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四季萌子:第四話 影響を受けやすい年ごろ

 萌子さんに薬を飲ませ、俺は一度たりとも学園へ顔を出さなかった。

 終業式を休んだ程度だったので、なんら問題はないだろう。

「……はぁ」

 夏休みの間、俺は何かをする気力も起きず、かといって何もしなければ萌子さんの事で頭がいっぱいになっていた為、不本意ながら勉強ばかりしていた。

 そして、本日、二学期が始まる日なのだ。

「行きたくねぇなぁ。あ、いけねぇ……飯、久しぶりに食わないと……このままだとやばいわ」

 冷蔵庫の中を確認する。

「……そうだよな、何もないよな」

 かれこれ、四日経つかな。

 何食べてたっけ?

 女性一人で国が滅んだことだってある。

 その話を聞いてあり得ないだろと馬鹿にした事もあった。

 しかし、現実に……萌子さんにはもう二度と会えないと言うだけで、気分が沈みっぱなしだ。

 迷わないように、俺が萌子さんを一人占めしないようにと……別れのあいさつも言わずに一方的に萌子先生に戻したのはやはり、間違いだったな。

「あ、おはよう白取君。痩せた?」

「……赤井か。おはよう。別に、痩せてないよ。元気だよ」

 何だか夢見心地だ。

「ねぇねぇ、夏休みの宿題見せてよ」

「ああ、いいぜ……」

「やりー」

 赤井は俺の手から宿題を奪い取ると速記しはじめる。

「ねぇ、白取君。あれから萌子先生とデートした?」

「するわけないだろ」

「え? 何で? 付き合ってるんでしょ?」

「……お前には関係ないよ。余計なおせっかいを焼く暇があったら宿題、返せよ」

「あ、ちょっと!」

 癪に触るような相手に夏休みの宿題を見せてやる義理もない。

「なにそれ。さっきは貸してくれるって言ったのに」

「……赤井が自分でしてこないのが悪いんだろ」

「そうだけどさ! あたしを見捨てる気だね?」

 何でこいつはこんなに態度が偉そうなんだよ。

「ははーん、さてはあたしが怒られるところを見たいんだ?」

「……」

 もうこうなったら完全に無視だ。

 俺は鞄の中に夏休みの宿題を放り込み、席を立った。

 胸糞悪かったので屋上へ向かうつもりだったのだ。

「あ、冬治君……おはよう。夏休みはどうだった?」

 廊下へ出るとすぐに担任の先生に出くわした。

「萌子……先生」

 馬鹿な話、俺は涙が出そうになっていた。

「……失礼します」

「え? あ、ちょっと……」

 肩に手を掴もうとした萌子先生を避け、俺は屋上へと急ぐ。

 屋上に来たからと言って何かが変わるわけもない。

 そろそろ朝のHRも始まってしまうだろう。

「あー……何やってんだろ」

 あの事を思い出したと、ハッピーエンドを期待してたんだ。

「これが現実だよな。覚えてるわけ、ないよな」

 淡い期待を抱いていたんだよ。

 本当、馬鹿だね。

 俺と過ごした数日を、萌子先生の方にも記憶残っていると思ってたんだ。

 ま、どうやら残っちゃいなかったようだが……。

「……ふー。明日から俺は生まれ変わろう。これまでの俺になるんだ。というわけで、今日はもう帰ろう」

 今日は講堂で話を聞いてホームルーム、解散の流れだ。

「そろそろ講堂に移動するよな。そのタイミングで鞄を持って帰ろう。うし、完璧だ」

 明日から真面目にやればいいさ。

 そうすれば、多分……気持ちに踏ん切りをつけられるはずだ。

 俺は屋上階段踊り場へ向かう為、ドアノブに手をかけた。

「ん?」

 開かない。

 そんなはずはないともう一度捻る。

 やはり、扉は開かなかった。

「え、嘘だろ?」

 さて、これは困ったことになったぞ。

 一応、屋外の為、脱出しようと思えば脱出できる。

