葉奈:第四話 缶に入ったお汁粉
妹が何を考えているのかわからないと言う諸兄の皆さま、俺もその一人になる事が出来ました。
程々に仲が良くなったとは思うものの、何を考えているのかよくわかりません。
メンチきったらバリバリ怖いほんまもんのヤンキーと思われる妹……風呂上がりのバスタオル姿を見られて一言。
「な、何見てんだよっ」
これは良くある事だろうか。
俺がリビングに居る事を知っていたみたいでさ、脱衣所から廊下に出るところ『っしゃー、よし』とか言ってた。電気付いているのわかっているだろうに……そして、さっさと服を着ればいいのに。
妹居なかったらこんな事なかったさ。家族の風呂上がりなんて見慣れてしまうのだ。変な気持ちを抱く事もないだろう。
実はさ、葉奈ちゃんという妹が出来た俺もそうだったよ。
最初はどきっとしたもんさ……でも、慣れた。二日で慣れてしまった自分が悲しい。
俺もね、葉奈ちゃんが初日に『なに見てんだよ!』って言ってくれればうまく『お、おまえがそんな無防備な姿をさらすからだろっ』なんて突っ込みを言えたと思う。
「ああ、ごめん。上がってきたんだ」
ちらりと一瞥する必要もない凹凸の無い身体に胸がはずむ事もない。
そらぁ、二日で慣れるわけだ。脱いだらぼんきゅっぼんはさすがに夢の見過ぎだった。
女性の価値が体つきで決まるわけでもない、男だって見た目が全てじゃないはずだ。
しかし、生憎ながら……俺は出来れば、ぼん、きゅっ、ぼんが好きなのだ。中にはわかってないなぁという人もいるだろう。
壁面が好きな人もいれば、女なら何でもいい、そして、俺みたいに豊満な方がいいと言う御仁もいる。中には胸より尻だ、足だ、いや、へそだ! 等と言った話をされるかたもいるだろう。
みんな違って、素晴らしい……いつだったか先生が言っていた言葉をふと、思い出した。
ああ、俺って汚れちまったんだな。そんな気持ちを押し殺し、俺は立ち上がる。
「引っ込むよ」
「え、あ……」
見た目冷静に、心の中もかなり冷静にその場を後にするとついてこられた。
「葉奈ちゃんどうしたの?」
「あー……その、あたしがいきなりこんな姿で兄さんの前に飛び出たのが悪かった」
ばつが悪そうにする葉奈ちゃん。
「いやいや、俺が悪いよ。連日出てきて葉奈ちゃんは気にしない子なのかな―って思ってたんだ」
俺が悪いのだ。基本的にこういう事って女子より男子の方が悪くなるもんだし。
不条理だと嘆くだろう……だが、其処がいいと言う御仁もいらっしゃる。
「風邪をひくから、早く服を着たほうがいいよ」
「えー、あー……そうだな」
しばらくまだ濡れている髪をガシガシ拭いてから葉奈ちゃんはため息をついていた。
晩御飯を食べているときなんて俺の方を気にしているようにも見えた。
自意識過剰な兄さんかもしれないな。
そんな妹との生活も本当に慣れてしまった六月終わりの事だ。
そろそろ雨が降るんじゃないかな―と走って家に向かっていたら河川敷で不良に囲まれる妹を発見した。
「ふーむ……これはあれだな」
あれっきり、二人の間には微妙な距離感が生まれている。
仲は悪くないんだけれど、葉奈ちゃんは俺に何かを話そうとしているのだ。
しかし、踏ん切りがつかないのか黙りこんでしまう。
じゃあ、こっちから聞いてみたらどうだろうかと試しに実行したら……。
「な、何でもないって言ってるだろ!」
大声を出し、ばつが悪そうな顔をして部屋に引っ込んでしまうのだ。
そろそろ友人と七色に相談したほうがいいかもしれないなぁ、そう思っていた矢先の話だ。
「……こういうときは行かないと駄目だよな」
兄として、男として、そして、葉奈ちゃんと仲直りするために。
ひとつ屋根の下に暮らしているからやっぱりわだかまりは無くしておいた方がいいはずだ。
そんな男としては萌える……いいや、燃える、シチュエーションを逃す選択肢なんてない。
心のアクセル踏み込んで、精いっぱいの大声で濡れた土手を駆けおりた。
何度も滑りそうになりながら一直線に集団の中へと入りこむ。
「まてぇいっ。俺の妹を……」
「おらぁっ!」
「ふべらっ」
妹を助けに入ったら本人から殴られた。これほど馬鹿な話があるだろうか。
鋭利な刃物のような一撃は的確に俺の鳩尾を捕らえたのだ。
葉奈ちゃんは近年まれに見る手ごたえを感じた事だろう。
本物のヒーローが、幼稚園のお遊戯会の悪者を倒すような気分だ。
「って、に、兄さんっ!?」
「は、葉奈ちゃん……」
薄れゆく意識の中、俺は周りを見渡した。
不良がぽかーんとした顔をしていた。そりゃそうか。
