馬水雫:第二話 センキューな友達
馬水雫さんと付き合い始めて二日が経った。
二日のうちに変わる事なんて早々無い。
そう思っていたけれど、それは俺の思いすごしだ。彼女とは仲良くなれているはずだ。
「えっとね、今日は……お弁当を作ってきたんだ」
ショートカットの女の子が照れてそんなことを言ってくれる。
断言しよう、刺されて死んでも俺はいいよ。
「雫さん……」
後さ、この前は自然に周りが悟ってくれる方向で行こうと言っているのに……女子の友達からの誘いを断り、それならと男子生徒がやってきたところで俺にお弁当渡すのって一番油に点火するような行為だと俺は思うよ?
「ど、どうかした?」
「うん、あまりの感動に涙が流れそう」
周りの男子生徒の恨みのこもった視線ってさ、あれ……創作ものでよくあるけど実際にあるもんなんだね。
嫉妬の視線を体全部で受け止めつつ、彼女のお弁当を頂戴する。
「……これが幸せの重さという奴か」
「そっか、よかった」
まさかこんなに嬉しい日がやってくるなんて誰にお礼を言えばいいんだろう。
雫さん?
それとも、俺?
先生?
俺のことを生んでくれた母さん?
おそらく、神様にでも手を合わせておけばいいんだろう。
あ、ついでに雫さんを生んでくれたお父さんと、お母さんだな。あとはこの二人の仲人も拝んでおこう。
「何してるの?」
「ちょっとこの世に生まれた事と、雫さんに出会えた事をこの世の誰かに拝んでいるんだよ」
こんな感じで昼休みを過ごせるなんてまるで夢みたいだ。
さすがに『あーん』とか要求できず……とはいうものの、雫さんがあーんしようとしていたっぽいけどさ。
周りの視線は俺たち二人を遠慮なく見ている。ま、そこまで気にならないけどさ。
無事にお昼休みを終える事が出来たのは、間違いなく雫さんが一緒に居てくれたからだ。
「いやー彼女が出来るとこの世が変わって見えるなぁ」
「はぁ? いきなりどうしたの?」
放課後、友人に幸せのおすそわけをしてみた。只野友人、七色虹とは特に仲がいい。
「たかが彼女が出来たぐらいで何調子に乗ってるんだ! そうだ! おれの妹と馬水さんを交換してくれよ!」
滅茶苦茶な事を言いだした。
「つまり……お前の妹が俺の恋人に」
「そして、馬水さんが友人の妹になるって事だね」
七色がそう言う。
「……ちげーよ。おれの彼女になるんだよ」
「妹が?」
「なんでそうなるんだ!」
「交換でしょ? 妹になるだけじゃん」
「ちくしょーっ、お前が憎いっ」
友人の目は赤く腫れていた。
まるで、好きだった人が誰かに取られて泣いてしまった後のようだ。
「そうだねぇ、冬治君が遊んでくれないから僕は不満があるかな。あ、そだ。今日一緒に遊ばない?」
「七色、悪いな。この後も雫さんと一緒に遊びに行くんだよ」
放課後、一緒に遊びに行く。これも彼女が出来たらやってみたかった事なんだよな……。
「どうせ最初だけだよ。後ですれ違ったりするもんだよ。一緒に居てちょっとうざいかなって言いだすよ」
「はっ、まさか! そんなことあるかよ」
七色がそう言ってにやっと笑う。
「じゃあ、掛ける?」
その言葉を待っていたかのように何故か涙を流して俺を睨みつける友人が手を挙げる。
「乗った!」
「よし、成立ね。僕は別れる方に十円掛けるよ」
「おれもだ。十円掛けようじゃないか」
「雫さんの彼氏である俺は千円かけよう」
「ほぉ、彼女持ちは言う事が違うねぇ」
彼女で賭けごとをするのはどうかと思うけどな。
「……彼女で賭けごとをする男なんて、すぐに捨てられてしまえ!」
友人の言葉がチクリと胸を指したのでやり返す。
「まぁな。彼女が居ないと、出来ない事だよな」
「ちくしょー」
男泣きを始める友人を眺めていると、声をかけられた。
「冬治君」
「おっと、思ったより早く迎えが来たようだ」
「お前女子に迎えなんてやらせてるのかよーわかれちまえ」
