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葉奈:第二話 眼と眼があって拳で語る

 ぽっと出の義妹を警戒しつつ、家事をする俺。

 これで妹が俺の事を一方的に好きで、積極的なら何ら問題はなかったと思う。

 見た目ヤンキーで、言動おかしくて、その父親が『娘の教育上良くないから君は一人暮らししてくれ』と言って来るようなクズと来た。

 警戒するのも仕方のない話だ。

 家賃は親が払っていて、生活費も充分な額をもらっていると思う。

「一人で、生活する分なら充分なんだけどな」

 そう、問題はやはりここで妹が出てくる。

 毎日学食でデザートをつけても問題ない金額だったのに、妹がこの家に住む事になって計算をし直した。

 結果、二千円残る程度ではないか……そう考えられる。

 妹がこちらにやってきた事を親に話すべきかどうか悩み、結局言わなかった。

 こういう大切なことは親が、あの父親がこちらに話を持ちかけてくるべきだし、俺から話すにしてもうまく説明出来る自信が無かったのだ。

 金額がぎりぎりである事も相談しようと考えた。

 それもまた、辞めておいた。

 本当にやばくなった時に連絡すればいいだろうし、まぁ、何とかなるだろう。

「節約かぁ……」

 節約する以上……そもそも、一人暮らしをすることになったので家事の練習もしなくてはならないのだ。

 うまくやりくりできなければ、実家に戻されるだろうし……何より、あの父親の顔を拝むのは嫌だ。

 学食は諦め、これは毎日お弁当を作る必要が出てきた。

 初日の料理は俺が担当したし、義妹のお弁当まで用意した。

「……ふー、明日もこの時間か。少し眠いがしょうがないな」

 母さんはこれより早い時間帯に起きて準備してたんだもんな。

 なーに、慣れればどうという事はないさ。

 想定していたよりも少し遅れた時間になったものの、何とかうまくできた。

 お弁当にふたをして、包んで置いておくと葉奈ちゃんが部屋から出てきた。

 既に出発準備は整っているらしく、俺が二つのお弁当を準備しているのをみると一つを軽く持ち上げた。

「あ」

 つい、そんな声が出てしまう。

「じゃ、持ってく。ってきまーす」

 そういって義妹さんは行ってしまいましたとさ。

 俺の靴を蹴散らしながら部屋を出て行く妹にため息をつくしかない。

「ありがとうもなしか……ま、俺も母さんに言った事ないし、あの子の中では当然の事なんだろうか?」

 ヤンキーだってありがとうの一つ言ってくれるのになぁ……つまり、ヤンキーじゃなくてあの葉奈ちゃんが礼儀知らずなんだろうね。

 本当のことを言うと義妹からありがとーって言ってほしかった。ちょっと俺が女々しいのかもしれない。

「うわー、兄さんって料理もできるんだぁーって……はぁ」

 不思議なもんだな。

 まともに話すようになって一日も過ぎてないはずなのに、あの子は俺と『兄妹』をやっているんだ。

 俺があの子の立場なら、出来やしない事だ。

 見知らぬ男の部屋に同居させてくれと頼み込み、長年知っているような相手みたいに接する事……どう考えても不自然極まりないね。

 もっとひと悶着あるもんだと思っていただけに、構えている自分が滑稽だと思えてきた。

「そろそろ俺も行かないとな……」

 そんな時、携帯電話が鳴りだした。ディスプレイを確認すると母さんからだった。

 電話の内容は妹……葉奈ちゃんの件だ。彼女は『学園の近くに住む友達の家に厄介になる』と言って出て行ったそうな。

 つまり、あの子は嘘をついて家にやってきたのである。

「聞かないわけには……いかないよなぁ」

 その日の授業が終わって、友人から遊びの誘いを断って妹に会う……というよりも校門で待っていた。

「あれ、兄さん?」

「ああ、そうだよ」

 てっきり『兄さんとかいらね』と言われるもんだとばかり……それはとりあえず置いておくか。

「ちょっと話があるんだ」

「話?」

「そうだよ」

 他の生徒達が俺たち二人のことを見て行っていた。

「何あれ彼氏?」