「……無理だよなぁ、この高さは」

 フェンス向こうに広がる無限の世界を見下ろし、俺はため息をついた。

 さすがに、この高さから落ちたら助からないぜ。

 いずれ助けがやってくるだろう……来なければ泣き叫んで誰かに気づいてもらえるさ。

「……あー、あちー」

 残暑厳しい九月の初め、

 日陰に隠れたものの、アスファルトで目玉焼きぐらい楽勝な気がしてきた。

「……そろそろ、脱水症状と認定しようか」

 もう限界だ。日陰とはいえ、殆ど顔をさらしている状態だし……既に、三時間経っている。

 飲み物なんてないので、脱水症状にもなるよな。

「もー限界だっ」

 携帯電話で黒葛原さんか赤井に連絡を取ろうしたとき、後ろの踊り場へ続く扉が開けられた。

「冬治君?」

「何の用ですか」

 名前を呼ぶことすら忘れて、俺は萌子先生を見つめていた。

 少し、過剰反応してしまったような気もする。

 しかし、俺のそんな態度に対して萌子先生は何も言わない。

「冬治君、あなたは一体……何がしたいの?」

「は? どういう意味でしょうか」

 さっぱりわからなかった。

 熱の所為で考える能力が低下しているのもある。まぁ、普通の状態でもしっかりと応えられるような内容じゃない。

「俺は……別に……」

「足元がふらついているけれど大丈夫?」

「大丈夫なわけ……ないでしょ」

 気分が悪くなった俺はその場にへたり込み、狭まりつつある視界を見つめる。

「……治君……冬……君……冬……さん!」

 感じるのは辛さだけ……汗すら出ない自分の身体が、気付けば揺れていた。

 あ、倒れる……そう思った時には既に横倒しになり、荒い息が出続ける。

 眼球がロープを求めるように上へ、上へと移動していった。



 夢の中に逃げ込めば、楽しい毎日が待っている。

「そんなわけあるかよ」

 自分は夢を見ている。

 そして、屋上の天気は最悪で……降りしきる雨の中、俺は手ひどく萌子先生に振られる。

 それはそれはとても素晴らしい夢だ。

「はっ……」

 寝ている本人が目を覚ます効果を持つ、特別な夢だった。

 辺りを見渡し、自分が保健室にやってきている事に気付いた。

「よかった……」

「よかった、じゃないですよ」

 ベッドの近くにいる萌子先生を見つけ、俺はため息をつく。

 そう、この人は……ただの俺の担任だ。

「話の途中だったよ」

「まだ何かあるんですか」

 うんざり顔で俺がそう言うと、萌子先生は眼鏡をかけた。

「もう私の事、忘れちゃいましたか?」

「……え?」

 年月を重ねた萌子さんは……それでも、あまり変わり映えしていないように見えた。

 目の前がつい、売るんでしまいそうになるのをこらえて俺はようやく言葉を吐いた。

「萌子先生は変わらないんですね」

「二人の時は萌子さんって呼んで」

「……止して下さいよ。俺は萌子さんを騙していたんだから、名前を呼ぶ権利なんてあるわけないんです」

「それを決めるのは冬治さんじゃなくて、私よ。三十路は駄目?」

「……いえ、そんなことないです」

 萌子さんがここまで言うのなら俺が腐れている場合じゃない。

 ここでなぁなぁにしてしまっては駄目だ。俺はどんどん、腐れてしまう。

 涙が止まったら、前を向こう。

「あの、萌子さん」

「うん、なぁに?」

「俺、萌子さんの事が好きです。嘘付きで、我がままで、情けない俺でもいいのなら……彼氏にしてください」

 萌子さんは俺の告白を黙って聞いてくれた。

 そして、満面の笑みで応えてくれるのであった。

「だーめ」

 玉砕覚悟って言葉を使うとき……基本的に成功フラグじゃね?


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