「冬治君ってば気の利かないやつだー」
友人、七色からの批判に弁明を試みる。
二人とも友達だ。たとえ、彼女が出来て過ごす時間が短くなっても、これから友達でいたい。
「いやいや、本当は下駄箱で待ち合わせをしていたんだ。きっと彼女が来たくて来ちまったんだよ」
「くたばれ―」
「おっちねー」
友人達にどやされながら俺は廊下へと出る。
「冬治君」
「ごめん、待たせたね」
「ううん、大丈夫。あの、七色さんとはどういう関係?」
笑顔は消え、真剣な表情で俺を見ていた。
ちょっとだけたじろぎ、俺は笑って答える。
「七色? ただの友達だよ」
「ふーん、そっか。それなら、いいんだ……さ、行こう?」
「ああ」
一瞬だけ暗い表像が見えたような…気がした。
「あ、ちなみに……もう一人いたのは只野友人ってやつね」
「えっと、居たっけ?」
頬を掻き、少し照れた様子で雫さんは笑っている。
「居たよ。あれ? もしかして見えてなかった? 雫さんって視力悪いの? あ、でも、七色は見えてたもんなぁ」
名前聞いてきたし。
「えーと、それはその、冬治君と仲良く話してたし」
友人、どうやら俺とお前さんは一緒に話して居ても……友達とは見られないらしいぞ。そこそこ、仲はいいと思うんだけどなぁ。
「……まぁ、確かにそうかな。友人の奴、泣いてたし。結構騒ぐようにして喋ってたから傍から見たら喧嘩しているように見えたかも」
ああ、でも認識されてなかったんだっけ。
「ま、それはともかく……今日はどこに行こうか?」
折角彼女と二人きりになれたのだ。
仲良くなれるよう、努力したほうが健全的だろう。
「一緒に行きたいところ、あるんだ」
「へぇ、どこ?」
「ついてきて?」
俺の腕を遠慮がちに掴み、引っ張られる。夕日に照らされ、主に染まる彼女の顔は初々しかった。
俺も顔を真っ赤にしている事だろう。
「……いいなぁ」
「え? だ、駄目だった?」
「ううん、何だかいいなぁって思っちゃってさ」
下駄箱までやってきて、雫さんは手を止める。
「どうしたの?」
「えっとね、ラブレターが入っていても、怒らないでくれる?」
「え? 何で怒るの?」
「勘違いさせちゃうかも」
「勘違い?」
良くわからなかったので流す事にしようと思う。
何だか焦っているようだし、聞かないほうがよさそうだ。
「おっと」
俺は自分の下駄箱を開けると沢山の手紙がこぼれ出てきた。
「何だこりゃ」
「……冬治君、これは?」
「さぁ?」
彼女持ちになって俺のモテ期がはじまったのだろうか?
「お前が憎い、おっちね、ふられろ……あー、なるほど。嫉妬の手紙だわ」
「嫉妬の手紙?」
「そうそう、雫さんと付き合う事になった俺に対しての嫌がらせだろうよ」
けけけ、先日俺に似せラブレターを寄こした連中……今頃泣いているだろうな。
あ、そういえばあいつらはまだ学園に来てなかったな。
「ま、そう言う事だから気にしなくていいよ」
「う、うん。でも大丈夫? 精神的にショックなんじゃないの?」
「ショック? 全然。雫さんと一緒に帰れる方が嬉しくて手紙のことはどうでもいいや」
「そっか、ありがと」
改めて雫さんの人気を思い知らされた。
そして、雫さんは気付いていないようだけど……さっきからずっと、俺達の後を隠れながらやってきている連中がいるんだよなぁ。
「ん? どうしたの?」
「何でもないよ。いこっか?」
「うんっ」
きっと、後ろにいるよと言っても彼女には見えないに違いないね。
なぁに、俺も鬼じゃないさ。彼女が出来て、優しくなれた気がする……というわけで、幸せのおすそ分けをしてあげようと思う。
「雫さん、もうちょっとくっついて?」
「え? う、うん」
ああ、後ろからおすそ分けをもらった連中の叫び声が聞こえてくるぜ。
いい事をした後は気持ちいいな、そんな事を考えながら俺は雫さんと一緒に歩くのだった。




