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馬水雫:第七話 言うのは無料

 彼女が超絶ヤンキーだった。

 正確に言うなら元ヤンキーらしいから今は違うのだろう。どのくらいヤンキーだったかはともかく、女子供にも容赦しない実に裏表差別の一切妥協の無い人物だったそうな。

 まさに泣く子も黙らせる人物だ。男女差別はいけないね、うん。

 おまけに、彼女の怒りを買うと、記憶が消える理解不能な事が起きるそうだ。

 こっちは手加減しているそうで女子供はただの病院送りだったらしい。

「と、冬治君、あ、あーん」

「あーん」

 震えるピンクの端につままれた肉団子を雫は俺に運んでくれる。

 俺はなんて幸せ者だろうと考える。

 この子に殴られたらおそらく幸せなのだろう。

「幸せだねぇ」

「……うん」

「暑いね」

「うん、かなり」

 今の状況を端的に表現するのなら『期末テストの補習』に他ならない。

 期末前の休みにデートを無理やり決行した結果がこれだった。

 雫さんの成績が悪かったのでは無く、俺だけが補習の対象に成ったわけで……彼女は自らとばっちりを受けに行った。

 俺らのクラスにやってきている教育実習生が『ラブ禁止』条例を発令したのも原因の一つだ。

 補習と言っても期末テストの範囲のプリントをやって提出し、再提出するだけの簡単なもの。

 そして、雫に甘えてしまえば、すぐさま終わらせる事なんて楽勝なのだ。

 まぁ、あくまで自分の力で問題を解いているけどな。

「答え教えてあげようか」

 時折女神のような悪魔のささやきに俺は首を振る。

「ううん、いい。教えてもらったらこうやっていちゃいちゃも出来ないでしょ。いちゃいちゃしつつ勉強をする。超楽しいよ。思い出にもなるしさ」

 三カ月後にも思い出すだろう。二学期の補習もこりゃ行くしかないね。

「雫みたいに勉強は得意じゃないよ。それでもさ、釣り合い取れるようにある程度は頑張らないとね」

「釣り合いなんて、私の方が取れてないよ」

「どうだろう、元ヤンキーで今じゃ学年トップ争いをしているんだもん。その彼氏がぱっとしない成績だったら指差して笑われるね」

 既に、補習を免れた悪友二人に笑われまくっているけどな。

「私は井の中の蛙だよ」

 またしばらくの間、問題を解いて時折馬水さんの方を見る。

 彼女は文庫本を読んでいた。

「あのさ」

 邪魔するのも悪いかな……でも、聞きたい事があった。

「何?」

「俺は雫に告白されたんだよね」

「え、うん」

「そんなに惹かれるような要素、あるかな」

 自分で言ったら始まらない事かも知れない。しかし、平凡と言っていい俺のどこに雫は惹かれたのだろう。

 結果を見るだけなら簡単だ。やっぱり、何故そうなのか理由を知りたかった。

「最初に見かけたのは一年生の時」

「うん」

「一回だけね、会ってるんだよ」

 そう言われてもピンとこなかった。

「冬治君のこと最初見たときは普通の人だって思った」

「普通です。貴女の彼氏は誰もが判を押す単なる普通の人間です!」

 改めて他人から普通って言われると何だかこう、寂しいものがあるね。

 そしてそれが好きな相手からならダメージは二倍、いや、三倍以上に膨れ上がるかもしれない。

 実際、普通だけどさ。

「でも、今じゃ特別だよ」

「はい、相殺」

「え」

「あ、気にしないでいいから。それでなんでこうなったのかなぁ」

 首をすくめて話の続きを促した。雫は思い出を確かめるように目を閉じる。

「何度か、それからも見かけたよ。見た目普通で、成績はよくもないし悪くもない、運動神経も普通だったよね。目立たないけど、存在を感じる事が出来る。何となく気になって、気付いたら頭から離れなくなってたのかな……」

 言っていて恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして照れていた。

「えーと……過去の、私をさ、昨日の私に……あの頃の私は荒んでたな。でも、冬治君のおかげで思い出に変える事が出来たよって……そんな予感があったんだと思う」

 こんな事を言われて俺の方も照れないわけが無い。

「そ、そっか」

「うん」

 二人で黙りこくって時間が過ぎて行く。そろそろ下校時間に近くなってきていた。

「一番ひどいのはそう、告白する二日前。震える手でラブレターを書いてね、何度もゴミ箱に入れちゃった。ラブレターなんて古すぎるかとも思った……でもね、どうしても呼び出したかったのは昔の習性かなぁ」

 むかつく相手が居たら校舎裏へ、そこで料理が始まった事だろう。そっちの荒事を拒否したものは病院送りだったに違いないね。

「普通だから、好きになったのかもしれない。他の人の普通じゃ駄目で、私に対して冬治君が居てくれたからね」

 これでどうかな、その目は俺に訊ねていた。

「どうだろ、俺は……最初はただ彼女が出来て嬉しいと思ってたかな。好きなんて、考えてなかった。気付けば、一緒にいるのが当たり前で……あのさ、雫」

「ん?」

「俺に長く話をさせちゃ駄目だよ。この前みたいに臭い話をしちゃうから」

「話してよ」

「えーと、駄目、無理。俺はただ……雫に笑っていてほしい。ただそれだけだよ」

 その後は黙って問題を解き続けた。

 問題は最終的に平均程度しか取れなかった。

「うーん、平均かぁ」

「やっぱり、普通だね」

「ごめんね雫。普通が好きだと言っても……このままの俺で終わりたくないよ。夏休み明けのテスト、覚悟してて。追い抜いてあげる」

 不敵に笑って宣言しておいた。雫さんのお尻にかじりつける程度の点数以上をたたき出すつもりだ。

 先に結果を言っておくと回答欄が二問目から一つずれて一点というなかなか取れない点数をたたき出した。

「こんなはずでは……」

 そんな、粗末なオチがつくのだ。


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