馬水雫:第九話 勉強と友達
夏休みは俺が想像していたよりも特に何もなく、過ぎ去った。
気付けば残暑厳しい九月と、二学期が始まっていた。
「……あー、だるい」
夏休み明けに待ち受けているのは学力検査のテストだ。
これを乗り越えられなかった物は毎週火曜日に補習を受け渡され、合格点数までこぎ着けられなければ補習が中間テストまで続く。
更に中間テストで成績が悪ければ高みを目指す補習が待っているのだ。
もっとも、この羽津学園では不良でさえ赤点を滅多にとることがない。
教科書さえやっておけば最低点数は楽々クリアできる程度の問題だ。
「おー、すげぇ、やっぱり雫さんは学園五番内に入り込んでくるなぁ」
そして俺はまるでクソみたいな存在だと言っていいだろう。
想像している順位よりはおそらく普通だ。
この学園は上位と下位の区別がはっきりとしているのである意味、面白い事になっている。
全体の四割が上位、一割が真ん中、残り五割が下層である。最下層の学園生は先生に連行されて消滅するからな。うん、いてもいなくても同じだ。
「おれらは小粋なギャンブラー」
「山を張って自分の進路を広げたり狭めたりする人生の旅人さ」
こんな感じのアホもいるわけだ。
果たしてテストがギャンブラー魂に火をつけるのかという疑問は置いておく。
今回のテストで雫さんは頭がいいのを再確認出来たわけで、俺はそんな色々と素晴らしい人の彼氏なのだ。
「全く、釣り合いが取れてませんな」
「ちょっとは勉強したら如何ですかな、冬治君?」
「うるせぇよ」
友人と七色に囲まれてアホにされるのも致し方が無いか。
「え、嘘、学園二十番台にも入りこめない超絶アホな奴がわたしの彼氏だったとかありえないんですけどー」
「頭の悪い人とは付き合いたくないし、将来的に結婚もしたくないなぁ。ほら、馬鹿な子、生まれちゃうじゃん。そして、子どもに対して○○○っていう酷い名前、つけちゃった、みたいな?」
名前はどうかと思うがね、俺は其処までアホなつもりはないよ。
「やーい、アホアホー」
「別れて教科書と付き合え!」
散々な言われようである。
いじめられている俺の所へ、才女が助けにやってきた。
「はいはい、補習対象になったぐらいで他人を貶めるような事言わないの。私は冬治君に学力なんて、求めてない」
「じゃあ、何を求めてるんだ?」
アホでもいいと言うのだろうか?
「愛……かな」
クラスが凍りついた。
中にはテスト用紙を破り捨てる者もいた。
「だ、そうだぞ」
「ああ、そうかい。全然悔しくないね」
「……教科書に浮気して刺されちゃえ」
目の前にはハンカチを噛み切ろうとしている友達二人がいるだけだ。
「さ、冬治君帰ろうよ」
「あ、うん。じゃ、俺は行くから」
「こっぴどく振られておっちね」
「ふって湧いた双子に恋路を邪魔されろ」
散々酷い事を言われても雫さんを見るだけで幸せな気持ちに慣れる。きっと、雫さんに一時期はやったマイナスイオン効果が備わっているに違いない。
「さっきから顔ばっかり見てどうかしたの」
「何でもないよ」
「何でもないわけ、ないでしょう」
軽く笑われて俺も頷く。
「うん、あれだよ。雫さんを見て癒されてた」
「癒されていたって恥ずかしい事よく言えるね」
言った俺の方が恥ずかしいはずなのに、雫さんの方が顔を朱に染めている。
「いや、実際そうだよ。それに雫さんは凄いじゃん。勉強が出来て、喧嘩も強くて可愛いと来た。挙句優しい。後何があるっけ」
考えられるのは料理洗濯掃除の家事だろうか。
「ああ、もしかして超絶的な料理下手だったりするのかな?」
ちょっと期待して聞いてみると首を振られた。
「料理の腕は普通だよ。お弁当、食べてるでしょ?」
「そうだよねぇ、そういえばたまにお弁当をもらってるもんねぇ」
いよいよ完璧超人の称号を進呈したくなってきた。
「ああ、そうか。苦手な事を聞けばいいのか」
「苦手な事、かぁ」
長い時間もかからなかった。多分、最初から考えていたのか常にそんな意識があるのだろう。
「人づきあいかな」
「そうなの?」
少なくとも、俺とは普通に話しているし、先生ともおかしいところはない。友達と話していても、そう言った雰囲気は一切感じられなかった。
「雫の気のせいでしょ。話している人結構いるよね?」
「そうなんだけどね、そうでもないんだよ」
苦笑しながら雫は人差し指を唇にあてる。
「話す友達は要るけれど、良く遊ぶ友達は……殆どいないよ」
「俺は?」
「恋人だよ」
むぅ、そうか。
恋人は友達じゃないってことか……。
「中々ね、過去の私を知っている人もいるから……出来ないのかも」
「じゃあまず手始めに俺の妹の葉奈ちゃんと仲良くなってみるといいよ」
葉奈ちゃんならきっと仲良くなれるだろう。
そんな気がするだけだ。確信なんてないけどさ、ほら、拳で語れば明日には友達になるって何かで聞いたことあるでしょ?
「えーと……本気で言っているの?」
「うん」
そこは只野君や七色さんじゃないの、雫さんの視線はそんなことを言っているような気がした。