「は、葉奈ちゃんっ……頼りない兄貴でごめんよ」
そこで、俺は力尽きた。
「……てめぇら、ゆるさねぇっ」
ただまぁ、結果的に俺の介入は妹にとってプラスになったらしい。
逆切れ的なニュアンスで彼女の心の中のアクセル全開……。
らしいと言うのは確定的な情報が無い為で、妹のおそらく愛ある行動(気付けで殴られました)で目を覚ました俺は河川敷の泥に沈む不良たちを拝む事が出来たのだ。
兄妹愛を感じたよ。
「怪我は?」
「ない。大丈夫」
濡れた制服は淡い水色の下着を透けさせるのには充分だ。しかし、彼女はそれを隠そうともしなかった。
「その、……格好良かったぜ、兄さん」
降りしきる雨の中、目をうるうるさせている妹を見てほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまう。
でもまぁ、実際に助けたわけではない。
これをきっかけに葉奈ちゃんと仲直りできるかも……そう思って俺が割って入らなくても、葉奈ちゃんならこの程度の人数あっという間に片づける事が出来たのだろう。
俺が逆に入ったことで下手に心配させてしまったようだ。
「でも、兄さんが助けに入ってくるとは思わなかった」
「あー、それは……当然だろう。こういう時に助けに入らないのならいつ助けに入るんだい?」
血が繋がって無い。
会って月日が経ってない。
妹のことを良く知らない。
妹がヤンキー。
なにを考えているのかよくわからない行動をたまにする。
最近は家事に興味を示し、洗濯機を一台お釈迦させた。
フライパンを二つ駄目にした。
笑うと、ちょっと可愛い。
そんな葉奈ちゃんの兄なのだ。
「兄さんはやっぱり凄い」
時折、葉奈ちゃんは俺のことを何処かの誰かと間違えているのではないかと思えてしまう。
そんな羨望の眼差しを向けられる理由がわからないし、買い被りだと思うのだ。
「あのさ、葉奈ちゃん」
「何?」
腹を擦ると葉奈ちゃんが心配そうな目を向けるのでやめて、俺は最近の事を話すことにした。
「一体、葉奈ちゃんは何を話そうとしているんだ?」
「……ごめん、まだ言えない」
「そっか。じゃあ、いつかは教えてくれるんだね?」
「待ってくれるなら」
「待つさ」
ありがとう、そんな声が聞こえてきた気がした。
そして、次の日……何故だか俺だけ風邪をひき、大事を取って休んでいた。
一日休んでいたら体調もだいぶ楽になり、夕方には起きて晩御飯の準備をしていた。
「ま、こんなもんかな」
鼻づまりで味が良くわからないものの、まともにできたと思う。
その時、チャイムが鳴り響いたので俺は鍵を開ける。
「はいはい、どなた? 須川? トマト? 送り主はアマズンですかね」
何か頼んでいたっけ?
「いいえ、僕です」
そういって七色が顔を出した。
「何だ、七色か」
「何だとは何だね。こうやってお見舞いに来てあげたのにねぇ」
嫌な世の中になっちゃったものだよとばばくさく言っていた。
「はい、これお土産」
そう言って缶に入ったお汁粉を手渡された。
「……悪いな」
しかし……よりにもよって缶のお汁粉か。
「そんながっかりした顔をしないでよ。安心して、もう一つあるから」
「お、そうか」
「はい」
そういってもう一本缶に入ったお汁粉を渡された。
「好きでしょ、これ? 美味しいもんねぇ」
「……お前がこれを大好きだと言うのは伝わったよ。風邪ひいたときはこれを土産に持って行く」
「うん、ありがとう」
その時、廊下の方から音がした。
首を出して確認すると葉奈ちゃんが帰ってきたようだ。
「あれが噂の葉奈ちゃん?」
「ああ、そうだ」
葉奈ちゃんは七色を見て一言。
「誰?」
「こっち、七色虹。俺の友達だよ」
「ふーん?」
頭からつま先まで見て葉奈ちゃんは言った。
「男?」
「ううん、僕は女の子だよ」
「僕ぅ?」
奇異の目で見ていた。
「僕は帰るよ」
「そうか……わざわざ悪いな」
「ううん、気にしないで。じゃあね」
そういって七色は去っていった。
「兄さん」
「んー?」
「今の奴と、仲いいの?」
「まぁな」
「……あいつさ、男かもよ」
「え、何でさ?」
「だって、胸全然ないし、僕って言ってるし……あ、それとお土産」
七色をこき下ろしまくった後に、お土産を渡された。
「……缶に入ったお汁粉ね」
「ああ、これ意外とうまいんだよ」
胸が小さい女の子って、缶に入ったお汁粉、好きなんだろうか。
いやいや、たまたまそうなのだ。
三つに増えたお汁粉は俺が頑張って飲み干しましたとさ。




