるけれど、そこまで褒めてやるほど俺も人間が出来てないんだ。

「お前さん、力抜いてやれやれ、こら」

 千波のほっぺを引っ張って叱る。

「ひゃっへ、ひゃっひょひひほほ、ひへはいへす」

「何言ってるのかわっかんねーよ」

 俺らがいがみ合いを始めると、周りがいさめてくる。

「まぁまぁ、お兄さん」

「ちなみんも格好いいところを見せたかったんですよ」

「この子、運動神経抜群だから」

「それに、こうなる事がわかってスイカ持ってきてますから!」

 手早く下級生の子たちが準備をしてくれる。千波は友達から好かれているらしいな。本当、友達関係がうまくいっているようでよかったよかった。

 スイカを割るだけだというのに、何故か一人はスコップを持って穴を掘っていた。

「せんぱーい、ここにはいってもらえますか?」

 この後の展開が簡単に想像出来た。

 この子たちは、俺の頭をたたき割りたいらしい。あれ、おかしいな。俺って尊敬を一心に集めている格好いい先輩じゃなかったのか。

「オーケー、そこが墓穴だとわかっていても向かおうじゃないの」

「さすが先輩。話がわかりますね」

「……罠だとわかっていても、男は時として穴に挿れたいときがあるもんな……いたいってば、千波」

「そう言う事は言わない約束です」

「悪かったよ」

 大人しく穴に入り、埋められる俺。砂に包まれ、ひんやりとして冷たかった。

「下級生の女の子に埋められる気分はどうですかー」

 この子は本当にうれしそうだなぁ。俺を埋めるのがそんなに楽しいのか?

「気分は最高さ。眺めもいいよ。うん、ばっちり」

 入って気付いたけどこんなローアングルから女の子を眺め放題って特権じゃないか。下半身が元気になっても砂の中だから苦しいだけで気付かれないし。

「……兄さん大丈夫?」

「大丈夫だよ。当たってもそんなに痛くないだろ? 気にしすぎだ」

 使えそうなのは拾ってきた枝ぐらいだろう。枝もよく考えたら痛いんだけど、折れてしまえばそこまでだ。

「でも、木刀なんだけど」

 指差す先には木刀があった。それを握って素振りしている子は確か……剣道部だったかな。しかも、撃ち損じに定評がある子だ。

「やるっす」

「じゃあ、セット完了」

 俺の頭の近くに置かれてるスイカと雌雄を決するときがこようとは……。スイカ割がザクロ割になっちまうよ。

「じゃあ、はじめま……」

「待った! 誘導役は真面目にやってほしい。これは先輩からのお願いだ。心からのお願いだ!」

 林間学校でふざけて生徒の頭を割る……そんな記事が明日の特集として組まれるのではないか不安になった。

「いっけー先輩の頭かちわっちゃえ!」

「撃ち損じみー子っ、がんばれー」

「ザクロみたいにしてやるっすよ」

「……兄さん」

 そして寄ってくる剣道部少女。しかし、振りあげるたんびに揺れる胸……それをこんな下から見れるなんて。

 下乳ばんざいって言う人の気持ちがちょっとはわかるかも。

「……すげぇ、ダイナミックなおっぱいだな、おい」

 そんな言葉が出るのも致し方が無い。もちろん、後輩たちに聞かれるほど大きな声ってわけじゃない。

「みー子ちゃんっ、兄さんの頭はもうちょっと右だから」

 しまった。ばっちり千波に聞こえているじゃないかっ。

「こっちっすね?」

 そして俺の近くまでやってくる剣道部少女。

「みー子流奥義はらきーり」

「剣道部はそんな技名を言いながら斬るのか。しかもだせぇし」

 振り下ろされた木刀は一直線に俺の頭へ。

 なんて、そんな危険な展開にはならず、スイカと俺の頭のちょうど真ん中に当たった。砂浜に突き刺さった木刀が威力の程をぱっと見で脳みそに伝えてくる上に、俺の顔にも砂がかかっている。

「しくじったっす」

 そういって俺の近くでしゃがみ込む女子生徒。ローアングルからのドアップに鼻血の準備が急遽始まりつつあった。

「……何このドキドキ感。年下にこんな乱暴なことされているのに胸の高鳴りを抑えられない」

 その後も人を代え、手段を襲ってくる下級生たち。

 下から眺め放題の天国と、近くで見れば見るほど自分に近づく危険性……このもどかしさが、またオツなものである。

「しんじゃえー」

「ぱっくりわっちゃえー」

「冗談でもしんじゃえーとか言うんじゃないっ」

「じゃあ、後輩女子にいかされちゃえー」

「急にやらしくなってきたな……」

 そんな感じの余り教育によろしくない言葉が聞こえてくる。

 結局、誰ひとりとしてスイカ(そして俺の頭)を割る事が出来なかった。

 そして、最後の一人がやってくる。そう、千波の出番だ。

「……行きます」

 目が本気だ。本気で何かを叩き潰す色をしている。

 これまでの子もそうだったけれど、最初の子以外、どれも誤差が三センチ程度ってどういう事だ。徐々に誤差がきわどい感じになってきているから、今度は確実に俺か、奴の頭が真っ二つにたたき割られるに違いない。

 気付けば俺の公開処刑にギャラリーが集まっていた。

「俺もやりたい、後輩女子に頭叩かれたい」

「事前受付のみです」

「そんな」

 あほが数名、スイカになりたがっていた。

 緊張感と静寂が、この場所を飲み込んでいる。

「あのさ、スイカ割りってもっとワイワイやるものだと思うんだ」

「うっさい、スイカは喋るなー」

「そうだそうだー」

 外野の声で再び静かになるこの場所。

 十回その場で回ったとは思えないしっかりとした足取りで千波がやってくる。

「……」

 うわぁ、千波の体もやっぱり成長しているんだなぁ。ローアングルで妹分をやらしい目で見る俺はいずれ大物に成るに違いない。

 もっとも、ここでその命が絶たれたら意味がないのだが。

「ふー……」

 先ほどまでのドキドキはどこへ行ったか、俺はただ安心してその時を待った。

 千波が俺に当てることなんてありえない。口に出す必要はないし、なんとなく口に出してしまうとそれは千波を信じていないと言っているように感じた。

「……そこっ!」

「…」

 浜辺にたたきつけられる木刀は見事にスイカをかち割った。

 そして湧きあがる歓声。

 よかった、これがブーイングだったら今度から学園にいけなくなるところだった。

 そして終了後、俺たちは教師に揃って怒られた。まぁ、当然の結果だな。俺のわがままを聞いてもらったという話でみんなをかばって見せたが後で先輩らしくビシッと怒ってやらないといけない。

 怒ってやろうと思ったが、その間にみんな逃げてしまった。

「やれやれだ。隣座るぜ?」

「どうぞ」

 砂から出してもらえた俺の隣に、千波がすわる。

「騒ぎませんでしたね」

「そりゃあ、千波だからな。俺が信用してやらなきゃ駄目だろ」

「千波を信じる?」

「そうだよ。別に変な事でもないだろ」

 スイカを口にして思う。うーん、すでに暖かくなってるなぁ……。

「信じたのは兄さんが幼馴染だからですか? それとも、兄だからですか」

 変な質問に首をかしげてしまう。

「なんだそりゃ。俺は俺だから千波を信じたんだよ」

「……そうですか」

「変な奴だな」

「兄さんほどじゃ、ありません」

 こうして、危険なにおいがする楽しいひと時は過ぎていった。


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