馬水雫:第十話 高価なテーブル
雫と葉奈ちゃんを仲良くさせたい。そう言う理由で、事前調査を行った。
雫から葉奈ちゃんについての話を聞きました。
「超粗暴。あんなのが冬治君の妹に成るなんて信じられない」
葉奈ちゃんから雫についての話を聞きました。
「超暴君。あんなのが兄さんの彼女に成るなんてありえない」
どっちに聞いても相手のことをよく言うのはあり得なさそうだ。
「似た者同士だ。これは仲良くしてもらえる可能性が高い」
何と言うかこの件について葉奈ちゃんよりも雫さんの方がまだ話がわかる人だったけどね。
最初は角を付き合ってしまう。
「うーん、そこからは耐えてもらわないとなぁ……」
「努力してみるよ。冬治君の為に……ううん、自分のためにね」
そして、雫さんは葉奈ちゃんに謝ってもいいと言ってこうして俺の家にやってきてくれたのだ。
「血が騒ぐ」
「えっ」
「じょ、冗談だよ、冗談」
雫さんの冗談なんて初めて聞いた。冗談の割には目が鋭い感じになってたぞ。
とにもかくにも、家の中に入らなければ始まらない。
俺と葉奈ちゃんが過ごしているアパートの一室へと入ってもらうことにした。
「ただいまー」
「おかえ……」
葉奈ちゃんが俺を視認し、次に雫を視界に入れ込んだ。
「兄さんこれは……一体、どういう事?」
既に葉奈ちゃんにはスタンバイしてもらっており、会わせたい人がいると言う前提で話をしていたのだ。
どことなく雫を匂わせた説明をしたのだ。
しかし、何故か彼女の中では『秘めたる力を持つ学級委員長』ということになった。
「二人を仲直りをさせたくて」
「仲直りなんて……あり得ないよ!」
葉奈ちゃんは早速そっぽを向いてしまった。
「あ、葉奈ちゃ……」
「待って。ここは私に任せてほしいの」
「うん……」
そういって雫さんが椅子に腰かける。
「冬治君、座って」
「え、ああ、うん」
そっぽを向いていたはずの葉奈ちゃんがこちらに向き直り、雫さんを睨みつけている。実にひやひやものだ。
しかし、俺の彼女は任せてほしいと言ったのだ。
ここで俺が間に入るのは簡単だ(問題が解決するかどうかは置いておく)、問題を乗り越えてこそ、友情というものは育まれると思う。
「兄さんに気易くしないでほしいんだけど? 土谷、あんたふざけてる?」
「ううん、ふざけてなんか無いよ。もう土谷真登じゃないから」
「そう、それ。あんたが何で馬水雫なんて名乗っているのか理解できない。名前をころっと変えるなんてありえないっしょ」
俺も名前は簡単に変えられるものじゃない、そう思うよ。
土谷真登は過去の彼女だ。今の彼女は、馬水雫……俺の彼女だ。
この前の夏祭りで、彼女はそれを証明してみせたのだと思う。ただ相手を叩きのめさないで頭を使って退けたのだ。
俺の知らない彼女は過去の雫だ。
「私はもう昔の私じゃないの」
「それで納得できるわけねぇだろっ!」
葉奈ちゃんは力強く、遠慮なく、俺がいいんじゃないかなと思って買ったテーブル(材質トラバーチン)をたたく。た、高かったのに……。
「聞いてるのかよっ」
そして、もう一発いった。
あれ、おかしいなぁ……テーブルにひびが入ったように見えるんだけど。
メガネ屋さんに行くか眼科に行くべきか、それとも販売してくれたお店に修理は可能かと悩んだところで雫さんが口を開く。
「……あのさ、一ついいかな?」
「何だよ」
「私と葉奈は……一度しか拳を交えなかった」
「ああ、そうだよ。それが?」
「人に関心を持たない人間だったよね? それが……私にここまで執着するのはおかしいんだけど……冬治君の事、取られたと思ってる?」
葉奈ちゃんに限ってそれはないだろう……俺は右から左へ聞き流し、テーブルの心配をしている。