「彼氏普通すぎね?」

「言えてるっ。ある意味釣り合ってねー」

 男子生徒二人が笑い合っていた。

 やれやれ、待つ場所を間違えたのだろうか。まぁ、これは俺の心中だ。

「おい、お前らみせもんじゃねぇぞ!」

「ひっ」

 そこはそれ、ほら、うちの妹はヤンキーざんしょ? ちびるぐらいのメンチ切って散らせるなんて芸当を見せてくれましたよ。

「じゃ、行こうか」

「どこに案内してくれるん?」

 俺は葉奈ちゃんをひきつれて校門を後にするのであった。

 歩いて十分程度の場所に、いい喫茶店があるよと新しく出来た友達に教えてもらったので様子見がてらにやってきた。

 想っていたよりもおしゃれな印象を受ける場所で、女の子がいなければスル―していたかもしれない。

 しかし、俺よりも……葉奈ちゃんの方が緊張してるようであった。

「すー、はー……兄さんからの早速のご招待。へまをするわけにはいかねぇっ」

 何やら小声で呟き、深呼吸をしていた。

「……具合が悪いのか?」

「え? 違う違う。こんなところに連れてきてもらうなんて初めてだから、ちょっち緊張してるだけ」

 嘘をつけるような性格じゃないのだろう、喫茶店に入ると言うのに分の悪い闘いに赴くような表情をしている。

 おかげでこちらに余裕も出てくる。

「さ、行こうか」

「あ、ああ」

 どもった葉奈ちゃんをひきつれ、俺はウェイトレスさんに二名と言って一番奥のテーブルに着く。

 ここでも釣り合い取れていないみたいな言葉を耳にしたものの、葉奈ちゃんには聞こえなかったようだ。

 席に着き、メニュー表を開く前に葉奈ちゃんが俺を見た。

「さぁて、兄さん予算はどんくらい?」

 やっぱり、俺が払うのね。

 ま、いいけどさ。そのつもりだったし……。

「それに関連した話もあるんだ」

「話?」

 首をかしげるときは年相応に戻るのかあどけない表情を見せた。

 何と言うか……お猿さんが細工された箱の中にある餌を食べようか悩む感じ?

「話って言うと?」

「生活費の話だよ。二人で暮らしていく以上はどちらかがお金を管理しなくちゃいけない」

「ああ、そう言う事か。全部兄さんに任すわ。あたしがやるより兄さんがやる方がいいだろ」

 それは望むところではある。

 と言うか、葉奈ちゃんに任せるのは不安だ。一週間後には二人で実家に帰る必要が出てくるだろう。

 まぁ、その時も徒歩で向かわねばならないかもしれんがね……。

「ん? じゃあ、この茶店に入るのもまずいんじゃねーの?」

「そこは俺の財布から出すよ」

「じゃあ、とりあえずのみもん、たのもーぜ」

「そうだね」

 さーせん、そういって近くにやってきたウェイトレスを葉奈ちゃんは呼びとめる。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 葉奈ちゃんを見て一瞬だけたじろいだようにも見えた。

 気持ちはわかる……そして、何と言うか……モロ俺好みの少し年上っぽくて優しい感じのするお姉さん系だった。

 おまけに胸もでかいと来た!

「あたしはコーヒーで。兄さんは?」

「……むぅ」

「兄さん?」

「おっと……あ、俺はコーヒー」

 つい、ウェイトレスさんを眺めていたので全然気付いていなかった。

 ウェイトレスがいなくなった後、あまり良くない感じの視線を向けられる。

「……兄さんはあんな感じの女がいーんだな?」

「まぁ、そうだね。それはいいとして、お金の話ね。あまり贅沢は出来ないよ」

「へーい。ま、あたしが欲しいもんあったら自分の小遣いで稼ぐから問題ないっしょ」

「ま、問題ないようだから良かったよ」

 よかった、葉奈ちゃんが『生活費って結構もらってるんだろ? ちょっとまわしてくれよ』なんて言わなくて。

「ところで葉奈ちゃんはお小遣いいくらもらってるの?」

「あー……っと、確か……六千円かな」

 マジかよ。

 俺なんて千五百円だよ。

 五百円は携帯電話使用料金として母さんが渡した後に徴収するし、未来への貯金として五百円貯金されているし……実質、使えるのは五百円だよ!

