馬水雫:第八話 真登は過去の人
羽津市では土着の神様を信仰しており、それに対して一年に一回、お祭りが開かれる。
地方の夏祭りレベル。
境内に屋台が広がりやってきた人たちは五円や一円玉を放り込んで勝手気ままなお願いをしてから屋台へと向かっていくのだ。ま、お祭りに来る人すべてが信心深いというわけでもないからな。
若干の上から目線になったけど、俺らもそんな中の一組だ。
「にぎやかだねぇ」
「そうだね、あ、あっちに綿飴が売ってる!」
雫に腕を組まれて全く悪い気はしないぜ。
浴衣姿になろうとしたらしい彼女は、運が悪かったのか汚してしまって断念したそうだ。
俺の方からしてみれば似合う女子は何を着ていても可愛い。
「雫は何を着ても可愛いよ!」
「……投げやり気味なのは感心しないよ」
このような持論を展開すると雫さんから残念そうに首を振られてしまうので一度言ったきりでもう言ってはいない。
ああ、いや、でもやっぱり雫さんに対して色々と着用してもらいたい服はある。
所詮は男の欲望の塊みたいなもんだろうなぁ。
「上の空みたいだけど、楽しくないのかな?」
「いやいや、楽しいさ。次はどこの屋台に行こうかなぁって真剣に考えていたんだよ」
「本当?」
「本当だよ。まずは軽めの食事をしつつ、遊ぶのなら金魚か、くじか、はたまた……親父にじゃけんで勝つともう一本とかね。そして、それからまた食事系にいくのか、それとも微妙に光る奴をふざけて買ってみる……そんな感じで考えていますとも。ええ、マジです」
実際は、さっきからひじに当たっている悩ましいものに全神経が集中している状態だ。いずれ慣れてしまうんだろうか、いつだってこの感触を味わっていたい。
「おっと、すんません」
「いてぇな」
いやらしい事を考えていた俺に神様は罰を与えなさった。
俺が肩をぶつけた、もしくはぶつけられた相手はどっかの軍人さんみたいな体躯を持った人だった。
約二メートルの身長に筋骨隆々とした身体、スキンヘッドにサングラスのチャラ男レベルではない相手だ。
「おう、どこ見てほっつき歩いてんじゃい」
「単純に怖ぇ!」
「おどれら羽津中学の三角と知っての行動かい」
「これで中学生かよ……何食ったらこうなるんだよっ!」
三人組の残り二人は後ろで見守っている。腕を組んでニヤニヤしている姿、『アベックがなめくさりおって。いてかましたれ』と顔に書いていた。
「どうしてくれんじゃあ、ああん」
これでもかと近い距離、言わば恋人の距離で俺の顔に近づく中学生の顔をじっと見据える。
俺も中学の頃は少し悪かったからな。雫とは比較にならないだろうけど……慣れてはいるんだよね。
「悪かったってば」
「悪かった、で済むなら田中はやられんかったわいっ。たなかーっ」
「そうじゃっ。田中は何故……一人であんな無茶をっ」
話が変な方向へ向かっているようだ。
「おい」
その時、胸倉を掴んでいた男の手に白くて細い手が乗せられた。
聞こえてきた言葉は死神が言葉を発したんじゃないかと思えるようなものだ。酷く冷たくて、どこまでも透き通った声……周りの人間がその声を出した人物へ視線を向け始めた。
おそらく、畏怖……いいや、単純な恐怖のまなざしを向けていた。
「何じゃあ、おなごがはいってくるところ場所じゃなぁ!」
おい、お前どこの地方から出てきたんだよ。
聞いた事もない言葉を発し始めた中学生を睨みつけ、雫さんは相手の鼻っ面を軽くたたく。
てっきり、モザイクかけるような展開に発展するのかと思っていただけに、軽く小突いたのは意外だった。
もっとも、軽く小突いた割には相手が軽く吹き飛んだ気もする。
「いでぇっ」
「……君達、土谷真登って知ってる?」
「土谷……」
「真登じゃとぉ?」
吹き飛ばされなかった方の中学生二人組が顔を見合わせた。
「しっとるわぁ! 伝説の暴君じゃろ」
「そいつがどうしたんじゃっ。まさか、お前がそうとでも言うんか?」
なるほど……こいつらに名前を告げて、退けさせようって魂胆だろうか。
「ううん、違う。こっちの子が、土谷真登さん」
雫は俺を見て言ったのだった。
「はぁ? 土谷真登は女じゃろう?」
「そうじゃそうじゃ」
小馬鹿にしたような中学生連中に雫は馬鹿にしたように言い放つ。
「土谷真登は性転換を受けて……男になった。聞いた事、あるでしょ?」
「……そ、そういえばそうじゃったな」
「何でも、何人か常人に戻れんと……それがやばい奴の子どもじゃったとかで姿を隠した……そない噂があったぞぅ……」
おい、お前ら本当にどこの国の者だよ。
「私は……露払いをさせていただいている者。さっきの、見たでしょ? 私が軽く小突いただけで、そっちの大きい人、飛んでった」
「……そ、そうじゃのう」
「土谷さん、こいつらどうします?」
雫はここで俺に振ってきた。
「あ、あー……そうねぇ、彼らがやる気ないのなら、放っておいても、いいんじゃないの?」
「……だ、そうよ? あなた達は……どうするつもり?」
「わしらはただ、祭りを楽しみに来ただけじゃ」
「そ、そうじゃ! 別に喧嘩しに来たわけじゃあなか」
「ふっかけてきたのはそっちじゃ」
そういって三人ともそそくさとその場を後にしていった。
遠巻きに見ていた人達も何ら問題なく解決してしまったのでまたお祭りへと戻っていく。
「あー、疲れた」
「お疲れ、雫」
疲れたと言ったので、雫の腕を引く。二人で近くの石段へと腰をかける。
「本当はブッ飛ばそうとしてたんじゃないの?」
「それでも良かったんだけどね。そうしたら逃げなきゃいけないし……何より、お祭りを楽しめないから。土谷真登は、もういない……」
そういって夜空を見上げる。
「あまり乱暴的なところを冬治君に見せて嫌われちゃったら嫌だ」
「そっかな? その程度で嫌うわけないよ」
「ありがと。でもね、私は成績優秀、運動神経抜群で……スタイルもそこそこ?」
「うん、俺にとっては合格点」
「ただの冬治君の彼女かな……さ、もっとお祭り楽しもうよ」
「そうだねぇ」
腕を組み、俺たちはまた歩き出した。
殺気の騒動で逃げ出してしたら見る事が出来なかったであろう、花火が打ち上げられる。
「ほぇー、花火かぁ……」
俺の近くに雫がそっと寄り添った。
「綺麗だね」
「……雫の方が、綺麗だよ」
良くあるパターンだと思う。
「え、ごめん、聞こえなかった」
「……」
そして、これもまた良くある話だ。
打ち上げられ続ける花火を見続け、俺はため息をつく。
「ため息なんてついてどうしたの?」
「……花火が綺麗だと思って」
「さっきは雫の方が綺麗だよって言ってくれたのにもう心変わり?」
軽くはたかれ、俺は首をすくめた。
やっぱり、ちゃんと聞こえてたのね。
二人で花火を見続けて、俺は夏を満喫したのだった。