「そ、そんなわけないだろ! ガキじゃないんだ!」
「やっぱり、私が冬治君と付き合っている事が、問題?」
「んなわけあるかよっ。さっきからわけのわからねぇことばかり言いやがって!」
「本当? もしかして葉奈は……」
「うるせぇっ!」
先ほどのテーブルとは比較にならない一撃がテーブルを襲う。
信じられない事に、いや、もう本当に我が目を疑った。
テーブルが真っ二つになった。多分にこの事を誰かに告げたところで信じてもらえないだろう。
そして、壊れた家具は家具ではない。トラバーチンの塊以外の何物でもない。
「あたしは……あたしは、兄さんのことをそんな目で見た事は一度もない。かっこよくて、凄くって、あたしのヒーローだ、憧れだ。そんな存在が暴君と呼ばれていたお前と付き合うのが嫌なだけだよっ」
葉奈ちゃんと一緒に生活している間にそこまで過大評価されているなんて知らなかった。
「そっか。大切な……何かを盗られたって思っているんだね?」
「……ああ、そうだよ」
ばつが悪そうに葉奈ちゃんは椅子に腰をかける。
俺は葉奈ちゃんが素直に答えたことに驚いていたりする。
「ごめんね。でも、冬治君と仲良くなれたし、私のことを信じてもくれたの。だから、私はあなたとも仲良くなりたい。私の好きになった人の妹だから」
真摯な眼差しに葉奈ちゃんも毒気を抜かれたようだ。
「三人で一緒に、何処かに出かけたい。私は……葉奈と友達になりたい」
「……話はそれで、終わりかよ」
「うん」
その言葉を聞くと、葉奈ちゃんは立ち上がり、『勝手にすれば』といって出て行った。
残ったのは俺と雫だけだ。
ま、思ったより悪くない雰囲気が漂っていた。
「どうかな、複雑な立場のお兄さんとしては」
「俺はこれでよかったと思うよ」
被害者はテーブルだけだ。
殴り合いにでも発展するかもと思っていただけに、これだけですめば誰もが平均点を出してくれるはずだ。
なぁに、テーブルぐらいまた買えばわけないさ。
「後は両親を説得するだけ、かな」
「え」
この家にやってきてようやく見せてくれた笑顔に俺は気圧される。
そこでふと、先ほど気になった事を聞いてみることにした。
「雫さん、葉奈ちゃんと過去に何かあったんだよね」
「それなりにね」
苦々しい顔を見せてもすぐに笑っている。
「今日は私、このまま帰るね」
「え、そうなの?」
「うん。冬治君の部屋で仲良くするのはまた今度。葉奈と仲良くなってからにしようと思ってね」
そういって雫も出て行った。
家を出て行った葉奈ちゃんは戻ってきて、何やらリビングで作業に勤しんでいた。
「何してるの?」
「……パズル、だよ……あー、めんどう!」
そういって壊れたテーブルに一発拳が入る。
「あー、またピースが増えた!」
物を大切にするのはいい事だ。
俺もそのパズルに参加することにしたのだった。
「葉奈ちゃん、雫の事だけど……」
「大丈夫、あたしが憎んでいたのは……土谷真登ってやつだもん。あんなふぬけた只野女子生徒を……相手になんてしないもん」
ちょっと焦った様子が珍しかった。
「わかってるよ。雫はもちろん、葉奈ちゃんは優しい子だからね」
「……う、うん。あの、お兄さん」
「ん?」
「たまにでいいから……あたしに、構ってよ?」
「わかってるよ。葉奈ちゃんは俺の妹だからね」
「そ、そっか。よかった。だったら……雫と仲良くする」
その後、雫と葉奈ちゃんは表立って仲良くしているところを俺は見た事が無い。
ただ、彼女達はそれなりに仲良くやっているらしい……雫の話によると俺に仲良くしているところを見られたくないと言っていた。
まだまだ、三人で何処かに行くのは時間がかかりそうだ……でも、いつか必ずその日がやってくるだろう。