 バイトも……母子家庭じゃなくなったから許可されないって学園側に言われたし……もしかして、俺の方が生活費に手を出しちゃうかもしれないよ!

「あの、兄さん……何だか悲惨な表情してっけど……あたしが払おうか?」

 勘が鋭いのか、それとも俺の顔に書かれていたのか……葉奈ちゃんがそんな事を言いだした。

 しかして、経緯はどうであれ、兄貴になったのだ。兄貴がここで出しゃばらなければ一体どこで出しゃばると言うのだ!

「は? いやいや、それは勘違いだよ。俺は大丈夫、バイトで溜めた金があるからね。何か頼みたいものがあったら頼むといいよ」

「んじゃ、遠慮なく!」

 葉奈ちゃんは嬉々としてメニューに手を伸ばした。

「はは、本当に……遠慮なく、ね」

 今月発売のゲームソフトを俺は諦めるしかなかった。

 二度目の注文を終え、時間が出来た。

 家事はどうするのか話した後(全て、俺ですとも……)、気になっていた事を訊ねることにした。

「何で俺の部屋に来たの?」

 答えてくれないかな……そう考えていたらうざったそうな表情になる。

「親父が嫌いなんだよ。過保護すぎて」

 うんざりした感じでそう言った。

「兄さんには悪いけど、新しく出来た母親というのも……一緒にいると気持ち悪い感じがするんだよなぁ。あたしにとってはただのおばさんだし」

 俺の方を見て気まずそうに言う。そりゃあ、そうだろうな。でもまぁ、そこは納得できる話でもある。

 なにせ、こっちはあの父親の事を殴ってやりたいとさえ思うのだ。まだ葉奈ちゃんより性質が悪いものだ。

「ま、いきなり家族が出来ても戸惑うよねぇ」

「だろ? ……ん?」

 そこで葉奈ちゃんは首をかしげた。

「って、言うとあたしも?」

「んー、俺にとって君もその一人、だと思ったんだけどなぁ。今一つ分かんない。ぐいぐい攻め込んでくるタイプだからか?」

 顔を見ていると背けられる。

「どしたの?」

「あ、いやー……その、てっきり嫌われているかと思って」

「その割には俺の所に来たよなぁ」

「まぁ、兄さんならわかってくれるかもっつーか、なんつーか……」

 歯切れ悪くそう言って、運ばれてきたメニューの品に手を伸ばす。

「葉奈ちゃんだってまだ俺に慣れてないだろ?」

「ぶほっ、げほっ……」

 俺にコーヒーをぶちまけ、むせ始めた。

「は、葉奈ちゃん?」

「あれ? 名前間違ってたか? 葉奈ちゃんだよな?」

 実に妙な表情をしていた。

 まるで琵琶湖でネッシーを見たような顔をしている。

「名前は確かに葉奈だけどさ、ちゃん付けはないわ」

「そう? いいと思うけどね」

「……兄さんがそういうんならいいんだけどさ」

 強く否定されるのなら辞めようと思っていたので、俺は安堵する。

「話は家事に戻るんだけどさ、本当に何も出来ないの?」

「んー……洗濯物を畳むぐらいは出来る」

「そっか、じゃあお願いするよ」

「ああ、わかった」

 何かしら家事はさせておいた方がいいだろう。

 その方がもっと打ち解けられそうだし。

 一生懸命肉料理と格闘している妹を見ながら俺はそんな事を考えるのであった。


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